手に取ってみた本たち 〜マ行〜


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    アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩書房(ちくま学 芸文庫)、 2001 年
    一括紹介(その3)へ移しました

    アミン・マアルーフ(牟田口義郎訳)「サマルカンド年代記 『ルバイヤー ト』秘本を 求めて」筑摩書房(ちくま学芸文庫)、2001年
    本書はオマル・ハイヤーム『ルバイヤート』の手稿本を巡る話です。しかし歴史本ではなく歴史小説です。前半はオマル・ハイヤームと セルジューク帝国宰相ニザーム・アル・ムルク、暗殺教団教主となるハサン・サッバーフの3人を絡めながら、『ルバイヤート』手稿本が できあがるまでの話と、それが一時失われるまでがまとめられていきます。後半では一気に話は現代に飛び、失われたと思われた手稿本が 再びこの世に出現し、それを求めてアメリカ人青年が立憲革命当時のイランにやってくる話に変わります。そして最後、主人公の青年が 手稿本を持って乗り込んだのはタイタニック号で、船の沈没とともに永遠に失われてしまうという結末を迎えます。

    セルジューク帝国やイラン立憲革命の様子などもこれを読むとなかなか分かりやすくなるような気がします。ストーリーも難しくはない とおもうし、人名や地名が分からなくてもすらすらと読める歴史小説だとおもいます。

    ジョー・マーチャント(木村博江訳)「アンティキテラ 古代ギリシアのコン ピュータ」文藝春秋社(文春文庫)、2011年
    20世紀初め、ギリシアの海底で沈没船が発見され、そこから色々な物が集められました。彫刻とかブロンズ像が引き上げられる中、 小さい木箱が発見され、そのなかには一体何につかったのか判別が付かない機械仕掛けがつまっていました。

    本書は、この時に見つかった妙な機械仕掛け(通称「アンティキテラの機械」)が一体何かを解明しようとする人々のドラマを描いています。 これがいつ頃作られたのか、どこから来たのか、そしてこれが一体何をするための機械だったのかを明らかにするために多くの人々が様々な アイデアを出し、調査を進めていく姿が描かれています。

    前田耕作「バクトリア王国の興亡」第三文明社(レグルス文庫)、1992年
    中央アジアのバクトリアにはかつてギリシア人によって建国された王国が栄えていた。バクトリアにギリシア人の 王国ができる以前、アケメネス朝によるバクトリア支配やアレクサンドロスによる征服から説き起こしつつ、バクトリア にギリシア人の王国ができ、西北インドに勢力を拡大しつつもサカ族の侵入を受けて滅び、その地にクシャン朝ができる 頃までの歴史をまとめている。また、バクトリア王国の歴史に影響を与えたイランを支配したセレウコス朝やそこに新た におこったパルティアの歴史についても触れている。

    ジョージ・R・R・マーティン(岡部宏之訳)「七王国の玉座〔改訂新版〕 (上)(下)」早川書房(早川文庫)、2012年
    季節の変動が年単位でおこるウェスタロス大陸。ターガリエン家が長年王として支配してきましたが、最後のエイリス“狂王”を諸侯たちが倒し、 バラシオン家のロバートを王とし、以後有力諸侯の間の微妙なバランスの上に安定が続いていました。しかし国王ロバートがかつてともに戦った 北方の名家スターク家の当主エダードに国王補佐役〈王の手〉への就任を頼み、〈王の手〉を引き受けたことが、宮廷における権力闘争の引き金 となります。時を同じくして大陸の北の辺境、「壁」の向こうでは異形の者たちが動き始め、海の向こうではターガリエン家の遺児ヴィセーリス が妹デナーリスを騎馬民族に嫁がせてその軍事力による王座奪回をねらうなど、王国の外でも何やら問題が発生しつつあります。

    長編ファンタジーの第1部と言うことで、序章のような内容です。多くの登場人物が現れ、彼らの様々な視点から物語が語られていきます。非常に 重厚な大人向けのファンタジー、といったところでしょうか。

    ジョージ・R・R・マーティン(酒井昭伸訳)「七王国の騎士」早川書房、 2016年
    長編ファンタジー「氷と炎の歌」シリーズの前史にあたる物語です。各地を遍歴する騎士ダンクと出自に訳ありの従者エッグの二人が 各地を旅しながら経験した出来事を綴る騎士物語は、複雑で重い「氷と炎の歌」本編とくらべるとわかりやすくまとまっており、読み やすいです。ここから入るのもありかなと思います。
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    前田弘毅「イスラーム世界の奴隷軍人とその実像 17世紀サファヴィー朝イ ランと コーカサス」明石書店、2009年
    16世紀から200年間にわたりイランを統治してきたサファヴィー朝ではグラームとよばれる「奴隷軍人」が用いられてきました。しかし、彼ら を理解する上で、従来は他のイスラーム諸王朝(マムルーク朝など))をモデルとした奴隷軍人論が適用され、その実態はきちんと理解されて こなかったようです。本書では、1997年に発見された新史料など多くの原典史料を用いてサファヴィー朝をささえたグラームについて分析して いきます。奴隷に限定されない新たな軍事集団・宮廷エリートとしてのグラーム像を示し、さらに、サファヴィー朝の対コーカサス政策と 宮廷権力強化の関係、コーカサス出身エリートとコーカサス情勢の関係にまで踏み込んでいきます。サファヴィー朝のみを扱った専門書と いうものはほとんど見かけたことが無く、そういった点でもかなり貴重な研究所だと思います。

    アリステア・マクラウド(中野恵津子訳)「灰色の輝ける贈り物」新潮社 (クレストブックス)、2002年
    スコットランドから多くの人が移住してきたケープ・ブレトン島、そこで生きる人々を題材とした短編集です

    漁師や坑夫として過酷な肉体労働に従事し、子供たちも同じ道を歩む出あろうと思っている親世代と、そこから離れ別の世界へと入って いく子世代の間で紡がれた8編の短編、何かしら共感を覚える人が多いのではないかと思います。

    アリステア・マクラウド(中野恵津子訳)「彼方なる歌に耳を澄ませよ」新 潮社 (クレストブックス)、2005年
    スコットランドのハイランドからケープ・ブレトン島へ移住したキャラム・ルーアとその子孫たちの約2世紀ほどに渡る物語です。 過酷な環境や労働に耐え凌ぎながら一族が結束して暮らし、そのつながりや文化はたとえ住むところが離れても失われることがない、 そういう様子を描いた物語となっています。

    万城目学「悟浄出立」新潮社(新潮文庫)、2016年
    西遊記や三国志、史記といった中国の古典を題材としつつ、その物語の中で主役ではないが結構重要なキャラクターを主人公に据えたり、 最後には司馬遷自体を扱ったりと、独特のアレンジを加えた短編集です。

    イアン・マキューアン「贖罪」新潮社(新潮文庫、上下巻)、2008年
    1935年のイギリス、地方旧家。タリス家の末娘ブライオニーは両親、姉のセシーリア、帰ってくる兄のリーオンに見せる自作劇の 上演準備を一生懸命に進めていました。そんな彼女が姉セシーリアと使用人の息子ロビーの衝撃的な場面を見てしまってから、 彼女と身の回りの人の運命が大きく変わっていく…。そして、年老いたブライオニーが果たそうとする「贖罪」とはいったい何か?

    13歳の少女の思いこみと安易な正義感が若い男女の運命を狂わせ、さらに時を経て彼女が己のしてしまったことの重大さに気づき、 何とかして贖罪を果たそうとする様子、戦争の中でも変わることのない2人の男女の愛、そう言ったことを描いたあとに来るエピローグ で彼女自身の口から真相が語られるという作りになっています。

    イアン・マキューアン(村松潔訳)「ソーラー」新潮社、2011年
    ノーベル物理学賞を取ったけれど、私生活は正直破綻している学者(ついでに、ちび・でぶ・はげの三拍子そろった女好き)が、 ふとしたことでアイデアを知った太陽エネルギーにより、一儲けしようとするが…

    予期せぬ出来事、そして学者自身の不注意によってつぎつぎ発生するトラブル、そして最後におとずれるカタストロフィー、 はたしてどうなってしまうんでしょうか。現代社会への風刺もまじえながら、うまく最後につながっていると思います。

    イアン・マキューアン(村松潔訳)「甘美なる作戦」新潮社、2014年
    国教会の聖職者の家に生まれたセリーナは、たまたま学校の数学が良くできたためにケンブリッジの数学科へ進学。しかし成績は いまいちで、読書にふける生活を送っていました。あるとき知り合った教授に導かれていくように英国の諜報機関M-I5に入ることに なります。しかしそこでも地味な雑用に明け暮れるぱっとしない日々を過ごしています。

    そんな彼女に突如として「スウィート・トゥース」作戦という文化人支援の任務が下ります。そのときに支援対象となった作家 ヘイリーに彼女は接触し、支援しながら作品を書かせることになります。しかし彼女とヘイリーはいつのまに愛し合うように なっていきます。しかしあるとき彼女の素性がばれて…。

    最後の数頁はまさかこう言う展開になるとは思わなかったです。それはさておき、随所に実在の作家や作品をちりばめつつ、 小説についての様々な話がもりこまれています。ヘイリーの作品として部分的に取り上げられている作品を独立した作品として 読んでみたいと思いました。

    イアン・マキューアン(村松潔訳)「未成年」新潮社、2015年
    もうすぐ還暦を迎える裁判官フィオーナ。彼女は法廷で様々な問題を抱えた人々に向き合い判決をくだしていますが、 彼女自身も家庭で問題を抱えていました。夫が突如として若い女のもとに走り、以後帰ってはきたもののぎくしゃく した状態が続いています。

    そんなとき、彼女が宗教的信条により輸血を拒む17歳の少年の問題を扱うことになります。そして児童法の精神に 則って彼女が判決を下したことが少年の運命を変え、そして少年に対する彼女のなんとなくとった対応が後で重大な 出来事を引き起こすことになるのですが、、。

    アリステア・マクラウド(中野恵津子訳)「彼方なる歌に耳を澄ませよ」新潮 社、 2005年
    18世紀にスコットランドからカナダへと移民してきたキャラム・ルーアとその子孫の物語です。劇的な展開が連続するような 話ではないのですが、

    フィリップ・マコウィアク(小林力訳)「モーツァルトのむくみ 歴史人物 12人を検 視する」中央公論新社、2011年
    歴史上の人物の死因や、彼らの身に起きたことについて、医師である著者が、文献や芸術作品など、色々な手がかりを元に 探っていきます。同様の書籍は色々ありますが、患者が誰なのかは途中まで明かさずに引っ張って、途中で正体を明かすと いうちょっと変わった工夫を凝らしています。その辺は類書よりも手が込んでいるような気がします

    正木晃「性と呪殺の密教 怪僧ドルジェタクの闇と光」講談社(選書メチ エ)、 2002年
    11世紀〜12世紀に活躍したチベット密教の僧侶ドルジェタクの生涯をたどりながら、チベット密教について理解しようとする 一冊。チベット密教の成立の過程やチベットの歴史的な背景について触れつつ、性的ヨーガや度脱とよばれる呪殺を駆使した ドルジェタクの生涯をたどりながら、性、暴力の問題に対しチベット密教はどのような答えを出していったのかをまとめてい きます。多くの宗教では性と殺の要素は否定的な物として扱われている中、何故チベット密教にこれらの要素が入り込んで いったのかを歴史的背景、仏教思想的背景などをふまえながら説明していきます。少々難しい部分もあったり、人によっては 嫌悪感を抱かせるかもしれない描写(儀式の場面を書くには必要ですが)もありますが、人物伝的で取っつきやすい本だとは 思います。

    ハリー・マシューズ(木原善彦訳)「シガレット」白水社、2013年
    ニューヨークの上流階級の人々が織りなす人間模様を描いた小説です。あるパートで出てきた人がまた別の所に出てきたり、 前に出てきた人が実は…という展開で、最後に一つ一つのパーツが組み合わさっていくような感じで話が終わりを迎えます。 一定方向に向かう複数の流れが一つの所に収束したとき、物語世界の全貌が明らかになり、その時に感じるすっきりとした感覚 が心地よい一冊でした。

    コーマック・マッカーシー(黒原敏行訳)「ブラッド・メリディアン」早川書 房、 2009年
    14歳で家出をした少年が、ふとしたことから西部でインディアンを襲撃して頭皮を刈るグラントン団の一員に加わることになります。 その道中は血と暴力にいろどられた、阿鼻叫喚の地獄絵図といってもよいものでした。アメリカの西部開拓の暗黒面を、独特の文体で 描き出していきます。感情に訴えかけるような形容詞・副詞をほとんど使わず淡々と出来事を書き連ね、カギ括弧をつかわず読点がほ とんど存在せず、安易な感情移入や意味づけを拒んでいるかのような文体で人間の行動及び自然の描写が書かれています。そんな中、 判事のみが世の有象無象を超越したような存在としてこの世界に君臨しているかのような印象を受けました。

    トム・マッカーシー(栩木玲子訳)「もう一度」新潮社、2014年
    事故により記憶を失った主人公は、真相に迫るなといった条件つきで莫大な金額の示談金を手に入れます。真相に迫るなという条件、 そして失われた記憶、こういう言葉を聞くと、主人公が謎の真相を探ろうとして、何か重大な出来事の真相に迫る話になるのかと 思いきや、主人公がとった行動は全く違うものでした。

    過去を再現することにのめり込む主人公はやがて狂気を感じさせるようになり、とんでもない方向に向かっていきます。この進み方 が不気味ですが、面白いです。

    ニック・マッカーティ(本村凌二監修)「アレクサンドロス大王の野望」原書 房(シ リーズ絵解き世界史1)、2007年
    一括紹介その1を参照

    V.マッソン(加藤九祚訳)「埋もれたシルクロード」岩波書店(岩波新 書)、 1970年
    イスラム以前、かつてはバクトリア王国、クシャン朝と言った大国が栄えたり、ソグド人が都市国家を基盤に現地の伝統を保持しつつ 活発な活動を展開し、さらにオリエント世界の大帝国へと発展したパルティアの故地である中央アジア。本書は紀元後5世紀までの 古代中央アジアの歴史について、そこでの発掘成果を盛り込みながらまとめた一冊です。

    青銅器時代から5世紀までの中央アジアの古代文化について、この期間は古代ギリシアや古代ローマと同様に都市文明の発展期 であったと捉え、バクトリア(古代のバクトリア、アレクサンドロスとヘレニズム、クシャン朝と仏教などの話あり)、バルティア (ニサの遺跡の話のほか、パルティアにおけるヘレニズムの話あり)、ホレズム(かなり独自性が強い都市文明を持つ。ヘレニズム の影響も少しはあるか?)、ソグド(ヘレニズムの影響も受けつつ、地元の伝統を保持しつつ都市国家を基盤に活動)、マルギアナ (メルブの町を中心に、周辺の都市についても少々触れている)といったところをあつかっていきます。前9〜前7世紀 の中央アジアには大規模集落が存在し、そこから都市文明の発展が始まったこと、中央アジアの都市文明とヘレニズム文化、オリエ ント文化、そして仏教との関連にもふれています。

    今からかなり前に出ている本であり、その段階での考古学の成果をもとにしている 本なので、その後新たな発見があって書き換えられた箇所もあるように思われます(なお、おそらくアイ・ハヌム遺跡のことを言って いるのではないかという記述もあったりします)。しかし、中央アジアの古代都市文明について知る手がかりとして読むと結構面白い と思います。

    松田俊道「サラディン イェルサレム奪回」山川出版社(世界史リブレット 人)、2015年
    イェルサレム奪回を果たしたサラディンと、彼の生きた時代についてコンパクトにまとめた一冊です。サラディン個人に関する 事柄でもう少し掘りさげて欲しいところはありますが、彼の行ったことがその後のエジプトにどういう影響を与えたのかといった ことなどをコンパクトにまとめています。

    ジャン=ジャック・マッフル(寺田礼雅訳)「ペリクレスの世紀」白水社(文 庫クセジュ)、2014年
    紀元前5世紀、ギリシアの一都市国家アテネはペルシア戦争の後に繁栄の時代を迎えました。繁栄するアテネを指導したのは政治家ペリクレス でした。本書ではペリクレス指導下で繁栄するアテネとギリシア世界について、社会経済や政治制度、学問や芸術についてコンパクトにまとめ ています。校正、訳語の選択に少々難があるのが惜しいですが、紀元前5世紀のギリシアについておさえるには丁度良いサイズと内容だと思いま す。

    松本佐保「バチカン近現代史」中央公論新社(中公新書)、2013年
    啓蒙の世紀、そして近代へとむかう流れの中でカトリック教会を批判する思想、政治と宗教を分離する動き、そして宗教そのものを 否定する共産主義の出現などがあり、バチカンはその流れの中で様々な対応をとっていきました。本書ではローマカトリック教会の 総本山バチカンの近現代の歩みをまとめた一冊です。教会にとり、共産主義に対する警戒心は非常に強く、それ故にファシズムに 対しての対応は後世の人から攻められるような形になってしまった面もあること、冷戦体制下でも巧みにふるまい影響力を行使した ことなどがまとめられています。21世紀の今、これからのバチカンはどういう道を歩んでいくのかをしるうえで役に立ちそうです。

    松本典昭「パトロンたちのルネサンス フィレンツェ美術の舞台裏」NHK出 版 (NHKブックス)、2007年
    イタリア・ルネサンスというと、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロと言った芸術家の残した多数の作品が知られています。 しかしルネサンス期の芸術作品は作者が描きたい物を好きに描いたのではなく、依頼主の注文に添って描かれた物でした。しかし我々 は芸術家には注目しても、彼らに仕事を依頼したパトロンたちのことについてはほとんど気にとめることはなく、せいぜいメディチ家 やローマ教皇が芸術家を保護した程度のことが触れられるというのが現状でしょう。

    しかし、本書では、パトロンたちが芸術家に対し、 どのような場所にどんな主題を扱った作品を注文したのか、またどれくらいの大きさや顔料を使い、報酬はどのような感じだったのか と言うことを探り、また芸術家への報酬より材料費の方が高かったことや、独創性よりコストを削ることの方が重視されたことなどに も触れています。本書では作品にはパトロンの経済力や審美眼、見識と言った物が現れていると見なし、芸術作品をそれが元々あった 場所や意図を考えることで、当時の社会の文脈の中でどのような位置づけを持つ物だったのかを知ろうとしています。

    同職組合が競い あうように都市の建造物を飾り立て、それを共和国政府が巧みにコントロールしていた時代から、メディチ家の人々のように個人が 競って自己の力を誇示するようなかたちで装飾を凝ったり絵画を描かせる時代へ、そして「市民」から君主、都市から宮廷とパトロン とパトロネージの舞台が変遷していく様子からフィレンツェの社会や歴史についても知ることができる本だと思います。

    松本弘「ムハマド・アブドゥフ」山川出版社(世界史リブレット人)、 2016年
    パン・イスラム主義で知られるアフガーニーの一番弟子として知られ、またイスラム改革運動に関わったことでしられるムハンマド・ アブドゥフについての一冊です。思想家的な側面以上に、法学や神学を修めた有能な官僚といった感じの人物像が描かれています。 ただひたすらイスラムを進行するというのでもなく、かといって合理性のみですべてを考えるでもなく、その中間の道を探る彼の姿 から何かしら学べるところはあるように思います。

    松森奈津子「野蛮から秩序へ インディアス問題とサラマンカ学派」名古屋大 学出版 会、2009年
    スペインによる新大陸の征服と支配が進んだ16世紀、先住民であるインディオや新大陸の支配に関する議論が盛んに行われました。 有名なところではセプルベダとラス=カサスによる論争ですが、彼らの他にこの問題について論じたサラマンカ学派と呼ばれる一群の 学者がいました。本書ではサラマンカ学派の創始者ビトリアとセプルベダ、ラス=カサスをとりあげ、彼らがインディオをどのように 認識していたのか、スペインによる新大陸統治の正当性は何によって認められているのか、スペインによる征服戦争の是非はどうなのか ということを論じ、さらにサラマンカ学派の近世ヨーロッパ思想における位置づけを探っていきます。

    サラマンカ学派という物が存在すること自体初耳であり、彼らの世界認識はグロティウスなどより遙かに射程が広いことなどがわかり、 なかなか興味深い所が多かったです。ホッブズやボダンといった近代政治思想において提示された国家観とは違うものが彼らによって 提示されていると言うことも初めて知りました。インディアスやインディオの認識についてはラス=カサスと比べるとなお不十分な点も みられたり、やはり西洋中心な視点からは逃れられていないとはいえ、近代政治思想の流れの中でこちらがなぜあまり知られることなく 現在にまで至っているのかを考えてみる必要はありそうです。

    間野英二「バーブル ムガル帝国の建国者」山川出版社(世界史リブレット 人)、2013年
    ムガル帝国の建国者バーブルについて、本書は彼が自ら書き残した著作「バーブル・ナーマ」の記述を元に描き出していきます。 構成としてはバーブルが生きた時代の政治情勢の概略、バーブルの生涯、そしてバーブルの文人としての側面、彼の人柄と時代と いう感じになっています。王朝建国者としてだけでなく文人としてのバーブルの姿がえがかれており、興味深いです。

    ピエール・マラヴァル(大月康弘訳)「皇帝ユスティニアヌス」 白水社(文庫クセジュ)、2005年
    ビザンツ帝国というと、1000年以上にわたる長い歴史を持ちながら、日本においてはその扱いは地味であり、数名の皇帝、 政策、文化について少々触れられるほか、十字軍、コンスタンティノープル陥落が取り上げられる程度です。しかしそこに 取り上げられる皇帝の中では有名なユスティニアヌスでさえ、その治世に何が起きたのか詳しいことは知られていないと思 います。本書はタイトルから見るとユスティニアヌスの伝記のようですが、ユスティニアヌス個人の伝記といった体裁の本 ではありません。ユスティニアヌスの時代のビザンツ帝国の政治・社会・経済の仕組みや、再征服戦争の過程、ペルシアや 周辺諸民族との関係、宗教問題といったトピックごとに章立てされ、皇帝ユスティニアヌスの業績がコンパクトにまとめら れています。

    丸島和洋「戦国大名の「外交」」講談社(選書メチエ)、2013年
    武田、今川、北条の三国同盟や信長と家康の同盟など、戦国時代には様々な同盟が結ばれています。それでは、戦国大名たちの同盟、 和睦、さらに領土問題など、「外交」にかんすることはどのようにして行われていたのか。そこに焦点を当て、戦国大名の「外交」 を担当した取次とはなにか、外交の文書の様式はどのようなものだったのか、外交交渉を行う際に派遣される使者はどのような人々 だったのか等々、戦国時代の外交についてまとめた一冊です。

    アンドレ・マルロー(渡辺淳訳)「王道」講談社(文芸文庫)、2000年
    20世紀初頭、カンボジアの「王道」沿いの密林にうもれたクメール王国の遺跡をさがしにクロードとペルケンの二人が現地の ガイドと下僕を雇って、密林の奥へと分け入っていきます。遺跡を見つけ、石像を運び出そうとするもののガイドが荷物を持って 遁走し、密林奥深くに取り残された彼らはフランス未帰順地帯へ踏み込み、モイ族の族長と交渉しますが、その時にペルケンが 探していたグラボという白人がそこにいることをしり、何とかそこから皆で脱出しようとするのですが…。

    著者マルローの若き日の盗掘の体験をもとに書かれた小説で、植民地での西洋人の蛮行を無批判に書いている所もあります。 「おれが死に方を考えるのは、死ぬためじゃなくて、生きるためだからね」「おれは死を見届けようとして生を過ごしているんだよ」 などなど、人間の生と死について考えさせる台詞を度々吐くペルケンが真の主役だと思います。

    ジャン=パトリック・マンシェット(中条省平訳)「愚者が出てくる、城寨が 見える」 光文社(古典新訳文庫)、2009年
    精神を病んでいたジュリーは、ある時企業家アルトグに、甥のペテールの世話係として雇われます。しかし、4人組のギャングにペテール ともども誘拐・監禁されてしまいます。監禁場所から脱出した後、それまでとは一変して追う側・追われる側双方が暴力や破壊をひきおこ す逃亡劇が展開されていきます。単純に良い・悪いでは分けられない、どこかしらおかしな人々が繰り広げるバイオレンスアクションと いったかんじです。

    ヒラリー・マンテル(宇佐川晶子訳)「ウルフ・ホール(上・下)」早川書 房、2011年
    ヘンリー8世の治世に活躍した政治家トマス・クロムウェルに焦点を当て、彼と対をなす存在のトマス・モア、国王ヘンリー8世などなど、当時 の宮廷人および、市井の人々もとりあげながら描き出した歴史小説です。この辺の時代に興味があったら読んでみてはどうでしょう。

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    チャイナ・ミエヴィル(日暮雅通訳)「都市と都市」早川書房(ハヤカワ文 庫)、2011年
    バルカン半島に存在するふたつの都市国家ベジェルとウル・コーマは、同じ位置においてモザイク状に組み合わさった特殊な領土を 有する国家でした。ベジェル警察のティアドール・ボルル警部補はある殺人事件を追ううちに、ベジェルとウル・コーマの狭間に ある「オルツィニー」を巡る謎などに引き込まれていきます。果たして2つの都市の間に狭間の世界はあるのか、そして殺人事件の 真相、この奇妙な都市の成立の謎は…?

    あえて相手を「見ない」ようにしている、同じ位置に二つの都市が並存している、その狭間に伝説の都市がある(と言われている)、 二つの都市の間で侵犯行為(ブリーチ)があれば、「ブリーチ」とよばれる組織によって取り締まられる、そんな世界で起きた殺人 事件をあつかっています。不思議な設定の警察小説、ミステリーのような、ハードボイルドのような、SFのような、何とも不思議 な感じです。

    最後の終わり方がなかなか渋いです。続編が作れそうな気がしますがどうなるんでしょうかねえ。

    三浦清美「ロシアの源流 −中心なき森と草原から第三のローマへ−」 講談社(講談社選書メチエ)、2003年
      現在のロシアのある地はかつては東から侵略してきたモンゴルに服属させられていた。その間諸侯同士の激しい争いも展開され、 争いの過程でモスクワが有力になっていきます。一方、西方ではドイツ騎士団による攻撃や、同じ頃強大な力を持つようになった リトアニアとの争いがおきています。これら内外で起こった争いを通じてモスクワ大公国が強大な力を持つにいたり、モスクワの 下でロシアが帝国として成立してくるのです。中世のロシア史という一般的にはおよそなじみの無い分野をとりあげ、この地 に強力な国家が作られるまでの歩みがかなり読みやすい文章でまとめられており、地名・人名の壁さえ越えればその先には、 周辺諸国や諸侯の争いの中で一体性を作っていくロシアの実に興味深い歴史が広がっています。

    水村美苗「本格小説」(上・下)新潮社、2002年
    著者と同じ名前の水村美苗がニューヨークで暮らしていたときにであった東太郎という男と彼に関わる人々の物語を聞き、それを 小説として書いたという設定で描かれていく壮大な物語です。日本に身分の違いというものが厳然と存在した時代に、太郎とよう子が 身分違いの恋をして、時を超えてかなり変わった形で継続し一時うまくいっているけれども悲恋に終わるという話を軸にすえ、日本の 歩みと足を合わせたような東太郎の立身出世、優雅なんだけれども何となくもの悲しさを感じさせる斜陽の上流階級の人々の暮らしを 絡めながら進められていきます。

    光成準治「関ヶ原前夜 西軍大名達の戦い」NHK出版(NHKブックス)、 2009年
    関ヶ原の戦いに至るまでの間、西軍についた大名たちはどのように振舞ったのか。毛利、上杉、島津、宇喜多といった西軍の 大名たちがあくまで己の勢力拡大に邁進しつつ、自分たちの領国において一元的支配を確立しようと努力する姿が合戦前の 状況からは浮かび上がってきます。

    光成準治「毛利輝元」ミネルヴァ書房、2016年
    関ヶ原の合戦では西軍の総大将的な立場に立った毛利輝元の評伝です。前半部分ではどうしても元就および吉川元春や小早川隆景 といった偉大な先人たちの陰に隠れてしまっているのか、彼自身の姿はあまり目立ちませんが、後半に向かうに従い、徐々に彼の 姿も見えてきます。とはいえ、肝心なところで思い切った行動を取れないといいますか、自ら出馬すべきところでなかなか出て こないとか、状況判断があまいというところを感じてしまいます。かといって、箸にも棒にもかからぬ人物というわけではなく、 豊臣のバックアップのもととはいえ、支配体制を強化したり、小国に転落した後、藩の体制を整備するなどの点では力量を発揮 しています。

    南直人「ヨーロッパの舌はどう変わったか 十九世紀食卓革命」 講談社(講談社選書メチエ)、1998年
    今の私たちが「洋風」の食事としてイメージするものは、肉や乳製品などを豊富にとる食事、といったところでしょう。しかし 果たしてその食事は太古の昔から成立していたのでしょうか。またコーヒーや紅茶を飲む習慣の普及、トウモロコシやジャガイモ の食生活への浸透、瓶詰めや缶詰、スープのもとのような加工食品の発展がヨーロッパではいつ頃からみられたのでしょうか。

    このような問いに対して、新大陸の発見や植民地獲得・交易発展によりヨーロッパに新しい食べ物や飲み物がもたらされ、それが 近世ヨーロッパで広まっていったこと、缶詰やスープのもとが19世紀になって作られ、広まっていくこと、そしてなにより19世紀 後半までヨーロッパでは肉や乳製品を豊富にとる食事をすることは困難であり、それまでの時代はしばしば飢餓状態に苦しめられ た歴史があったことが示されます。そして、近代化が進む中でヨーロッパの食生活はより豊かに、より整ったものへと発展してい ったということが述べられていきます。一方で食生活の近代化が進む中で食事のマナーが整えられていく過程や、栄養指導やイン チキな食への規制といった「イデオロギー」と食の関係、そして美食の問題などヨーロッパの食生活から人々の考え方などについ ても考察していきます。近代化がヨーロッパの食生活にどのような影響を与えたのか、近代的食生活を成立させたものは何か、 そのようなことを考える参考になると思われます。

    南川高志「新・ローマ帝国衰亡史」岩波書店(岩波新書)、2013年
    ローマ帝国は何故滅びたのか、ギボンの大著以降も様々な人がそれについて考察を巡らせています。本書ではローマ帝国滅亡の 理由について、「ローマ人である」というアイデンティティの変容とそれにともなう寛容性の喪失といったところに求めています。

    タイトルを見るとギボンのように長い時代を扱っているのかと思いますが、扱われているのは主に4世紀、5世紀のローマ帝国です。 コンスタンティヌスやユリアヌスといった皇帝立ちが何を行ってきたのか、そういったことがかなりまとまって書かれています。 4,5世紀のローマ帝国政治史について最近の研究成果を盛りこみながら、可能な限りわかりやすくまとめた一冊だとおもいます。

    南川高志「ユリアヌス」山川出版社(世界史リブレット人)、2015年
    「背教者」とよばれることもあるユリアヌスについて、彼は一体どのような人物だったのかをコンパクトにまとめた一冊です。 宗教的な事柄より、政治的な面にウエイトがおかれた一冊となっています。当時のこうあるべきという路線、周りの人の思惑 からは逸脱した皇帝としてユリアヌスが描かれています。

    宮崎正勝「「空間」で読み解く世界史」新潮社(新潮選書)、2015年
    世界の歴史において、「空間革命」という概念を用いて、人間の活動空間の形成と拡大のながれとして見ていこうとする一冊です。 知識的には高校世界史の教科書レベルで十分です。一方、最近研究が進んでいる海域世界の事については、ちょっと取り込み方を 工夫した方が良かったのではないかと思います。

    宮下規久朗「食べる西洋美術史 「最後の晩餐」から読む」光文社(光文社新 書)、 2006年
    レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作「最後の晩餐」はイエスが逮捕前日に弟子たちと食事をともにする場面を描いた作品です。そこで パンとワインを弟子たちに分け与えたことが、その後のキリスト教の教義に大きな影響を与えることになるのですが、本書では「最後 の晩餐」を出発点として、西洋美術で数多く描かれた人が食事をする場面や静物画をとりあげ、なぜ食事をする場面が絵画の題材とし て選ばれたのか、絵画に描かれた物に込められた意味は何かといったことに迫っていきます。

    簡素な食事を「良い食事」とし、飽食・ 大食は「悪い食事」とみなされること、肉と魚では魚のほうが良いと見られたこと等が指摘されています。また、人が食べる場面には 「悪い食事」を戒める教訓的な意味が込められる一方、そのような視点は時代を経るにつれ薄まっていく背景として、社会全般が飢餓 に常に晒された時代には腹一杯食べるという人々の願望を目に見える形で表していたということが指摘されます。近代美術における 食べる場面や食に関する絵画も扱われ、そこでポップアートなどについてどのような意味を持つのかも軽く説明されていますので、 現代美術は理解不能という人にもおすすめかもしれません。

    宮下志朗「神をも騙す 中世・ルネサンスの笑いと嘲笑文学」岩波書店、 2011年
    王を騙し、他の人々の目を欺きながら密会をするトリスタンとイズー、自分を目立たせたいが為に他人をはめて喜ぶ芸術家、後にその名前が 人を騙したり欺いたりする行為を意味する動詞化し、さらに全く関係ない作品まで自作とみられるようになったヴィヨン、そして騙しやいたずら を描いた「ティル・オイレンシュピーゲル」。こういったものをあつかいながら、近代以前の自己意識創発を探っていく本なのですが、終盤は そういったことよりも「ティル・オイレンシュピーゲル」の来歴の話の方が多かった気がします。

    宮田律「中東イスラーム民族史 競合するアラブ、イラン、トルコ」中央公論 新社(中 公新書)、 2006年
    中東のイスラーム世界を構成するアラブ人、イラン人、トルコ人の前近代の歴史と、近現代のこれら諸民族の民族主義、 現代の国際政治における複雑な関係についてまとめた本。前近代の歴史のまとめについては期待したほど面白い本ではなく、 むしろ近現代のイラン、トルコ、アラブ3民族の動きや現代の複雑な国際関係について理解する手がかりとしては面白い本だと 思いました。イスラーム原理主義を掲げるイランがアゼルバイジャンではなくアルメニアと関係を強化していたり、トルコが イスラエルと軍事的にも協力関係にあったと言うことなど、中東=イスラームと言うだけでは理解できない国家間の関係がわかる と言う点では結構重宝すると思います(歴史の本としては一寸不十分かなとおもいますが)。

    宮野裕「「ノヴゴロドの異端者」事件の研究 ロシア統一国家の形成と「正統 と異端」 の相克」風行社、2009年
    15世紀後半から16世紀初頭にかけて、ロシアには「ノヴゴロドの異端者」と呼ばれる集団が存在し、ロシア正教と対立し、時には政治にも 関わり混乱を引き起こしたと言われてきました。本書では「異端者」に関する記述を丹念に検討し、誰がどのような状況で誰に対して「異端者」 としての告発を行ったのかをはっきりさせながら、雑多な人々が意図的に一つのまとまった「異端者」集団として作られたこと、そしてそれが ロシアの統合において重要な意味を持っていたことを示していきます。通説的な理解をひっくり返していくところは非常に面白いですね。   

    宮脇淳子「最後の遊牧帝国 ジューンガル部の興亡」講談社(選書メチエ)、 1995年
    かつてユーラシア大陸を制覇しモンゴル帝国を作り上げた遊牧騎馬民族や彼らの暮らす中央ユーラシアに関する歴史は、 14世紀に元朝が中国から撤退し、北へ引き上げてから後の時代になるとそれまでほどには注目されなくなってしまいがち です。しかし北方へ引き上げた後にもモンゴル帝国の末裔達は独自の国家を作り上げ、周辺地域との交流を持つなど、 各地で独自の動きを見せていました。

    土木の変で明朝の皇帝をとらえたエセンを輩出したオイラト部の歴史を詳しく とりあげるほか、再びモンゴル高原を統一したダヤン・ハーン、チベットと交流を持ちモンゴルにチベット仏教を普及 させるきっかけを作ったアルタン・ハーンのような傑物、そして17世紀中央ユーラシアにおいて最後の大帝国を築き あげたジューンガル部についての歴史も詳しく取り上げられています。特にジューンガル部のガルダンと清朝の康煕帝 の戦いについて1章をさくなど、ジューンガル部とオイラト部の歴史を詳しく知りたい人にはお勧めの1冊です。

    エドウィン・ミュア(橋本槇矩訳)「スコットランド紀行」岩波書店(岩波文 庫)、 2007年
    スコットランドのオークニー諸島出身の詩人ミュアが1934年にスコットランド各地を旅したときの紀行文です。スコットランドと いうと山と湖と海に恵まれた豊かな美しい自然と、古い歴史のある大地というイメージがありますし、ウィスキー、タータンチェック、 歴史的建造物、ゴルフ、ハイランドの雄大な景色(あと、エールタイプのビールも)等々を思いおこす方もいるでしょうし、その スコットランドの紀行文となると、歴史的伝統や豊かな自然をたたえるような文章だと思うかもしれません。

    もちろん、スコットランド の自然の美しさも本書は伝えていますが、それ以上に世間一般で「スコットランドらしい」と思われるものをぶった切りつつ、世界恐慌 の痛手からなかなか立ち直れないスコットランドの社会の抱える様々な問題をえぐり出していきます。著者のミュア自身が社会主義者だ ったりするので、そちら側の視点がかなり強調されているようなところも感じられますが、ここに出てくるエジンバラやグラスゴウの 様子を読んでいると何となく今の日本もこういうところはあるんじゃないかと思わされます。

    フランク・ミラー&リン・ヴァーリィ「300(スリーハンドレッド)」小学 館プロダ クション、2007年
    レオニダス王率いる300人のスパルタ軍とクセルクセス1世率いるペルシア帝国の大軍が激突したテルモピュライの戦いを題材にした 映画「スリーハンドレッド」が2007年初夏に公開されていますが、これはその原作となった劇画です。これを読むと、映画の方はかなり 無理しながら話を広げていると言うことが分かるとともに、原作の方が余計なものがなく、まさにハードボイルドな歴史劇画といった 感じになっています。

    マデリン・ミラー(川副智子訳)「アキレウスの歌」早川書房、2014年
    ギリシアのある国の王族として生まれながら追放され、ペレウス王の元にひきとられたパトロクロスはそこでアキレウスと 出会います。半神として優れた才能を持つアキレウスと、ごくごく平凡なパトロクロスがいつのまにか友情を深めていきます。 しかしそんな二人もトロイア戦争に従軍することになり、それが彼らの運命に影を投げかけることになります。

    パトロクロスの視点からアキレウスやトロイア戦争について語り直された小説です。登場人物の造形が結構しっかりしている ように感じました。面白いですよ。

    ジョン・ミルトン(平井正穂訳)「失楽園(上)(下)」岩波書店(岩波文 庫)、1981年
    神との戦いに敗れ地獄に追いやられたサタンが人間を堕落させ、それにより人間が楽園を追放されるという物語です。 しかし、アダムとイブが楽園を出て行く姿は何となく人が大人になっていくような雰囲気が感じられます。

    スティーヴン・ミルハウザー(柴田元幸訳)「ナイフ投げ師」白水社、 2008年
    ナイフ投げを極めたシュンツの見せる芸が行き着いたところは…、自動人形の名人が10年の沈黙を守って発表した新作のできは…、 工夫の凝らされたデパートを出てもなぜか違和感を感じる…、なにか一つの物をずっと追いかけ、それがきわまったところにあるものは 一体何なのか、何となく不思議な感じがする短編が収録されています。不思議な話の短編集という物は色々ありますが、オチがあまり はっきりせず、果たして一体どうなったのか気になる話が多いです。

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    イェルク・ムート(大木毅訳)「コマンド・カルチャー」中央公論新社、 2015年
    アメリカとドイツにおける将校教育の過程を比較し、アメリカにおける将校教育の問題点に迫っていく一冊です。本書は将校の 教育課程からみたアメリカとドイツの比較史というべき内容ですが、アメリカのウェストポイントやドイツの幼年学校について 扱われた部分は教育にたいして関心のある人が読んでも非常に面白いと思います。

    村井章介「海から見た戦国日本 列島史から世界史へ」 筑摩書房(ちくま新書)、1997年
    16世紀の東アジア世界では既存の秩序が弛緩する一方で、海域世界では一大交易ブームにのって様々な人々が活発な活動を展開 していました。16世紀の日本史というと戦国時代の武将達の争いと天下統一という方向で語られることが多いですが、この本で は上記のような視点から、海域世界と日本の歴史がどのように関係しているのかということや、世界の歴史の中での日本の関係 などをもとに記述が進められていきます。蝦夷地や東北を舞台として環日本海世界で活発な交易が展開されたり、琉球の繁栄に ついてふれた箇所があり、さらに日本銀の流通と様々なネットワークの存在を述べ、そして17世紀にはいると東アジアに統一的 な権力が再び生まれて、それによって新たな秩序が作られて安定する一方で、盛んな交易といったものは見られなくなっていく ということがまとめられていきます。日本一国にとどまらずより広い視点で日本の歴史を考えてみたい方におすすめです。

    村上信明「満洲の蒙古旗人 その実像と帝国統治における役割」風響社、 2007年
    清朝を支えた社会・軍事組織である八旗に属する旗人のなかに蒙古旗人と呼ばれる人々がいます。彼らが清帝国の統治に置いてどのような 役割を果たしたのか、モンゴル人であり、なおかつ旗人として組み込まれた彼らの「モンゴル」的要素として重要な物は一体何か、そういった 事に迫っていきます。彼らのモンゴル語能力や、チベット仏教との関係についてふれつつ、帝国の藩部統治を円滑に進めるために欠かせない存在 であったということをコンパクトにまとめた1冊です。ブログの記事

    村上満「麦酒伝来 森鴎外とドイツビール」創元社、2006年
    現在日本で飲まれているビールの大部分はラガービールですが、ドイツのラガービールが日本で定番となるまでにはさまざまな 過程がありました。本書では日本におけるビール伝来、国産ビールの製造に関する苦労話、そして明治時代にドイツに留学した 様々な人々とビールの関わりを、逸話を交え、時には少々脱線しつつも語っていきます。留学先でビールを味わった森鴎外や、 味わうどころか一気飲みの悪習を日本陸軍にもちこんだ乃木希典、ドイツびいきが昂じて日本におけるドイツビールの普及にも 一役買った青木周蔵などの逸話を読みつつ、何故日本では先に入ってきたイギリスのエールではなくドイツビールが普及したのか を考えてみると面白いのではないでしょうか。

    村上隆「金・銀・銅の日本史」岩波書店(岩波新書)、2007年
    2007年、日本の石見銀山が世界遺産に登録されましたが、かつては石見銀山の銀が世界を巡っていた時代がありました。また、 かつては日本のことを「黄金の国・ジパング」だと信じた人々が、それを求めて大海原の彼方からやって来たこともありました。 また、日本国内でも金・銀・銅と言った金属を加工して様々な物を作っていたことが残された遺物から知られています。

    本書は、 前近代の日本における金・銀・銅を得る技術とそれを加工する技術がどのように発展していったのかということを、主に考古学の 成果をもとにしながらまとめています。古代の工房跡とおぼしき飛鳥山遺跡、中世都市草戸千軒、近世の石見銀山といった遺跡 のみならず、実際に残された色々な物(鉄炮の部品や弾丸、さらにはキリスト教のメダイや引き上げられた開陽丸の遺物)をとり 挙げながら、日本における金属獲得の方法から、獲得した金属の加工技術を説明していきます。

    その際、金属の成分分析によって、銅の合金についても青銅が一般化する前に試行錯誤が行われていたこと(アンチモンとの合金 がある)がわかったり、考古学の成果をもとに古代の時点で灰吹法ににたやり方で金銀を得ていたことなどが述べられていますが、 なにより、前近代日本の金属加工技術の水準の高さには驚かされます。

    村田奈々子「物語 近現代ギリシャの歴史」中央公論新社(中公新書)、 2012年
    古代ギリシアを扱った本は数多くあり、中世のビザンツ帝国にかんする本もかなり増えています。しかし近現代ギリシャの歴史を扱った本は それらと比べて少ないと言う状況です。本書はギリシャの独立を巡る動きから現代までを取り扱っています。大国の都合によりギリシャの独立 が達成されたことや、地域主義は内部での対立が激しいために外国から君主を迎えることを望んだりとといった独立を巡る裏事情もですが、 「メガリ・イデア」の実現に向かうギリシャのあまりの弱さ、第2次大戦後の内戦や軍部独裁のような身内同士の殺し合いをのりこえ、ようやく 安定した体制になったかと思うと、2011年の経済破綻のタネがその頃にばらまかれていたりと、なにゆえにここまで苦難の道を歩まねばならな いのかと、読んでいて色々と考えてしまいました。

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    ザッカリー・メイスン(矢倉尚子訳)「オデュッセイアの失われた書」白水 社、2011年
    ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」の異本が見つかったという設定で書かれた短篇集です。「オデュッセイア」以外にも、「イリアス」や ギリシア神話、歴史などなどからネタをひろいながら書かれたパロディといった感じです。後書きで訳者の方が書いているほどにはそんなに    深い、という感じはしないですね。こういう、一寸変わった話に慣れてしまったからでしょうか。

    マーシャ・メヘラーン(渡辺佐智江訳)「柘榴のスープ」白水社、2006年
    アイルランドの田舎町にやって来たイラン人3姉妹がイラン料理店を開いたことから、アイルランドの田舎町で暮らす人々に 様々なことがおこります。異質な者に対する偏見や差別感をむき出しにする人々と、異質な者に魅せられて受け入れる人々に 町の人々が分かれていったり、三姉妹が革命のおきたイランを逃れてくるまでの過酷な経験や偏見との戦いなどもかかれてい ますが、そんな重苦しい感じではなく、イラン人3姉妹とそれを取り巻く人々の物語が進行します。その中に描かれる料理の 場面がなかなか魅力的で、読んでいるとおなかがすいてきます。

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    毛利晶「カエサル」山川出版社(世界史リブレット人)、2014年
    古代ローマの数多くの人物の中で、ある史家をして「ローマ史が生んだ唯一の天才」とまで言わしめ、多くの人の興味を惹いて やまないカエサルについてコンパクトにまとめた一冊です。共和政ローマの状況について簡潔にまとめ、その後はカエサルの生涯 をたどり、カエサルの神格化や彼がその後のローマに残したものについてとりあげていきます。

    元木泰雄「河内源氏 頼朝を生んだ武士本流」中央公論新社(中公新書)、 2011年
    後に鎌倉幕府を開くことになる源頼朝は河内源氏の流れをくむ。本書は、その河内源氏の歴史を、河内源氏の始まりから義朝の時代まで まとめた一冊です。密告、裏切り、一族間の相克、何でもござれと言う感じの波瀾万丈な歴史が書かれた一冊です。

    元木泰雄「平清盛の闘い 幻の中世国家」角川書店(角川ソフィア文庫)、 2011年
    「平家物語」等々では悪人として描かれる平清盛。しかし、彼が実際に何を目指していたのかということをよく見ていくと、新しい国家 の仕組みを作ろうとした、非常に優れた指導者としての姿が浮かび上がってきます。外国との貿易、後白河院政を否定した新しい貴族と 武士の融合した政権の確立、そういったことがまとめられています。2012年の大河ドラマが平清盛なので多くの本が出ていますが、これ は結構読みやすくていいと思います。

    本橋哲也「ポストコロニアリズム」岩波書店(岩波新書)、2005年
    「ポストコロニアリズム」と聞いてもピンとこない人のほうがおおいとおもわれますし、そもそもそんなものがあること自体を 知らない人が多いかもしれません。西洋近代の歴史を植民地主義の歴史ととらえて、近代の思想や学問のなかにある西洋中心主義 のようなものを明らかにし、近代以降の歴史を西洋と他者との支配と抵抗の歴史としてみていく考え方のようです。そしてそれは 植民地支配が終わった後もなお植民地主義を再検証し続けるという姿勢をとるようです。普段なじみのない言葉でありますが、 色々な問題を考える一つの道具として知っておくと良いかと思います。そのポストコロニアリズムについて、フランツ・ファノン、 エドワード・サイード、ガヤトリ・スピヴァクの3人の代表的な理論家をとりあげながら大まかなところを押さえるのにはよい本だと おもいます。

    本村凌二「優雅でみだらなポンペイ」講談社、2004年
    西暦79年8月24日、800年近く眠り続けていたヴェスヴィオ火山が突如大噴火を起こし、火砕流がふもとの町をおそいました。 これによりポンペイの町は地下深く埋もれ、後の時代に発掘されるまで人々に知られることなく埋もれてきた。そのポンペイ の発掘が進むことにより古代ローマの人々の生活が明かされてきました。ポンペイの遺跡の様子やそこに残された落書きから 当時の人々の生活の様子をあきらかにしていきます。本書は1996年に中央公論新社から出版された「ポンペイ・グラフィティ」 の増補改訂版ということで、新しいことも色々と盛り込まれているようです。どの辺りが変わったのかを比較しながら読んで みるのも面白いかもしれません。

    本村凌二「多神教と一神教 古代地中海世界の宗教ドラマ」岩波書店(岩波新 書)、 2005年
    古代のオリエントや地中海世界ではほとんどの民族、国家では多神教でしたが、やがてこれらの世界は一神教のキリスト教と イスラム教に席巻されることになります。本書はメソポタミア、エジプト、地中海東岸、ギリシア、ローマにおける宗教について 多神教から一神教へと変わる過程をまとめた本ですが、単なる古代宗教の概説書ではなく、一神教の成立をアルファベットの出現と 危機や抑圧と言った観点から論じているところは他の類書では見られないのではないでしょうか。

    本村凌二「地中海世界とローマ帝国」講談社(興亡の世界史第4巻)、 2007年
    一括紹介その4に掲載

    本村凌二(編著)「ラテン語碑文で楽しむ古代ローマ」研究社、2011年
    古代ローマ史、古代地中海世界史を研究する上で碑文は重要な役割を果たしています。碑文を通じて古代ローマの歴史や世界について 眺めてみようという本です。取り上げられている碑文は、著名な皇帝や重要な出来事に関わる物から、古代ローマに生きた一市民や兵士、 日常の出来事に関係する物まで、幅広いです。こう言う形でローマの歴史に親しむのもありかなと思います。

    本村凌二「帝国を魅せる剣闘士 血と汗のローマ社会史」山川出版社、 2011年
    剣闘士競技は、古代ローマにおいて行われてきた、歴史上でも珍しい公開殺人競技です。では、このような競技がどのような起源を持ち、 そこからどのように発展してきたのか、そして剣闘士のタイプや興業の進め方などはどうなっていたのか、さらに剣闘士競技を同時代人 たちがどのようにみていたのか、衰退したのはどのような理由なのかといったことを書いていきます。

    さらに、著者が「発見」し、「訳」した剣闘士が残した“手記”というものも掲載されています。これはこれで、なかなかおもしろい 試みだと思います。完全に小説みたいにできないところはちょっと苦しいと思いますが。

    本村凌二「ローマ人に学ぶ」集英社(集英社新書)、2012年
    ローマ史研究者によるローマ史についての軽いエッセーのような本。しかし、時々はっとさせられる指摘があります。

    本村凌二・中村るい「古代地中海世界の歴史」筑摩書房(ちくま学芸文庫)、 2012年
    古代のオリエント世界から始まり、ローマ帝国に到るまでの通史です。もともとは放送大学のテキストだった物に加筆を施したという こともあり、基本的には教科書然とした記述が多いのですが、時々かなり思い切った指摘がなされている箇所もあります。古代史に ついてかるくざっとおさえてみようと思う人にはいいとおもいます。

    本村凌二(編著)「ローマ帝国と地中海文明を歩く」講談社、2013年
    地中海世界およびローマ帝国に関係する場所について、そこの歴史的背景を詳しく説明した本。学術的観光案内書のようなものを作りたいと いう先生の意図はかなり達成されているんじゃないでしょうか。

    サマセット・モーム(天野隆司訳)「昔も今も」筑摩書房(ちくま文庫)、 2011年
    イタリア統一の野望を実現すべく邁進するチェーザレ・ボルジアのもとに、フィレンツェからマキャヴェリが派遣されてきます。そして、 チェーザレとマキャヴェリとの間では、虚々実々・丁々発止のやりとり、息詰まるような交渉が展開されていきます。一方で、マキャヴェリ が気に入った人妻を口説き落とすために周囲の人間をどんどん巻き込んでいきます。チェーザレとの「知的格闘」、人妻ゲットのための「痴的 格闘」、果たして結末は如何に?

    サマセット・モーム(行方昭夫訳)「お菓子とビール」岩波書店(岩波文 庫)、2011年
    あるとき、友人から高名な作家の伝記を書くための情報提供をたのまれ、それとともによみがえる作家とその妻と過ごした日々をかいています。

    主人公はモームその人をモデルにしていますし、高名な作家や友人についてもそのモデルがいるようですが、友人に対する表現がなかなか皮肉が きいていますね。あと、作家の妻はほんと自分の思いに忠実と言いますか、非常に奔放な方だなあと。まさか最後、ああいう後日談があるとは 思いませんでいたが。

    サマセット・モーム(中野好夫訳)「月と六ペンス」新潮社(新潮文庫)、 1959年
    平凡な中年の株屋ストリックランドはある日突然画家となろうと思い立ち妻子を捨ててパリへ出て行きます。そこでは彼を高く評価する友人 から妻を奪ってしまい、さらに彼女を自殺させるに至り、南国タヒチに逃れます。そして現地の女と同棲し、ハンセン氏病を患いながら、 壮麗な大壁画を完成させるにいたります。タヒチでの生活と言うことで、ゴーギャンの生涯に着想を得て書かれた作品ですが、ストリックランド に翻弄されたストルーブが何とも哀れです…。

    森茂暁「南北朝の動乱」吉川弘文館(戦争の日本史)、2007年
    南北朝時代というと鎌倉時代から室町時代までの移行期でもありますが、本書は長きにわたる内乱が歴史の推進力となったと言う視点から 南北朝の争いを捉えていこうとしていきます。とはいえ本書は南北朝の通史ではなく、あくまで扱われるのは内乱と、それによって何がどのよ うに変わったのかと言う事です。また、南北朝の争いだけではなく、南北朝が一つに纏まってからあとの時期(義満、義持、義教)の政治体制 や、対外関係についての話題も取り上げられています。

    森達也「悪役レスラーは笑う 「卑劣なジャップ」グレート東郷」岩波書店 (岩波新 書)、2005年
    戦後の日本のプロレス界に深く関わった悪役レスラーグレート東郷。多くの人は彼を守銭奴のように言い(実際ギブアンドテークが 普通だと思っている所があります)、一方で力道山は彼をさん付けで呼び続けるようにその評価は人により少しだけ違うようです。 アメリカのリングで悪役を演じ、日本のプロレスに選手やプロモーター的存在として深く関わったグレート東郷とは一体何者だったの か。

    本書はグレート東郷とは一体何者なのか、その出自について調べながら日本のテレビ文化やナショナリズムについて切り込んでいく という本です。彼のことを知る人間の数も今は少なくなり(彼と一緒に仕事をした人の多くは既にこの世にいません)、非常に限られた 情報源からグレート東郷について追いかけていくものの結局出自について「グレート東郷は〜だ」という断定ができないというところに 彼の非常に複雑にねじれた立ち位置のようなものが窺えるような気がします。

    色々な人のインタビュー(内容的には結構同じ事が重なっ ているような気もしますが)をおりまぜつつ、そのなかに岩波の編集者まで登場させてしまうところをみると「グレート東郷を探して」 とかタイトルつけたドキュメンタリー番組になりそうな感じです。題材はプロレスラーですがプロレスを知らない人も知っている人も読 める本だとおもいます。

    森川哲也「モンゴル年代記」白帝社(アジア史選書)、2007年
    モンゴル人たち自身が書き残した“モンゴル年代記”は「元朝秘史」が書かれたのを皮切りに数多くの著作が残され、明清期のモンゴルに ついて知ることができる史料として、またモンゴルの宗教や文化に関する史料としての価値が高いとされています。本書ではそれらの 年代記について、その書誌学的情報から、編纂の時期や編者の問題、年代記にまつわる議論、そして構成や内容を紹介していきます。

    モンゴル人による初の年代記である「元朝秘史」が編纂されてから次にモンゴル年代記が編纂されるのが16世紀後半と、かなり空白がある のですが、再びモンゴル年代記が編纂されるきっかけとしてチベットの影響が挙げられ1章が割かれていたり、その影響もあって、 チンギス・ハン家の王統が遡るとチベット、さらにはインドに結びつけられているようすが16世紀後半以降の年代記に見られること 等が分かります。各年代記の概要もついているため、大まかなあらすじを読んで内容も理解できるようになっていて、そこに書かれて いる内容もなかなか興味深いものがあります。

    セシル・モリソン(橋口倫介訳)「十字軍の研究」白水社(文庫クセジュ)、 1971 年
    一括紹介その3に掲載

    森谷公俊「王妃オリュンピアス アレクサンドロス大王の母」 筑摩書房(ちくま新書)、1998年
    (文庫版:「アレクサンドロスとオリュンピアス 大王の母、光輝と波乱の生涯」筑摩書房(ちくま学芸文庫)、2012年)

    一括紹介その1へ移動しました。

    森谷公俊「王宮炎上 アレクサンドロス大王とペルセポリス」 吉川弘文館(歴史文化ライブラリー)2000年
    一括紹介その1へ移動しました。

    森谷公俊「アレクサンドロスの征服と神話」講談社(興亡の世界史1巻)、 2007年(文庫版2016年)
    一括紹介その4へ掲載。一括紹介その1も参照。

    森谷公俊(著)・鈴木革(写真)「図説アレクサンドロス大王」河出書房新社 (ふくろうの本)、2013年
    一括紹介その1へ掲載。

    森平雅彦「モンゴル帝国の覇権と朝鮮半島」山川出版社、2011年
    モンゴル帝国の支配下におかれた高麗が、そのような状況下でどのように振る舞ったのかをまとめた一冊です。モンゴルによる 高麗の支配はどのような物だったのか、とりあえず押さえておくにはちょうど良いと思います。

    森部豊「安禄山 「安史の乱」を起こしたソグド人」山川出版社(世界史リブ レット人)、2013年
    安禄山というと、でっぷりと太った体格ながら踊りがうまく玄宗皇帝に気に入られて取り立てられたと言う話、その腹に何が入っているのかと 皇帝に聞かれ「ただ赤心のみ」と答えたにもかかわらず、後に安禄山の乱を起こしたと言った逸話があります。世界史の教科書などでは、安禄山 の乱を起こしたと言うこと、そしてそれが唐の体制の転換のきっかけとなっていったと言うことがふれられています。

    本書はそんな安禄山と安史の乱を、アッバース革命や北方での遊牧民諸勢力の勃興など大きなうねりが見られた同時代のユーラシアの歴史の中に 位置づけようとしていきます。安禄山の出自やソグド・ネットワーク、行軍の常駐化と節度使の出現、ソグド人、騎馬遊牧民などが混在する ハイブリッドな地域としての北中国の状況と言ったことが触れられ、ユーラシアの歴史変動の中に安史の乱を位置づけていきます。。

    森安孝夫「シルクロードと唐帝国」講談社(興亡の世界史第5巻)、2007 年
    一括紹介その4へ掲載。

    手に取った本たち
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