一括紹介(その2)秦始皇帝をめぐって

秦始皇帝をめぐって


紀元前221年、広大な中国大陸を統一した秦の王は新たな称号「皇帝」を称し、始皇帝と呼ばれるようになりました。 始皇帝の生涯を書いた本は多数ありますが、そのなかから昔読んだことのある物をまとめて紹介してみようと思います。


  • 江村治樹「戦国秦漢時代の都市と国家」白帝社、2005年

  • 戦国時代から秦漢帝国の時代の中国の都市と国家に関する書籍。前半では主に戦国時代の韓魏趙のあった黄河中流域の話が 語られ、後半になると秦に関する話が出てきます。前半でも韓魏趙における武器生産や貨幣発行と秦における同事業の比較が 行われ、前者で都市独自にそれらの行為が行われている一方で秦では中央政府により統制されていたことが考古資料により示され ています。

    そして後半になるといよいよ秦による中国統一の話と都市の関係について論じられていきますが、秦はいち早く国家全体 の軍事組織化をはたし中央集権的な軍事国家を作り上げ、それにより得た強大な軍事力をもとにまずは強力な都市がない地域を 征服していき、大都市の林立する黄河中流域を制圧し、そして全土を統一するという過程をたどったと描き出しています。黄河中流 域の都市が軍事的にも経済的にも独立性が高かったことが秦と闘う上で不利に働いたようです。そして秦の都市に対する支配は 都市を弱める(城壁撤廃、刀狩り、強制移住など)ものであり、秦の滅亡の一つの要因として圧政に苦しむ都市住民の反乱があった ことを挙げています。

  • 鶴間和幸「秦の始皇帝 〜伝説と史実のはざま〜」(歴史文化ライブラリ)、吉川弘文館、2001年

  • 上記2冊は秦の始皇帝の伝記として、ごくごく標準的な内容を持った本だと思います。しかしその2冊が出された後も研究は様々 な形で進んでいき、現地の発掘や地域研究的な者も色々と盛り込むことが必要になってきているようです。そうした最近の研究動向 をふまえて書かれたのが鶴間和幸先生のこの著作です。秦の始皇帝に関して、章立てを見ると通常の伝記のような印象を受ける本書 の内容は、通常流布している始皇帝に関する伝承などを見直しながら、その実像に迫ろうというものです。

    そのため、内容のかなり の部分は伝承の分析、実際の遺跡の調査などにあてられています。そのため、普通の伝記とはかなり異なる造りになっています。 しかしある程度始皇帝に関して知識のある人が読むといろいろ刺激的な内容も含まれているのではないでしょうか。何かを知るため の本ではなく、これを手がかりにして自分で色々と考えていくきっかけとして読むことをおすすめします。

  • 鶴間和幸「始皇帝陵と兵馬俑」講談社(講談社学術文庫)、 2004年

  • 1974年に井戸を掘ろうとした一農民によって偶然発見されて以来、秦始皇帝陵近くの遺構からは数多くの兵士たちの人形が 発見されました。それが兵馬俑です。発見されてから後も兵馬俑坑の発掘は続き、さらに新たな発見もなされるようになって きました。本書では最近の研究動向を元に秦始皇帝陵や兵馬俑、さらに秦代の陵墓などについて迫っていきます。最近では かなり鮮やかな色彩が残っている兵馬俑が出土したり、始皇帝陵もリモートセンシングなどによって構造がわかってくるなど、 様々な発見がなされ、それについても取り上げられています。

    また兵馬俑や始皇帝陵に限らず、秦が東方六国の文化を取り入れ た様子なども遺跡からわかってくること、現在は始皇帝と二世皇帝の歴史に関して、もととなる史料の段階から色々な見直し が必要であるということも、読んでいるとわかってきます。これから先、秦についてどれだけのことがわかってくるのか、 今後も見守っていく必要がありそうです。2004年の秋には上野の森美術館で兵馬俑展もありますし、その前に読んでおくと 見たときによく分かると思います。

  • 鶴間和幸「中国の歴史3 ファーストエンペラーの遺産」講談社、2004年

  • 2004年11月より講談社から刊行が開始された「中国の歴史」の1冊です。今までの中国史の概説書と違うところは、最近の 考古学的発見など新しい研究の成果を盛り込みながら描かれているところが大きく異なります。秦漢帝国を扱った第3巻も そのような新しい研究成果を盛り込みながら描かれています。秦始皇帝に関することは、六国を征服した後の話が中心となり ますので伝記的なおもしろさという物はあまり無いのですが、特に最近の発掘によって新たな遺物が出土した始皇帝陵や 地方で発見された数々の文書にまつわることが数多く描かれています。

  • 鶴間和幸「人間・始皇帝」岩波書店(岩波新書)、2015年

  • 2015年10月より、東京の国立博物館で始皇帝と兵馬俑の展覧会が開催されます。本書はそのタイミングにちょうど合わせて刊行 された本ですが、近年の出土資料をもとに、司馬遷「史記」で書かれた姿とは違う始皇帝を描き出そうとしています。本名から して世間で言われている名前とは違う可能性があること、刺客として登場する荊軻は刺客ではなかった可能性があること、死に 臨んで後継者を初めから末子の胡亥に定めていたことを示す資料があることなどなど、世間いっぱんで伝わっている話と随分 違うものがいろいろ取り上げられており興味深いです。
  • 籾山明「秦の始皇帝」(中国歴史人物選1)、白帝社、1994年

  • 著者の籾山明先生は秦、漢の歴史を専門にされており、その関連の著作も多数あります。本書もそのような著作の中の一冊です。 この本も始皇帝の生涯を秦の発展の時代から扱っていますが、叙述の順序はあくまで時代順に進んでいきます。まずは始皇帝が登場 する前の秦の発展の歴史を扱い、ついで邯鄲にて呂不韋が子楚を見いだすところから秦王に息子の政が即位するまでをあつかい、 第3章では呂不韋の失脚と李斯の台頭をあつかっていきます。このように時代の流れの順番に書き進めて章を分けていく形で書かれ ていきます。その際に最近の考古学の成果を盛り込みながら秦の文化、趙の都邯鄲の規模の説明もなされています。第4章では六国 を滅ぼして統一していく過程を扱うのですが、6つを順に説明するのではなく、燕と楚の2国を取り上げ、その歴史と文化の説明に かなりのページ数をさいています。

    その後は統一事業の再検討(第5章)、巡幸と山での祭祀(第6章)、秦代の木簡史料に基づく 法や社会の検討(第7章)とつづきます。その後匈奴遠征や南方遠征といった対外遠征を扱い、焚書坑儒の実像、始皇帝の死と続い ていくことになります。吉川忠夫「秦の始皇帝」と比べると、やや硬い感じの本ですが、最近の研究成果がより多く使われていて、 それをもとにおもに時代順にまとめて記述がなされていきます。この辺は、しばしば時代の順番を無視して書かれるところがある 吉川版よりも読みやすいかもしれません。

  • 吉川忠夫「秦の始皇帝」(講談社学術文庫)、講談社、2002年

  • 原著は1986年に集英社から出版された本であり、今回講談社学術文庫に文庫版として収められた一冊です。著者の吉川忠夫先生は 中国古代史の専門家であり、現在刊行中の「後漢書」の訓註を行っている最中です。氏が今から17年前に書いた秦の始皇帝の伝奇です。 まず最初の章では始皇帝生誕に関する話から扱うということで、呂不韋が子楚を見いだすところから、呂不韋の死までを書いています。 次章では秦で出された逐客令に対する李斯の反論をとりあげ、そこに絡めて始皇帝以前の秦の発展の歴史を追いかけていき、第3章で 戦国の六国を滅ぼして統一へ向かう過程を書き出します。

    第4章では始皇帝の統一事業として取り上げられる皇帝号採用や度量衡、 文字の統一を述べていき、第5章では秦の都が咸陽に移るまでの過程をまとめつつ阿房宮のことをあつかい、さらに始皇帝陵の建設に まで話が及ぶ、始皇帝の行った大建築に関する内容が含まれます。第6章は始皇帝の巡幸に関して、刻文を見ながら探っていったり、 秦の時代の木簡から法律や一般人の様子を見ていく章で、同時代史料を色々と使っている箇所です。第7章では儒者と方士ということ で焚書坑儒を、第8章では始皇帝の死から秦帝国の滅亡までをあつかい、最後に秦始皇帝に関する評価の変遷をまとめています。全体 として文章は読みやすくまとまっています。また秦のことを扱っている本ではありますが、それに関連する秦以前の歴史に関する事柄 も書かれています(たとえば食客に関する記述など)。


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