パフラゴニアあれこれ
〜「ヒストリエ」第24話から第36話〜


(第24話から第36話の概略)

奴隷として売られてオルビアへ行くはずが、乗っている船で反乱が勃発して主人となるゼラルコスが死亡しました。それから まもなく嵐によってエウメネスの乗った船は沈没し、彼はパフラゴニアのボアの村に流れ着きます。そこで「文化がちがう」などと 言いつつもヘロドトスについて語ったり、村で農作業をしたり剣の稽古に明け暮れながら村の生活になじみ月日が経っていきました・・。 その後、ボアの村とティオスの有力者フィレタイロス一族の紛争があり、エウメネスの知略によりボアの村は勝利したものの、 エウメネスは村を離れることになります。

つい最近(2006年12月号)でとりあえず完結したパフラゴニア編ではエウメネスがパフラゴニアに漂着してそこで暮らしている様子が描 かれています。パフラゴニアについてちょこっと補足程度のことを書いていこうかと思います。


  • パフラゴニアはどこか?
  • そもそもパフラゴニアというのはどこのことでしょうか。まずその場所の説明からしていこうと思います。パフラゴニアは小アジアの 中北部、黒海の沿岸部および後背地の山地帯も含む地域です。西はビテュニア、東はポントス地方(カッパドキア・ポンティカ)と接する 地方で、プリュギアやガラティアより北にあります(大牟田章「アレクサンドロス東征記」注釈編より)。しかしこれだけではどうも良く 分からないと思いますので参考までに小アジアの地図を掲載してみます。



    小アジアの地図

    黒海の沿岸部にあり、ギリシア人の植民活動もかなり早い時期から行われた場所であり、この辺りにはかつてイソクラテスが東方遠征論で ぶちあげた「キリキアからシノペまで」に登場するシノペの町もあります。このような場所にエウメネスが漂着して暮らすようになったと 言う設定になっています。

  • パフラゴニアの状況
  • パフラゴニアにはシノペ以外にも多数のギリシア人植民市が建設され、黒海沿岸ではかなり早い段階から発展してきた地域であると言われて いますが、この地方はアケメネス朝ペルシアの領域と言うことになっていました。しかしアケメネス朝の属州統治は行われていたことがヘロ ドトス「歴史」のアケメネス朝のサトラップ一覧やクセノフォン「アナバシス」の最後にみられるアナバシスと関係する地域の太守一覧にも この地域が登場していることからも明らかではあるのですが、実際にはこの地域の統治はかなり不安定であったようであり、紀元前4世紀 前半、ペルシア帝国西部で起きた「太守の反乱」の頃には反乱を起こしたアルタバゾス側に協力したという話がデモステネスの弁論(アリスト クラテス弾劾)にあったり、ネポスに伝記がたてられている「太守反乱」で最も活発に活動したとされるダタメスが一時期パフラゴニアを占領 して、シノペまで支配下に納めたと言われています。

    アレクサンドロスの東征ではパフラゴニアの騎兵がグラニコス河の戦いに参加していたと言われています。なお、パフラゴニアやカッパドキア といった小アジアの北部地域はアレクサンドロスの東征にはあまり影響されなかった場所であり、一応アレクサンドロスのもとに使者を送って きて攻め込まないように要求したことがしられています。この時アレクサンドロスはヘレスポントス・フリュギア太守のカラスの指示に従うように 命じましたが、その後もこの地域は不安定な状態が続き、イッソスの戦いのあとにはパフラゴニア人もカッパドキア人とともにペルシア軍に同調 しようとしたようです。なお、このときのペルシア軍の反攻はプリュギア太守アンティゴノスによって鎮圧されています。しかしこれらの地域は あくまで現地人の支配下に置かれ、その状況はアレクサンドロスの死まで特に変わることはなかったようです。

    なお、エウメネスはアレクサンドロスの死後にカッパドキアとともにパフラゴニアの太守にも任ぜられ、この地域を支配下に置くことになります が、そのためには現地を支配するアリアラテースの勢力と戦わねばなりませんでした。東征の期間中カッパドキアやその周辺地域はアリアラテース が支配していたのですが、それを武力で押さえて(最終的にはペルディッカスの力を借りています)現地の支配をすることになります。漫画の世界 では果たしてこの辺の処をどのように書くのか、それを楽しみに何年か後まで待つことにします。

    (参考文献)
    大牟田章『「アレクサンドロス東征記およびインド誌」訳および註』(東海大学出版会、1997年)
    ネポス「英雄伝」(国文社、1995年)
    ポリュアイノス「戦術書」(国文社、1999年)

    エウメネスと「ヒストリエ」の世界へ
    歴史のページへ戻る
    トップへ戻る

    inserted by FC2 system