手に取ってみた本たち 〜ラ行〜
ラ、 リ、 ル、 レ、 ロ
ラ
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マルク・ラエフ(石井規衛訳)「ロシア史を読む」名古屋大学出 版会、
2001年
この本はロマノフ朝の通史ですが、単なる王朝の歴史ではありません。「ロシアはヨーロッパかアジアか」ということがしばしばロシア史
の概説書でも取り上げられますが(例:興亡の世界史14巻)、本書ではヨーロッパの文脈の中でロシアの歴史を考えようとしています。
この本では「紀律国家」システムがピョートル1世によってもたらされてから、その後彼の後継者がどのようにして統治を行っていった
のか、そして専制権力と「市民社会」の関わりはどのような物だったのかを書いていきます。
ピョートル1世の「革命」を単なる近代化と
して書くのでなく、「紀律国家」という近世ヨーロッパにて形成された政治理念を用いていきます。紀律国家ということについて、本書の
内容からまとめてみると、人間は理性と意志の力によって無限の可能性を持つ社会資源を開発して生産的な活動に利用することができ、
政府はそうした活動を合理的に組織化し、住民を教育する必要があると言うもので、三十年戦争後のドイツ領邦で芽生えて発展したもの
のようです。単に近代化というのでなく、これを使うことで、ロシア史をヨーロッパ史の文脈の中に位置づけることができているようです。
エリートや知識人の話に集中しているようなところ(また、教育関係の話がかなり充実しています)はありますが、ロマノフ朝に関心の
ある人は読むべきでしょう。
サルマン・ラシュディ(寺門泰彦訳)「真夜中の子供たち(上・下)」岩波書
店(岩波文庫)、2020年
インドの独立が宣言された1947年8月15日、その日の夜中に生まれた子ども達には不思議な力が備わっていた。その中でも、午前0時に
生まれたサリーム・シナイとシヴァの二人は強大な力を持っていた。本書ではサリーム・シナイが生まれるまでの話が語られた後、
彼の半生と独立後のインドの歩みが重ね合わせられながら語られていきます。サリームを含めた「真夜中の子供たち」が結局インド
で何もなすことが出来ずに終わっていくのと、独立後のインドが国境紛争やカシミール紛争、印パ戦争などの対外的困難と、国内政治
の不安定さのなかで当初の輝きを失っていく過程がなんとも被っていてもの悲しく感じる話です。
マッツ・G・ラーション(荒川明久訳)「悲劇のヴァイキング遠征 東方探検
家 イングヴァールの足跡1036-1041」新宿書房、2004年
ヴァイキングとして通常知られている北欧の民の活動について、中世のヨーロッパ各地に進出していたことがすでに知
られています。地中海方面でもシチリア王国建国に関わったり、ノルマンディ公国を建国したりといった事例は広く知られる
ようになっていますが、彼らの活動はロシア方面にも及んでおり、リューリクによる国家建設の伝承が知られています。
しかし彼らの活動はそれにとどまらず、長きにわたってロシア方面、東欧、ビザンツ帝国においても活動が見られます。
そういった東方で活躍した北欧の民の一人であるイングヴァールによる東方遠征を扱った本です。サガによって伝説化した
北欧からロシア、さらにグルジア方面へと進んでいったイングヴァール率いる遠征隊に関して、残されたルーン石碑や
サガのみならず、グルジアやロシアの年代記を駆使しながら解明しようとしており、早瀬に関する描写などから、
彼らの航路はヴォルガ川沿いではなく、ドニエプル川から黒海へ、そしてグルジアへといったという説を提示しています。
マッツ・G・ラーション(荒川明久訳)「ヴァリャーギ ビザンツの北欧人親
衛隊」国 際語学社、2008年
ビザンツ帝国の皇帝親衛隊として北欧の人々(ヴァリャーギ)が用いられていました。北欧から川伝いに進み、ロシアを通り抜けて
黒海へ出てコンスタンティノープルにいたるルートを利用して北欧からビザンツ帝国にやってくる人々がかなりおり、その中には
親衛隊として働き、莫大な富を得て帰還するものもいたようです。本書ではヴァリャーギの初期の頃から衰退期にいたるまでを扱い、
ルーン文字の碑文やサガの記述を用いながらヴァリャーギたちの活動の様子を明らかにしようとします。その他にビザンツ側史料や
アルメニア史料、ロシアの史料なども用いてヴァリャーギの活動をまとめており、北欧の歴史に興味がある人は読んでみると良いの
ではないでしょうか。
良知力「青きドナウの乱痴気 ウィーン1848年」平凡社(平凡社ライブラ
リー)、1993年
1848年のウィーンで始まった三月革命の始まりから終結までを、当時のウィーンの社会の様子を詳しく描きながらあきらかに
していきます。社会史の本として、是非読んで欲しい一冊です。
アティーク・ラヒーミー(関口涼子訳)「悲しみを聴く石」白水社、2009
年
戦争で植物人間になった夫に向かって、妻が色々なことを話っていく(その話の内容はいろいろですが、普通だったら面と向かって言ったら
トラブルに発展しかねないこともあります)、その合間に戦争の場面などが挟み込まれていきます。
タイトルの「悲しみを聴く石」とは、サンゲ・サブールという、人の不幸や苦しみを飲み込み、ある日粉々に砕け、その瞬間に苦しみから人
が解放される石のことで、その役割を果たしているのが植物人間と化した夫のようです。そこに向かって色々しゃべっているときだけが彼女
にとって自由な時間となるのですが…。
サンゲ・サブールが砕けると、人は苦しみから解放されるというところから、オチが想像できる人もいるかもしれません。一人芝居の舞台の
ようだという感想を述べた人もいますが、確かにそんな感じがする本です。もっぱら妻の語りによって話が進んでいくという構成がそのように
感じさせる一因でしょう。
ジュンパ・ラヒリ(中嶋浩郎訳)「べつの言葉で」新潮社、2015年
著者のラヒリはアメリカで様々な作品を発表したインド系作家です。そんな彼女がイタリアへ移住し、そこでイタリア語を
使ってものを書き始めます。両親が使っているベンガル語、自分がそれまで作品を書くために使ってきた英語にくわえ、新た
な言語をみにつけようとしていく過程や著者の言葉について考えていること、イタリア語で書いた短編からなる一冊です。
外国語を学ぶということについて、少しでも思うところがある人には是非読んでほしい一冊です。
ラッタウット・ラープチャルーンサップ(古屋美登里訳)「観光」早川書房
(ハヤカワepi文庫)、2010年
タイ系アメリカ人作家が描く、タイの市井の人々を主人公とした短篇と中編からなります。個人的には最後の「闘鶏師」がずしっときました。
町のワルにからまれ堕ちていく一方の父親を見守る娘、そしてなんとなく家族が再生していくような雰囲気の中で唐突に訪れるラスト、
この展開がおもしろいです。
観光客向けの姿とは違うタイの社会と、そこに生きる人々の姿を描き出して面白いですが、タイという自分のバックグラウンドを題材にした
今作以降どうなるか、そこが評価に関わってくるような気がします。
スティーヴン・ランシマン(護雅夫訳)「コンスタンティノープル陥落す」み
すず書 房、1998年(新装版)
1453年5月29日、アジアとヨーロッパが接する地コンスタンティノポリスが陥落したとき、1000年続いた老帝国ビザンツと勃興するオス
マン のふたつの帝国が入れ替わり、地中海世界は東と西で2つの文明が対立する世界になったとも言われています(実際にそうなったのか少々
怪しい気もしますが…)。本書は地中海世界の転換点となったコンスタンティノポリスが陥落するまでの過程を、衰退するビザンツ帝国と
興隆期のオスマン帝国の歴史も含めて描き出してゆきます。時系列を追ってコンスタンティノポリス陥落および征服後の出来事までまとめた
歴史書で、かなりまじめな本ですが、なかなか面白く読める一冊だとおもいます。
ベルトラン・ランソン(大清水裕・瀧本みわ訳)「古代末期」白水社(文庫ク
セジュ)、2013年
4世紀以降のローマ帝国というとかつては「ローマ帝国衰亡史」という形で扱われ、今でもそういう見方が強く残る時代です。本書では
ローマ帝国が変貌していく4世紀、5世紀あたりの話を中心に、当時のローマ帝国の統治や軍事の仕組み、キリスト教の広がり、そして
芸術や学問の分野の発展についてコンパクトにまとめていきます。
このシリーズの他の本同様に、「ローマ人の物語」等のように読み物として面白く読める本ではありません。しかし古代末期について
読むと勉強になると思います。また、古代末期にかんする現地での研究の流れについても触れられているのですが、そこを読むと、
日本における古代末期研究はかなり偏ってるのではないかと思いました。日本で古代末期というとピーター・ブラウンの名前しか
聞いた記憶もないのですが、そういう受容の仕方はまずいんじゃないかと。
リ
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イーユン・リー(篠村ゆりこ訳)「黄金の少年、エメラルドの少女」河出書房
新社(河出文庫)、2016年
孤独であることを自ら選び取る、分かりあおうとしてもわかり合えない・分かりあおうとしない、過去の出来事に関する様々な想いや
記憶を抱えて生きる人々の姿を描いた短編集です。
ナム・リー(小川高義訳)「ボート」新潮社、2010年
ワークショップの課題提出期限が迫る中でヴェトナム系2世の青年が父親の体験を小説化しようとする話から始まり、その後はコロンビア、
イラン、オーストラリア、日本(原爆が落ちる前の広島が舞台)と、全く違う世界を舞台にした短篇が集められ、最後に再びヴェトナムの
ボートピープルが題材として扱われます。
ヴェトナム人作家というと、どうしてもマイノリティという感じを受けますし、最初の短篇で少し触れられる「エスニック文学」のような
内容を期待される方もいるかと思いますが、予断や偏見のような物を持たずに読んでみて欲しい一冊です。
ヴァーノン・リー(中野善夫訳)「教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻
想小説集」国書刊行会、2015年
神と悪魔が一人の男について賭けを行い、悪魔はその男を散々誘惑するがうまくいかず、気がつけば教皇となっていく。しかし
教皇となった彼が犯した唯一の罪は、、、、といった感じの「教皇ヒュアキントス」、過去の女性に主人公がだんだんと惑わされ
ていく「永遠の愛」、ギリシア神話の神々が後の時代まで生き残っていたら、という「神々と騎士タンホイザー」、非常に悲しい
「婚礼の櫃」などなど、過去の女性に主人公が惑わされる話や、別世界へと入り込むような話、ギリシアの神話世界などに題材を
とった話などなどからなる幻想小説集です。
リウトプランド(大月康弘訳)「コンスタンティノープル使節記」知泉書館、
2019年
オットー1世がビザンツ帝国に皇帝称号問題や南イタリアを巡る問題、そしてビザンツとの婚姻関係の話し合いのために派遣した使節
リウトプランドが書き上げた報告書です。全編にわたりビザンツ帝国の社会や制度、そして皇帝ニケフォロス2世にたいする罵倒嘲笑
を知性と教養を注ぎ込んで書き上げたといった感じの本ですが、付論も併せて読むと非常に面白いと思います。
陸秋槎(稲村文吾訳)「元年春之祭」早川書房、2018年
前漢武帝時代、楚の祭祀を司った名家である観家の当主の妹が殺害された。それも見通しの良いところで。この状況を解決しようとするのは
長安から古礼の見聞のためやってきた豪族の娘於陵葵。次々と続く連続殺人の真犯人はだれか、そして観家で4年前に発生した一家惨殺事件
の真相は何か。
古代中国を舞台にした本格ミステリーという作品ですが、真相や真犯人の謎解きよりも、作中で引用される古典にまつわる話や、ホームズと
ワトソンの関係をもっとエキセントリックにしたような於陵葵と観露申の関係性や、観家の女性たちの関係性の方に興味が行く展開でした。
男性キャラクターはほぼおまけというような作りは今風だなあ。
ジャン・リシャール(宮松浩憲訳)「十字軍の精神」法政大学出版局、
2004年
一括紹介(その3)へ移しました
フィリップ・リーヴ(井辻朱美訳)「アーサー王ここに眠る」東京創元社、
2009年(2021年文庫化)
混沌としたブリテン島を舞台に、在る政治的意図を持って作られた物語が、死者の鎮魂と生者の希望の物語へと転化するまでを描いた作品です。
物語の持つ力とはなんだろうか、どこまでその力を使うことが出来るのか、その限界はどこにあるのか、そういったことをアーサー王伝説を
題材として描いた作品です。アーサー王物語としては変化球ですが、面白いと思います。
トム・リース(高里ひろ訳)「ナポレオンに背いた「黒い将軍」 忘れられた
英雄アレックス・デュマ」白水社、2015年
「三銃士」「モンテ・クリスト伯」の著者アレクサンドル・デュマの父親はフランス軍の将軍であり、黒人でした。しかし
彼のことはフランスの歴史の中では目立たなくなり、消え去ってしまった状態です。本書ではフランス革命の時に軍として
活躍したデュマ将軍の姿を描きながら、フランスの歴史を描き出していきます。本書では有色人種の子であるデュマ将軍が
革命の時代のフランスで将軍になることができたのは何故か、そして、何故それ程の人物が歴史の表舞台から忘れ去られて
しまうことになったのかが分かると思います。
ケン・リュウ( 古沢嘉通訳)「 蒲公英(ダンデライオン)王朝記
巻ノ一: 諸王の誉れ」早川書房、2016年
7つの王国に分かれていた多島海世界をザナ王国が統一し、圧政を敷いた。これにたいし反乱が発生、やがてその反乱にはクニと
マタという2人の対照的な出自と性格を持つ若者がさんかすることになります。はたして反乱の成否や如何に。
項羽と劉邦を題材とした武勇、権謀術数が駆使される世界の物語です。
ケン・リュウ( 古沢嘉通訳)「 蒲公英(ダンデライオン)王朝記
巻ノ二: 囚われの王狼」早川書房、2016年
ザナに対するクニ・ガル、マタ・ジンドゥらの反乱は成功した。しかしその後両者は仲違いし、戦うことになる。
果たしてこの戦いの勝者はどちらか
項羽と劉邦を題材とした武勇、権謀術数が駆使される世界の物語です。この巻で2人の戦いには決着がつきますが、
次の第2部はどのような話になるのか。
ル
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アーシュラ・K・ル=グウィン(谷垣暁美訳)「ラウィーニア」河出書房新社
(河出文庫)、2020年
ウェルギリウスの叙事詩「アエネーイス」にわずかに登場するラウィーニアを主人公に据え、詩人が語らなかった時代の後までを描く物語
です。自らが叙事詩の登場人物であると言うことを知りつつ、物語の主人公にして語り手となる彼女の生涯が描かれていきます。
ジャック・ル=ゴフ(菅沼潤訳)「ヨーロッパは中世に誕生したのか?」藤原
書店、2014年
ヨーロッパの特徴とされていること、現在のヨーロッパに現れている諸々の事柄、良いことであれ悪いことであれ、
それらはいつ頃に形成されてきたのか。本書のタイトルは疑問系ですが、著者の結論は既に決まっているような感じ
です。それはさておき、ヨーロッパに現れている様々なことが中世の間に段々と現れてきたと言うことをまとめた 一冊です。
エドヴァルド・ルトヴェラゼ(帯谷知可訳)「アレクサンドロス大王東征を掘
る 誰も知らなかった足跡と真実」NHK出版(NHKブックス)、2006年
一括紹介その1に掲載
マルセー・ルドゥレダ(田澤耕訳)「ダイヤモンド広場」岩波書店(岩波文
庫)、2019年
スペイン内戦前及び戦後のバルセロナを舞台に、一人の女性の半生をあつかった小説です。色々苦労もありながらも平穏に
過ぎていく日々の生活の合間に徐々に革命や内戦が入り込み、それにより人生が悪い方にも良い方にも展開していく様子 が描かれています。
メアリー・ルノー「アレクサンドロスと少年バゴアス」中央公論新社、
2005年
ペルシア貴族の家に生まれた少年バゴアスは貴族間の対立で父を失い自らも宦官として生きねばならないという過酷は運命の
元に置かれます。やがてかれはペルシア王の宮廷で仕えるようになり、さらにペルシア帝国を滅ぼしたアレクサンドロス大王
に仕えるようになります。優れた教養と王に対する忠誠心と愛情をもってアレクサンドロス大王に仕えた宦官バゴアスの視点
から書かれたアレクサンドロス大王に関する小説です。バゴアスの視点から書かれたアレクサンドロスやヘファイステイオン
といった人々の姿、バゴアスとアレクサンドロス、ヘファイステイオンの関係、東征軍中におけるギリシアと東方の文化の遭遇
等々の内容を含んでいますが、バゴアスのアレクサンドロスに対する愛情の強さがひしひしと伝わってきます。
デニス・ルヘイン「ミスティック・リバー」早川書房(ハヤカワ文庫)、
2003 年
かつて友人同士であったジミー、ショーン、デイヴの3人は11歳のある日、デイヴがニセ警官にさらわれたときを境にその関係は
終わりを迎え、彼らはそれぞれ別の道を行くことになった。さらわれて4日後にデイヴは帰ってくるがその間に何をされたのかは
皆言わずとも明らかであった・・・。そして25年の歳月がたち、かつて分かれた3人が再び接点を持つようになるが、それはかつて
のような友人として親しく交わるというものではなく殺人事件を捜査する警官、殺人事件の被害者の父親、そして殺人事件の捜査線
上に浮かんだ容疑者の一人としてであった。そして25年後の再開は悲劇的な結末を招くことになる・・・。と言った筋書きの話です。
この作品も2004年1月10日より映画上映されていますが、不覚にも上映時間中に寝てしまい、映画と小説がどれほど違うのか、そして
同じなのかを確認することは出来ませんでした(^ ^;)。
ポール・ルメルル(西村六郎訳)「ビザンツ帝国史」白水社(文庫クセ
ジュ)、 2003年
1000年の長きにわたって存続したビザンツ帝国の歴史を、330年のコンスタンティヌス帝による
ビュザンティオン遷都から、1453年のオスマン帝国皇帝メフメット2世によるコンスタンティノープル攻略まで
ととらえてその政治・軍事・経済について簡潔にまとめた概説書。ビザンツ帝国の開始年代を330年のコンスタンティヌス
による遷都に置いている点は色々と議論があるようですが、東方と西方の双方から圧力を受け、それに抗しつつ1000年
にわたって存続した帝国の歴史を概観するにはちょうど良い一冊だと思います。ただし帯や背表紙に書いてる「文明の衝突」
云々については無視した方がよいかと思います。
アルマン・マリー・ルロワ(森夏樹訳)「アリストテレス 生物学の創造」み
すず書房、2019年
天体から形而上学、弁論術や倫理学、政治学など非常に多くの分野を探求したアリストテレスは、動物や植物についての観察も
行った人物でした。「動物誌」など様々な著作が残されていますが、彼の業績は今となっては顧みられないものとなっています。
科学革命によりアリストテレス的な世界観がくつがえされ、人間の科学に対する取り組みは一つ違う段階へと進んでいったわけ
ですが、そのアリストテレスこそ生物学を創造した学者であるというのが本書の主張です。
今のような実験器具や調査研究の出来ない時代において、わずかな資料、様々な観察、そして論証の積み重ね、それによって
発生や動物の形態、遺伝、生殖、生物界のあり方などを考察していった彼の生物学は、今となってみると荒唐無稽なところや
誤りもあります。しかし色々な事例を観察してデータを収集し、そこから法則を見いだしていくようなところは、昨今はやりの
ビッグデータ活用型の研究とに多様なところもありますし、彼が言っていることの中には現代の研究家と思うようなものもある
ようです。少々骨が折れる読書となるかもしれませんし、一度で読んで理解できたかというと正直怪しいところもある本ですが、
じっくり読み込んでみたくなる本です。あと、表紙が非常にきれいですね。若冲か。
レ
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ロビン・レイン・フォックス(森夏樹訳)「アレクサンドロス大王」(上下
巻)青土 社、2001年
一括紹介その1に掲載
フィリップ・レクリヴァン(鈴木宣明訳)「イエズス会 世界宣教の旅」
創元社(知の再発見双書)、1996年
16世紀半ば、宗教改革の流れに対抗すべくカトリック教会が組織したイエズス会。会士たちの布教の結果現在も
世界各地に数多くの信者が存在しています。本書ではイグナティウス・ロヨラによるイエズス会創設から解散を
命じられる18世紀後半までの時代を対象として、イエズス会による世界各地への布教活動の様子について簡潔に
まとめています。同じイエズス会士であっても現地の伝統を尊重するものもいれば、強引な布教を行うものも
いるなど布教スタイルが全く異なっていることや、ヨーロッパ諸国の植民地に進出した彼らがしばしば各国の
植民地政策に対立する存在となっていたことがよくわかります。ザビエルの布教で有名な日本やマテオ・リッチ
らによる布教が行われた中国、ラテンアメリカにとどまらず、北米やアフリカ、さらにはオスマン帝国領内にまで
イエズス会士が布教のために滞在していたことは正直驚きでした。当然の如く布教先で殉教する会士が多数存在
しましたが、何が彼らをそこまで駆り立てたのでしょうか・・・。
ニコライ・レスコフ(東海晃久訳)「魅せられた旅人」河出書房新社、
2019年
湖上の旅の道中で出会った老修道士が語る、自分がどのような経緯を経て修道士となったのかの顛末があつかわれています。
とにかく馬をうまく御する、よい馬を見分ける、といった馬に関する才能一つで世を渡り、タタールに長い間抑留された時
の話やら貴族の元で働いているときにやらかした話等々、昔一寸やんちゃしていたおじさんがインタビューに答えて面白おかしく
自分のここまでを語る、それがどこまで本当のことを行っているのか怪しいけど面白い話のような感じがする一冊でした。
マーカス・レディカー(上野直子訳)「奴隷船の歴史」みすず書房、2016
年
かつて大西洋世界で行われていた奴隷貿易は、イギリスの商人たちに莫大な富をもたらしたといわれています。では、
奴隷貿易に使われた奴隷船はどのような構造をしていたのか、アフリカのどの地域に多く寄港していたのか、そして
乗組員たちはどのような人々であり、彼らはどのような環境に置かれ、何を考えていたのかといったことを扱い、
さらに「積荷」となったアフリカの人々はどのような抵抗をしたのか、そして船の上で何を考え、どのような行動
を取ろうとしたのかといったことも触れています。奴隷貿易の様子について詳しく知りたいならまず読むべきだと思います。
プリーモ・レーヴィ(関口英子訳)「天使の蝶」光文社(古典新訳文庫)、
2008年
プリーモ・レーヴィはアウシュヴィッツ収容所からの生還者として、そのときの体験を書きつづった化学者・作家です。アウシュヴィッツでの
体験を元にした著作を書き残す一方、彼は幻想的な小説も発表しています。この短編集は著者が化学者でもあったためか、自然や機械について
扱った話がいくつか見られます。読んでクスリと笑うような話や、不条理な話もありますが、人間と科学の関係について考えさせられる話が
多いです。
スタニスワフ・レム(沼野充義訳)「ソラリス」国書刊行会、2004年
惑星ソラリスの探査するステーションにて異変が発生、それを調査すべく心理学者ケルヴィンが向かいます。そして惑星ソラリスでは海のような
未知の生命体に遭遇しただけでなく、死んだはずの恋人が目の前に現れるなど不思議な現象に見舞われます。はたして未知の生命体とのコンタクト
はどうなるのか、ソラリスとは結局の所何なのか…。
未知との遭遇というのは、人間の思うようにはいかない物なのかなという気がする一冊です。ついつい宇宙の地球外生命体も人間のような姿をして
イルというイメージを持ち、彼らとの意思疎通も可能だと思ってしまうときがあるのですが、それはこちらの勝手な思い入れなのかなという気がし
て きます。
ジークフリート・レンツ(松永美穂訳)「黙祷の時間」新潮社(新潮クレスト
ブック ス)、2010年
今より一寸前の時代のドイツのどこか、そこで行われているギムナジウムの女教師の追悼式の場面から物語は始まり、主人公の回想形式で話が
進められていきます。そこで描かれているのは、主人公と女教師の短くも瑞々しい恋愛と思い出です。日本で同じ題材を扱うと、かなりどぎつい
描写が次々と盛りこまれていきそうですが、本書の筆致は極めて静かに、淡々と、抑えた調子で進められていきます。
ティエリー・レンツ(福井憲彦訳)「ナポレオンの生涯 ヨーロッパをわが手
に」創元 社(知の再発見双書)、1999年
ナポレオンの生涯について、その生い立ちから、フランス革命のさなかに頭角を現し、軍事的成功を積み重ねてついにフランス皇帝になった後、
没落してセント・ヘレナ島へ流されるまでを平易な文章で簡潔にまとめた一冊です。しかもカラーの図版が多く、巻末には様々な史料もついて
いるので、ナポレオンについての入門書として良い本だと思います。全体としてバランスがとれた本ですが、どちらかというとナポレオンに
ついて肯定的な評価の方が目につきます(デュフレ「ナポレオンの生涯」(白水社)のほうがより批判的な視点を持っています)。
ロ
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エミーリ・ロサーレス(木村裕美訳)「まぼろしの王都」河出書房新社、
2009年
画廊経営者ロサーリのもとに贈られてきた一束の書き物が贈られてきました。それは18世紀の建築家ロセッリが書き残した回想録であり、
かつて河川のデルタ地帯に建設を計画されながら作られなかった都市の謎を探りつつ、それを読み進めるロサーリも自分の過去と向かい合う
ことになるのですが…。
過去と現代を行ったり来たりしつつ、最後にそれが結びつくという展開ですが、どちらかというと現代パートの方が話の中心に
なっているような感じがしました。それはともかく、一つの都市計画が人の心という物を分かっていない鈍い男のせいで頓挫して
しまったということなんでしょうね、きっと。自分の思いこみどおりには世の中は動いてないって事で。もっともロサーリも
ロセッリも最後はそれなりに幸せな感じで話は終わっています。
ジャンニ・ロダーリ(関口英子訳)「猫とともに去りぬ」光文社(古典新訳文
庫)、 2007年
家で居場所の無くなった鉄道職員が鉄索を越えると猫になっていた表題作「猫とともに去りぬ」のほか、魚になった一家が結局ヴェネツィアを
救い、ピアノを武器にするカウボーイ、コンソメの景品としてピサの斜塔を奪おうとする宇宙人、バイクに恋した男、一眠りすると時空を越えて
ピラミッドを造ってしまった男といった不思議な話から、白雪姫やシンデレラに一ひねり加えた話があったりする、イタリアのファンタジー短編
集です。ひねりがきいていたり、現代社会に対するアイロニーであったりしますが、読み終わったあとに暗い気分になるブラックなファンタジー
ではなく、少し笑いがこぼれてきそうなファンタジーです。
ヨーゼフ・ロート(平田達治訳)「ラデツキー行進曲」鳥影社、2007年
(岩波書店(岩波文庫・上下巻)、2014年)
ソルフェリーノの戦いで皇帝フランツ・ヨーゼフ1世を助けたことがきっかけで貴族となったトロッタ家3代の物語とハプスブルク帝国の黄昏を
描いた物語です。皇帝を助けたことが評価された祖父、軍人ではなく官僚となった父、そして祖父と同じ軍人のみちを歩みながら色恋沙汰の
不祥事を次々におこし、最期の瞬間においてもおよそ英雄的とはいえず祖父のようにはなれなかった子。このトロッタ家3代の歩みを描くとともに
ハプスブルク帝国が崩壊へと向かい、今までの国のあり方が変わりゆこうとしている姿が描かれています。
皇帝フランツ・ヨーゼフを助けたことが大幅に誇張されて教科書に掲載されたことに対し、皇帝に直訴してやめさせた祖父、息子の色恋沙汰と
借金の不始末を皇帝に嘆願してなんとかしてもらった父、皇帝をかばって打たれて左肩、鎖骨を負傷した祖父とロシアとの国境地帯における
労働争議への対処をしくじり同じく左肩、鎖骨を負傷した子といった具合に同じようなことをしたり、似たような出来事が起きてもそれが
全く違う背景で発生し、それもだんだんとレベルが下がって行く形で現れてくるという描写が所々に見られます。こういった描写もまた、
帝国の黄昏を感じさせるものがあります。
ヨーゼフ・ロート(池内紀訳)「聖なる酔っぱらいの伝説他4編」岩波書店
(岩波文庫)、2013年
パリの橋のたもとで暮らしているホームレスのアンドレアスが一人の紳士から200フランをもらいました。そのお金を返す気があるなら
聖テレ−ズに寄付して欲しいといわれていましたが、果たして寄付することはできるのか。奇跡としか言いようのないことが次々と続く
ふしぎな物語が表題作です。その他にハプスブルク君主国への郷愁もかんじる「皇帝の胸像」、ドライな筆致で恋愛を書いた「ファルメライアー駅
長」、 「四月、ある愛の物語」がおさめられ、さらにナチス台頭前夜のドイツの雰囲気をつよくかんじさせる「蜘蛛の巣」も収録されています。
個人的には表題作以外だと「皇帝の胸像」がすきですね。
キース・ロバーツ(越智道雄訳)「パヴァーヌ」筑摩書房(ちくま文庫)、
2012年
舞台は20世紀イギリス、のはずなのですが蒸気機関車が走り回り、腕木通信によって情報が伝達される、そして内燃機関の使用には規制
がかかっているという、何か違和感を感じさせる世界がかかれています。それもそのはず、この世界はエリザベス1世が暗殺され、無敵艦隊
によりイギリスが制圧、さらにカトリックがプロテスタントに勝利して法王庁がヨーロッパ全体を支配している世界になっていたのです。
この何とも奇妙な世界を描きながら、やがて人々が現在の体制に対して反旗を翻していくという過程を描き出しています。第1章、5章、6章、
そして終章は時系列のつながりがあり、その間にある2,3,4章はこの世界について、どのような世界なのか、そしてそこで一寸ずつ生じて
いる違和感がなにかを感じさせる、そういう構成になっています。
物事にはそれにふさわしい時がある、そういうことなんでしょうか。そして変わったことが果たして良かったのか、一寸考えてしまいました。
ジェームス・ロバートソン(田内志文訳)「ギデオン・マック牧師の数奇な生
涯」東京創元社、2017年
スコットランド国教会の牧師ギデオン・マックが疾走する前に綴った回想録が出版社に持ち込まれました。疾走した後で遺体が見つかり、
死亡したことになっているのになぜか彼を見たという人が現れたりする不思議な展開の中、自分の思いとは違う人生を淡々と歩む牧師の
生涯が綴られ、その間に彼にしか見えない「岩」の話題が顔を見せます。そして滝に落っこちて生還してから後、彼は妙なことを口走る
ように、、、。
回想録の後のエピローグを読むと、いったい何が真実なのかわからなくなりますし、最後の部分はいったい誰が話しているのかわからない
など、なかなか不気味な雰囲気の話でした。
アラン・ロブ=グリエ「消しゴム」光文社(古典新訳文庫)、2013年
ある町で発生した殺人事件を調べるため、特別捜査官ヴァラスがおくりこまれてきます。しかし調べても全く真相は分からないまま、
予想とは違う展開をたどることになるのです。
「オイディプス王」のパロディのような話ということでよろしいでしょうか。
手に取った本たち
読書の記録
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