手に取ってみた本たち 〜タ行〜
タ、 チ、 ツ、 テ、 ト
タ
最上部へ
グウィン・ダイヤー(月沢李歌子訳)年「戦争と人類」早川書房
(ハヤカワ新 書)、2023年
有史以来現代に至るまでの戦争と人類の歴史について、新書サイズでコンパクトにまとめた一冊です。人類以前、チンパンジーの群れどうし
の抗争から、狩猟採集時代に既に「戦争」がはじまること、そして戦争の規模の拡大や組織の複雑化、手段の性能向上などがどのような感じで
進んでいったのかを大まかにとらえていきます。細かいことについて色々と言いたい人はでてくると思いますが、戦争がどのような形に変わって
いったのかを大まかにつかむことができます。そして戦争とそれにまつわる心理についてあつかった第2章が面白いと思います。
アレクサンドラ・ダヴィッド=ネール/アプル・ユンテン(富樫瓔子
訳)「ケサル王物語 チベットの英雄叙事詩」岩波書店(岩波文庫)、2021年
チベットやモンゴルなど、内陸アジアのチベット仏教圏において吟遊詩人が語り継いできた英雄叙事詩、「ケサル王の物語」の翻訳です。仏敵を
滅ぼすために生まれ変わったケサル王の活躍が描かれています。思った以上に面白く読めました。そして翻訳に至る経緯については解説を読むと
いいとおもいます。重訳だけど非常に価値がある本だと言うことが分かります。
高木智見「孔子 我、戦えば則ち克つ」山川出版社(世界史リブレッ
ト人)、2013年
孔子というと「論語」などの書物を通じて彼の思想は後の時代にまで学び続けられ、中国社会において非常に大きな影響力をもつだけでなく、
周辺諸国にまでその影響が及んでいます。しかし彼の思想はどのような時代において形作られていったのか、そして彼がなぜあのような思想を
唱えるようになったのか、それを春秋時代がどのような時代であったのかという所から話を進めていきます。
孔子を扱っているとはいえ、春秋時代の軍事から孔子について見ようとするという、相当変わった構成の本です。春秋時代の軍事についてまとめ
られているというのはなかなか貴重な一冊だと思います。
高澤紀恵「近世パリに生きる ソシアビリテと秩序」岩波書店、 2008年
フランスが国王を主権者とする主権国家として発展していく16世紀から18世紀の時期、王権はそれ以前の時代と比べると大幅に強化されて
いきました。では、実際の所、王権の強化はどのような形で進んでいったのでしょうか。本書では、近世パリの秩序維持(町の衛生関係
から、治安維持まで)と隣人関係の変化を切り口に、王権強化の過程をおいかけていきます。パリの秩序維持を都市民が主体となって担って
いた時期から、徐々に王権の関与が強まっていき、遂に警察という権力が作られ、都市民は受動的な関わりしかしなくなってていく過程、
近隣住民との濃密な関係のうえに都市の自治が成り立っていた時代から、そうした関係が希薄になり階層事のまとまりが出来ていく過程を
まとめています。近世のフランスでも、今と同じように、権力による人々の統制は治安維持を突破口として進められていったことが分かる
一冊です。
高野大輔「マンスール イスラーム帝国の創健者」山川出版社(世界史リブ
レット人)、2014年
7世紀に成立したイスラムはその後急速に勢力を拡大し、支配領域も拡大していきます。そんななかでイスラム世界の指導者
カリフの位は信者の選挙から王朝的な継承へと変わっていきました。本書ではアッバース朝の事実上の開祖であるマンスール
を取り上げています。
マンスールが表舞台に出てくる前の状況、アッバース家とアッバース朝革命についてのまとめがあり、その後マンスールが
内憂外患を乗り切った過程、バグダッドの建設、バグダッドの建設や非アラブ人の高官登用、翻訳活動の始まりと学術の発展、
マンスールを取り巻く人々と彼の人となりについてまとめていきます。
高橋進「ムッソリーニ」山川出版社(世界史リブレット人)、2020年
イタリアの政治家にして、史上初のファシズム政権を樹立したムッソリーニのコンパクトな伝記です。彼がいかにして権力を握り、
独裁的体制を作っていったのか、そしてイタリアがドイツや日本とは違う結末をたどったのはどうしてなのかといったことが扱われ ています。
高橋友子「路地裏のルネサンス 花の都のしたたかな庶民たち」中央公論新社
(中公新 書)、2004年
フィレンツェの市井の人々の暮らしや都市と農村の関係等をまとめた本です。ルネサンス当時のフィレンツェの様子に関心があったら
読んでみてはどうでしょう。
高橋哲雄「スコットランド 歴史を歩く」岩波書店(岩波新書)、2006年
ブリテン島の北部に位置するスコットランドは人口ではイングランドよりはるかに少ないながらも18世紀には「スコットランド啓蒙」
と呼ばれる思想家・文人・学者たちによる運動があったこと、18、19世紀には技術者、実業家、起業家、発明家を多数輩出したこと
が知られています。また、探検家となるものや海外へ出かけていく医師や技術者も数多くいたことが知られています。そんなスコット
ランドのナショナル・アイデンティティ形成の歴史を16世紀の宗教改革の時代から始め、「伝統の創造」や「スコットランド啓蒙」
などについてもあつかっていきます。16世紀から19世紀のスコットランド史の入門書としては良い本だと思います。
高橋裕史「イエズス会の世界戦略」講談社(選書メチエ)、2006年
アジアやラテンアメリカなど世界各地で布教活動を行ったイエズス会の活動は何故成功したのか、その活動をイエズス会という団体の
組織構造、イエズス会とイベリア半島の国家の関係、適応主義政策の実態、布教活動のための生計手段、そして信者と資産を守るため
の軍事行動と言ったことを取り上げながらまとめていきます。
適応主義については文化的側面の表面だけをなぞるのでなく他の側面から
もさぐる必要があること、イエズス会が清貧理念と現実の経済的な必要性を何とか合わせながら布教活動を行っていたこと、彼らの軍事
行動は戦国時代の日本で信者と資産を守る必要性からはじめられ、それが結果として公儀と衝突するような状況も生み出したというように
現地の状況もふまえながら理解する必要があることを示していきます。
イエズス会の軍事行動・経済活動についてはあまり知られていない
とおもわれますが(軍事活動については「ポルトガルの世界制覇の先兵」という安易な結論で満足してしまっている人や本の多いことと
いったら・・・・)、そのような活動について地道に検討し、その実態の一端を明らかにしている本書はイエズス会の活動について知る
手がかりとなると思われます。
高橋ブランカ「東京まで、セルビア」未知谷、2016年
日本語を学び、日本に帰化したセルビア人が、セルビア人やロシア人、日本人を登場人物として日本語で書いた文学です。このような
作品が書かれるというのも、この時代ならではというところでしょう。日本人の書いた日本語の本とはちょっと雰囲気や言葉のリズム
が変わっていますが、なかなか興味深い一冊です。
高橋昌明「平家の群像 物語から史実へ」岩波書店(岩波新書)、2009年
平家物語に登場する平家の人々のキャラクター設定としては、賢人重盛と暗愚な宗盛、最後まで戦い続けようとする知盛、惰弱な維盛
などなど、強く印象に残るところがあります。しかし、実際の彼らはどうだったのか。本書は「平家物語」で語られているものとは
異なる姿を描き出していきます。中心となるのは平家軍の最高司令官重衡と重盛の子維盛ですが、他の人々についても「平家物語」とは
違う姿が示されていきます。
高橋理「ハンザ「同盟」の歴史」創元社、2013年
中世の都市史をあつかうと、かならずハンザ「同盟」のことは触れられています。しかし中世に現れる都市同盟とことなり、ハンザの
場合はいわゆる「同盟」とは違うもので、ハンザ同盟という言葉は本来正しくないのだそうです。
そんなハンザ「同盟」の歴史について、ハンザの中心となったリューベクの誕生から、ハンザ諸都市の繁栄と衰退をまとめた一冊です。
ハンザ「同盟」は世界史をヤルと必ず出てくる用語ですが、これについて簡単に手にとって読める本はあまりなかっただけに、貴重な
一冊だと思います。中世都市の成立や中世の商業に関心がある人は是非。
高畠純夫「古代ギリシアの思想家たち」山川出版社(世界史リブレット人)、
2014年
古代ギリシアの思想家達について、紀元前5世紀のアンティフォンとソクラテスの2人を軸に据え、彼ら以前のギリシア思想のながれと、
彼らがその流れでどのように位置づけられるのかをまとめた一冊です。色々な哲学者や詩人のなまえがでてきますが、紀元前5世紀の
アテナイという特殊な環境が彼らの活動に大きく影響を与えていたことを簡潔にまとめています。
高畠純夫「ペロポネソス戦争」東洋大学出版会、2015年
古代ギリシア世界を二分する大戦争となったペロポネソス戦争、ペルシア戦争と違い華々しい勝利や栄光に彩られたという
感じではなく、大まかな流れが知られている程度のことが多いのではないでしょうか。本書はペロポネソス戦争の通史という
わけではないようですが、この戦争に直面した人々が何を考え、どのように行動したのか、トゥキュディデスをもとにして
当時の人々やポリスのあり方を描き出そうとした一冊です。
高畠純夫・齋藤貴弘・竹内一博「図説古代ギリシアの暮らし」河出書房新社、
2018年
古代ギリシアの政治史や社会史についての研究は色々ありますが、古代ギリシア人が実際のところどんな暮らしを送っていたのか、それを
イメージしやすくしてくれそうな一冊となっています。扱っているのはアテナイの紀元前5世紀から前4世紀という限定的な時期ですが、
それを差し引いても面白いです。
高山一彦「ジャンヌ・ダルク 歴史を生き続ける「聖女」」岩波書店(岩波新
書)、 2005年
英仏百年戦争で王太子シャルルを助け、フランス国王シャルル7世としての即位を実現させたジャンヌ・ダルクについては
彼女を処刑に追いやる「処刑裁判」とその後25年たってから行われた「復権裁判」という彼女の同時代を生きた人々により
残された史料が存在します。その解釈は人様々であり、以後様々なジャンヌ像が呈示されることになります。本書では同時代人から
みたジャンヌ像や、その後の「冬の時代」をへて19世紀になって国民的英雄としてとりあげられ、やがて列聖され「聖女ジャンヌ」と
してのイメージが広まる一方で人間としてのジャンヌを描こうとする試みも数多く見られるようになるという過程などが語られます。
ジャンヌ・ダルクの伝記ではなく時代・歴史家・作家ごとに異なるジャンヌ像の来歴をたどる本です。
高山博「ヨーロッパとイスラーム世界」山川出版社(世界史リブレット)、
2007年
一括紹介その5に掲載
高山博「中世シチリア王国の研究」東京大学出版会、2015年
ノルマン人により建国されたノルマン•シチリア王国史研究をリードする著者の論文をまとめたものです。シチリア王国の
行政組織の研究や権力構造の時代による変遷、そしてシチリアの宗教的寛容やフリードリヒ2世の十字軍をシチリア王国
とイスラムの交渉の歴史の中へ位置付けようとする試みなど、シチリア王国について興味がある人はぜひ読むべき内容から なっています。
滝川幸司「菅原道真 学者政治家の栄光と没落」中央公論新社(中公新書)、
2019年
今では天神様として人々の崇拝の対象となっている菅原道真ですが、学識をもって官僚として働いた平安時代の文人政治家としての姿に
焦点を当てて描き出した一冊です。道真以外の学者官僚の姿も描き出しながら、学問をどのように政治に役立てていたのか、また当時の
学問に対する見方がどのようなものだったのかと言ったことにも触れています。そして藤原氏との関係についても、基経からはその学識
を評価され、時平との関係も初めから激しく対立していたわけではないことなど、イメージとして伝わっている姿とは違うものが見えて きます。
竹内康浩「中国王朝の起源を探る」山川出版社(世界史リブレット)、
2010年
中国の王朝というと、殷周秦漢〜清までという形で学校・予備校などで習った人がほとんどであると思われますが、近年中国では殷の前の
夏が実在の王朝であるとして話が進められているようですし、日本でも夏王朝が実在するという考えの人も登場しているようです。確かに
近年の調査研究により、殷より前の時代の遺跡も結構発見されていますが、それが果たして「夏」に直結するのか…。そもそも、はじめから
王朝なんて物があったのか…。
本書では新石器時代から西周までを範囲とし、王朝形成とその内実についてまとめた本です。「夏王朝」の実在について、なお懐疑的な著者
の姿勢のほうが納得がいきます。そのほか、殷の青銅器と四川三星堆遺跡の青銅器が、全く異なるデザインでありながら技法や材料で作られ
ていたらしいことや、西周が常に周辺勢力との戦いに明け暮れ、戦う相手も同じ文化圏に属する者であったということなど、興味深い事柄が
多数見受けられました。
竹岡俊樹「旧石器時代人の歴史」講談社(選書メチエ)、2011年
日本における旧石器時代研究の研究史と、そこに含まれていた問題点(自然科学を用いたり、発展段階論でもって説明したり)、そして
捏造事件に至るまでの歩みを指摘し、さらに数多くの実測図をあげつつ、厳密な石器研究の方法についてまとめています。そして、石器
のタイプごとに文化を設定し、複数の文化がいろいろと影響を与えあいながら変化していったことをまとめています。
石器については、とにかく観察と実測によって見る目を養う様子が書かれていますが、まさに「修行」って感じですね。
武田雅哉「〈鬼子〉たちの肖像 中国人が描いた日本人」中央公論新社(中公
新書)、 2005年
古来より中華の文明圏に暮らす人とそれ以外の人は「華夷の別」のような明確に区別がありますが、彼の地で「人」というものは
中華文明圏に生きる人のことを指し、外国人は「鬼」という言葉で表してきたようです。しかしいつしかその言葉は様々な歴史的
経緯があって「鬼子」といえば今では日本人のことを指すようになっていきます。本書は日本人を表す蔑称が従来の「倭奴」から
西洋人を表すのに使っていた「鬼子」へと変わっていく様子を清末の絵新聞に描かれた日本および日本人の姿をおいながら示して
いきます。事例の列挙が多く、少々つながりがわかりにくくなるところもありますが、「敵の顔」の描き方というものは今も昔も
変わらぬ事を気づかせてくれます。
竹中愛語「彗星のごとく アレクサンドロス大王遠征記(上・下)」文芸社、
2019年
アレクサンドロス大王の東方遠征を題材とした小説や、大王とそれに関する人々を扱った小説という物はいくつかあります。しかし、
ボリュームと言うことで言うと、本書は圧倒的ではないでしょうか。上下併せて1600頁近いその分量に圧倒される人もいるのでは
ないでしょうか。
アレクサンドロス大王以前のマケドニアの状況から話が始まり、大王の死後にも触れた本書は、大王の生涯の様々な場面のほぼすべてに
ついて非常に詳しい描写がなされています。歴史の本では何時、どこで、誰が何をやったという事柄の記述になってしまうところを、
それに関わる人々を色々と登場させながら描いていきます。登場人物の描かれ方からは、セレウコスに対して結構思い入れがあるのかな
と感じました。
圧倒的な分量ではありますが、結構読みやすいと思いますので、見かけたら是非。
竹中亨「ヴィルヘルム2世 ドイツ帝国と命運を共にした「国民皇帝」」中央
公論新社(中公 新書)、 2018年
ドイツ帝国皇帝ヴィルヘルム2世についての評伝です。国民国家の時代にまるで絶対君主のように振舞おうとし、政治・軍事・外交など
いろいろなことに興味を持ち口を出したがるがきわめて飽きっぽくて続かない、傲慢・尊大な振る舞いを見せるが、根っこの部分では小心、
考えや立ち居振る舞いについても一貫性がない、そして自分の能力を過大評価・過信しているが周りは全く評価していない(一次大戦中は
関わらないように外され、ひたすら薪割りにあけくれていたとか)、その時々の思いつきで適当なことを言って後で問題になる(しかも
外交問題になったり皇帝に対する批判が国内でも発生する)、都合の悪いことは全て周りのせいにするといった、正直そばにいて欲しく
ないし、国のリーダーとしてもいて欲しくないとしかいえない人物として描かれています。
このような皇帝の自己満足のための行動が、結果としてドイツ「国民」というまとまりを意識させることに影響を与えたこと、メディアを
そのために活用し、大量の写真が残されていることなどが後世への影響として言えるところでしょうか。彼自身は「国民国家」というもの
をちゃんと理解していたのかは怪しいですが、結果としてそういう役割を果たしたのでしょう。
レーモン・ダジール/フーシェ・ド・シャルトル(丑田弘忍
訳)「フランク人 の事績 第1回十字軍年代記」鳥影社、2008年
一括紹介その3に掲載
ユーディト・W・タシュラー(浅井晶子訳)「国語教師」集英社、2019年
高校のワークショップをきっかけに16年ぶりに再開した元恋人同士の男女。メールのやりとりから、彼らが再会した時の話、そして
そこに至るまでの彼らの過去の人生と、彼らが互いに相手に語る物語、それが組み合わさりながら物語が進みます。そして過去に
起きた悲劇的出来事について、それまで語られてこなかった事柄が明らかになっていきます。なんとも悲しく切ない物語でした。
ラーナー・ダスグプタ(西田英恵訳)「ソロ」白水社、2017年
現代のブルガリアでもうすぐ生涯を終えそうな盲目の老人ウルリッヒが過去を回想する。激動のブルガリア現代史のなかで、
思うように生きられなかった彼の生涯が語られる第一部と、一転して劇的な展開を見せる彼の白昼夢の世界が綴られた第二部、
それぞれが合わさって一つの話になり、静かな終わりを迎える、そんな作品でした。
巽由樹子「ツァーリと大衆 近代ロシアの読書の社会史」東京大学出版会、
2019年
19世紀後半のロシアにおいて、絵入り雑誌という書物が多数刊行され、かなりの数の読者を得ていました。このような本を読むのは
どんな人たちだったのか、そして「大改革」以降、外国人の企業家も関わるようになった出版やメディアに対しインテリや民衆、
そして専制がどのように関わっていったのか、こうした書物が読まれるようになる中で社会に変化が起きたのか、そういったことを
掘り下げていく一冊です。
立石博高「フェリペ2世」山川出版社(世界史リブレット人)、2020年
「太陽の沈まぬ帝国」スペインの王フェリペ2世について、最近の研究成果を反映させてまとめたコンパクトな伝記です。
広大な領土、多くの国家の君主として、父と異なりスペインを出ることなく如何に統治したのかということも触れられています。
あと、家族関係の話が結構目についた印象があります。
ジョルジュ・タート(池上俊一監修)「十字軍 ヨーロッパとイスラム・
対立 の原 点」創元社(知の再発見双書)、1993年
一括紹介(その3)に掲載
ルイス・ダートネル(東郷えりか訳)「この世界が消えたあとの科学文明
のつ くりかた」河出書房新社、2015年
現代の科学文明が様々な要因で滅びてしまうという設定は、近未来ものではよくあることです。文明が滅びた世界で人類が生き残り、
そこでどのような世界を作っていくのかということはフィクションによくあることだとおもいます。
本書ではそのような状況で農業、食糧生産、原材料、医療、乗り物、エネルギー、情報伝達などに関する様々な技術を用いて文明を
復活させるということについて論じ、最終的には科学的思考こそ最大の発明という結論にいたります。文明崩壊後の再建とはいっても、
本書では一応文明の文明のかけらが残っている段階からいかにして再建をするのかというところに重きが置かれているようです。
田中克彦「ノモンハン戦争 モンゴルと満州国」岩波書店(岩波新書)、
2009年
タイトルを見て、ノモンハン戦争についての戦史ものと思ってはいけません。日本とソ連のはざまで分断されてしまったモンゴル民族、
そして外モンゴルの歴史を扱った本です。モンゴル人民共和国と満州国に分けられてしまったモンゴル人が何とかして統一しようとする動き、
それを恐れ、つぶそうとするソ連(モンゴル人指導者などを日本のスパイとして大量に処刑しています)、そして国境を越えた交流を
おそれて防衛戦を強化しているところに攻撃を仕掛けた関東軍、そのような話が綴られています。
田中創「ローマ史再考 なぜ「首都」コンスタンティノープルが生まれたの
か」NHK出版(NHKブックス)、 2020年
4世紀にコンスタンティヌス帝がコンスタンティノープルを建設してから後、7世紀に一つの歴史的世界として「ビザンツ帝国」として現れる
までの間にどのような変化が起こっていたのか。本書では複数の皇帝が並立するのが当たり前になった4世紀以降のローマ帝国において、新たに
作られたコンスタンティノープルが都市ローマが備えていた様々な物をとりこみながら帝国の「首都」になっていく過程が書かれています。
各地を転々とする「移動する宮廷」の時代から、コンスタンティノープルに居を構え、そこで展開される様々な儀礼を通じて諸集団の統合が
はかられていた様子が描かれています。東西分裂後も、帝国の一体性を保とうとするために婚姻や法典整備がおこなわれており、世間一般で
言うような「帝国の分裂」とはいささか様子が異なることが示されているのは有益です。また、キリスト教の点でも新参者であるコンスタン
ティノープルがローマに次ぐ特権的な地位を占める存在になっていく過程も示されています。
敬虔な皇帝、皇帝と諸集団の関係を目に見える形で示す儀礼を行う場の整備が進んだ新しい都、皇帝を支える元老院と
市民団を備えるようになった東が帝国の中心となり、古代ローマ帝国復興を目指したユスティニアヌスの時代にコンスタンティノープルが
名実ともに帝国の首都となる所まで書かれていますが、伝統への復古を掲げつつ改革を進めたり、必要な物は残し不要な物は削るという彼の対応
が様々な面で見て取れます。
田中比呂志「袁世凱」山川出版社(世界史リブレット人)、2015年
袁世凱というと、あまり良いイメージを持たれていないようです。特に、戊戌政変のときの対応や、辛亥革命とその後の展開は
悪いイメージを持たせるには十分ではないかと思います。しかし、果たして彼に対するイメージは正しいのか?
本書では、袁世凱の生涯を清末から中華民国建国後までの中国近現代史の流れの中に位置付けようとする一冊です。袁世凱の
生い立ちから始め、清末、激動の東アジア情勢の中で朝鮮情勢に関わり、また李鴻章など清朝の有力者との関わりのなかで頭角
を現していく様子が描かれていきます。そして辛亥革命の勃発とその後という展開になっています。
田辺勝美「毘沙門天像の誕生」吉川弘文館(歴史文化ライブラリ)、
1999年
毘沙門天というと、七福神の一人として、あるいは四天王の一人としてかなりなじみのある神様の一人です。また毘沙門天の像と
いうものも存在します。その毘沙門天像の起源がギリシア、ローマにまでさかのぼると言うことを中央アジアで出土した美術やガ
ンダーラの仏教美術をもとに立証し、毘沙門天像がシルクロードを通じた東西交流の産物であるということを示そうとした本です。
ちょっと強引かと思う部分もあるけれども、なかなか興味深い内容を含んでいるように思われます。
谷井陽子「八旗制度の研究」京都大学学術出版会、2015年
ユーラシア大陸東北部の女真族をヌルハチが糾合し、次世代以降もその勢力が拡大し、大帝国である清朝がつくられました。満洲族を
まとめたヌルハチがつくった八旗制度こそ帝国の根幹をなすものでしたが、一般的には八旗それぞれが独立しており清朝は分権的な国家
という理解がなされているようです。それに対して、清朝はハンが独裁的な権力を振るう集権的な国家であったという通説と真っ向から
対立する論を展開しているのが本書です。彼らが置かれた経済状況から説き起こし、少ないリソースでいかに国家を発展させるのかという
点から、極めて集権的、独裁的な体制であった事を描いていきます。
谷口克広「信長と将軍義昭 連携から追放、包囲網へ」中央公論新社(中
公新 書)、2014年
織田信長を巡る研究は最近色々進んでおり、様々な点で信長についての見直しがすすんでいます。それは室町幕府将軍の足利義昭との
関係についても及んでおり、かつては信長の傀儡としてしか見られていなかった義昭がそんな単純な存在ではなかったことが示されて いきます。
タヌーヒー(森本公誠訳)「イスラム帝国夜話(上)」2016年
ブワイフ朝時代に生きた法官タヌーヒーが、自らが経験したことや人から聞いたことをまとめた逸話集です。人生の教訓や処世術になりそう
なはなしから、なんとなく面白い、不思議なかんじがするものまで、色々なはなしが入っています。気が向いたときに適当に開き、読んで楽し む
にはうってつけです。
アントニオ・タブッキ(村松真理子訳)「イタリア広場」白水社、
2009年
「インド夜想曲」などで知られるイタリアの作家アントニオ・タブッキが一番最初に書いた作品です。解説によると、この時点で
後のタブッキ作品に見られる様々な技巧(ほのめかし、省略、双子や同名の親子などの「二重性」)が既に使われているそうです。
それを駆使して何を書いたのかというと、3世代にわたるある一族の歴史が描かれていきます。
本書ではガリバルディの活躍から第2次大戦後までの時代、イタリアの名も無き村(芦の生えた湿地帯がある)を舞台とし、
「だんな」に従うことなく自由に生きた3世代の男たちの物語をメインとしつつ(それ以外も入っています)、それぞれ
が断章という形式でかかれていきます。長いものもあれば短いものもあるそれぞれの章が独立しているような感じも受けますが、
それが積み重ねられ、イタリアの歴史の一部をなしていくかたちになっています。
玉木俊明「近代ヨーロッパの誕生 オランダからイギリスへ」講談社(選
書メ チエ)、 2009年
16世紀から19世紀前半にかけてのヨーロッパの経済は、大西洋の交易圏だけでなく、北方のバルト海の交易圏も重要だったことが
オランダ、イギリス、ハンブルクの事例を取り上げながらまとめられていきます。そしてヨーロッパにおける経済覇権がオランダ
からイギリスへと移っていく過程も述べられています。この時代の経済の話というと、17世紀はオランダが繁栄したが、その後
イギリスが覇権を握っていくということがおおざっぱに語られ、オランダ自体はもう18世紀には衰退してしまったような感じの
印象がありますが、そうではないということで。
玉木俊明「海洋帝国興隆史 ヨーロッパ・海・近代世界システム」講談社
(選 書メチエ)、2014年
近代以降、ヨーロッパ勢力は海上ルートを通じて世界各地へと進出し、やがて「海上帝国」を作り上げていく国が現れます。
それはポルトガル、オランダ、そしてイギリスといった国々でした。本書ではポルトガルの存在を結構重要視していること
や、大西洋貿易のあり方など、一般的に言われていることにさらに新しい内容を付け加えたような感じになっています。
何故ヨーロッパが海を通じて各地に進出し、他の地域を従属化においていったのかと言うことに興味があるなら読んでみると
良いと思います。少々文意がとりにくいのは難点ですが。
玉木俊明「ヨーロッパ覇権史」筑摩書房(ちくま新書)、2015年
ヨーロッパが世界の中心となったのは今からだいたい150年くらい前のことで、決して長期間ではない。しかしヨーロッパ
が他地域に与えた影響は極めて大きいことは現在の世界を見てもよくわかる。では、どのようにしてヨーロッパが世界の
中心となって行ったのか、その過程をざっくりとまとめていく。
ロアルド・ダール(柳瀬尚紀訳)「チョコレート工場の秘密」評論社、
2005年
貧しいチャーリー少年の住む町には世界最大のチョコレート工場、ワンカの工場がありました。そこではたくさんのチョコレート
が作られ、人々はそれを買い求めていますが、工員が働いているところを誰も見たことがない謎の工場です。その工場に5人の
子供が招待されることになり、チャーリーも運良くその一人に選ばれます。はたしてワンカの工場の中には何があるのか、そして
なぜ5人の子供が招待されたのか。本当にこんなチョコレート工場があったら面白そうですね。
ウィリアム・ダルリンプル(小坂恵理訳)「略奪の帝国 東インド会社の興亡
(上)・(下)」河出書房新社、2022年
イギリスの重商主義政策の一貫として生まれた一企業が、18世紀から19世紀前半にインドの並み居る勢力を屈服させて支配下に置いていく。
そしてインドから富を獲得していったということは世界史でも触れられることです。本書は東インド会社がいかにしてインドで支配を打ち立てて
いったのかを、関係する人物について活き活きと描き出しながらまとめています。
サムコ・ターレ(木村英明訳)「墓地の書」松籟社、2012年
廃品回収に従事する主人公が、ふとしたことから「墓地の書」なる小説を書き始めます。それは主人公の半生を、同じ内容を何度も
繰り返しながら語っていく形で、扱われていることは日常的な事柄だったりします。しかしだんだんと不気味な感じがしてくる本です。
病気により、中年にもかかわらず体が小さく、精神的にも子どものような主人公が無邪気、天真爛漫、正直、そんな感じをうけるように
書かれていますが、それがかえって不気味さを増幅しているような気がします。それって密告だよなあと思うことを嬉々として語って
いたりするのですから…。
丹下和彦「ギリシア悲劇 人間の深奥を見る」中央公論新社(中公新 書)、
2008年
現代でも上演されることのあるギリシア悲劇のうち現存する物は紀元前5世紀に書かれた物です。紀元前5世紀のアテナイという限られた時代
と場所を舞台に栄えた悲劇がなぜ今も多くの人々によって上演されたり読まれたりするのか、そこに時間的・空間的制約を超えた普遍的なもの
を見て取る人は多いですし、実際そういう要素はありますが、本書ではそのギリシア悲劇の諸作品を紹介しつつ解説を加え、ギリシア悲劇の
作品とそれが上演された当時のアテナイの社会や精神的風土を関連させて論じていきます。ギリシア悲劇がどのような物なのかということの
紹介のあとで、自由、法、知といったギリシア人の特質としてヘロドトスに扱われている事柄とギリシア悲劇の諸作品がどのような関係にあ
るのかを見ていく(たとえば「オレステイア」3部作から法治主義の確立を見たりする)構成になっています。作品解釈について誰の台詞なの
かとか、そこで言っていることはどういうことを言わんとしているのかといったことで様々な説があることは読むとわかりますし、あくまで
著者の見解である部分もありますが、ギリシア悲劇ってこんな物なのかという入り口になる本だと思います。
丹下和彦「ご馳走帖 古代ギリシア・ローマの食文化」未知谷、2023年
古代ギリシア・ローマの食文化について,それに関連する資料を取り上げながら簡単にまとめた読み物のような本です。
そんなに分厚い本でなく、気軽に読むエッセーのようなものだと思いながら読むといいと思います。
檀上寛「明の太祖 朱元璋」白帝社、1994年
明王朝の開祖である太祖朱元璋、貧農から身を起こしてついに皇帝に上り詰め、明王朝の基礎を固めた一方で、
数多くの人間を弾圧することになる疑獄事件を度々引き起こした人物でもあります。
そのため、彼に関しては評価が大きく分かれています。その朱元璋の一生についてその生き様を徹底的に資料を基に浮彫にし、
彼の素顔に迫ろうとした一冊です。ただひたすら明王朝の安定のために尽くそうとした彼にとり、社会のそれぞれの人間が
己の分をわきまえて行動することが何よりであり、秩序を整えることこそ必要なことだったようです。
安定した秩序を作ってその中で人々の生活を安定させるという観点からすれば朱元璋は「民」の事を考えていた
王朝創始者だったといえるのでしょう。一方では彼の行ったことがこの後の明および中国に取りかなりマイナスになった
のではないかと思われる面もありますが・・・。
檀上寛「明代海禁=朝貢システムと華夷秩序
(東洋史研究叢刊)」京都大学学術出版会、2013年
明代の研究者である檀上寛先生の論文をまとめた一冊です。洪武帝時代から月港の開港まで続いた明の海禁=朝貢システムは他に
類を見ない厳しいものであったことや、明と周辺諸国の関係についての検討が示されています。また、日本史で通説になっている
ことと中国史研究ではいろいろととらえ方に違いがあるということもよく分かります。ベースは個別の論文で、ある章で論じられ
ている事柄が、別の章で簡潔にまとめられているところがあるなど、重複も少しずつあります。そこをどう捉えるかは人次第で しょうか。
檀上寛「陸海の交錯 明朝の興亡」岩波書店(岩波新書)、2020年
明代の研究者である檀上寛先生による、明朝300年の通史をまとめた一冊です。中華と夷狄、北と南、陸と海という対立構図が
これまであったところで、それらを全てまとめた明がどのような体制を作りあげたのか、そしてそれがどのように変わっていった
のかを描き出しています。
ダンテ・アリギエーリ(原基晶訳)「神曲 地獄篇・煉獄篇・天国篇」講
談社 (学術文庫)、2014年
ダンテがヴェルギリウスの導きに従いながら地獄、煉獄を旅し、ベアトリーチェに導かれ天国を進み、神と出会うという粗筋、そして
地獄・煉獄・天国に実在の人物が配置されていることなどは知られていると思います。そしてそこには神学的な議論、教皇権と皇帝権を
巡る政治論などが含まれています。
ダンテの「神曲」はこれまでにも様々な訳がありましたが、また新たな訳が加わりました。見やすい注釈と内容を理解しやすくする解説、
そして可能な限り正確さを追求しながら、詩の形を保ちつつ、読みやすくするべく試みた訳文、内容は決して容易ではないですが、今後
「神曲」を読むならまずこれをお薦めしたいとおもいます。
チ
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千野帽子「人はなぜ物語を求めるのか」筑摩書房(ちくまプリマー新 書)、
2017年
人間はいろいろな物事を、「物語」のかたちで秩序立てて理解しようとするところはあるようです。しかし、その「物語」にあまりにも
強く囚われ過ぎるのはどうなのか、もう少しそこをよく考えてみたらよいのかもしれません。それによって幸せに生きられる人もいれば、
「呪い」のごとく縛られる人もいるわけですし。
千葉敏之(編著)「1187年 巨大信仰圏の出現」山川出版社(歴史の転換
期)、2019年
中世においてキリスト教やイスラム教の信仰圏が形成されていった時代を取り扱う巻がでました。各章をみると、セルジューク朝の通史
を扱った1章、アンコール朝と東南アジア史を扱う3章など興味深い内容が色々と出てきます。
千葉敏之(編著)「1348年 気候不順と生存危機」山川出版社(歴史の転
換 期)、2023年
歴史の転換期シリーズ完結巻は、ペストの流行や気候寒冷化がみられ、パクス=モンゴリカのもとでの世界の一体化が崩れていく時代を扱います。
中東や西ヨーロッパにおけるペストの流行や異常気象、自然災害に見舞われた中国でおきた元明交替、そして世界を一体化させたモンゴルの衝撃
と、
そのモンゴル帝国が解体していく過程をまとめています。新型コロナウイルスの流行や異常気象などを経験した昨今の情勢にちょうどあっていると
いう か、期せずしてタイムリーな巻になったような気がします。
J.チャドウィック(大城功訳)「線文字Bの解読」(第2版)みすず書
房、 1997 年
線文字Bとは古代ギリシアのミケーネ文明において用いられていた文字で、イギリス人のギリシア愛好家ヴェントリスに
よって解読されました。ミケーネ文明の遺跡から発見された線文字Bが様々な人々の解読の試みが失敗に終わるなかで、
ヴェントリスが音節ごとに区切り、文字の並び方や配置から母音、語形の変化から単数複数、格変化などを推理し、それ
を通じて解読していく過程が詳しくかかれています。言語の構造をねばり強く分析総合して出された結論は、線文字Bは
古代ギリシア語であるということでした。本書ではその解読過程が鮮やかに書き出されています。著者のチャドウィック
氏はヴェントリスによる線文字B解読に協力した共同研究者ですが、文章のそこかしこに夭折した天才ヴェントリスに対する
尊敬の念が見受けられます。
カレル・チャペック(栗栖継訳)「山椒魚戦争」岩波書店(岩波文庫)、
1978年
赤道直下の島の入り江で発見された山椒魚が人間世界の労働力として使われるようになり、やがてかれらが数を増やし文明を発展させ、
とうとう人間に取って代わるというSFの古典です。変わった生き物との遭遇と、それに伴って発生した奇妙な出来事、山椒魚を利用する
人間と、彼らが踏み出した決定的な第一歩がまとめられ、さらに山椒魚と人間の関わりの概略がまとめられていき、ついに山椒魚と人間が
衝突するようになっていく過程を描いていきます。人間が団結するにはより強大な敵が登場すればよいという意見がありますが、はたして
そんな単純な解決法があるのか、この小説を読んでいると色々と疑わしくなってきます。この辺はナショナリズムに対するアメリカとヨーロッパ
での考え方の相違のような物があるのかもしれません。
カレル・チャペック(阿部賢一訳)「白い病」岩波書店(岩波文庫)、
2020年
体に白い斑点が出来、やがて腐っていくという病気が流行する世界で、ある医者がその治療法を見いだします。しかし彼は世界中が戦争
を辞めることと引き換えに治療を行うと言って聞きません。一方で当時戦争に向けて独裁者が準備を進めていますが、そんな彼もまた
大変なことに。2020年、新型コロナウイルスが流行する世界の状況を思い返しながら読むと色々と突き刺さってくる一冊です。
エイモス・チュツオーラ(土屋哲訳)「やし酒飲み」岩波書店(岩波文
庫)、 2012年
特技がやし酒飲を飲むことという、一体こいつは何なのかと言いたくなる主人公が、うまいやし酒を作れる自分専属の名人が死んでしまった
ことをきっかけに、彼を連れ戻す(!)ために旅に出ます。そして旅の途中では摩訶不思議な出来事や奇妙な登場人物および物にに遭遇しま す。
はたして彼はやし酒名人を連れ帰ることができるのか…?
何の脈絡もなく突如として登場する特殊能力やキャラクター、突然発生するイベント、実に不思議な気分になる本です。
G.K.チェスタトン(高橋康也、成田久美子訳)「新ナポレオン奇譚」
筑摩 書房(ち くま文庫)、2010年
1984年のイギリス、そこではくじ引きで選ばれた王による専制君主制がしかれていました。主人公のオーベロンはくじ引きによって王
に選ばれて「自由市憲章」を発表し、中世風の町並みや騎士道精神の復活を試みますが多くの人間はオーベロンのくだらない冗談程度
にしか思っていません。しかしこれに大まじめに反応したアダム・ウェインの登場によって予想だにしない事態がおこり、遂にロンドン
で内戦が勃発することになるのです…。
執筆時から80年後の時代は進歩などしていないという設定になっていたり、一寸したことで平和は文明などあっさり崩れる、それはいい加減
な物で十分崩せる、虐げられる側が虐げる側になっていくところ等々からは、かなり強烈な文明批判を感じました。また、アイルランド独立
闘争の闘士マイケル・コリンズがこれを愛読していたらしいのですが、どのような気持ちで読んでいたのか、かなり気になります。
張愛玲(浜田麻矢訳)「中国が愛を知ったころ」岩波書店、2017 年
五四新文化運動の時代、男女の自由恋愛を貫くことが果たして可能なのかをユーモアと皮肉を交えながら書いた表題作、そして
学業のため伯母を頼り香港に残った主人公がどうしようもない男との愛により暗い運命へ突き進むことになるデビュー作と、
彼女の人生経験を反映した米国時代に書かれた作品の3つを収めた本です。
張愛玲(藤井省三訳)「傾城の恋/封鎖」光文社(古典新訳文庫)、
2018 年
かつての上海や香港を舞台に男女の恋愛のかけひきや、突然の恋を描いた短編がおさめられています。表題作は丁々発止のやり取りと、
衝撃的な結末に至るプロセスがおもしろいです。
長南実訳「マゼラン 最初の世界一周航海」岩波書店(岩波文庫)、
2011 年
大航海時代に世界一周航海を成し遂げたマゼランの艦隊についての記録です。マゼラン自身はセブ島で戦死したため、さらに過酷な航海を経て
わずかな生存者が帰投し、その生存者が記録を残したり、それを王室の書記官が記録したことによってこの航海の様子が伝えられています。
民族誌的記述がおおい生存者ビガフェッタによる記録と、それと比べるとかなり簡潔かつ冷静な筆致のトランシルヴァーノの記録が収められて
います。マゼランの航海についての貴重な一次史料となるので、興味があったら是非よんでみましょう。
ジェフリ・チョーサー(桝井迪夫訳)「完訳カンタベリー物語」岩波書店
(岩 波文 庫)、1995年(改版版)
カンタベリー巡礼の一行がその道中で様々な話を披露するというスタイルで書かれた物語集です。その内容は多岐にわたっており、
格調高い話から卑近な話まで、教訓めいた話やおもしろおかしい話まで、様々な身分の人々が語っていきます。巡礼の一行はまるで
当時の社会の縮図のような様相を呈しており、そこで別の人の話のパロディのようなものもあれば、対立関係にある話もありますが、
当時の男女の関係や社会の様子をうかがえるという点でかなり興味深い本です。個人的には錬金術師の弟子の話がこの物語のなかで
異色の存在のような感じがします。多くの作品が別の時代や架空の世界だったりする中でこれだけが実録物っぽい話になっています。
ツ
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塚田孝雄「ソクラテスの最後の晩餐 古代ギリシア細見」筑摩書房
(ちくまプリマーブックス)、2002年
プラトンのアカデメイアではどのような感じで授業が行われていたのか、当時の結婚式の様子はどのような物だったのか、
彼らはどんな食べ物を好んでいたのか、祭や劇の上演はどのように行われていたのか、彼らはどのような暦に基づいて日々
を過ごしていたのか等々古代ギリシア人は一体どのような生活をしていたのかといったことを、おもにアテナイの話を中心
にわかりやすく簡潔に書き出していきます。そして最終章ではソクラテスの裁判と死に至るまでの日々が書かれています。
辻惟雄「日本美術の歴史」東京大学出版会、2005年
縄文土器から現代の漫画やアニメに至るまで、日本列島に現れた様々な美術について「かざり」、「あそび」、「アニミズム」
の3つを特徴としてみていきつつまとめた日本美術史の教科書。図版多数。しかし教科書的な記述の間に著者の主張も時折顔を
のぞかせていて、無味乾燥な教科書とは一寸違います。
津原泰水「ヒッキーヒッキーシェイク」早川書房(ハヤカワ文庫)、
2019 年
諸般の事情により引きこもりになった4人、そんな彼らに対しカウンセラーからコンピュータの技術や音響、描画の才能を見込まれて
あるものを作って欲しいというプロジェクトがもちかけられます。直接顔を合わせたことの無い4人が、一つのプロジェクトをきっかけ
に彼らの身の回りで少しずつ変化が生じていきます。しかし自分が儲けようとしているかのように見えるカウンセラーの行動に対し
疑念も生まれ、さらに多くの人を巻き込むような騒動も発生し、、、
引きこもりの4人がプロジェクトへの参加をきっかけに外の世界と関わりを持つようになり、段々と変わっていく様子が、一見バラバラ
に見える話の連続によって組み上がっていく様子がなんとも面白い本でした。最後のカウンセラーからの依頼はかなり難易度高そう
ですが、何とかなってしまいそうな気がしてきます。
坪井祐司「ラッフルズ」山川出版社(世界史リブレット人)、2019年
シンガポールの建設者であるラッフルズの生涯をコンパクトにまとめた一冊です。様々な勢力が行き交う東南アジア海域世界に、
ヨーロッパ「近代」を持ち込んだ、近代のもう仕事も言うべき人物の生涯と、それがこの地域に何を起こしたのかといったことを
コンパクトにまとめています。
鶴島博和「バイユーの綴織(タペストリ)を読む」山川出版社、2015 年
ノルマンディー公ウィリアムがブリテン島に上陸してイングランド王となる「ノルマン・コンケスト」、その出来事自体は世界史
でも必ず出てきます。イギリス史の転換点の一つであり、重要な出来事ではありますが、それと同時にこの出来事は文献史料だけ
でなく一つの美術作品によってもつたえられています。「ノルマン・コンケスト」を語るに際しては必ず用いられる「バイユーの
タペストリ(綴織)」がそれです。
本書では、この「バイユーの綴織」の図像とそこに書かれた文言を読み解きつつ、この出来事について言及した史料も取り上げな
がらそれぞれの場面の解説を加えていきます。ロマネスク美術の代表的作品としても紹介されることがあるバイユーのタペストリ
ですが、それぞれの場面が何を表現しているのかといったこともこれでよくわかるとおもいます。
鶴間和幸「始皇帝陵と兵馬俑」講談社(講談社学術文庫)、 2004年
始皇帝の書籍に移動しました。
鶴間和幸「人間・始皇帝」岩波書店(岩波新書)、2015年
始皇帝の書籍に掲載しました。
テ
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ジョゼフィン・テイ(小泉喜美子訳)「時の娘」早川書房(ハヤカワ・ミ
ステ リブ文 庫)、1977年
捜査中の事故により入院を余儀なくされた警部が、暇な時間にぱらぱらと歴史の本を見返していたとき、ふと1枚の肖像画に目がとまりました。
その人物が誰なのかを見ると、邪悪な王として世間一般では有名なリチャード3世の像でした。しかし、その肖像画から受ける印象と世間の評 判
が全く違ったことが、入院中の警部の興味をひくことになり、かれは様々な書物を読み込みながらリチャード3世の実像に迫ろうとするのです。
特に根拠があるわけではないものの、世間一般で常識的になっていることをひっくり返す、そこに偶像破壊的楽しみも感じますが、リチャード の
実像、世間での悪評の原因の一つである甥殺しの真犯人、こういったものに警官の目から切り込んでいき、見事に明らかにしていくところは、
まさに「歴史ミステリ」というのはこういう物を言うのかと、興味深く読めました。
アヴラム・ディヴィッドソン(池央耿訳)「エステルハージ博士の事件簿」河
出書房新社(河出文庫)、2024年
オーストリア=ハンガリーがモデルと思われる三重帝国で複数の学位を持つエステルハージ博士が事件に挑むミステリーという体裁の小説。
しかし謎解きよりも衒学的な叙述、過剰なまでに架空世界の様々な蘊蓄がもりこまれた、奇妙な物語の集積といった感じです。
ディオドロス(森谷公俊訳註)「アレクサンドロス大王の歴史」河出書房新
社、2023年年
一括紹介その1へ掲載。
ラヴィ・ティドハー(小川隆訳)「革命の倫敦」早川書房(ハヤカワ文庫
SF)、2013年
時代は19世紀、ヴィクトリア女王の時代のイギリスですが、何かが違います。王は蜥蜴だったり、機械人間がいたりする、しかし蒸気機関
による乗り物が走っている、そういう不思議な世界を舞台にした物語です。色々な小ネタを仕込んでいますが、話自体はそれ程突拍子もない
展開を見せるというわけではなく、まあ読みやすいと思います。
ラヴィ・ティドハー(小川隆訳)「影のミレディ」早川書房(ハヤカワ文 庫
SF)、2013年
時は19世紀、フランス議会のエージェント・ミレディは怪事件をさぐっていましたが、それはどういう展開を見せるのか。そして途中で
はさみこまれる翡翠の像をもって逃げる少年は、、、。今回は武侠小説のネタも投入しつつ、ダルタニャンを思い起こさせる警官や、
リシュリューを彷彿とさせる自動人形、さらにテスラやエジソン、西太后などなどの名前もあらわれます。また、モルグ街の殺人を
そのままネタにしただろうという箇所もあったりします。今回も小ネタを楽しむという感じですね。
ラヴィ・ティドハー(小川隆訳)「終末のグレイトゲーム」早川書房(ハ
ヤカ ワ文庫)、2014年
ヴィクトリア女王の時代のイギリスで、引退した元諜報員スミスは元上司マイクロフト・ホームズの死を知ります。そして背後に潜む
謎を探ることになりますが…。スパイ小説の要素を取り込みつつ、やはり小ネタを交えながら展開されていきます。前と比べると
複数の視点、複数の時制を行き交う複雑な造りになってきています。
ウォルター・テヴィス(小澤身和子訳)「クイーンズ・ギャンビット」新潮社
(新潮文庫)、2021年
孤児院で育った主人公ベスが、ふとしたことがきっかけでチェスにはまり込み才能を開花させ、やがて天才少女として名をはせる。
精神安定剤やアルコールへの依存に苦しみながらも勝ち進み、遂に当時最強のソ連の棋士と対決することに。危うさを抱えた天才
少女の頂点を目指す戦いの物語です。ストーリー展開は良く見かける展開ですが、これが40年以上前に書かれたとは思えず、むしろ
つい最近書かれたのではないかと思わせるような内容です。
ロブ・デサール&イアン・タッタソール(ニキリンコ、三中信宏訳)
「ビール の自然誌」勁草書房、2020年
麦芽とホップで造る酒、ビール。しかし現在のような物になるまでには様々な試行錯誤が行われてきました。そもそもホップ登場以前から、
麦芽飲料を作って飲んでいたわけで、それこそ今のかなりインパクトの強い色々な麦酒のようなものをつくっていたようです。そのような
歴史に関わることから、麦酒製造に関わる自然科学、そして麦酒業界の話などがまとめられています。
デモステネス(木曽明子訳)「弁論集2」京都大学学術出版会、2010 年
古代ギリシア屈指の弁論家にして、前4世紀のアテネで活躍した政治家デモステネスがアイスキネスとの争いにおいて行った2本の長編弁論の
邦訳です。特に「冠について」はギリシアの雄弁の粋ともいわれる代表的な弁論で、これが邦訳で読めるようになったと言うことは非常に
ありがたいことだと思います。デモステネスによる強烈な俺様自慢に耐えながらでも読む価値はあると思います。
ロジェ・デュフレ(安達正勝訳)「ナポレオンの生涯」白水社(文庫クセ
ジュ)、 2004年
フランス革命のさなかに台頭し、やがてフランス皇帝となったナポレオンの生涯を簡潔にまとめた一冊。しかしナポレオンを単に
賛美するような本ではなく、ナポレオンの行ったことや考え方について批判的な目を失うことなく青年時代から英雄となっていく
過程を追いかけている本です。軍事的な話だけに終始せず、ナポレオンの政策についてもかなりページを割いており、ナポレオン
がフランスやヨーロッパでどのような政策をとったのか、彼の政策の目的や問題点はどのようなものなのかといったことを知りたい
人にお勧めです。
ト
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マーティン・J・ドアティ(野下洋子訳)「図説古代の武器・防具・戦術 百
科」原書 房、2011年
古代のオリエント世界、地中海世界において、どのような武器や防具が用いられていたのか、どのような戦術が用いられていたのか、
そういったことを図版を多数収録しながらまとめた一冊です。図版が他の著作で見た物とかなり被っているような気がするのですが、
果たして大丈夫なんでしょうか?そこの所が気になります。
土井康弘「本草学者 平賀源内」講談社(選書メチエ)、2008年
エレキテルや「土用の丑の日」といったことでその名を知っている人はかなりいるであろう平賀源内ですが、彼は本草学者として
いったい何をしようといていたのか。そのあたりの事柄をまとめているのが本書です。物産会を開き、そこで集まった物を分類
して本にしたり、石綿から布を作ろうとしてみたり、はたまた文芸活動に従事したり鉱山開発に手を出すなど、本草学者として
の活動のみならず他の分野にも手を出し、手広く活動する源内の姿をみて、人は彼をレオナルド・ダ・ヴィンチになぞらえたり
その多才ぶりを絶賛することがあります。しかし、実際のところ彼の行った事は中途半端な物が多く、彼自身が望んだような国益
にかなうような活躍はついぞ出来なかったわけで、なまじ才能があったことが彼にとっては不本意な生涯を歩ませることになった
ようです。そのような事がまとめられています。
マーク・トゥエイン(大久保博訳)「ハックルベリ・フィンの冒険」角川
書店 (角川文 庫)、2004年
「トム・ソーヤーの冒険」において、トムの相棒だったハックルベリ・フィンを主人公として書かれたのが本書です。物語は、
自由、冒険を求めるハックが、黒人のジムを相棒としてミシシッピ河を下る旅を始め、その旅の様子や、途中で出会った様々な人々
(善人もいればどうしようもない悪人もいます)を描きつつ、黒人のジムの解放によって終わります。話の序盤と終盤にトム・ソーヤー
が出てくるのですが、最初から最後まで良くも悪くもガキっぽいトムに対し、このたびを通じて価値観の転換(奴隷制より友情をとる)
などを経験したハックのほうが大人に見えるのは気のせいではないと思います。
東長靖「イスラームのとらえ方」山川出版社(世界史リブレット)、
1996 年
一括紹介その5に掲載
東野治之「遣唐使」岩波書店(岩波新書)、2007年
日本から唐に派遣されていた遣唐使についてコンパクトにまとめた1冊です。最終章で言っていることについては、著者とその他の
人で力点を置いている場所が違うと言うことではないかという気がしますが、全体的におもしろく読める本です。遣唐使について、
日本の歴史の勉強をしていると必ず出てくる事柄でありながら、案外その実態は知らぬまま過ぎていることもあるので、これを読む
と遣唐使とはどのような物だったのかを知るならこれがいいと思われます。
遠山美都男「天皇と日本の起源 「飛鳥の大王」の謎を解く」
講談社(現代新書)、2003年
聖徳太子や推古天皇、蘇我馬子、天智天皇、天武天皇といった人々が活躍した飛鳥時代の末に天皇という称号と日本という国号
が作られていくことになります。推古天皇、蘇我馬子らのもとで飛鳥が王権としての基礎を作られはじめてから、7世紀末に
飛鳥から藤原京へと遷都するまでの間、日本が国家としての体制を作り上げていく時代を扱っています。この本においては、
推古天皇や皇極天皇といった女帝を単なる中継ぎではなく、政治的に重要な役割を持ち、また彼女らはそれを果たしうるだけの
力を持つ人物として書き出していたり、どうも印象の薄い舒明、孝徳といった天皇たちも独自の方針をや政治構想をもっていた
天皇として書き出すなど、従来の本とは違った視点から飛鳥時代の歴史を書き出しています。
遠山美都男「天平の三姉妹 聖武皇女の矜持と悲劇」中央公論新社(中公 新
書)、 2010年
天平の三姉妹とは、奈良の大仏を作らせた聖武天皇の皇女3人のことです。聖武天皇は光明皇后との間に阿倍内親王、他の女性との間に井上内親
王、
不破内親王をもうけました。阿倍内親王はのちに孝謙天皇(のちの称徳天皇)に、井上内親王は光仁天皇の皇后となった人です。後一人、不破内親
王
というひとがおり、皇族の一人と結婚し、2人の子を残します。本書はこの3人を主人公に据えて、奈良時代の政治史の一面を描き出していこうと
する
本ですが、天皇の娘に生まれていなければ3人とも幸せだったんじゃないかと思えてくる本です。特に不破内親王に至っては、本人が何かをやった
と いうわけではなく、とばっちりを受けたとしかいいようがないし。
戸崎哲彦「柳宗元」山川出版社(世界史リブレット人)、2018年
韓愈とともに古文復興運動に関わった柳宗元についてのコンパクトな伝記です。文学関係でしか聞いたことがない人が多いとおもいますが、
彼はかなりラディカルな思想を持っていたこと、さらにそれが彼一人に限ったものではなさそうなことがわかります。
イアン・ドースチャー(河合祥一郎訳)「もし、シェイクスピアがス ター・
ウォーズを書いたら まこと新たなる希望なり」講談社、2015年
スター・ウォーズのエピソード4(映画で一番最初に上映された作品)が、シェイクスピアが書いた脚本があり、のちに発見された。
そのような設定で描かれていきます。なんとも大仰かつ古風な台詞回し、途中で挟み込まれる心理状態や思っていることを語る独白、
そして、これを一体舞台でどのように表現していたのかがきになる世界の表現、どうなっているんでしょう。R2-D2がこんなことを
考えていたというのは、実際にありそうだなとおもます。
イアン・ドースチャー(河合祥一郎訳)「もし、シェイクスピアがス ター・
ウォーズを書いたら 帝国、逆襲す」講談社、2015年
スター・ウォーズのエピソード5が、シェイクスピアが書いた脚本があり、のちに発見された。そのような設定で描かれていきます。
台詞回しや独白、舞台におけるスターウォーズの世界の表現などは前作同様ですが、今回は映画でも独特の台詞回しで知られている
ヨーダが登場します。彼のセリフはなんと575調で書かれているのですが、これがなかなかに味があって面白いです。また、舞台
作品という設定のこともあり、本来ならセリフはないマシンにもセリフが与えられており、AT-AT3体のセリフの掛け合いがじつに
面白いです。
イアン・ドースチャー(河合祥一郎訳)「もし、シェイクスピアがス ター・
ウォーズを書いたら ジェダイ、帰還せり」講談社、2016年
スター・ウォーズのエピソード6が、シェイクスピアが書いた脚本があり、のちに発見された。そのような設定で描かれていきます。
過去2作同様の台詞回しの雰囲気やキャラクターの独白は前2作と同様です。今回は小さなくまみたいなイウォーク族が登場しますが、
彼らのセリフは特殊な言語で、ときどき現代語が混ざったような表現にしていたりと、映画で登場する異星人の言語の表現はいろいろ
な形をとって現れています。また映画では大してセリフもなかったキャラクターたちに言葉を与え、それが面白さを増すというところ
も引き継いでいます。そして、最後のR2-D2のエピローグにはちょっとした仕掛けが。
戸塚啓「マリーシア」光文社(光文社新書)、2009年
サッカーに関して、良く「日本人にはマリーシアが足りない」といわれることがあります。それではマリーシアとは一体何なのかを
Jリーグでプレーするブラジル人選手へのインタビューを中心にまとめようとした本です。要は勝負で勝つための駆け引きって事
なのでしょうが、雑誌の特集記事で足りるレベルではないかと思われます。立ち読みで十分な本です。
ポール・トーディ(小竹由美子訳)「イエメンで鮭釣りを」白水社、
2009 年
イエメンの有力者が母国で鮭釣りが出来るようにしようとするプロジェクトを考え、それにイギリスのしがない一水産学者が
関わることになります。単なる金持ちの道楽にしか見えない計画にイギリス政府が関わり始めたり、アルカイダがなにやら
妨害をしようとしたり、話が妙な方向へと動き始めます。イエメンに鮭を放流して鮭釣りが出来るようにしようという荒唐無稽
な計画が立案され、それが実行された結末は如何に…。
かなり戯画的な描かれ方をした登場人物たちのメールや日記、手紙や回想録、議事録をつぎはぎにすると言うスタイルで、色々な
人物の視点から同じ出来事が書かれています。軽いエンタメとして読んでみると面白いと思います。
ポール・トーディ(小竹由美子訳)「ウィルバーフォース氏のヴィンテー
ジワ イン」白 水社、2010年
2006年、ロンドンの高級レストランにやってきたウィルバーフォース。彼は自宅10万のワインコレクションをもつと称し、ワインに対し
並々ならぬ知識を持ち、店においてある貴重なワインを注文します。しかし2本目に入ったところでぶっ倒れ、気がつくと自宅のベッドに
寝かされていました。そんな彼は実は重度のアルコール中毒だったのでした…。
本書では、ウィルバーフォースがアルコール中毒になったり色々な問題を抱えるまでに至ったのか、彼がワインの世界にどっぷりとはまり
込んでいくのはどのような過程をたどっていたのか、彼の過去を徐々に遡る形で描き出していきます。酒飲みの人には他人事とは思えない
何かがあるような気がしますが、私も一寸気をつけようと思います
ロナルド・トビ「鎖国という外交」小学館、2008年
江戸時代は決して「鎖国」ではないという最近の研究ではほぼ常識になってきた内容を、朝鮮通信使を中心に話を進めていきます。
江戸幕府の側では朝鮮通信使を将軍の威光に従ってやってきているように演出したがった(日光や方広寺に行かせたり、貢物とみたり…)、
「鎖国」と松平定信の関係(鎖国が祖法という認識はこの人が作り上げたようです)、屏風絵などに見られる異人の描き方(フリルがあれば
異人という認識や、唐人=ひげがあって辮髪等)、富士山と異人の関係(中国とか朝鮮半島から見えると思われていたり、富士の霊験を慕っ
て異人が富士を見にやってくる、オールコック一行が下山するときに大雨が降って難渋した話がいつしか富士山を撃退された話になっている)
等々、なかなか面白いですよ。
土肥恒之「ピョートル大帝とその時代 サンクトベテルブルク誕生」中央
公論 新社(中 公新書)、1992年
ロシアがヨーロッパにその存在をアピールするようになったのはピョートル大帝の頃からのようです。それではピョートル大帝がロシア
を強国にするためにどのような改革を行ってきたのか、本書ではピョートルの諸改革、北方戦争での勝利、サンクトベテルブルク建設
といった事柄を取り上げ、まとめていきます。ロシアの広大な大地に存在する人・モノを国家のためにいかに動員していくか、そして
そのためにより都合の良い仕組みをどのように作ろうとしたのか、そういったことがまとめられています。
土肥恒之「よみがえるロマノフ家」講談社(選書メチエ)、 2005年
1613年に全国会議によりミハイル・ロマノフがツァーリに選出されてから1917年にニコライ2世が退位するまでの304年間、
ロシアはロマノフ朝の19人のツァーリたちにより支配されてきました。ピョートル大帝やエカテリーナ2世のような強力な指導力
を発揮した者もいれば、赤子の時にツァーリにつけられてすぐに廃され幽閉された者やクーデタにより失脚して殺された者、政治
に対する関心を失ってしまう者など様々なツァーリが現れたロマノフ家の歴史を、ツァーリ(あるいはツァーリの寵臣・権臣たち)
がロシアのその時々の状況をどのように捉え、それに対すべくどのような統治をおこなったのか、それを社会や人々との関わりの
なかで書き出そうとした本です。
土肥恒之「ロシア・ロマノフ王朝の大地」講談社(興亡の世界史14 巻)、
2007年
一括紹介その4に掲載
土肥恒之「ピョートル大帝 西欧に憑かれたツァーリ」山川出版社(世界
史リ ブレット人)、2013年
ロシアがヨーロッパの大国として認知されるのは18世紀のことですが、その礎を築いたツァーリというとピョートル大帝の
名前はまず最初に挙がってくると思います。では、ロシアの歴史においてピョートル大帝が果たした役割とは一体何だった
のかと言うことを、功罪両面から見ていこうとする一冊です。ピョートルの改革を可能とした要因がロシアの専制と農奴制
似合ったと言うことは、遅れたロシアを西欧に追いつかせようとしてきたピョートルの改革にとって何とも皮肉な結論だと 思います。
ピエール=マルク・ドゥ・ビアシ(丸尾敏雄監修・山田美明訳)「紙の歴
史」 創元社 (知の再発見 双書)、2006年
古代から現代までの紙の歴史を図版を多く盛り込みながらコンパクトにまとめた一冊です。東アジアにおける紙の歴史(中国の紙から
日本の和紙まで)、そしてイスラム世界における紙の使用と、紙の伝播の歴史、イタリアにおける製紙業と北方への伝播、ヨーロッパ
における製紙業の発展と印刷業の発展、従来の古布にかわるパルプを原材料にして機械化された大規模な工場の展開、そして記録媒体
以外にも色々なところに紙が使われるようになったことや、製紙業の抱える問題、紙の保存といったわだいまで広く扱っています。
一冊にそれだけの内容を盛り込んだということ、一般向けと言うこともありここの出来事にそれほど深入りしているわけではありません
が、全体として読みやすい本だと思います。
コルム・トビーン(栩木伸明訳)「ブルックリン」白水社、2012年
時代は第二次大戦後、主人公のアイリーシュがアイルランドのエニスコーシーからブルックリンへ渡り、仕事や日々の暮らしに
追われたり、あることがきっかけで帰郷したときの心の揺れ動きを、当時の社会の様子とか、周りの人の様子などに触れながら
描き出しています。何かがおわり、何かが始まる、そのときにふと感じる物寂しさがなんともいえません。
コルム・トビーン(栩木伸明訳)「マリアが語り遺したこと」新潮社、
2014年
年老いたマリアが過去についてかたり、そこにはイエスに関することも含まれています。一方でイエスのことを書き残そうとする
弟子2人もおり、彼らはマリアからイエスのことを色々と聞き出そうとします。しかし、イエスをどう語るのかと言うこと等を巡り、
両者の間に張り詰める緊張感、度々の衝突が感じられます。
一人の母親としてのマリアを描き出しながら、真実は語ることができるのかということを考えさせられる1冊ですね。
富永智津子「スワヒリ都市の盛衰」山川出版社(世界史リブレット
103)、 2008 年
古代よりインド洋を介してアジアとアフリカの間で交易が行われてきましたが、8世紀以降、「海の道」によりインド洋交易
圏が発展していきました。その一方で、同じ頃、アフリカ東海岸の集落が発展し始め、徐々にインド洋交易圏との関係を深め
ていくことになります。そして、この地域の都市はイスラム教を受け入れていき、アラビア半島との交流を深めていき、その
過程でスワヒリ語という言語も生み出されました。
本書では、東アフリカ沿岸部に形成されたスワヒリ都市の盛衰の歴史を、スワヒリ都市成立以前の状況や自然環境からはじめ、
さらにスワヒリ都市が交易を通じて発展し、さらに王を頂点とする社会が形成される様子や、ポルトガルがインド洋交易に参入
してくると、彼らの略奪や殺戮にさらされたり、アラビア半島のオマーン王国がザンジバルに拠点を置いて支配を行うようになり、
やがて西欧列強によりアフリカが植民地化されていくなかでスワヒリ都市も列強の支配下に入っていく、その過程を描いていきます。
インド洋の交易と、アフリカ内陸のキャラバン貿易が結びつく場所がスワヒリ都市であり、スワヒリ都市についても、交易だけでなく、
場所によっては農業がかなり盛んだったことや、アラビア半島と東アフリカ沿岸部に支配を及ぼし、内陸キャラバン貿易と欧米との貿易
活動により利益を上げようとしたオマーン王国サイード王の活動等々、ふつうの歴史の本ではうかがい知れない事柄はなかなか興味深いです。
冨谷至「木簡・竹簡の語る中国古代」岩波書店(世界歴史選書)、
2003年
一般的に世界史の教科書などでは、紙は中国で発明されたと言うことはかかれていますが、それに関する記述はかなり曖昧な書き方
がされています。また文字を各媒体の歴史についても、金石文から木簡・竹簡を経て紙になるという直線的な発展としてかかれてい
ます。しかし実際にはどうだったのか・・・?紙登場以前の媒体として存在した石や青銅器、木簡や竹簡がそれぞれどのような目的
を持って文字を書くときに使われたのかということを順を追ってたどると、それは決して直線的発達をしたのでは無いことが分かっ
てきます。また木簡・竹簡から紙に移行する時も急激に変わったわけではないことが分かってきます。そして、古代中国においてこ
うした物を分析することが、古代中国の体制を明らかにする上で重要であることがかかれ、中央集権的な体制という物が文書行政に
より支えられていることが示されていきます。現在中国各地の発掘により大量の竹簡・木簡が出土しているようで、使い方は難しい
ようですがこれによって中国の古代史がかなり分かるようになってきているようです。
冨谷至「中国義士伝 節義に殉ず」中央公論新社(中公新書)、2011 年
前漢の蘇武、唐の顔真卿、南宋の文天祥。かれらは筋を貫き通す生き方をしたことで後世に名を残しています。では、かれらが命を
張ってまで守ろうとした物は一体何だったのか。
義を貫く、と言うと確かにかっこよい生き方に見えるかもしれないし、そういう生き方ができない人間からすると憧れたりする時も
あります。しかし、その一方でその社会の価値観に従う生き方になるため、新しい世界を作るとかそういうことは無理だろうと思い
ますし、自分たちと異なる価値観を一切認めないというところにまでいってしまうと、かえってそれは問題を生むことになるのでは
ないか、そのような感想を抱かせる本でした。個人的には蘇武や文天祥からすると認めがたい李陵や呂文煥に対して同情を禁じ得ない
ものがあります。
ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサ(小林惺訳)「山猫」岩波
書店 (岩波文 庫)、2008年
イタリア統一運動(リソルジメント)の波にさらされるシチリア島を舞台に、衰退していくシチリアの大貴族サリーナ公爵家の
ドン・ファブリーツィオの目を通して描かれる古き貴族社会の衰退と新興勢力の台頭、古き社会が新しい物に取って代わられる
有様の物語です。大まかな筋立てはかなり単純ですが、シチリアの貴族の生活や自然といったものが緻密に描写され、その合間
には優雅であるが死や滅びの影を感じさせる古い世代と野卑であるが活力を感じさせる新しい世代の姿が描かれていきます。
富田健次「ホメイニー」山川出版社(世界史リブレット人)、2014年
ホメイニと言われてもイラン革命の時の人だよね、と言うくらいしか知らない人が圧倒的多数だと思います。そんなホメイニに
ついてコンパクトにまとめてあり、彼の思想的な背景、活動の様子、そして革命後のイランも決して盤石というわけではなかった
事を知る事ができます。
ロベール・ドリエージュ(今枝由郎訳)「ガンジーの実像」白水社(文庫
クセ ジュ)、 2002年
インド独立運動のカリスマ的指導者ガンジーというと、彼が主張し実践した非暴力抵抗運動と言う言葉や写真で見る姿などから聖者
と言ったイメージが強いようです。しかしそのようなイメージばかりが先行して実際に彼がどのような活動を展開したのか、どのよ
うな思想を持っていたのかについてはそのイメージ以上には知られていないように思われます。本書はガンジーの生涯をたどりつつ
彼の思想についても個別にまとめながらガンジーの人物像に迫ろうとします。民衆の代弁者であり民衆のために活動することを望み
つつも民衆的・民主主義的組織は作らず非常に権威主義的なところがあったり、西洋文明を徹底的に批判しつつも彼自身はインドの
民族運動を展開していく上で近代的なコミュニケーション手段を最大限に活用するなど、言っていることとやっていることがこれ程
までに違うというガンジーの姿に驚く人もいるかもしれません。
その他彼は色々な分野について発言しているのですが、その中には
まともに取り上げる価値は無いもの(教育論や健康論)もみられます。また、彼自身は何か運動をやるに当たっては自分がリーダー
的立場に立っていないと気が済まず、インド国民会議内部でも他の活動家と対立し(特にジンナーやチャンドラ・ボース)、自分
の意志を通すためにかなりえげつないことをしたこともあります(例えば不可触民の問題に関与し始めた結果、それまで活躍してい
たアンベードカルは冷遇されることになります)。こうしてみると、ガンジーのどこが偉人なのかと思うかもしれません。しかし、
中産階級の比較的裕福な層が多かったインドの民族運動に大衆を動員し、インド国民会議をインド社会の全階級、全地域を代表する
組織的で強力な民衆組織へと変貌させたのは彼であり、彼のカリスマ性や方法論、大衆への影響力により初めて可能となったという
ことは本書から分かると思います。
レフ・トルストイ(望月哲男訳)「イワン・イリイチの死/クロイツェ
ル・ソナタ」光 文社(古典新訳文庫)、2006年
ある裁判官がまだまだ寿命と言うには早い歳で死を迎えるまでの過程を描き、生と死について考えさせる「イワン・イリイチの死」、
ある地主貴族が嫉妬に駆られて妻を殺害してしまう、愛・性・結婚といったことをあつかった「クロイツェル・ソナタ」、どちらも
かなり重いテーマを扱っていると思います。死についてはついつい自分はまだ大丈夫と思ってしまいますが、必ず訪れるものですし、
愛や性、結婚といったものも色々と考えることは多いですから、一度は読んでおいた方が良いんじゃないかと思います。特に、2008年
あたりから結構目につくようになった「婚活」をしている方は両方読んだ方が良いでしょう。
レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(望月哲男訳)「戦争と平和」光文社
(古 典新訳文庫)、2020年
ロシア文学の世界ではあまりにも有名な作品の新訳が出始めました。1月からある程度間隔を開けながら、最後の巻が出るのが2021年5月予定
ということで、じっくり読みながら待つことができるのは良いですね。最初の舞踏会の話やその後の話は、登場人物がどう言う人物なのか、
彼らを取り巻く世界がどうなっていたのか、そして同じロシア人でも世代によって考え方がどうだったのかなどが描かれているように感じ
ます。そしていよいよナポレオンとの戦いに突入していくのが後半ですが、実在・創作含め大量の人物が登場しながら描かれる壮大な物語
の世界にどっぷり浸ってみるのも良いかなと思います。
ローズ・トレメイン(金原瑞人訳)「道化と王」柏書房、2016年
王政復古機のイギリスで、チャールズ2世の犬をなおし、宮廷に取り立てられた道化メリヴェルの紆余曲折に満ちた
半生を描き出していきます。極めて俗物な善人メリヴェルにとり好奇心旺盛だが気まぐれで飽きっぽいチャールズ2世は
まるで導きを与える神のような存在のようにこの話の中では書かれているように見えます。
アンリ・トロワイヤ(工藤庸子訳)「イヴァン雷帝」中央公論新社(中公
文庫 BIBLIO)、2002年
自らがリーダーシップを取って、ロシアを強国にした力強い指導者か、はたまた権力を恣意的に用い、主に貴族層に対して暴虐の限りを尽くした
暴君か、イヴァン4世(雷帝)については評価がなかなか難しいところがあります。イヴァン雷帝の伝記・読み物として、面白く読める1冊で
す。 ただし、少々グロテスクな場面(拷問シーン)の描写があるので、そういうのが苦手な人はちょっと避けた方がよいかもしれません。
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