「アレキサンダー」鑑賞記


2005年2月5日、「プラトーン」や「7月4日に生まれて」で有名なオリバー・ストーン監督による大作史劇「アレキサンダー」 の日本公開が始まりました。当初は個人的な事情で当分の間は見られないかと思っていたのですが、時間の都合がついたため、 さっそく公開初日の夜に見に行ってきました。事前に入ってくる情報が200億円の制作費を使いながらアメリカでは興行成績は ふるわず、さらに全米最低映画を決めるゴールデンラズベリー賞(通称ラジー賞)に堂々6部門ノミネート、ギリシャでは劇中 の同性愛描写に対して訴訟を起こそうとする動きが起きる等々のどうも良くない情報ばかりでしたが、果たしてどうなのか・・・。 (その後DVDも購入して何度も見直しているので、今まで見落としていたことなども書いていければよいかと思います)。

  • 映画の構成・表現
  • 物語の冒頭、アレクサンドロス大王没後およそ40年目のある日、エジプトのアレクサンドレイアにてエジプト王プトレマイオス がアレクサンドロスの事績について記録を残すべく、書記に口述筆記をさせています。彼の話はフィリッポス2世治下のマケドニア の台頭から始まり、アレクサンドロスの誕生と成長、フィリッポス暗殺とアレクサンドロス即位、東征への出発と勝利、インドへ の遠征、帰還、死までを語っていきます。本作品はプトレマイオスの回想というかたちでアレクサンドロスの生涯が描かれていく という展開になっています。回想形式という表現方法をとったことにより、アレクサンドロスの生涯のなかでこれはと思うシーン のみをピックアップして描き出していくことになりますが、そのためかなりの部分をナレーションですませてしまう部分が見られ ました。

    ナレーションを聞いていれば確かに話はつながるのですが、映画館で見たときにはどうも映像を見ていも何となく話がつながらない というかぶつ切りな感じがしました。また、アレクサンドロスの生涯すべてを映像で表現するのは時間も資金も足りないので無理だ と思いますが、せっかく映画の中でかなりきれいだなあと思える映像があったり、ちょっと変わっている演出をしているシーンがあ るので、安易にナレーションですませるのでなく、映像でうまくつながりを見せてほしいところもありました。確かに映画撮影には 色々な事情があってナレーションですませなくてはいけないところはあると思いますが、あくまでもこれは「映画」であって、朗読 劇ではないのだから・・・。なにより、映画開始して間もない時点で、ナレーションを多用して話を進めるのはいくら何でもまずか っただろうと思います。つかみで失敗したらアレクサンドロス大王についてほとんどなじみのない観客にとって、残り2時間45分位 はもうどうしようもなくなるでしょうに(様々なところで見られる悪評の原因はここにあるのではないかという気がします)。

    やはり映画としては映像で見てどの程度分かるのか、それを試してみるべくDVDを購入して改めて映画を見るときに字幕を消して見 たり、ナレーションになると音を消してみたりといろいろやってみましたが何でこうなったのかわかりにくい箇所がありました。 例えば映画の中で後半アレクサンドロスと行動をともにしているペルシア貴族ファルナケスはガウガメラでは敵だったのに何時の間 にアレクサンドロスと一緒にいるようになったのかとか、なぜスタテイラ王女が自分や他の家族の助命をしなくてはいけない状況に なったのか、インドから撤退するマケドニア軍の陣地の付近にあった巨大な像や椅子は一体何かといったことはわかりにくいんじゃ ないかと思います。史実としてはペルシア貴族のなかにアレクサンドロスの側近になる者もいましたし、ペルシア王の家族の助命嘆願 もありました。また、アレクサンドロスが巨大な像をインドに残していったという伝承も確かにあります(本当のところはよくわかり ませんが)。しかし映画を見ていてもそのへんのことは分からないわけで、いきなりそう言う場面を見せられると、何となく唐突な感 じがしますしどうなってるんだろうと思う所もあります。監督達は色々な史実を調べあげ、それを映画で表現しやすいように改変して 盛り込む分にはよいのですが、なぜそう言うシーンになるのか、なぜそう言うことをするのか、そういう人がなぜいるのかがわかりに くくなっているような気がします。

    また、見ていてちょっとひっかかったのはフィリッポス2世とアレクサンドロスが宴会でけんかしてアレクサンドロスが仲間と一緒に 出て行ったあと、プトレマイオスの語りを挟んで次に来るシーンがガウガメラの戦い直前であったり、クレイトス刺殺の直後にフィリッ ポス2世暗殺とアレクサンドロス即位の回想シーンが入り、次のシーンがマケドニア兵の騒擾事件にいくところです。どうもこの辺りは 見ている人の多くにとまどいを与えたようですし、確かにつながりがわかりにくいかなと思いました。私の場合はどうも脳内で情報を 補完して見てしまうところがあるため、一寸つながりがわかりにくいけどまあこういう事なのかなと思ってすませてしまった部分があり ますが、予備知識も何もない人が見た場合かなりの確率で映画についていけなくなるのではないかと思います。アレクサンドロスが兵士 の信頼を失っていく(でも兵隊達は皆ついて行くのですが)、その過程を撮りたいと言うことでマケドニア兵の騒擾の場面をいれたのだ とは思いますが、クレイトスを殺して落ち込んでふさぎ込むアレクサンドロスがフィリッポス暗殺を回想し、それから騒擾の場面にいく 前にほんの少しでも話を繋げられるようなシーンを入れておいた方が良かったのではないかと思います。また、フィリッポス暗殺から ガウガメラまでをナレーションですませたことですが(暗殺については後半で触れられるとはいえ)、アレクサンドロスの栄光と悲劇を 描くのであればこの時期のことを映像でもっと多めに見せたほうがよりはっきりしたのではないかと思います。何がアレクサンドロスに 統治を可能にしたのかが少々伝わりにくい作りになってしまっているように感じました。

    とりあえず映画の構成としては、色々なことを盛り込もうとしてぶつ切りになりまとまりが無くなっている点とナレーションの多用 という2点で少々まずいことになっていると思います。色々な情報を詰め込むのはよいのですが、それが何なのか見ているうちに 分かるような感じではなく、唐突に色々な物が出てくる感じがします。もっとも、オリバー・ストーンがこの映画で自分のとりた い物・やりたい事をまとめてぶち込んだ、オリバー・ストーンらしい映画と言えばそういえるでしょう(そうはいってみたものの、 真面目に見たことのあるオリバー・ストーン作品は「プラトーン」「JFK」「エニイギブンサンデー」くらいしか無く、それだけ でもってオリバー・ストーンの作品について語るのはおこがましいですね。そういうわけで、“オリバー・ストーンの映画として” どうなのかという点からの評価は控えたいと思います)。

  • 人間的なアレクサンドロス
  • 本作におけるアレクサンドロス像については様々な感想が出されているようです。アレクサンドロスは生前から半ば神話化 したとらえどころのない人物でしたが、死後になって様々な伝承が加わった結果、イメージや神話が先行しているところが あります。そのため、力強い英雄としての面が強調されがちですし、そういったイメージを持って本作を見に行かれた方も多い ようです。しかし本作のアレクサンドロスはあくまでも等身大の人間として描き出されているようで、そのため、戦いの前夜に 悩んだり、戦いにおいては鬼神の如き力を発揮するものの、戦いが終わった後に犠牲者の中を泣きじゃくりながら歩いたり、 大人になっても母親オリュンピアスに対する畏れの気持ちが抜けていなかったり、意見の合わない部下と激しく口論したあげく 襟首をつかんでけんかしたり、酒の席で無茶したり、ワイルドだけれども弱みももった人物として描かれているようです。

    個人的には今更荒唐無稽な英雄物語なんか作ってどうするの?と思っていたので、人間としての弱みを持つアレクサンドロスと いう描き方には納得がいきますし、そう言う点では結構うまく演じていたように思います(演技についてぼろくそに言う人は、 多分英雄としてのアレクサンドロスを期待していたのでしょう)。ただ、あの髪の毛は何とかならなかったのでしょうか。金髪 であることについては、そのように伝える伝承も確かにあるのですが、まず、あまり似合っていないですし、時々場面によって 髪の毛の根本が黒かったり眉毛が黒かったり、どうもその辺にいる髪の毛を染めているヤンキーみたいで少しばかり興ざめでし た。また、人間には弱い面もあれば強い面もあり、等身大のアレクサンドロス像を描く本作では弱い面のほうは見ていて伝わる のですが、きちんとした計算の元に兵を動かしたり東方協調路線を進めていく面や、(最後は進軍拒否もありますが)10年近く 兵隊たちを従わせるだけのカリスマ性、常にわずかでも可能性があればそれに挑戦し、未知なる世界と対決し、道を切り開こう とする探求者としての面をもうちょっと見せてほしかったです。強さと弱さの表現のバランスがなんとなく弱さの方に傾いている せいか、この映画ではアレクサンドロスの東征が単なる恐怖からの逃避行のように見えてしまうのですが、10年にもわたって遠征 を続ける原動力はそれだけではないでしょう。

  • アレクサンドロスの理想
  • 物語は、様々な弱みを持つアレクサンドロスが「人類の解放」を遠征の真の目的としつつ、その夢が破れていく過程が描かれて いくことになります。アレクサンドロスが実際にどのようなことを考えていたのかは正直なところよくわかりませんが、彼の思い は一方通行な物だったことは想像するに難くないでしょう。史実ではアレクサンドロスはペルシア帝国を征服すると、東方世界と の協調路線をとり、ペルシアの宮廷儀礼を採用したり、現地の慣習を尊重する姿勢をとっています。しかし彼が進めた東方協調路 線は自分が征服地の統治に利用できそうな物を利用するにとどまり、彼自身も東方の文化に対する理解は余り深くはないというの が実像だったと考えられます。 それはさておき、人類の解放であれ東方との協調であれ、アレクサンドロスの立場から一方的に行 われるもので、相手のことなど考えていない点では同じです。アレクサンドロスが信じる「人類の解放」は今までペルシア帝国の 支配下で、王による専制政治の支配から人々を解放して自由にするとともに学問も広めて精神面での解放も果たしたいというもの ですが、このような考えが彼の独りよがりにすぎないことが遠征を通じて明らかになっていきます。

    また、アレクサンドロスの部下たちは親友ヘファイスティオン以外は彼の考えに理解を示さず、彼らはアジアの人々は自分たちより 劣っているという観念を持ち続けています。彼は部下たちに対し自らの理想を説くのですが部下たちを納得させることはついぞでき ぬまま、その生涯を終えることになります。映画を通じて、彼の理想が単なる妄想にすぎないことは示されていくのですが、個人的 には、アレクサンドロスの理想は単なる彼個人の妄想であり結局のところ彼のやっていることは殺戮と破壊にすぎないことをはっき り示すのであれば、ソグディアナにおける大規模な抵抗運動についてナレーションと断片的な映像でちょこっと触れるだけでなくき ちんと取り上げた方が良かったと思います。スピタメネスによる抵抗、アレクサンドレイア市建設の実態等々、理想と現実のコント ラストをはっきりさせるのによい題材だと思うのですが。

  • 王を取り巻く人々
  • アレクサンドロスとそれを取り巻く人々の関係を見ると、「親友」ヘファイスティオンは少年時代以来のアレクサンドロスの友 であり、彼に対してはアレクサンドロスは思っていることを打ち明けたりできます。両者の関係の描写ですが相互に交わされる視線 や言葉・立ち居振る舞いには同性愛的なものが強く感じられますが、古代ギリシア世界における男同士の愛と今の同性愛とは微妙に 違いがあることには留意しておくべきでしょう(一時検討された訴訟については行き過ぎだと思います)。個人的には、二人の関係 は熱い友情からもうちょい踏み込んだものとしてみていましたが、だめな人にはこれでも拒絶反応は起こすとは思います。部下たち の描写については、実直なマケドニア軍人クラテロス、少し引いた場所から冷静に場を見ているプトレマイオス、同じく少し引いた 場所から見ているもののかなり野心的な感じのカッサンドロス、伝統に固執し時にピエロのような扱いになるパルメニオン、兄貴分 のような感じのクレイトス・・・といった感じで性格付けがされているような感じでしたが、もうちょっと個々の人間像を掘り下げ てみても良かったのではないかと思います(映画の中にすべて盛り込むのは難しいとはおもいますがペルディッカスとレオンナトス、 ネアルコスについてはあれでは単なる顔見せにすぎないのでは)。

    人間関係でほかに気になったのは、女性の扱いがどうも「子を産む道具」のようになってしまっているところですね。まあ、時代と して仕方ないのかもしれませんが気になる人はいたでしょうね。女性との関係というと、アレクサンドロスがオリュンピアスに対し て恐怖心を抱いているような描写がされていますが、果たしてこの2人の関係をそれだけで終わらせてしまって良いのでしょうか。 「母親の一粒の涙が一万の手紙をぬぐい去る」という言葉をアレクサンドロスが発したという記述がプルタルコスに残されています。 オリュンピアスが本国でアンティパトロスと対立し、アンティパトロスが彼女を避難する手紙を送ってきた時に発した言葉ですが、 単に恐怖のみを抱いていたのであれば、そんな言葉は残さなかっただろうと思います。映画のなかではどうも恐怖の方が強調されて いるようで(死の直前の宴会のシーンもそういう点からあのような表現になったのかも)、少々描き方に不満が残ります。

  • 求めた物
  • この映画でアレクサンドロスが長年求め続けて得られなかったものの一つは愛であるという描き方をしています。まず、互いに いがみ合う父母は彼に純粋な形の愛は与えてくれませんでした。母オリュンピアスはアレクサンドロスに愛情を注ぎますがそれは夫 フィリッポスへの憎悪・復讐の念にとらわれた愛であり、野望と言い換えても良いものでしょう。また父フィリッポスは息子を愛し てはいるようですが一方で彼に取って代わられる事への畏れ・不安があり、それが暴発したこともあります。後にバクトリアでロク サネをめとりますが、彼女との関係も純粋な愛とはほど遠いものを感じさせます。ヘファイスティオンや愛馬ブケファラスは彼より 先にあの世へ行ってしまい、彼が短い人生を通じてがかろうじて他人から得ることのできた愛は失われていきます。遠征を続けて征 服地を拡大していったものの人類解放の夢破れ、さらに求め続けた愛も得られず最期の時を迎えるというのが本作におけるアレクサ ンドロスの悲劇ということになるのでしょうか。

  • その他諸々
  • 史実関係については、ガウガメラの合戦においてその時点でその場にいないアンティゴノス、ネアルコス、カッサンドロスが いたり(カッサンドロスに至っては史実では東征に従軍していない)、自分に批判的な部下を粛清する過程(フィロータス事件、 パルメニオン殺害、クレイトス刺殺といったこと)の時系列が意図的に?妙な形に改変されている事などを含めて、史実関係では 色々と疑問点がありますが、まあ、それは映画を楽しむ上では特に必要ないことかもしれないので、ここで余りしつこく書く事は やめておきます。また、インドの戦いはアレクサンドロスの遠征の様々な要素をミックスして物のため、あれは特定の戦争を書い ている物ではないですし、ペルシアとの3つの戦いをガウガメラに集約して色々な要素をまとめています(危機に陥ったアレクサ ンドロスをクレイトスが救うのはグラニコス川の戦いです)。その一方で、フィリッポス暗殺に関しては実行犯パウサニアスがフ ィリッポスに対して憎しみを抱くきっかけになる出来事が起こった場所はさておき、意外ときちんと書かれていたり、思い切って ダイジェストにしている史実とかなり細かく史実を追っている部分が混ぜられています。

    3時間弱という時間でアレクサンドロスの業績すべてを描き出そうとすると時間や予算が足りなくなるでしょうから、いくつかの 史実をまとめたり削ったりしてダイジェストにすることはやむを得ないのかもしれません。個人的にはアレクサンドロスについて その生涯すべてを描ききるのであれば少なく見積もっても2時間×4回くらいは必要なんじゃないかと思っています(でも、そんな 映画を作るとなると200億円どころじゃなくなるでしょうし・・・)。しかし、3時間弱の上映時間中からプトレマイオスの回想 シーンをもっと削れば色々なことをもうちょっと手際よく映画全体がうまくつながるような形で盛り込めたのではないかと思われ ます(上述のソグディアナの出来事など)。あと、古代ギリシアのはずなんだけれども使ってる文字が英語だったり、世界地図に Greeceなんて書いてあるのはかなり興ざめでした(せめてHellasとでも書いてくれていれば・・・)。

    このように色々と文句を書いてきましたが、映画自体のできは事前に予想していた物よりも良かったと思います(もっとも、事前 に伝わる情報があまりにもひどかったのですが)。この映画の上映時間について長すぎるという意見も聞きますが私は3時間特 に飽きることもなく映画を楽しむことができました。また、最近作られた似た系統の映画のなかでは「トロイ」や「キング・アー サー」よりは遙かにおもしろいと思います(トロイについては何も言うまい)。父と子・母と子の関係、王と部下、愛、征服戦争 の現実などなど、色々な話が3時間の間に盛り込まれ、それが少々とっちらかっている感じがするものの、歴史映画としてはまず まず楽しめる作品になっていると思います(何も知らずにいきなり見ると?と思う箇所が多くなると思います)。ただし、理想的 な英雄としてのアレクサンドロス像を期待すると、それはものの見事に裏切られることになりますので要注意です。

    外国でも一般書籍のレベルではアレクサンドロスは理想化して描かれている事があります(最近の研究傾向ではそういう書き方は しない人の方が多いのですが・・。一方で暴君としての面をやたらと強調する描き方もされますが、それも行き過ぎると問題でし ょう)。日本ではアレクサンドロスについて真面目に研究してる人が書いた本がすくなく、一昔前の概説書や巷間伝わる彼にまつ わる伝説やエピソードをつぎはぎで作ったイメージがそのまま流布しているので、日本でも外国でも英雄としてのアレクサンドロ ス像を期待するのも仕方のないことだとは思います。そのような世間に流布するステレオタイプから一歩、いや半歩でも踏み込み、 一人の男の栄光と悲劇(多少悲劇の方の描写に力を入れすぎている印象はありますが)を描こうとしたのが本作だったのでしょう。 とりあえず、映画としてはナレーションに頼り過ぎ・とにかく監督が表現したいことを色々詰め込んだ結果エピソードの羅列にな っているという点はまずいと思いますが、人間としてのアレクサンドロスを描こうとしたその試みは良かったと思いますし栄光と 悲劇を描くという点ではまずまず描けているのではないでしょうか。

    (追記)

    *こんなけなしてるんだかほめているんだかよく分からない感想を書いていますが、実は4回目を見ただけでなく、7/29日発売 のDVDを購入して改めて見直してみました。様々なエピソードを詰め込み、それが原因で話がこんがらがっている旨のことを書いて いますが、アレクサンドロスという2300年の年月を積み重ねてきた素材を扱うことの難しさを表しているのではないかと思えてきま した(この辺は歴史研究でも同じです。主要史料が400年後のローマ人の著作で、しかも一定のプロットに従って話を作っているよ うな物が多いのです)。


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