手に取ってみた本たち 〜ナ行〜
ナ、 ニ、 ヌ、 ネ、 ノ
ナ
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ゾフィア・ナウコフスカ(加藤有子訳)「メダリオン」松籟社、 2015年
ドイツ軍占領下のポーランドでは、アウシュヴィッツやトレブリンカといった
ユダヤ人の強制収容所がつくられ、またユダヤ人
でないポーランドの人々もまた強制労働や虐殺により多くの犠牲を出しました。また、ドイツに対する抵抗運動 に参加するもの も現れました。
この本は、第二次世界大戦終結直後、ポーランドのナチス犯罪調査委員会に参加した著者が、対戦中にポーランドの人々が経験
した事柄について聞き取りを行っ た経験をもとに1945年の春から夏にかけて書かれた短編集です。ページ数は非常に少ないの
ですが、対戦中のポーランドで生きた人々が非常に過酷な体験していたことがよく伝わってきます。
中井義明・堀井優(編著)「記憶と慣行の西洋古代史」ミネルヴァ書房、
2021年
古代世界における記憶が人々にどのような影響を与えたのか、また慣行がどのようにして定着し歴史に影響を与えたのか、過去についての事柄
がどのように当時の人々に影響を与え、歴史の展開に関わっていったのか、そういったテーマを扱った論文を集めた一冊です。なかなか興味
深いものがあります。
仲尾宏「朝鮮通信使 江戸時代の誠信外交」岩波書店(岩波新
書)、2007 年
江戸時代の日本というと、「鎖国」というイメージがかなり強く残っていますが、実際には外国との交流がなかったわけではありません。
松前や長崎では交易をしていますし、琉球国王の使節が送られてきていました。そして朝鮮からは朝鮮通信使が送られてきていたことが
知られています。この朝鮮通信使は江戸時代を通じて12回行われたことが知られ、その規模は非常に大きく、道中では民間レヴェルでの交流
も見られたことが知られています。一方で、国書の偽造等も行われていた事が知られています。朝鮮通信使について、とりあえず知って
おくにはちょうど良い本かなとも思います。
中川良隆「水道が語る古代ローマ繁栄史」鹿島出版会、2009年
水道橋や浴場跡など、ヨーロッパにはローマ時代の水に関する遺跡が各地に残されています。ローマ人は道路や上下水道といったインフラの
整備をしっかり行っていた事は各地の遺跡や文献からも分かっている事ですが、本書はエンジニアの視点からローマの水道について、江戸と
比較しながら論じていきます。図版も多く、なかなか分かりやすい本だと思います。
長澤和俊(執筆)「新シルクロード 歴史と人物第1巻 アレクサンドロス大
王の夢」 講談社、2005年
アレクサンドロス大王の東征からヘレニズム文化の発展、ローマ時代の交易やガンダーラの仏像等々を扱った本です。しかし
単なる本ではなく、DVDと併せて楽しむと言う形式を取っており、DVDとそれを補う冊子から構成されています。アレクサンドロス
大王が西から東へのシルクロードの礎を築いたという扱いになり、ローマ帝国の時代に陸路のみならず海路も開発されて東西交流
が活発になったと言うことや、佛教の仏像のルーツがギリシア神話の神々にあり、それはアレクサンドロスの東征後にヘレニズム
世界が成立したことが関係するというようなことが語られています。
長澤伸樹「楽市楽座はあったのか」平凡社、2019年
楽市楽座というと織田信長の行った先進的な経済政策として、教科書でも必ず出てきますし、そのイメージが今でも強く定着している
ことは現代でもこれになぞらえた表現が色々と使われるところからも明らかかと思います。
しかし、本当に楽市楽座は信長の独走だったのか、そしてそんなに先進的な政策だったのか、本書では信長以外の大名による「楽市」
「楽座」についても検討を行いながら、楽市楽座について地域の平和保障や経済振興として行われていたことや、世間一般の「楽座」の
イメージにあてはまるのは秀吉の「破座」で、信長の「楽座」は座への諸役免除で座の特権廃止では無かったことなど、我々が知っている
イメージが大部塗り替えられる内容となっています。
中島敦「山月記・李陵」岩波書店(岩浪文庫)、1994年
司馬遷と李陵、蘇武の3人の生き様を書いた「李陵」、姿がトラになってしまった男の「山月記」、孔子の弟子である子路の生涯
を書いた「弟子」、弓の修行に励んだすえに弓を使わなくなった男を描く「名人伝」といった中国の古典を翻案・創造した物語や
「西遊記」の沙悟浄を主人公として自我の問題を扱う「悟浄出世」「悟浄嘆異」、南洋の様子を伝えた「環礁」などわずか33年の
短い人生の間に書き残された作品の数々が納められています。どれもこれも読み始めると一気に読んでしまうものの、その後まも
なく読み返したくなる・・・。そんな話が数多く納められています。一度読んだだけで放り出すのではなく、何度も読んで味わい
たい、そんな一冊です。
中島毅「スターリン」山川出版社(世界史リブレット人)、2017年
スターリンの生涯とソ連の発展についてのコンパクトな一冊。生まれてから死ぬまでのスターリンの歩みと、彼の思想や行動が
ソ連の発展とどのように関係するのかを扱っている
中砂明徳「江南 中国文雅の源流」講談社(選書メチエ)、2002年
現在の中国では経済的にも文化的にも南部が北部を上回っています。古代文明の中心は黄河流域であったのに、徐々に長江下流
域の江南地方が発展し、宋代には北よりも進んだ地域になっていき、現在に至っています。その江南を舞台に栄えた書画骨董
や出版文化等の繁栄ぶりを語りつつ、南方の人々が各地に進出していく様や言語の多様性など、様々なテーマが盛り込まれて
います。個人的には倭寇や対外交流、文人と武の関わりなどを扱った箇所が特に興味深く読めました。倭寇の登場がそれまで
経済的、文化的に繁栄していたが政治的には周縁地帯だった江南の人々の目を外部へ向けさせるきっかけとなり、倭寇経験を
ふまえた様々な国防論が説かれるようになったようです。形は何であれ、外部からの刺激がさらなる発展を生み出すという
ことなのかもしれません。
中田一郎「メソポタミア文明入門」岩波書店(岩波ジュニア新書)、
2007 年
所謂四大文明の一つであるメソポタミア文明についての分かりやすい入門書です。最初に古代メソポタミア文明の歴史をひととおり
まとめた後で、シュメール都市文明の成立として人口の増加や都市化、物資の流通、交易の様子、農耕や牧畜にふれていきます。
その後は楔形文字の話を、最近見られるようになったトークン起源説を取り上げて説明したあとで国際共通語としてのアッカド語や、
様々な楔形文書とアーカイブの話を取り上げてまとめます。それ以降は楔形文字を使っていた書記を養成する学校の存在をまとめた
り、様々な法典の存在を取り上げたり、ハンムラビ法典を元にバビロニアの社会について解説を加えてあります。メソポタミア文明に
ついて、中高生でも分かりやすいようにまとめた本というのは今までそう言えば無かっただけに、これは大いに役立つと思われます。
中田一郎「ハンムラビ王」山川出版社(世界史リブレット人)、2014 年
ハンムラビ王というと、「目には目を歯には歯を」で有名な「ハンムラビ法典」で有名です。そんなハンムラビ王について、彼が
登場するまでのメソポタミア情勢についてのまとめ、ハンムラビによるバビロニア統一の過程、ハンムラビによる灌漑事業、そして
正義の維持者として法典も制定し、さらに裁判において自ら裁決を下すこともあるハンムラビの姿が描かれています。
コンパクトにハンムラビ王についてまとめられており、教科書的な知識よりもさらに背景について詳しくまとまっているので、
手軽に読みたいけれどもう少し詳しく知りたい人にお勧めします。
永田諒一「宗教改革の真実 カトリックとプロテスタントの社会史」
講談社(現代新書)、2004年
カトリックと宗教改革派が激しく対立し続けた16〜17世紀のヨーロッパは、従来の中世的な社会が新しい社会へと変
わっていく段階にありました。宗教改革派が教えを広めるために活版印刷術を盛んに利用したことや、文字が読めない民衆への
布教のために集団読書を行っていたこと、当時の民衆の信仰の形はかなり素朴なものであったことなどから、当時の民衆が生きて
いた社会の様子や社会の変化への対応などがうかがい知ることができます。
またカトリックと宗教改革派が併存する状況は様々な
問題を生み出すことになりますが、都市と宗教の関係、教会の利用を巡る問題や結婚を巡る問題、さらにグレゴリウス歴導入を巡る
対立など、新たに生じてきた社会問題に対して人々がどのように対処してきたのかということについてもかなりページを割いて書
かれています。そして、宗教改革は当時のヨーロッパに残っていた中世的な要素の変更・修正をもたらし、新しい時代を準備した
というような結論に至ります。タイトルを見ると宗教改革運動とそれに対するカトリックの動きという宗教面の話が中心なのかと
おもいますが、中身は宗教改革が行われていた時代のドイツ社会の様子を書いた本になっています。
中谷功治「テマ反乱とビザンツ帝国」大阪大学出版会、2016年
イスラムの台頭により聞き的状況に陥ったビザンツ帝国は、危機を乗り切り9世紀になると皇帝専制の中央集権体制の国家へと
変化していきました。7世紀までの古代ローマ帝国敵要素を強く残した国家がいかにして変化したのか。ビザンツ帝国の政治体制
について、7世紀後半から9世紀にかけてたびたび発生したテマ反乱を分析し、それを通じて中央政府のあり方がどのように変わって
いったのかを見ていこうとします。8世紀の皇帝たちについての「小アジアのテマ軍団に支えられた政権」という仮説は魅力的です。
中谷功治「ビザンツ帝国 千年の興亡と皇帝たち」中央公論新社(中公新
書)、2020年
アジアとヨーロッパにまたがる領土を持ち、千年の長きにわたり生き残ったビザンツ帝国の歴史を扱う新書が久し振りに出ました。
7世紀から12世紀、一つの歴史的世界として「ビザンツ世界」が作られ、独自の動きが展開された時代を中心に、その前後の時代の
事にも触れた一冊です。最近の研究成果を反映した一般向け書籍としてお薦めです。
仲手川良雄「テミストクレス 古代ギリシア天才政治家の発想と行動」
中央公論新社(中公叢書)、2001年
紀元前480年のサラミスの海戦でギリシア連合軍はペルシア軍に勝利したが、その勝利の立て役者はアテナイの政治家
テミストクレスです。彼はまた、ペイライエウスの城壁の建造や、アテナイの海軍力増強といった、後のアテナイの
発展の礎を築いた人物でもあります。テミストクレスの先見性や政治家としての才能を礼賛する箇所が多く、どうも
その部分が鼻につくといいますか、なんとなく釈然としないものもあります。また、ギリシアとペルシアの関係に関
してはかなり古い見方をしているように感じられます。
中西恭子「ユリアヌスの信仰世界」慶応義塾大学出版会、2016年
伝統信仰を復活させようとしたとされ、「背教者」とのちに呼ばれるようになったローマ皇帝ユリアヌス。彼の信仰がどのようなもので
あったのかを解き明かす一冊です。思索と修養の成果である、彼の復活させようとした共同体的多神教がどのような背景から出来上がって
いたのかなどが興味深い一冊でした。
長沼秀世「ウィルソン 国際連盟の提唱者」山川出版社(世界史リブレッ ト
人)、2013年
国際連盟創設を提唱したことで知られるウィルソンの生涯を簡単にまとめた1冊です。大統領としての内政・外交のほか、州知事時代や大学
時代についてもまとめています。ウィルソンが革新主義の方向に進むきっかけが何だったのか、その辺をもっときちんと分かるように書いて
おいた方が良かったかなと思います。
中野明「グローブトロッター 世界漫遊家が歩いた明治ニッポン」朝日新
聞出 版、2013年
開国後、日本には外国人がやってくるようになりますが、その中には日本各地を見て回りその様子を記録に残した者たちがいました。
本書では外国人により残された様々な記録をたどりながら幕末・明治の日本の姿を見ていこうとしています。来た時代によって、
書かれている物・書かれていない物があり、そこにも明治時代の日本の発展の様子がみえ、なかなか面白いです。
中野勝郎「ワシントン」山川出版社(世界史リブレット人)
アメリカ合衆国初代大統領のワシントンについてのコンパクトな伝記です。日本では桜の木の創作エピソードで知られているくらいかも
しれないし、アメリカでも偉大な大統領として評価されているかというと微妙なランキングに位置している彼ですが、その人格や政治に
対する姿勢故に初代大統領として共和政・大統領制・連邦政府というものを定着させられたという所でしょうか。
中野京子「怖い絵」朝日出版社、2007年
中野京子「怖い絵2」朝日出版社、2008
一見すると特に怖いわけではない絵から、見るからに怖さを感じさせる絵まで、西洋の絵画には色々な物があります。そういった
絵画について、絵に描かれた物が何を意味するのかを解説しつつ、それが描かれた背景や画家のキャラクターなどに注目しながら、
なぜそれが「怖い」絵なのかを語っていきます。単に「怖い絵」をみると言うだけでなく、絵画の見方のような物に興味があったら
かなり面白く読めると思います。絵画鑑賞の入り口の一つにはちょうどよいのではないでしょうか。
前作が好評だったため、続編が2008年になって出されています。こちらもまた面白いですよ。エッシャーのだまし絵もそういう風に
見られるのかと一寸びっくり。
中野京子「名画で読み解く
ハプスブルク家12の物語」光文社(光文社新書)、2008年
ハプスブルグ家の人物を描いたり、ハプスブルグ家と関係のあった人を題材とした絵画12枚をとりあげ、その絵画についての解説を少々、そして
その絵が描かれた時代の歴史の話題をまとめます。ハプスブルグ家の歴史を彩るマクシミリアン1世、カール5世、フェリペ2世、マリー・ア
ント ンワネット、 エリーザベト
の肖像画、さまよう女王ファナ、ラス・メニーナスやマクシミリアンの銃殺、といったハプスブルグ家と関係のある場面を描いた絵画、さらに
フェリペ2世とおぼしき人が書き込まれたオルガス伯爵の埋葬やアルチンボルトのルドルフ2世肖像のような変わった絵から、一見関係なさそ
うな
ナポレオン2世、フリードリヒ大王の絵画までをあつかいつつ、所々他の絵画も紹介しています(フェリペ4世やカルロス2世の肖像、エリーザベ
ト の写真とデスマスク、さらにハプスブルグの開祖ルドルフ1世がボヘミア王に勝利した戦いの一場面まで含まれています)。
マクシミリアン1世からフランツ・ヨーゼフにいたるまでのハプスブルグ家の歴史を大まかにおさえられる一冊です。文字ばかりだと読むのが
辛いという人もいるかもしれませんが、様々な絵画をもとにわかりやすくまとめているので、ハプスブルグ家の歴史の入門書としてよいかと。
中野京子「名画で読み解くブルボン家12の物語」光文社(光文社新 書)、
2010年
以前、ハプスブルク家を題材として造られたものと同じスタイルで、ブルボン家に関係のある絵画を取り上げながら歴史を分かりやすくまとめた
1冊です。直接関係のなさそうなチャールズ1世の肖像画や、ナポレオンの戴冠式の画ものっていますが、フランスの歴史について興味がある
人向 け の 読み物としてちょうど良いかと思われます。
中野京子「名画で読み解くロマノフ家12の物語」光文社(光文社新 書)、
2014年
ハプスブルク家、ブルボン家につづき、ロシアのロマノフ家に関係のある絵画を取り上げながらロシアの歴史を分かりやすくまとめた
1冊です。各章ごとに取り上げられた画のほかに、イヴァン雷帝が息子を殴打した画等々、ロシアの歴史を説明する上で必要そうな画が
色々と載せられています。ロシア史に興味があるけれど難しい本はちょっとという人の入門書としてちょうど良いかと思われます。
中野京子「残酷な王と悲しみの王妃」集英社、2010年
メアリー・スチュアート、イワン雷帝の七人の后、ゾフィア・ドロテア、アン・ブーリン、マルガリータ・テレサなど、数奇であったり、
悲惨であったりと、非常に波乱に富んだ生涯を送ったヨーロッパの「王妃」たちの物語です。「怖い絵」シリーズで知られる著者なので、
今回も絵に関する話が結構でてきます。また、題材として別の著作と少し重なっているかなと思う所もありますが、気軽に楽しめる内容
だとおもいます。気軽というと、結構重い題材もあるので、一寸語弊はあるかもしれませんが…。
中野美代子「乾隆帝 その政治の図像学」文藝春秋(文春新書)、
2007年
清朝第6代皇帝乾隆帝の60年間の治世は清朝の最後の繁栄期であり、また中国王朝が最後の輝きを放った時代でした。そして、
彼は建築(熱河離宮、円明園など)、美術(カスティリオーネに描かせた多数の絵画など)、仮装(父親譲り?)、詩文(5万首の
漢詩)等々、ありとあらゆる事柄を動員して何をしようとしたのかということに迫るのが本書です。満洲族の皇帝でありながら、
漢族、チベット、モンゴル、回族、そして西洋をすべて自分の手の中に収めようという(そして、中国の王朝としては最大規模の
領土を獲得し、その多くが現在の中国にも引き継がれている)皇帝の意図を絵画や詩文、建築から読み解いていこうとする本で、
「画巻に策略を施した」と著者が評した箇所がありますが、その他の絵画や建築についても中華の帝王たる皇帝の深謀遠慮のような
ものが張り巡らされているようで、そのせいもあってかなかなか読み解き、内容を大まかにでも理解するまでに時間がかかるところ
もありますがなかなか面白い事項が掲載されています。乾隆帝を単独で扱っている本はあるようでないため、乾隆帝の治世について
関心がある人にも一読することをお薦めします(但し伝記じゃないので生涯全体が分かるわけではありません)。
中野美代子「契丹伝記集」河出書房(河出文庫)、2010年
中国の歴史に関する話題をちりばめた様々な不思議な物語を集めた一冊。中篇から短篇、超短編までいろいろと掲載され、文体や形式も
色々と凝った感じで書かれています。そしてなんだかとても不思議な話が展開されています。
中平希「ヴェネツィアの歴史」創元社、2018年
地中海を舞台とする東方貿易に従事して繁栄した「アドリア海の女王」「水の都」ヴェネツィア。本書ではそのヴェネツィアの歴史を、
対外交易や海運、海軍といった、「海」にまつわることも当然詳しく取り上げるのですが、ヴェネツィアがイタリア半島側に持っていた
陸上領土(テッラフォルマ)が実は重要であったことを詳しく伝えていきます。
海外交易が振るわなくなった後も、ヴェネツィアが地域国家として長らく存続できたのは、原料供給地であり商品市場ともなる陸上領土
の存在が大きいと言うことがわかる一冊です。そんなヴェネツィアの政治組織、陸上領土の支配のありかた、そしてこの地で栄えた文化と、
経済の中心から文化・快楽都市へと移り変わっていった様子、こういったことがわかり、なかなか面白かったです。
長堀祐造「陳独秀」山川出版社(世界史リブレット人)、2015年
陳独秀というと、新文化運動、共産党結成ということに関して名前が必ず出てくる人です。しかし本書では、それ以外の、
あまり触れられることのない部分についてもまとめています。彼が部屋にこもり研究に耽るタイプの知識人ではなく、積極的
に行動するタイプの人物だったことがよくわかります。
仲丸英起「名誉としての議席 近世イングランドの議会と統治構造」慶應
義塾 大学出版会、2011年
16世紀のイギリスにおいて、議員になることや議会で活動すると言うことはどのようなものだったのか。議会にかんする儀礼
(議会会場への更新、ウェストミンスター寺院での儀式など)を検討したり、議員と選挙区の関係、議会における議事進行や
業務、そして議員の議会活動がどの程度活発だったのか、そのようなことを書いている専門書です。
中村逸郎「帝政民主主義国家ロシア」岩波書店、2005年
現在のロシアで強大な権力を握るプーチン大統領に対して民衆から多数の請願や直訴が寄せられているそうです。
彼にすがることで苦しい現状を何とかしようとする民衆にとってプーチンは「慈父たるツァーリ」のようなもので
あり、実際そのような意識を持つ人もいるようです。本書では大統領に直訴する民衆の生活圏からロシアの政治支配
について考えていこうとしています。脆弱な生活基盤のもとで隣人とも良好な関係を築けず様々な葛藤を生み出している
人々に対して地方自治体は無力であり、法の支配も空洞化して機能せず、政財界が癒着して地域住民の生活を脅かし、
社会的正義も通用しないという社会状況があり、困った人々は最高権力者であるプーチンに直訴して何とかしようとし、
プーチンのほうも民衆と直接関係を結びながら権限集中をはかっているようです。
本書で取り上げられている事例が
すべての場面に当てはまるというわけではないのかもしれませんが(ここで取り上げられていないところでは民衆の公共
性が築かれているのかもしれませんし)、人間関係およびインフラのひどさは目に余るものがあります。このような状況
で地方自治体や法があてにならないとすれば大統領に頼るしかないと考え、実行に移すこともわかる気がします。
中村修也「偽りの大化改新」講談社(現代新書)、2006年
近年、中大兄皇子や中臣鎌足らを首謀者とする大化改新により、それまで権勢を恣にしてきた蘇我氏が滅び、以後日本は
律令国家体制を作る方向に向かっていくというような感じで語られてきた事柄が、じつはそうではないということで見直し
を迫られています。特にこれらの出来事に関する主要史料である「日本書紀」の記述の問題点について指摘する論者、著作
が増えており、日本古代史についても従来の学説の塗り替えが少しずつ起きていますが、本書もそのような本の一つです。
大化改新の前後の記述をみていくとどうも妙な点があり、それを検討することにより大化改新の首謀者が中大兄皇子ではなく
軽王子(のちの孝徳天皇)であるという結論に到達し、さらに「日本書紀」で中大兄皇子についてどちらかというとネガティブ
な記述が目立つようになっているのも天武天皇のもとで「日本書紀」が執筆された際に天武朝が正当な王朝であると主張する
ために行われたと著者は見ています。
中村隆文「物語スコットランドの歴史」中央公論新社(中公新書)、
2022年
現在はイギリス(連合王国)の一部を形成するスコットランドは、18世紀に合同するまでは独立国家として存在しており、今もなお
独立を求める人々が存在しています。そんなイングランドと合同してもなお独自性を主張し、独立を考えるスコットランドの歴史や
文化を分かりやすくまとめている一冊だと思います。特に近現代の社会や文化、宗教と言った辺りが中心でしょうか。
中村喜和(編訳)「ロシア英雄物語」平凡社(平凡社ライブラリー)、
1994年
中世の昔からロシアの民衆に語り継がれてきたロシア英雄叙事詩「ブィリーナ」、その中からいくつかの作品を訳し、さらに英雄叙事詩
についての簡単な解説も付けられています。ロシア英雄叙事詩と言うことなので、あまりなじみのない人や地名が色々と出てきますが、
結構面白いと思いますよ。
南雲泰輔「ローマ帝国の東西分裂」岩波書店、2016年
ローマ帝国の東西分裂というと、世界史でも必ず取り上げられる事柄です。西ローマはやがて滅亡し、東ローマはビザンツ帝国として千年
ほど続くことになりますが、東と西が大きく違う道を歩むようになる過程で何が起きていたのか。本書では、東側宮廷の官僚と宦官、西側
の武人とローマ市長官、そして本書でローマ帝国東西分裂が決定的になった399年に帝国領内にいた蛮族の王、計6人をとりあげ、西側が
伝統に縛られ、さらに伝統あるローマ市のように排他性を強めていく中で新しい支配体制を十分構築できなかったのに対し、東側は伝統的
な支配のあり方と少し違う、宦官も含めた形での官僚制度を発展させ、それがビザンツ帝国へとつながっていったことを示していきます。
ウラジーミル・ナボコフ(行方 昭夫、河島
弘美訳)「ナボコフのドン・キホーテ講義」晶文社、1992年
ナボコフによるドン・キホーテに関する講義を一冊の本にしたものです。世の中では傑作として高い評価を得ている「ドン・キホーテ」を
ナボコフ流の視点でばっさりと切っていきます。後世の評論家による賛美にまみれた「ドン・キホーテ」のありのままの姿を示していこう
としているように感じました。あとはナボコフによる要約もついていますが、こういうのはありがたいです。
ウラジーミル・ナボコフ(若島正訳)「ロリータ」新潮社(新潮文庫)、
2006年
かなり知的で饒舌な中年男性ハンバート・ハンバートが少女ロリータを愛してしまったことから展開される物語です。少女が恋愛の
対象であるが故にハンバートは異常な感じがしますが、あの手この手でロリータをものにしようとしたりするところは、普通の男性も
同じようなことをしているような気がします。
ウラジーミル・ナボコフ(貝澤哉訳)「カメラ・オブスクーラ」光文社
(古典 新訳文庫)、2011年
お人好しな美術評論家クレッチマーが、映画館でたまたま出会った少女マグダに惚れてしまったことから、転落の一途をたどっていくという
物語です。10代の少女に惚れた中年男性の転落物というと、「ロリータ」が思い浮かぶ人が多いと思いますが、クレッチマーはハンバートほ ど
痴的で饒舌ではなく、マグダはロリータよりもそうとうたちが悪い感じです。
ウラジーミル・ナボコフ(貝澤哉訳)「絶望」光文社(古典新訳文庫)、
2013年
主人公ゲルマンはあるとき自分によくにた浮浪者フェリックスに出くわします。そして彼の存在を利用して「完全犯罪」をもくろむのですが…。
主人公ゲルマンが自分の行ったことを思い起こしながら書いている小説というスタイルをとりながら、様々な仕掛を施した小説です。まあ、
主人公はどうみても意識が高いけれども間抜けにしかみえず、どう見ても喜劇にしかみえなかったりします。
奈良修一「鄭成功」山川出版社(世界史リブレット人)、2016年
「国姓爺合戦」のモデルとなった鄭成功についてのコンパクトな伝記です。アジアの海域世界で鄭氏がどのようにして台頭したのか、
そしてそれ以前の後期倭寇の海商たちとどのような点で以外があるのかにふれ、鄭成功の生涯と鄭氏台湾政権の展開についてまとめて います。
南條竹則「中華文人食物語」集英社(集英社新書)、2005年
中華料理の名菜とそれにまつわる著名人の話をまとめ、さらに著者自身が様々な場所へ実際に足を運んで食べ歩いた経験を
つづった本です。本書には詩人の蘇軾とトンポーローの話はもちろん出てきますし、李鴻章とチャプスイの関係、人肉食や
犬肉食の話がもりこまれているほか、「随園食単」という食に関する本を残した袁枚についても1章さかれ、彼の元にいた
料理人の話や「随園食単」とサヴァランの「美味礼賛」の比較が取り上げられてます。気軽に読める中華料理に関するエッセイ です。
ニ
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新見まどか「唐帝国の滅亡と東部ユーラシア 藩鎮体制の通史的研究」思文閣
出版、2022年
唐の歴史において「安史の乱」が一つの転換期であることは間違いないところです。東部ユーラシアの世界帝国といってもよかった唐が
西域への影響力を失っていき、中国本土の王朝へと変わっていくということ、そして唐の内部では藩鎮が割拠するようになるということ
がみられます。しかし唐は安史の乱以後も長く持ちこたえていたともいえます。では、藩鎮が割拠する状況下で唐と藩鎮の間にどのような
関係が形成されていたのか、そして藩鎮割拠の体制が次の五代の時代に対してどのように影響を与えていたのか、そういったことを明らかに
していきます。
ニコラス・ニカストロ(楡井浩一訳)「アレキサンダー大王 陽炎の帝国」
清流出版、2005年
前323年、アテナイ市民マコンという男が義務の不履行と不敬罪の2件により告発され裁判にかけられた。法廷にて、彼は
己の身に降りかかった災難を振り払うため自らがアレクサンドロスの歩兵親衛隊兼従軍史家としてつとめた間に見たり体験
したことを語り始め、法廷でマコンの口からはアレクサンドロス大王をはじめとする東征軍に関わった人々の実像、東征軍
の強さの秘訣、そして32歳という若さでアレクサンドロス大王がむかえた死の真相といった事が語られることになる。裁判
でアレクサンドロスについて語るという、伝記と法廷ものを混合したスタイルをとって書かれた一風変わったアレクサンドロス についての小説。
西成彦(編訳)「世界イディッシュ短篇選」岩波書店(岩波文庫)、2018
年
イディッシュ語で書かれた作品を集めた短編集が出ました。苦難の歴史を経験した東欧系ユダヤ人の書いた物語は、ところどころに
ホロコーストなどの影が感じられたり、それについて触れていたりもしますが、幻想的だったりユーモアを感じさせる作品も集められ ています。
西川武臣「ペリー来航」中央公論新社(中公新書)、2016年
ペリー来航というと、日本の歴史では必ず触れられる重大事件の一つであり、これ以降日本は激動の幕末へと突入していくといっても
過言ではありません。本書では、ペリー艦隊の出発から琉球訪問と琉球との条約締結、そして日本への来航とそれに対する日本の人々
の反応がまとめられています。アメリカ船の上で行われた宴会で洋食と洋酒に舌鼓をうつ幕府の人々の姿や、当時の庶民の受け取り方
などが興味深い。
西田利貞「新・動物の「食」に学ぶ」京都大学学術出版会(学術選書)、
2008年
サルの「食」に関する話を中心に、様々な“変わった”食(糞、魚、昆虫、土、樹皮)、そして人間と食の関係についてまとめた本です。
前半ではサルの話を中心に、甘みなどを感じる味覚の話や、薬の話が語られています。最後の方では現代の日本の食に対する著者の思いが
かたられていきますが、最終章はおまけみたいな物だと思います。やはりこの本は前半のサルの話を題材にしながら書かれた部分が面白い です。
西田祐子「唐帝国の統治体制と「羈縻」」山川出版社、2022年
「世界帝国」と化した唐が取った政策として「羈縻政策」という間接統治が教科書などにも挙げられています。しかし、唐の
「羈縻政策」についての認識が唐よりもっと後の時代の認識が混在しているものだとしたらどうなるのか、そして、唐までの
「羈縻」とはなんだったのか、そうったことを「新唐書」など様々な資料を駆使して描き出していきます。説の当否は今後検討
されるのだと思いますが、唐の対外政策についての理解が大きく変わる可能性を持つ一冊でしょう。
西村賀子「ギリシア神話」中央公論新社(中公新書)、2005年
ギリシア彫刻や陶器、ギリシア悲劇の題材は、多くの場合ギリシア人達が信じていたギリシア神話からとられていることが多い
ようです。ゼウス、アポロン、アテナ、アフロディテといった神々やヘラクレス、ペルセウスといった英雄たちが織りなす非常
に複雑で、時に重複や矛盾もみられることがある様々な物語の集合体がギリシア神話として現在に至るまで伝えられ、西洋文明
に深い影響を与えています。本書はそのようなギリシア神話が少しでも分かりやすくなるように、世界の創造やギリシア人の死生
観、オリンピックやギリシア神話の怪物たちの描かれ方など様々なテーマを入り口としてギリシア神話を見ていこうという本です。
ギリシア神話については様々な解釈、見方が可能であり、こんな見方もあるという事を知るのには手頃な本だと思います。
西村慎太郎「宮中のシェフ鶴をさばく」吉川弘文館、2012年
日本には庖丁道というものがあり、いまでも神社などで式庖丁というものが行われていることがあります。そのような庖丁道として
四条流庖丁道というものがあります。公家の四条家の家職であるということですが、実は時代によっては四条家の家職は庖丁ではない
ときもありました。一方、四条家と四条流庖丁の話とは別に、宮中で鶴庖丁などを行っていた高橋家や大隅家といった家があり、
高橋家は四条流庖丁道を家職としていたことがしられています。そもそも四条流庖丁道が一体いつ頃からできて、四条家の芸とされて
きたのか、伝統の創造といったことを扱っているのが本書です。四条家にいちおう庖丁の技を持つ祖先がおり、戦国時代にそれで食っ
ていくためにちょっとした演出も加えながら造りだし、一時は家職ではなくなるも19世紀になり食っていくために再び其れが家職と
して四条家に「再発見」されたと言うことでしょうか。
ジョゼフ・ニーダム(牛山輝代編訳)「ニーダム・コレクション」筑摩書房
(ちくま学 芸文庫)、2009年
中国科学史の泰斗ニーダムが行った講演や書いた論文のなかから9編を選んだ文庫オリジナルの作品です。中国の科学が如何に凄かったのか
ということを語ることに重きが置かれているような所もありますが(その一方でそれがなぜ西洋近代科学と同じ道をたどらなかったのかという
ところはあまり言っていないような気がします)、中国の科学についての入門になる一冊だと思います。
丹羽宣子「〈僧侶らしさ〉と〈女性らしさ〉の宗教社会学」晃洋書房、
2019年
日蓮宗の女性僧侶を対象に聞き取り調査を行い、そこから彼女たちがどのように宗教活動に関わっているのか、その過程でどのような問題に
直面し、それにどのように対応しているのかを考えていこうとする一冊です。働き方の問題として考えるとお坊さんの世界だけに限った話で
はなく、いろいろなところで考えなくてはいけない課題が読み取れる本だと思います。
ヌ
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シーグリッド・ヌーネス(村松潔訳)「友だち」新潮社、2020年
長年の男友達が自殺し、飼い犬を引き取る羽目になった主人公が文学、親友とその関係者、その他諸々のことについて回想したり思索をめぐらせ
ながら展開する物語、、、なのですが、終盤に一ひねり加えられており、果たしてこれはどういうことなのか、主人公によるある種復讐の話なの
かと思いたくなるところもあります。
沼野恭子「ロシア文学の食卓」NHK出版(NHKブックス)、2009年
人間が生きている限り、食べると言うことは絶対に必要な行為で、文学の中にもそれにまつわるシーンは結構書かれています。本書では
ロシア文学のなかに登場する食事のシーンを取り上げながらロシア文学および思想や文化について迫っていこうとしています。グルメな
ニート・オプローモフのようなキャラクターが登場する一方、食べることを精神の活動より下位にみる作家が書く食事のシーンは質素と
いうか味気ない感じがしてしまったりして、結構面白いです。
ネ
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根津由喜夫「ビザンツ 幻想の世界帝国」講談社(選書メチエ)、1999年
12世紀後半のコムネノス朝ビザンツ帝国3代目皇帝マヌエル1世の治世は帝国が最後の輝きを放った時代でした。支配権力の一翼を
になう「コムネノス一門」と総称される有力貴族と皇帝が強調しつつ権力を独占していく体制に変わった当時のビザンツ帝国が外に
向けて自国の力を見せつけることにより「世界帝国」として君臨し続けようとした様子が、帝国の持つ莫大な富をつぎ込み演出される
来訪者を迎える式典や贈与行為、様々な民族が暮らすコンスタンティノープルで繰り広げられる祝祭、これまた多民族で構成された
「見せる」軍隊と「夷を以て夷を制す」戦い方と言った事柄を通じて示されていきます。あくまで内容はマヌエル1世の治世のことに
限定されている本ですが、イタリア諸都市やトルコ、ノルマン=シチリア王国、そして神聖ローマ帝国など手強い相手が周囲に存在する
中で「世界帝国」として君臨することができたのか、そのための試みを他の時代や地域の「帝国」と比較しながら考えてみるとなかなか
面白いのではないかと思われます。
根津由喜夫「ビザンツの国家と社会」山川出版社、2008年
かつてアジアとヨーロッパにまたがる領域を持ち1000年にわたって東地中海世界に存在したビザンツ帝国の歴史を90頁弱でまとめた一冊で
す。 内容としてはビザンツ帝国の通史といった感じの本ですが、随所に最近の知見を盛り込みながら書かれています。一般的な概説書で書かれて
いるビザンツ帝国の歴史とはひと味違う感じがします。
根津由喜夫「図説ビザンツ帝国 刻印された千年の記憶」河出書房新社、
2011年
最近ビザンツ史の本を良く出されている根津先生がかいた、ビザンツ帝国の歴史に深く関連する都市や地域を取り上げ、そこに残された建造物
や美術作品を歴史学的な視点から解説していく本です。都として栄えたコンスタンティノープルから、聖ヴィターレ聖堂でしられるラヴェンナ、
さらにカッパドキアやキプロス、そして帝国の残照ともいうべきトレビゾンドまで、ビザンツ帝国1000年の歴史の記憶のかけらに触れる
旅の案内書といった感じの本です。通史ではないので、これを読んですべてが分かるというわけではありません。ビザンツ帝国1000年の痕跡が
地中海世界の色々なところに残されているということが、この帝国の存在感を物語っている、そんなことをふと思ってしまうような本です。
根津由喜夫「ビザンツ貴族と皇帝政権 コムネノス朝支配体制の成立過程」世
界思想社、2012年
11世紀のビザンツ帝国は、セルジューク朝に敗れ小アジアの支配領域が縮小していったり、貴族の反乱が起きたりと、非常に厳しい状況に
置かれていました。やがて、コムネノス家のアレクシオス1世のもとでようやく安定した体制が作り出されていくことになるのですが、本書
ではこの時代のビザンツ帝国で重要な役割を担った貴族について、まず貴族の実態がどのような物かをしめし、さらに貴族の反乱の背景や
それが失敗ないし成功した理由、反乱の結果即位した皇帝たちがどのような権力基盤と対立関係を持っていたのか、そしてアレクシオス1世
がどうして安定した体制を確立することができたのかといったことがあつかわれています。
ビザンツ史研究において発展著しいプロソポグラフィーや印象学の成果を用いて、11世紀ビザンツ世界で活躍した軍事貴族達の人間関係や背景
を解き明かし、さらにアレクシオス1世が過去の反乱を起こして帝位に就いた皇帝たちと異なり、皇帝のみが権力を握るのでなく、かといって一つ
の家で権力を独占するでもなく、婚姻と爵位授与を通じて様々な貴族をコムネノス家にとり組み「コムネノス一門」を形成して安定した体制を
つくっていった様子が描き出されています。
根津由喜夫「聖デメトリオスは我らとともにあり 中世バルカンにおける「聖
性」をめぐる戦い」山川出版社、2020年
ビザンツしについて数多くの本を書いている根津先生が、中世バルカン半島における覇権抗争の歴史を描く一冊をだしました。テサロニケの守護
聖人である聖デメトリオスをてがかりに、ブルガリアやセルビアのバルカン半島での台頭と抗争がえがかれています。
根本敬「物語ビルマの歴史」中央公論新社(中公新書)、2014年
2013年に、「アジア最後のフロンティア」としてミャンマーを紹介する記事をいくつか見たような記憶があります。長年続いた軍政から民政移
管
がなされ、また経済制裁の解除も進みヨーロッパ、アメリカ、そして日本などの企業が進出をすすめているということで取り上げられていました。
では、現在に到るビルマ(ミャンマー)の歴史はどのような物だったのか、近現代をメインにしながらまとめています。
本編も比較的こう言う本にしては読みやすいですが、合間に挟まれたコラムがなかなか興味深いです。恐妻家連盟という組織を作っている(?)
のはなんとも面白いですね。あと「ビルマの竪琴」に色々問題があると言うことも分かります。
伝ネンニウス(瀬谷幸男訳)「ブリトン人の歴史」論創社、2019年
アーサー王伝説の元となる話など、ブリテン島の伝説的歴史をまとめた一冊です。できあがったのは9世紀頃ということですが、この分量
の話をよく発展させていったなという感想を抱きました。個人的には、訳文が少々読みにくいところがありましたが、とりあえず読んで
みてください。
ノ
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納富信留「プラトン 理想国の現在」慶應義塾大学学術出版会、2012年
プラトンの「ポリテイア(国家)」というと、政治思想を扱った本、はたまた正義という倫理的事柄を扱った本、色々なとらえ方が
あるようです。本書では、現代世界におけるプラトンや正議論についての話からスタートし、近代日本がどのようにプラトンを受容
してきたのか、そしてプラトン「ポリテイア」の現代的意義はなにか、そういったことを扱っていく本です。日本でどのように
プラトンが受け入れられてきたのかということ、そしてイランのホメイニがプラトン哲学を研究していたことなど、興味深い話題が
多く見られました。
野口昌夫「イタリア都市の諸相 都市は歴史を語る」刀水書房(世界史の
鏡)、 2008年
都市には現在に至るまでの歴史の積み重ねがあり、時代によってその姿が少しずつ変化しているものです。また建物についても時代に
よって構造が異なり、ある時代にはなかったモノが付け加えられたり無くなったりといった変化がみられます。本書ではイタリアの
トスカナ地方の都市を中心に建築に関する内容と歴史に関する内容を扱います。イタリア都市形成史というジャンルに挑む著者の研究
を紹介しつつ経過報告をしているような著作です。
野口雅弘「マックス・ウェーバー 近代と格闘した思想家」中央公論新社(中
公新書)、2020年
マックス・ウェーバーというと、文系の学問をやる場合には何かしらの形で彼の業績に触れる事は多いかと思います。ウェーバーの著作を
読み込むものから、そこで提示されているアイデアを分析ツールとして拝借するまでいろいろです。本書ではそんなウェーバーの生涯を
たどりつつ、彼の著作や思想についてもとりあげています。そして、本書ではウェーバーと彼に影響を与えた、関連のある思想家や芸術家
との関わりについても触れていたり、日本におけるウェーバー受容についてもまとめています。官僚制についての話など、色々なことに
ついての現代的な意義についても考えさせるような内容です。同時期に岩波新書からもウェーバーの本はでましたが、こちらを先に読んで
からのほうがいいかもしれません。
野崎充彦「「慵斎叢話」 15世紀朝鮮奇譚の世界」集英社
(集英社新書)、2020年
朝鮮王朝時代前期の文人が書き残した随筆「慵斎叢話」
、そこには色々な小話が書かれています。堅苦しい話だけで無くかなり
砕けた話も盛りこまれたこの随筆から、どちらかというと人間くささを感じさせるエピソードをちょこちょこピックアップして
掲載したうえで、当時の時代背景や思想、文化および著者とその関係者についても取り上げる。朝鮮王朝時代前期について興味
がある人はもちろん、著者が時代劇や映画についても色々と取り上げており、そういうもののガイドにも使えるような本になって
います。ちなみに、もとの随筆も邦訳があるので、それを読む前に少し役に立つかなと思います。
野溝七生子「山梔」講談社(文芸文庫)、2000年
主人公の阿字子は繊細、神話や文学の世界にどっぷりと浸り、想像力が豊か、しかし思っていることをなかなか言うことができない
少女です。彼女は家父長制の枠組みになじめず、かといって自立して生きるほどの強さもなく、家族との間で軋轢を抱えて生きていくことになりま
す。
かつての日本社会においては決まった役割/枠組みの中で女の人が生きなくてはならなかった事のつらさとともに、子どもから大人になるって
どういうことなんだろうなと考え込んでしまいました。
野村玄「徳川家康の神格化 新たな遺言の発見」平凡社、2019年
江戸幕府を開いた徳川家康は、死後神格化され、今は日光東照宮にまつられています。では、家康という一人の人間がどういう経緯を経て
神としてまつられるようになっていったのか。家康最晩年の状況や当時の人々のなかにある「神国」「仏国」といった日本観にふれ、さら
に家康の死後どのような形で彼が祀られ、さらに神格化のプロセスがどのようなものであったのかと言ったことに触れていきます。
本地垂迹説など、日本の宗教史・思想史についてそれなりに知っておくとより理解が深まるところもあると思います。神格改変のながれ
が少々唐突な印象はうけますが、天下人の神格化の背後に見える「仏国」「神国」としての日本といった日本観がうかがい知れる本だと
思います。
手に取った本たち
読書の記録
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