手に取った本たち 〜カ行〜


柿沼陽平「中国古代の貨幣 お金をめぐる人びとと歴史」吉川弘文 館、2015年
春秋戦国時代に青銅貨幣が造られるようになり、秦始皇帝の半両銭、前漢武帝の五銖銭といった貨幣があったということは高校 世界史レベルで習うことです。そんな古代中国の貨幣および、それを用いた人々の暮らしの様子をわかりやすく描き出していき ます。

加来彰俊「ソクラテスはなぜ死んだのか」岩波書店、2004年
古代ギリシアの哲学者ソクラテスはアテナイにおいてその哲学活動などを理由に裁判にかけられ、そして死刑判決を受けた 後、従容として死を迎えることになりました。ソクラテスが告訴されて死に至るまでの間の過程では、不敬神や若者を堕落 させたという奇妙な告訴理由、裁判の場においてソクラテスが行ったとされる妙に挑戦的な弁論、そして逃亡の拒否という いささか奇妙だと思われることが見られます。そのような問題に対してプラトンとクセノフォンを読み解きながら、彼が 行ってきた哲学活動こそが告訴された理由であり、かれは法廷の場で自らの正しさを説き説得しようとしたが失敗し、逃亡 することは正しきことに反すると思うが故に死を選んだということを説明しているようです。

梶雅範「メンデレーエフ 元素の周期律の発見者」東洋書店(ユーラシアブッ クレット 110)、2007年
理科の授業では元素の周期表については必ずどこかで勉強し、その並びについて語呂合わせなどをしながら一生懸命暗記しようと した人は多いと思われます。本書は元素の周期律を発見したメンデレーエフの伝記です。科学の世界での活動だけでなく、社会経済 的なところにも色々と関わりを持っていた(なお、ウォッカの度数が40になったのは彼のせいだという俗説があります)ということ がコンパクトにまとめられています。

梶田昭「医学の歴史」講談社(学術文庫)、2003年
人類の歴史は病気との耐えることのない戦いの歴史であったといっても良いでしょう。人類が文明を発達させる以 前から「慰めと癒し」は始まっていて、これがやがて医学へと発達していきます。古代から現代に至るまでの医学史をまとめた 物が本書です。しかし医学とそれにまつわる様々な話題が盛り込まれていて、無味乾燥な事実だけをつづった本とは違う造りに なっています。また、著者が様々な本を読み、教養に満ちているということは、本文中に様々なジャンルの本が引用されている こと絡もうかがい知ることが出来るでしょう。

鹿島茂「怪帝ナポレオンIII世」講談社、2004年
ナポレオン3世というと、「一度目は悲劇として、二度目は茶番として」の言葉がしられるマルクスの「ルイ・ナポレオン のブリュメール十八日」や「レ・ミゼラブル」の作者ユゴーの数々の著作によるマイナスイメージ、そして前線に赴きながら 戦で負けて降伏して捕虜となるという失脚の仕方から、馬鹿で間抜けな独裁者というイメージがもたれやすい人物ですし、 一昔前のフランス史の概説書でもそのように書かれています。しかし一方で彼の治世はフランス資本主義の発展、パリの 大改修など後のフランスの基礎が作られていく時代でもありました。

本書では従来のような単なる善玉・悪玉では割り切る ことができないナポレオン3世という人物について、様々な陰謀を巡らしながら皇帝になるまでの「国盗り物語」から、 サン・シモン主義に傾倒し、労働者の生活の改善、社会保障プランの整備、パリ大改造や鉄道建設などの推進に取り組む 様子を描いていきます。また、第2帝政期にフランスで資本主義が発展し、消費が必要から快楽へと転換していく様子等 が書かれる一方で、軍事に関する関心の薄さと能力の低さ、自己の権力基盤の強化に踏み切らねばならぬ時期に自由帝政路線 を徹底しようとするなどの不思議な行動、軍事・外交面での失敗から第2帝政崩壊までの過程についても触れられています。

鹿島茂「モンフォーコンの鼠」文藝春秋、2014年
時は19世紀前半、パリのモンフォーコンにある屎尿処理場、廃馬処理場、そこの地下に広がる採石場跡には不思議な世界が作られて いた。その地下世界に絡んでサンシモン主義、フーリエ主義といった初期の社会主義者たち、それをマークする警察、陰謀を 企む王党派貴族、そしてなぜか作家のバルザックが前半はバラバラに登場し、やがてこれらバラバラの要素が後半にからまり あっていくと言う展開になります。メタフィクションのような要素もあり、エログロもあり、パリという一つの町の下半身事情 がモンフォーコンに集中しているようなお話でした。

イスマイル・カダレ(平岡敦訳)「誰がドルンチナを連れ戻したか」白水社、 1994 年
今のアルバニアが中世の頃、名家ヴラナイ家から遙かボヘミアへ嫁いだ娘ドルンチナが、実家へと戻ってきます。誰に連れられてきた のかと聞かれた彼女は兄コンスタンチンが連れてきたと答えましたが、そのことが大きな衝撃と波紋をおこしました。なぜなら、彼は 3年前に死んでいたからです。この奇怪な出来事を解決すべく、警備隊長ストレスが挑むことになるのですが…。

死者がよみがえるという、普通ではあり得ない出来事を、極めて合理的に解決しようとする前半のストレスと、終盤のかれの姿が随分 違っているような気がします。

イスマイル・カダレ(村上光彦訳)「夢宮殿」東京創元社、1994年
ある帝国に存在する「タビル・サライ」という官庁では、帝国全土から夢を集め、より分け、それを解釈することによって、国の 進むべき道を知ったり、何か危険なことの予兆を知って問題を防ごうとする作業が行われていました。名門の出である主人公は 「タビル・サライ」に勤めることになりますが…。

特に理由もなくとんとん拍子に出世する彼の行く末を案じているような終わり方でしたが、個人の夢まで国家に管理されるって 嫌な世界ですね(もっとも夢収集の方法が自己申告だったりするので、どうとでもいじれそうな気がしますが)。

イスマイル・カダレ(平岡敦訳)「砕かれた四月」白水社、1995年
治外法権状態と化したアルバニアの高地地帯を舞台に、血で血を洗う復讐を繰り返す二つの家がありました。遡ること70年、遠方より 来た客人が殺されたことがきっかけで始まった復讐で、本作の主人公ジョグルも掟に従って相手方の人間を一人殺害します。そして、 掟に定められた休戦期間が過ぎると命を狙われる定めにあるジョグルがはどうなってしまうのか…。

「ドルンチナ」とワンセットで読むべき本だと思います。「誓い」と「掟」を分ける物は、自発的かつ意識的におこなわれるか、善し悪し はとわれずとにかくそこにある物ととらえられているか、そのへんだろうとおもいます。

イスマイル・カダレ(桑原透訳)「草原の神々の黄昏」筑摩書房、1996年
アルバニアからの留学生「私」の目を通し、スターリン死後のソヴィエト連邦で起きた様々な出来事と、「私」の恋愛を絡めながら 書かれた小説です。各国・各自治共和国からやってきた人々が、自国語ではなくロシア語で物を書かねばならない状況下で鬱屈した 思いを抱えている様子、著者のアルバニアへの強い思い、そんな物を感じさせる作品でした。

イスマイル・カダレ(井浦伊知郎訳)「死者の軍隊の将軍」松籟社、2009 年
第2次大戦が終わってから20年ほど経ったアルバニアに、某国(なんとなくイタリアっぽい)の将軍が派遣されてきます。彼の 任務は、アルバニアで戦死した兵士たちの遺骨を収集し、持ち帰ることで、アルバニアにやってきるとすぐに事前に準備した 資料を基に遺骨発掘の作業を開始します。戦死者の遺骨を自分が持ち帰るという偉大な仕事はデータがあればすぐにおわるものと 考えていたようですが、2年間の遺骨発掘遺骨の果てに彼はどうなってしまうのか…。

遺骨発掘作業を通じて、死者の記憶も蘇り、それが日記や現地人の話といったかたちで語られていくという展開ですが、憂鬱な天気 (雨の場面が多いです)、アルバニア人の間にくすぶる敵意、発掘作業中に時折聞こえてくる陰鬱な歌声、そして発掘されてくる 大量の遺骨と死者の記憶…。合間合間にアルバニア人の復讐劇や好戦性といった事柄が挟み込まれ、将軍を鬱々とした気分にさせ、 追い込んでいくには十分すぎます。

はじめは死者の軍隊を引き連れて凱旋帰国なんて事も考えた将軍も、死者の軍隊から離れたくても離れられない状況に陥るとは考えて もなかったでしょう。終盤で突然縁もゆかりもない婚礼の席へでることで、その状況を脱したかったようですが、結局は脱することは 出来ず、かえって自分の置かれた状況を強く意識させられる羽目に陥ります。何とも不条理かつ陰鬱な物話ですが、読むことが苦痛に なる本ではないです。

加藤九祚「中央アジア歴史群像」岩波書店(岩波新書)、1995年
古代より様々な民族の興亡がみられた中央アジア。そこにおいて、アレクサンドロス大王やイスラム勢力、チンギス・カンら 外部からの侵略者に立ち向かった人々、チムールやバーブルのように中央アジアを起点に広大な地域を征服した者、この地 で栄えた文化を支えた詩人や学者、こうした人々の生涯を書き出していきます。この地で活動した人々の生涯をきっかけに 中央アジアの歴史に興味を持つ方も多いのではないでしょうか。

加藤九祚「シルクロードの古代都市 アムダリヤ遺跡の旅」岩波書店(岩波新 書)、2013年
中央アジアでは、近年も継続されている発掘により、古代都市や神殿の跡が発見され、様々なことが分かってきています。本書 では、バクトリアやマルギアナといった地方について、最近の現地における考古学の成果を紹介しつつ、日本でも比較的有名な アイ・ハヌム遺跡と、アイ・ハヌムのようにヘレニズムの影響を受けた遺物が多数出土しているタフティ・サンギンの遺跡に かなりのページ数を割いてまとめています。そしてこの地域の遺跡で拝花壇を備えた神殿やギリシア文明の影響を受けたモノが 色々と見つかっていることから、ゾロアスター教やヘレニズムと言ったことにも言及しています。中央アジアの古代文明、文明 の交流と言ったことに興味がある人は是非読んでみましょう。

加藤博「イスラーム世界の危機と改革」山川出版社(世界史リブレット)、 1997年
一括紹介その5に掲載

加藤博「ムハンマド・アリー 近代エジプトを築いた開明的君主」山川出版社 (世界史リブレット人)、2013年
ムハンマド・アリーによる近代国家建設の試みと行き詰まり、帝国への野望と挫折をコンパクトにまとめた一冊です。 「人を通して時代を読む」というシリーズ全般のコンセプトとなる帯文から考えると、ムハンマド・アリーの生涯を 通じて地中海世界、そして近代というものについてコンパクトにまとまった良い本だとおもいます。

角谷英則「ヴァイキング時代」京都大学学術出版会(学術選書)、2006年
8世紀後半から約300年間に渡り、スカンジナビア半島に住んでいた人々の各地への移動が活発に行われ、人・もの・情報の大規模な移動が 続いた時代がありました。その時代のこと「ヴァイキング時代」と呼ぶようですが、スカンジナビアの人々が中世キリスト教文明に含まれる ようになっていくきわめて重要な時期でした。

スカンジナビアから大量に発見されるイスラム銀貨の獲得について、その経路にあたるロシア の遺跡を見ながらヴァイキングの外部での活動の一部を眺め(「ルーシ」とは何かという問題にも当然関わってきますが、スカンジナビアや フィン・ウゴル、スラブが融合して「ルーシ」という新たな帰属意識が形成されたという立場をとっています)、さらに彼らの故郷である スカンジナビアの都市集落とそこから発見される遺物についても眺めつつ(スカンジナビアの都市集落は西欧への中継点ではなく東側への 出発点として発展したようです)、ヴァイキング時代がスカンジナビアにおいて、贈与交換を主とする経済から市場交易を主とする経済への 転換期であり、「王」の正統性が社会内部の合意からキリスト教の権威に求められる転換期であったということが語られているようです。

ガルテルース・ド・カスティリオーネ(瀬谷幸男訳)「アレクサンドロス大王 の歌」 南雲堂フェニックス、2005年
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加藤徹「西太后 大清帝国最後の光芒」中央公論新社(中公新書)、2005 年
清末の政治を長年牛耳った西太后というと、中国史上の悪女の代表的存在として扱われることが多い人物です。彼女の贅沢な 暮らしぶりとそれに付随したエピソードの数々からはそのようなイメージを抱くのも分かるような気がします。しかし本書では 彼女を単なる悪女として片づけるのではなく、47年という長期間にわたり政界で多くの政治家とやり合いながら清朝に君臨し、 現代中国の政治・経済・文化のあり方に多大な影響を与えた人物として彼女を描き出していきます。少々西太后びいきに感じ られる部分もありますが通説打破による面白さや視点を変えたときに別の物が見えてくる面白さのような物を感じられると思い ます。

ポール・カートリッジ(橋場弦監修・新井雅代訳)「古代ギリシア 11の都 市が語る歴史」白水社、2011年
地中海世界各地に作られたポリスは、古代ギリシア文明の土台となってきました。本書は数多くのポリスの中から11を選び出し、それぞれ の都市の来歴を語りながら、古代ギリシア世界の歴史の重要な出来事や事象について触れていきます。選ばれた11のポリスは、古代ギリシア の歴史を説明する際にどこかで名前が登場する物から、ギリシア世界の歴史で中心的な存在となっている物まで色々混ざっています。それら の歴史が組み合わさり、古代ギリシアの通史が大まかに描かれている一冊です。

金澤正剛「中世音楽の精神史 グレゴリオ聖歌からルネサンス音楽へ」河出書 房新社(河出文庫)、2015年
以前日本でもグレゴリオ聖歌が話題になったことがあります。こうした中世音楽について、そもそも中世ヨーロッパにおける 「音楽」の概念が我々のイメージする音楽とはことなるものであったこと、そして中世音楽理論の基礎をなすボエティウスの 著作のまとめ、そして中世の音楽教育や譜面のこと等々、中世音楽の発展の歴史をまとめています。

金沢百枝「ロマネスク美術革命」新潮社(新潮選書)、2015年
キリスト教の教会の装飾になぜか怪物や奇妙な人の姿、動物や植物が刻まれていたりすることがあります。建物の建材のスペース にあわせ、奇妙な姿形、姿勢をとっているこうした像だけでなく、他の美術作品でもなぜか不思議な姿勢をとっているものがあり、 人間の体の構造でこれは無理だろうと思うものもあります。また遠近法もない書き方の絵があったりします。目に見えるものに とらわれず、なかなか自由といいますか、個性的なものが結構残されています。そうしたものに何か心惹かれる人はぜひ読んでみて 欲しい一冊です。

アレックス・カピュ(浅井昌子訳)「アフリカで一番美しい船」ランダムハウ ス講談 社、2008年
第1次世界大戦前の1913年、北ドイツの造船所から3人の技師が、タンガニーカ湖で内陸アフリカでもっとも大きな船を造るために、 ドイツ領東アフリカに派遣されます。それによってイギリスなどを圧倒しようと考えたためでした。そして、第1次大戦が始まると、 ドイツに対抗したイギリスがとった作戦は2隻の小型船を陸路で送り込み、ドイツ艦船を撃破するというもので、その指揮官を務めた のはお調子者でほら吹きな海軍中佐心得でした。昔の映画「アフリカの女王」(ドイツの艦船を爆破しようとする話)は、このときの イギリスの作戦に着想を得たということですが、それを題材に書かれた、ちょっとノンフィクションぽい感じもする小説です。

亀田俊和「南朝の真実 忠臣という幻想」吉川弘文館、2014年
かつての歴史観では南北朝時代の南朝には忠臣たちが多くいたと言われていました。しかし、実際にはどうだったのか。そして 「忠臣」と呼びうるのは誰なのか、それをまとめた本です。南朝の中では様々な分派行動や対立が繰り返されていたことが示され るとともに、「忠臣」とされる楠木正成についても非常に現実的な姿勢を持つ人物として評価し、そして高師直についても高い 評価をしています。本当の「忠臣」は誰なのかということは本書を読んで確認してみてください。

フランク・カーモード(河合祥一郎監訳)「シェイクスピアと大英帝国の幕開 け」ラン ダムハウス講談社(クロノス選書)、2008年
シェイクスピアが生きたエリザベス1世の時代やジェイムズ1世の時代の劇場とか彼と同時代に活躍した他の劇作家の話やパトロンとして 劇団に関わる有力者の話、さらに演劇の技法の変化や当時の社会についてまでまとめた1冊です。また、作品論についても結構ページを割いて おり、初期の頃は大仰な台詞が多いけれどもそれが段々変わっていくことや、戯曲における言葉遣い、演劇と政治の関係などにもふれつつ、 初期の作品、グローブ座ができてからの作品など時代ごとに分けて各作品について解説をしていきます。シェイクスピアたちが戯曲を書いて いた頃の歴史的背景についてコンパクトにまとまっていて読みやすいですし、当時の劇場や劇の様子についての話はなかなか興味深いです。

ロン・カリー・ジュニア(藤井光訳)「神は死んだ」白水社、2013年
「神は死んだ」ときくとニーチェのことを思い出す方は多いのではないでしょうか。しかし本書ではそういう哲学的な話ではなく、 “実際に”神がこの世に現れて死んでしまうと言うところから話がスタートします。神の死体を喰らって突如理性に目覚めた犬への インタビュー、神の代替物として子供や思想にすがる人々の姿など、神を失い少しずつ狂っていく世界の様子を書いた短篇集です。

日本人には理解しにくい話だという評判が多く見られる作品ですが、日本人だってなんかに依存しているわけで、今依存している 何かがこわれたときにどうなるのか、色々と考えてみると似たような話は作れそうな気がします。また見方によっては日本の状況は既に これに書かれたことに近いのかもしれませんが。

イタロ・カルヴィーノ(米川良夫訳)「不在の騎士」河出書房新社(河出文 庫)、 2005年
まさに騎士道の鏡としか言い様のない騎士アジルールフォは鎧の中身が空っぽな「不在の騎士」、そして彼の従者となるグルドゥルー は確固たる自己という物が存在しない変わった人物、その他アジルールフォに恋する一寸エキセントリックな女騎士ブラダマンテ、 立派な騎士になりたいランバルドと、少々斜に構えたような感じも受けるトリスモンド・・・これらの人物が織りなす奇想天外な小説。 途中から修道女が語り手として登場しますが、語り手の世界と物語世界の間の関係にも注目しながらラストまで読んでみましょう。 語り手の世界から物語り世界への入り方がいい感じです。

河合祥一郎「謎ときシェイクスピア」新潮社(新潮選書)、2008年
シェイクスピアについては別人説が今もなお主張されることがあり、その別人についても様々な人物が取りざたされています。 そういった別人説はたいていの学者からは相手にされていないようですが、それとは別にシェイクスピア学者の間で定説化して いることにもよく見てみるとおかしいことがあったりします。本書ではシェイクスピアについて「謎」扱いされている「別人説」 について取り上げ、その魅力と問題点をまとめつつ、シェイクスピアが誰なのかを解き明かすとともに、常識化している事柄にも 誤りがあることを示していきます。全体は4部構成で、第2部を読むとシェイクスピアの生涯の概略がわかるようになっていて、 そこを読むだけでもなかなかおもしろい本ですが、やはり「別人説」を真正面からきちんと批判したり、常識化して誰も疑わない 事を改めて検討して新たな説を提示するなど刺激的な1冊です。

河合望「ツタンカーメン 少年王の謎」集英社(集英社新書)、2012年
ほとんど盗掘を受けることの無い状態で発見された墓と財宝により有名になったツタンカーメン王、しかし彼については血縁 関係を巡る謎が多く残っていたり、そもそも彼の時代のエジプトで一体何があったのかということはあまり触れられずにいたり、 分からないことが多かったのは昔のことです。今はかなり色々なことが分かってきていると言うことを、わかりやすくまとめて います。今後はツタンカーメンに関しては、まずこれを読めばいいのではないでしょうか。

河江肖剰「ピラミッド・タウンを発掘する」新潮社、2015年
ギザの三大ピラミッドのそばにある「ピラミッド・タウン」の発掘に関わる著者による、ギザの三大ピラミッドとその周辺に ついての研究をまとめた一冊です。ピラミッドとはどのように建てられたのか、何のために作られたのか、そしてピラミッド を作ったのはどのような人々だったのか、このような内容をコンパクトにまとめています。

川上弘美「センセイの鞄」新潮社(新潮文庫)、2007年
37歳の主人公と高校を定年退職したかつての先生が飲み屋でばったりあったのをきっかけに、カウンターで世間話をするようになって からの日々を描いていきます。センセイとの日々は時には巨人戦が原因で諍いがあったりしつつも、露店巡りや茸狩り、お花見を楽しみ ながらゆっくりと流れていきます。劇的な展開があるとか、そう言うわけではないのですが、ゆったりとした二人のやりとりをよんで いるとなんとなくほっとします。

川北稔「砂糖の世界史」岩波書店(岩波ジュニア新書)、 1996年
現在、我々の日常生活において欠かすことのできない商品になっている砂糖。しかし砂糖がこれほどまでに大量消費されるように なる前、砂糖は東方からごくわずかな量が入ってくる高級品でした。砂糖は世界各地に受け入れられる「世界商品」となり、また 砂糖の生産のためにヨーロッパ諸国が海外に進出した先で農園を開き、そこで黒人奴隷を用いて大量の砂糖が作られるようになっ ていきます。砂糖と世界の歴史の発展がどの様に関連しているのかということを分かりやすく説明した一冊。ジュニア新書という 中高生向けの本ですが、大人用の本としても十分に通用する内容だと思います。

川北稔「民衆の大英帝国 近世イギリス社会とアメリカ移民」岩波書店(現代 文庫)、 2008年
17世紀、18世紀の「重商主義帝国」の時代、イギリスからアメリカへ移民した人々の様子を見ると、年季奉公労働者として渡ったものや、 兵士として徴集された人、流刑者、農民などがいたことが分かっています。当時の資料を基に、そう言った人々が一体どんな境遇にあった のかをみていくと、イギリス本国では厄介者扱いされる者がアメリカへ移民として送り出され、それによりイギリスの社会問題を解決しよ うとしていたことや、本国では囲い込みの進展により農業経営が厳しくなり、熟慮の上でアメリカに渡って再起を図ろうとしていたことが まとめられています。年季奉公人は全体として下層民が多く、そこでかなり大きな割合を占める「サーヴァント」とよばれる階層について 1章を割いてまとめて論じていたり、イギリス海軍の兵士徴集や捨て子や孤児を育てて海軍の兵士として送り込もうとする組織があったこと など、民衆の社会が「イギリス帝国」につながっていたことを分かりやすくまとめている1冊です。

川口琢司「ティムール帝国」講談社(選書メチエ)、2014年
モンゴル時代のあと、ユーラシア大陸で一時強大な国家を作り上げたティムールと、彼の子孫達が支配した国家が「ティムール帝国」 です。其れはどのような過程を経て形成されたのか、そしてティムールは帝国を建設する過程で何を行ったのか、そしてティムール 以後、この帝国の統治をすすめるためにどのようなことが行われたのかと言ったことをまとめています。ウルグ・ベクが祖父ティムール を相当強く意識し、同様の政策をとっていたことがかなり印象的でした。

川越泰博「モンゴルに拉致された中国皇帝」研文出版(研文叢書)、2003 年
1449年、当時の大明帝国皇帝正統帝(英宗)がオイラトの捕虜となる「土木の変」という事件が起こりました。捕虜にした皇帝を 早いうちに帰国させたいモンゴル側、この機会に得た権力の座を維持したいがために強硬論をとり皇帝の帰国を望まぬ景泰帝や干謙、 和平派と主戦派の間で揺れ動く明の官僚たちが複雑な動きを続けること1年、ようやく英宗は明に帰国することができました。皇帝 としては名君でも暗君でもなく、ごくごく凡庸な君主に過ぎないと評価される英宗ですが戦に敗れて捕虜となり、1年の後に帰国して それから復位するという数奇な運命をたどったことで名を残していますが、この本は土木の変から皇帝復位までの英宗の数奇な運命 を当時の様々な政治状況などをふまえながら追跡していく「歴史ドキュメントを試みた」書ということになっています。

土木の変に ついては通説では宦官王振が己の欲望のため何の準備もなく遠征を画策・強行したと言われていますが、遠征に至るまでの準備からは そのような解釈は無理があることがまとめられています。すでに明とモンゴルの関係が悪化しており、モンゴルの侵入に備えて北京の 守りを固めることが前々から必要とされ、京営と関係ないかなり遠くの衛所からも兵力を集めていることや大量の武器や資材が遠征出 発前にすでに準備は出来上がっていたためにモンゴル侵入からわずか5日で出発できたと見なしていますが、此方の方が説得力はある ように思われます。

川尻秋生「平将門の乱」吉川弘文館(戦争の日本史第4巻)、2007年
10世紀、平安貴族の世を震撼させた2つの戦争が日本列島の東と西でおこりました。東で反乱を起こした平将門はやがて「新皇」と 称して、板東に新しい国家を樹立しようとしたことが知られています。本書では平将門の乱について主要史料となる「将門記」が いつ、どんな人物によって書かれたのか(10世紀末、東国と関係のある教養人)を考察したり、当時の東国の地理や、水上交通 と将門の関係、当時の武器や防具のあり方、土地所有の様子と言ったことをまとめた後で将門の乱の考察にはいり、乱の原因は 10世紀の日本において国勢改革が進む中でそれについて行けなくなった旧勢力の反発にあると見ています。

また、将門の独立国家 構想には東北地方も含まれていた可能性があることや、将門の乱はその後の関東地方の扱いについて先例として扱われるようにな ったこと、平安貴族の板東観に多大な影響を与えたことが触れられているほか、将門を倒した者たちの中から武士が生まれてくる ことについても、単に戦闘技術を身につけたと言うことと違う視点を示しています。乱の鎮圧者の家系であると言うことを貴族の 側では異能者視し、一方で鎮圧者の子孫たちも乱鎮圧に関わったことを利用しつつ、一族としての団結が生まれていく中で武士階 層が成立したという点から将門の乱が武士階層成立に果たした役割を評価しています。

川瀬貴也「植民地朝鮮の宗教と学知 帝国日本のまなざしの構築」青弓社、 2009年
日本が植民地支配をしていた時代の朝鮮半島において、日本の仏教やキリスト教の団体による布教活動は朝鮮をどのように見ながら 行われてきたのか、また、総督府による仏教団体への関与やキリスト教への監視統制などの宗教政策は具体的にどのようなことを意図 して行われたのか、そして朝鮮半島に対する日本人のまなざしと、それに対する朝鮮側の反応はどのようなものであったのか、大体 そのようなことを扱っている本だと思います。

河西晃祐「大東亜共栄圏 帝国日本の南方体験」講談社(選書メチエ)、 2016年
太平洋戦争の頃、日本が作り上げた「大東亜共栄圏」とはそもそも何がきっかけで考案され、そしてどのような展開をたどったのか、 そして「大東亜共栄圏」が作られていた時期に多くの日本人が海外へ渡り、海外経験をつむことになるのですが、そこでの「異文化体験」 が何を生み出したのか、アジアの人々がこの構想にたいしどう向かい合い、対応していったのかといったことをまとめています。

この時代の交流が戦後の文化交流にも影響を与えている事例があることなど、興味深い話題が多く掲載されています。

川端康雄「ジョージ・ベストがいた マンチェスター・ユナイテッドの伝説」 平凡社 (平凡社新書)、2010年
マンチェスター・ユナイテッドの伝説的プレイヤー、ジョージ・ベストの半生をあつかった評伝です。もともと、ベストを切り口にして6 0年代英国文化を語る文章を練っていたところ、このような本を書こうという企画が持ち上がって書かれたという経緯があるため、合間に は当時のイギリスの社会や文化についての話が色々と書き込まれています。もちろんサッカーに関する描写も結構ありますが。

ベストのキャリアが頂点を迎える1968年と、その後の凋落(私生活の乱れに伴う物。特に飲酒…)と、マンチェスター・ユナイテッドが ミュンヘンの悲劇から立ち直りチャンピオンズカップを制覇してから、これまた転落していく過程を重ねる形でまとめられていて、なか なか面白い1冊だと思います。サッカーに興味が無くても読めると思います。

川又正智「ウマ駆ける古代アジア」講談社(選書メチエ)、1994年
馬は「歴史を作る動物」とも呼ばれるように、人間にとって馬は特別な意味を持つ生き物のようです。機械化が進む以前は交通、 運輸、軍事、農耕など様々な分野で用いられ、現代では競馬という文化的な面での関わりが見られる馬ですが、人が牽引や騎乗 という形で馬を利用するようになったのはいつ頃からなのか。本書では古代の戦車(2輪の車両)に関して考古学の成果をもと にしながらその発明と伝播について扱っているほか、騎乗と遊牧、騎兵の関係や文化的な面での馬と人の関係などをまとめてい ます。

シュメールやアッシリア、スキタイなど中央アジアや西アジアの事例も扱っていますが事例としては東アジア古代に関係 することが多めになっています。事例を積み重ねながらかなり慎重な筆致で書かれているので面白味に欠けると見る人もいると 思いますが、安易に受けを狙うよりははるかによいと思います。

川本正知「モンゴル帝国の軍隊と戦争」山川出版社、2013年
13世紀、広大な帝国を作り上げたモンゴル、その原動力は何と言っても強大な軍事力にあることは否定できないでしょう。では、 モンゴル帝国の軍隊はどのように編成されていたのか。本書はその辺りを扱っていきます。そのため、モンゴルがいかにして 遊牧民、帝住民を組織化し、支配したのか、そう言った話が多くなっているように感じました。

川本芳昭「中国史の中の諸民族」山川出版社(世界史リブレット)、 2004年
中国の歴史をみていくと、様々な民族が歴史の舞台に登場します。古代秦漢帝国と抗争を繰り広げた匈奴、激しい抗争を勝ち抜き 華北をまとめ上げ中国に同化していく鮮非や女真族、強大な国家を築き民族の独自性を維持し続けた契丹やモンゴルといった北方 諸民族については様々な書で語られてきています。また最近では長江流域に独自の文化圏が存在したことが判明してきていますし、 南方の様々な民族も中国の歴史に様々な影響を与えていることがわかってきました。北方諸民族と南方諸民族の中国の歴史との関わり や自己と他者の関わりについて簡潔にまとめた一冊です。

姜在彦「西洋と朝鮮 異文化の出会いと格闘の歴史」朝日新聞社(朝日選 書)、 2008年
朝鮮が西洋諸国と関係を持つようになるのは19世紀後半も終わりに近い1882年のことでした。それまでは国を閉ざし、西教(キリスト教)や 西学(西洋の学問)は19世紀初頭より一緒くたに「邪学」とみなされて排除されている状態でした。しかし、このような状況に至る前の段階 では朝鮮にも西洋の学問やキリスト教が中国へ向かう使節の団員が本を手に入れたり洗礼を受けたりすることで流入していたことが本書では まとめられています。西洋人が直接やってきて学問や宗教を持ち込んだ中国や日本と違う形で異文化を受容した朝鮮で、キリスト教をめぐる 問題(祖先崇拝を否定するキリスト教は結局士大夫には認めがたいもの)や、18世紀には星湖学派や北学派のようによその文物を学ぶことの 重要性に気づきそれを主張する人々がいる一方で、かたくなにそれを否定する者がいたことが19世紀の状況をもたらした様子がまとめられて います。

姜尚中・玄武岩「大日本・満州帝国の遺産」講談社(興亡の世界史18巻)、 2010 年
一括紹介その4にて紹介。

神田千里「島原の乱 キリシタン信仰と武装蜂起」中央公論新社(中公新 書)、 2005年
島原の乱というと敬虔な信仰を持ったキリスト教徒の殉教戦争とか、重税に苦しむ人 々の起こした一揆というイメージが強く定着している ように思われます。しかし本書ではそのような一般的なイメージと実態はかなり異なる物であることが示されていきます。重税や飢饉は蜂起の きっかけに過ぎず、重税に苦しむ住民すべてが蜂起を支持したわけでないこと、終末論に基づく宗教的要素の強い蜂起であり、一揆側による 寺社破壊や強制改宗が行われたがこれはキリシタン大名による統治と連続性があること、蜂起側も藩側も百姓を戦力として期待していたこと、 蜂起したキリシタンの多くは一度棄教してから再びキリシタンになった「立ち返り」であったこと等が語られています。

神田千里「織田信長」筑摩書房(ちくま新書)、 2014年
織田信長というと、革命的・革新的な人物として良く取り上げられます。しかし、近年ではそのような信長像の修正を迫る本が多く 出始めています。本書もそのような一冊です。伝統的権威と対決するのではなく協調し、世間でどのような評判が持たれているのか ということをきにする、そんな信長の姿が描かれています。また、著者が宗教関係の研究をやっているため、信長と宗教の関係に ついてまとめられた章があり、特定の宗教を優遇したわけではないという結論に落ち着いているようです。

パトリック・J・ギアリ(鈴木道也他訳)「ネイションという神話 ヨーロッ パ諸国家 の中世的起源」白水社、2008年
ヨーロッパ初期中世の歴史にあらわれる様々な「民族」は近代に入ってネイションの歴史を記述する際に各ネイションの起源とみなされる ようになっています。しかし本当に古代末期から近代まで連綿と続く「民族」の歴史など存在するのでしょうか。本書ではナショナリズム の影響が強い近代歴史学において中世初期の歴史もそれを免れなかったことから話を始め、古代における民族誌とそれが後世に及ぼした 影響や、中世初期の諸「民族」の形成の歴史をまとめています。

移動してきた諸民族の中には、元々は色々な種族から構成されていたものの、いつしかある特定の民族アイデンティティを強調した 東ゴートやヴァンダルのような事例もあれば、融和を図ったフランク族のような事例もあったり、特定の民族の連続性と一体性を前提に ついつい歴史を語りがちですが、古代末期から中世初期の諸「民族」の特徴は非均質・非連続であったというのが本書の結論のようです。 器のラベルは同じでも中身は常に変わりゆくということでしょうか。

クレア・キーガン(岩本正恵訳)「青い野を歩く」白水社(エクス・リブリ ス)、 2009年
かつて交際のあった女性の結婚式を執り行う神父を描く表題作のほか、何かが終わりを迎えたことに伴う哀愁と、その先に何があるか分からないけ れど、 何か新しい段階へと入ったことを示す結末の余韻に浸ることができる作品が掲載された短編集です。何かの拍子に語られていない過去が表に現れ る、 そして何かが終わりを迎えたことに気づく、そんなかんじがしました。表題作のほか、「森番の娘」「波打ち際で」あたりが結構読んでいて良かっ た です。

菊池良生「ハプスブルグを作った男」講談社(現代新書)、2004年
飢饉、戦乱、ペスト流行といった事が起こり不安定な状態に陥っていた14世紀、中欧において国家の安定や発展を目指して 活動した2人の人物がいました。一人は神聖ローマ帝国皇帝カール4世であり、現状を見た上でそれに即した対応をおこない、 武力に訴えずに平和的に安定を目指しました。金印勅書の承認はまさにその状況で行われたことでした。一方、オーストリア においてはルドルフ4世が短い治世の間に矢継早に、かなり先進的な改革を行いました。しかしルドルフ4世の行ったことはそれに とどまらず、大胆にも皇帝カール4世を相手に文書のでっち上げまで行ってハプスブルグ家の権威を高めようとしました。

このルドルフこそ、ハプスブルグ家がヨーロッパの権門のなかで特に卓越した存在であるという一種の選良意識の源を生み出した 人物であると主張しているようです。ルドルフ4世が一応本書で主に扱っている人物なのですが、彼が登場する前、大空位時代 終了直後のドイツ諸侯の対立や、ルドルフの父アルプレヒトや神聖ローマ皇帝カール4世についてもかなりページ数を割いて おり、意外と詳しく扱っている本が少ない14世紀のドイツ、オーストリアなど中欧地域の歴史に興味のある人には楽しく読める とおもいます。

菊池良生「ハプスブルグ帝国の情報ネットワーク」集英社(集英社新書)、 2008年
1490年、“中世最後の騎士”こと神聖ローマ帝国皇帝マクシミリアン1世がヴェネツィア出身のタクシス家と郵便契約を結んだ時から、 ヨーロッパにおける郵便が始まったと言われています。そのあたりの真偽はさておき、16世紀にはいるとハプスブルグ家と郵便契約を 結んだタクシス家の世襲事業として神聖ローマ帝国で郵便網の整備と郵便事業の発展が見られるようになります。

本書ではタクシス家 の郵便事業以前、古代ローマの駅伝制度から、中世の「死者の巻物」やパリ大学の飛脚、中世都市の飛脚やイタリアの駅伝制度について の説明がなされ、さらに神聖ローマ帝国以外の国々における郵便制度の発展と、近代に入り郵便事業が「国王大権」の一つとして収入 獲得手段として営まれていたものが「国民の福祉」という観点から国営化されていく過程をまとめています。郵便事業がヨーロッパの 社会や人々の生活、考え方に大きな影響を与えたという指摘はおもしろいとおもいます。

菊池良生「哀しきドイツ歴史物語」筑摩書房(ちくま文庫)、2011年
歴史を変えた偉人としては決して扱ってもらえない、むしろ歴史の流れの中で浮かんでは消える人の方が多いと思います。本書に登場 する傭兵隊長や官僚、将軍、芸術家たちもまた、そのような人々です。彼ら一人一人の生き様を見ていくと、色々と考えるところも あるかもしれません。

M.トゥッリウス・キケロー「キケロー弁論集」岩波書店(岩波文庫)、 2005年
古代ローマを代表する弁論家にして政治家キケロが書き残した弁論のうち、代表作「カティリーナ弾劾」をはじめとする4作品をまとめた 一冊です。キケロというとラテン語を学ぶと必ずどこかで読まされることになるのですが、それが日本語で手軽に読めるという点で非常に 有益だと思われます。古代の弁論とはどういう物か、その一端を知りたい方、ラテン語の名文といえばキケロということで一度読んでみたい と思う方は是非手に取ってみてはどうでしょう。

木田知生「司馬光とその時代」白帝社、1994年
中国の歴史書というと司馬遷の書いた「史記」が有名です。「史記」は紀伝体というスタイルで書かれた歴史書で、以後の王朝史 の書き方もこのスタイルと踏襲していくことになったという点でその影響力は大きかったわけですが、一方で全体をまとめたような 通史の歴史書は少なかったようです。そんな中で司馬光が編纂した「資治通鑑」は通史として中国諸王朝の歴史をまとめ上げた編年体 の歴史書として後世にまで伝えられています。しかし、司馬光については、この本を編纂したことは有名なものの、他のことについて は王安石の改革に反対した保守派の政治家として軽く触れられる程度に留まっています。

そんな司馬光の政治思想はどのようなものだったのか、政治家としての司馬光がどのような活動をしていたのかと言ったことに ついてまとめたのが本書です。適材適所に人材を配置し、信賞必罰を明確にすることによって政治はうまくいくというのが彼の 基本的なスタイルであることや、対外政策では、契丹(遼)についてはあまり詳しくなく関心も持っていないのにたいし、西夏 に対してはかなり関心を持っていたこと、王安石とは個人的な交流はあったものの財政政策では根本的に見解が異なっている ことなどについて触れられています。

来村多加史「万里の長城 攻防三千年史」講談社(現代新書)、 2003年
現代中国でも観光地としてだいたい見て回ることになる万里の長城。万里の長城は北方の遊牧民から中国を防衛するために 建設された建造物です。しかし防衛と言ってもその方法は遊牧民をはじき返すというものではなく、万里の長城の防衛システム はあくまで時間稼ぎや足止めのためにあり、真の防衛システムは長城にそってたてられた見張り台から素早く情報が伝えられ、 それとともに軍隊が駆けつけて鎮圧するという仕組みだったようです。しかし防衛に関する発想が国力の充実こそ国防に重要 であるという思想が出てくるとともに長城は放棄されていったと言うことが語られています。また、長城を建設するという行為 は決して専守防衛によって行われたわけではなく、漢民族が北方に勢力を伸ばし獲得した土地を守るために作った、いわば侵略 行為の産物であるという見方も出来るようです。

木俣元一・原野昇「芸術のトポス(ヨーロッパの中世)」岩波書店、2009 年
中世ヨーロッパの文学や美術について、作品の細かい分析や、いわゆる文学史や美術史といった内容ではなく、文学や芸術の受容の歴史 をまとめたような一冊となっています。文学の場としてキリスト教・宮廷・農村と都市を取り上げ、そこにおいて発展した文学作品の 大まかな内容の要約と、それらの物語の背景や受容され方をまとめた第1部と、空間・時間・言葉・視覚性から美術をとらえた第2部から なっていますが、記憶を文字と結びつけるのではなくイメージと結びつけるというような話が興味深かったです。そこの部分を読んだとき、 記憶術の類や、現代の速読術を思い出してしまいました。

君塚直隆「ヴィクトリア女王 大英帝国の“戦う女王”」中央公論新社(中公 新書)、 2007年
在位年数64年、18歳で即位し、死去したのが20世紀最初の年という、19世紀の「大英帝国」に君臨した女王ヴィクトリアの生涯を綴った 一冊です。彼女の時代についてはイギリスの国王は「君臨すれども統治せず」の原則下、政治は議会が中心で国王はあまり重要でないような イメージを持っている方が多いと思われます。しかし長い治世を見ていくと、彼女は必ずしも議会で活動する政治家の言いなりになっていた わけではなく、時には激しく対立することもあったようです。

本書では、「君主」としてヴィクトリア女王が64年という長い治世を通じて 老練な政党政治家たちと渡り合い、大英帝国の拡大と繁栄を第一に考え、時としてかなり強硬な外交姿勢をとる様子を描いていきます。また、 64年という長い治世の間に英国の政治は貴族政治から大衆政治へとシフトしていきますが、その中でも女王の存在が政党政治の調整役として 重要であり続けたことや、大国としての地位を維持するため外相更迭を迫ったり大臣を主導することが度々あり、自分の意に添わぬ政治家(特 にグラッドストン)との関係は非常に険悪であったことも述べられています。

金薫(蓮池薫訳)「孤将」新潮社(新潮文庫)、2008年
豊臣秀吉の朝鮮出兵を撃退した朝鮮の名将李舜臣の視点から、朝鮮出兵の様子を描き出していきます。しかし単なる歴史を描いているわけでは なく、勝手に逃げようとする無能な同僚、朝鮮王朝を無視して裏で動いて講和を結ぼうとする明、そして自分を脅かす実力者の登場を恐れ、己 の権力を振りかざして情け容赦なく処罰する王といったマイナス要素を抱えながら日本と戦わなくてはならない李舜臣の苦悩と奮闘を描き出して いきます。無実の罪で処罰され、一兵卒として従軍することになった時から始まり、最後は露梁海戦で戦死するところでおわりますが、派手な 活躍を描き出すのではなく、一人の人間として色々悩みながら工夫を凝らして日本と戦う李舜臣の姿が描かれています。

木村彰一訳(作者不明)「イーゴリ遠征物語」岩波書店(岩波文庫)、 1983年
12世紀ロシアの諸侯の一人であったイーゴリがトルコ系遊牧民族ポロヴェーツに対して遠征し、緒戦は勝利するものの 結局破れて彼自身も捕虜となり、後に隙を見て脱走してロシアへと帰り着くという歴史的出来事をもとに作られた中世 ロシア文学の作品です。この作品に見られるロシアの自然は人間と語り合い、人間同様に喜怒哀楽を持つものとして かかれているところが特徴のようです。また、作者は互いに争うロシアの諸侯に対し批判的な視点をとり、一致団結して ロシアを守るように説いたりしているところもみられます。単純な武勲詩や軍記物ではなく、色々な内容が含まれている 一冊。

木村靖二「第一次世界大戦」筑摩書房(ちくま新書)、2014年
2014年は第一次世界大戦勃発から100年ということで、色々な本が出ています。本書はその中にあって、新書サイズでコンパクトにまとめ た、 最近の研究成果も盛りこんだ一冊になっていると思います。第一次世界大戦について、入門書として読むならばまずこれをおすすめしようと 思います。

木村元彦「誇り ドラガン・ストイコビッチの軌跡」集英社(集英社文庫)、 2000 年
ユーゴスラビア代表の10番であり、名古屋グランパスでもプレイした「ピクシー」ことドラガン・ストイコビッチの半生を 書いた一冊。こちらはストイコビッチを話の中心にすえて、レッドスター時代と90年イタリア大会の輝かしい日々、国外移籍 後の怪我やクラブの不祥事、そしてなによりユーゴスラビアが国際試合から閉め出された苦難の日々、そして日本における 不遇と復活の時期とたどり、フランス大会出場やユーロ2000におけるユーゴスラビア代表での戦いが書かれていきます。 その合間には複雑なユーゴ情勢についての記述もありますが、ストイコビッチの半生を語る上でユーゴ情勢は切り離して考える 事は難しい事だと思われます。

木村元彦「悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記」集英社(集英社文庫)、 2001 年
かつてバルカン半島にユーゴスラビアと呼ばれる国が存在しましたが、90年代に民族対立が紛争に発展し、さらにアメリカ や西欧諸国による介入をへて、結局ユーゴスラビアは消えていきます。ユーゴスラビアの民族問題が激しさを増し、ついに NATOによる空爆にまで至ったその時期にユーゴスラビア代表のサッカー選手やバルカン半島出身のサッカー選手たちが置か れた状況は察するに余りあるものがあります。本書はストイコビッチなどバルカン半島出身のサッカー選手とバルカン半島の サッカーを切り口としてバルカン半島の政治情勢について迫った本です。98年フランスワールドカップのユーゴ代表の戦い ぶり(と、ユーゴ情勢)について始まった話はコソボやバルカン諸国のサッカー事情やバルカン半島情勢について、選手、 サポーター、関係者へのインタビューを通じて書き出そうとします。そしてNATOによる空爆とほぼ同時進行で進んでいった ユーゴ代表のユーロ2000予選の戦いを描いた章は本書のクライマックスと言っても良い箇所でしょう。

木村元彦「終わらぬ『民族浄化』セルビア・モンテネグロ」集英社(集英社新 書)、 2005年
1999年のNATO軍の空爆によってコソボ紛争は終結したことになっており、その後はコソボ情勢に関する情報は減少し、 今となってはイラク戦争とその後の情勢の陰にすっかり隠れてしまってニュースでもまともに扱われることはほとんど無いよう に思います。しかし空爆ですべてが解決して平和が訪れたのかというとそんなことは全くなく、コソボではアルバニア側による セルビア系住民の拉致など今までと違う形での「民族浄化」が行われ、現地にとどまった住民は法の下での保護など期待できない 状態に置かれ、多くの人々はコソボを離れて難民化していったようです。さらにコソボ問題にとどまらずマケドニアでも争いが 発生したことにもかなりの頁が割かれていたり、ミロシェビッチ体制が崩壊した10月5日の革命に関わった人々への取材から 革命の裏側のようなことにも言及がなされています。

セルビア・モンテネグロへと国名が変わった今もなおコソボには様々な問題 が残っていることが6年間にわたる現地取材を通じて書かれています。ボスニアやコソボのセルビア人達が国際社会からほとんど 見捨てられた状態になっている様子がこれでもかと書かれ、さらにはコソボで拉致されたセルビア人を探す団体の4年間を通じて もはや政府すらもあてにできない状態にあることも言及されています。そして最後にはそのような状態の旧ユーゴに対しては頬被り をしておきながらイラク戦争になってからあれこれと言いだした国際社会、知識人に対する批判めいたことも書かれていきます。 同じ著者の「悪者見参」(集英社文庫)がNATO空爆の時期を扱っており、本書はその後の情勢を書いた本ですが、前作で書かれた 状況と比べて事態は悪い方へと進んでいる彼の地に平和が訪れることはあるのでしょうか。

木村元彦「オシムの言葉」集英社(集英社文庫)、2008年
イビチャ・オシム前サッカー日本代表監督の半生をオシム監督が発した一寸頭を一ひねりするとそうかなるほどと気づかされる言葉 とともにまとめた一冊です。ジェフ市原の監督としてどうも中途半端な感じのするチームを強くすることに成功したり、ワールドカップ・ イタリア大会での見事な戦いぶりと、サラエボがユーゴ連邦軍に包囲され家族がそこに取り残されている中でパルチザンと代表チームの 監督を続けた苦悩の日々、日本代表監督しての歩みなど、なかなか興味深い内容が含まれています。

ランドル・ギャレット(公手成幸訳)「魔術師を探せ!(新訳)」早川書房 (ハヤカワ・ミステリ文庫)、2015年
プランタジネット朝以来英仏を支配する王朝が存在するという設定で、しかも魔術が存在するという世界を舞台に犯罪が起きた時、 どのようにして解決するのか。捜査官と魔術師のコンビが事件を解決するという物語ですが、魔術で全てを解決して終わるという わけではなく、あくまで法医学や鑑識と同じような形で扱われています。あくまでも捜査官による推理によって解決されるという ぐあいにバランスが取れています。

金文京「三国志演義の世界(増補版)」東方書店、2010年
日本において様々な媒体で楽しまれている「三国志演義」、それは一体どのようにしてできあがったのでしょうか。三国志演義と 三国志の違うところ、三国志演義が中国の歴史においてどのようにできあがってきたのか、作者とされる羅漢中とは一体何者か、 なぜ関羽が神としてまつられるようになったのか、等々の内容をまとめ、最後には日本と韓国における三国志演義の受容の様相が あつかわれています。

スティーブン・キング「ザ・スタンド」文藝春秋(文春文庫)、2004年
(第1巻): アメリカの軍関連施設で悪性のインフルエンザウイルスが流出し、次々に感染者を出していきます。そして、 疫病が大流行する中でアメリカが崩壊していくまでをかいています。その過程で、孤独に生きてきた男、思いがけず妊娠して しまった女子学生、放浪の旅を続ける聾唖の若者の物語が挟み込まれています。聾唖の若者が度々見る夢が何なのか、そして 本巻の終盤になって登場した「闇の男」とは一体何者なのか(登場シーンからして、かなり邪悪そうな感じですが・・・)。 その辺は第2巻をまつことにしましょう。

(第2巻): インフルエンザの大流行により、アメリカが崩壊した後、わずかに生き残った人々が移動を開始します。 やがて、移動を続ける人々が他の生存者に出会い、すこしずつ旅の仲間を増やしながら夢の中に現れる黒人の老女アバゲイル の許を目指して移動していくことになります。一方、第1巻終盤に登場した「闇の男」も活動を開始し、人々の夢の中に現れ たり、仲間を作っていく過程がかかれています。苦難に満ちた旅を続けながら仲間を増やしていく様子がかかれていますが、 果たしてこれから彼らはどうなるのか。

(第3巻): 苦難に満ちた旅の末に、アバゲイルのもとにたどり着く生存者達。そして彼らはそこで「フリーゾーン」 という共同体を作っていきます。一方で「闇の男」のほうでも生存者達を集め始め、一大勢力としてまとまっていきます。 両者を比べてみると、「闇の男」の勢力の方はかなり専門的な職にあるものがまざっており、そういう人間は指導的立場に たち、かなり厳しい規律の下で人々をまとめているようです。一方「フリーゾーン」の方は、これから色々な仕組みを作る というかんじで、人々が色々話し合って物事を決めるという感じです。何となく「フリーゾーン」は独立前のアメリカの 13植民地の自治みたいな感じのものを作ろうとしている感じで、こちらは何となくアメリカ的価値観をもつ集団のようです。 一方の「闇の男」の方は厳しく統制され、専門的な技術を持つ人々が選ばれた地位につき指導しているところをみるとソ連 など共産主義国家のイメージが投影されているのでしょうか。「フリーゾーン」にたどり着いた人の中にも闇の勢力に転向 しそうな気配の人が2名ほど(ナディーンとハロルド)混ざっていますが、彼らはどうなるのか・・・。

(第4巻): アバゲイルの突然の失踪、ラリーに振られたナディーンとスチューに憎悪を抱くハロルドの転向といった事がフリーゾーンで おこる一方で「闇の男」の情勢を探るべく、トム・カレンを含む3名がスパイとして西へ送られていきます。徐々に フリーゾーンと闇の男の対決に向けて動き出す中、ついに闇の男の方に魂を売り渡したハロルドとナディーンの手により フリーゾーンにおいて惨劇がおこり、フリーゾーンの中心メンバーにも死者がでます。その一方で、アバゲイルが突如帰還 し、死の間際にフリーゾーンから闇の男の方へ4人の人間を送ることになり、ついにそのメンバーが出発します。いよいよ 善と悪の対決の時は近づいてきています。

(第5巻): 西へと旅だった4人、フリーゾーンから闇の勢力の側に転向したハロルドとナディーン、スパイとしてフリーゾーンから 送られた人々の運命、そして善と悪の対決はいかに・・・。いよいよ大長編も最後の時を迎えます。そして善悪の対決が 終結したとき、人々の未来はどうなっていくのか。

金七紀男「エンリケ航海王子」刀水書房(刀水歴史全書)、2004年
ポルトガルの大航海時代を切り開いていったポルトガル王国王子エンリケ。一昔前に 和辻哲郎や司馬遼太郎がその著作で彼のこと を取り上げたこともあり、その名前だけは知っている人もいると思いますが、彼の生涯について知っている人は少ないのではない でしょうか。史料が必ずしも多く残っているわけでなく、「エンリケ伝説」とでも言うべきものがかなり広まっている彼の生い立 ちからその死に至るまでの生涯をたどる本書には、中世という時代に生きる一個人としてエンリケを書き出していきます。キリスト 騎士団長として十字軍の精神に生きアフリカのイスラム勢力と戦い、ポルトガル王国の一王子として国王である父や兄、甥に仕えて 家臣団や騎士団のために様々な特権譲渡を引き出していく、そして時と場合によっては肉親の情より国益や利害を優先する彼は決し て自ら意識して新しい時代を切り開いたわけではないものの、彼の活動が結果として植民地の獲得や交易の拡大につながり、ポルト ガルの新時代をもたらしたということが書かれていきます。また、彼が登場する前のポルトガルの歴史(アヴィス朝成立期)や大航 海時代の背景についても色々と書いているため、ポルトガルの歴史に関心のある人は是非読んでみましょう。

カルロ・ギンズブルグ(杉山光信訳)「チーズとうじ虫」みすず書房、 2003年(新 装版)
16世紀イタリアのフリウリ地方の粉挽きメノッキオは、ある時異端審問にかけられ ます。そして最終的には処刑されてしまうのですが、 彼の審問記録が残されており、そこから彼が当時西欧でスタンダードとされていた考え方とは大きく異なる世界観をもっていたことが うかがえます。彼がどのような本を読みながら独特な汎神論的な物の見方を形成していったのか、そして口承伝承文化の影響はどうだ ったのか、そういったことが書かれているほか、当時の西欧のオーソドックスなものの見方と異なる思考の存在を描き出している一冊 です。

クイントゥス(松田治訳)「トロイア戦記」講談社(学術文庫)、 2000年
ホメロスの叙事詩「イリアス」、「オデュッセイア」にも詠われたトロイア戦争、し かしイリアスは10年におよぶ戦争のうち の50日程度を書いたものであり、オデュッセイアはトロイア戦争終了後の後日談的色彩が強い作品です。そのために有名な 「トロイの木馬」などの話はこれらの叙事詩にはほとんど取り上げられていません。イリアスとオデュッセイアの間をうめる トロイア戦争の物語は様々な神話や劇の中に残されていますが、それらの物語を一つにまとめたものがこの本です。紀元後3 世紀の詩人クイントゥスによってまとめられた本書をよむと、その間にどのようなことがあったのかということがよく分かると おもいます。

ロバート・クーヴァー(越川芳明訳)「ユニヴァーサル野球協会」白水社、 2014年
主人公ヘンリーは賽子を振って進める野球ゲームを造り、それを一人で楽しんでいました。非常に細かく色々な設定を造り(試合中の事故で 選手が死ぬ、八百長などなd)、複数のチーム、プレイヤーをつくり、ペナントレースを戦っています。しかし、いつの間にか、ゲームの世界 が徐々にヘンリーを浸食し…。

白熱の試合シーン、バーでのしゃべり、そして選手や関係者の心情、これらがすべて一人の人間の妄想という物語の流れにびっくり。そして、 いつのまにか脳内妄想がリアルな世界のを浸食していき、ゲームの創造主ヘンリーがどうなっちゃったのかもよく分からないというところが、 なんか怖い。ゲーム中毒もここまでいってしまうと…。

久慈光久「狼の口〜ヴォルフスムント」〜」(第1巻〜)エンターブレイン、 2010 年〜
ハプスブルク家からの独立闘争が展開されている時代のスイスを舞台に、難攻不落の 関所、通称「狼の口」を舞台に、そこを突破 しようとする独立闘争側の勢力と、それを阻止する関所の代官たちの話を描いています。関所を抜けようとして色々知恵を絞り、 工夫を凝らすが、結局関所の代官に見破られて失敗し、処刑されるか消息不明になるという、基本的に救いのない話ばかりですが、 狼の牙からこぼれおちた諸々のことが積もり積もっていった末にどのような結末を迎えるのか。第1巻はまだまだ導入っぽい感じでは ありますが、これからの展開に期待を持たせる作りとなっています。

そして第2巻になると、さらに救いのなさが増幅されているような気がします。え、この人がここで退場するのか?と思う展開が ありますし、この人もきっと死ぬんだろうなとも思ってしまうところがあります。

楠見千鶴子「ギリシアの古代オリンピック」講談社、2004年
2004年の夏にはギリシャのアテネで夏季オリンピックが開催されますが、それに 関連して古代ギリシア関係の本が何冊か でるようです。この本もその一つのようで、古代ギリシアのオリンピックがどのような日程でどんな競技を行っていたのか、 また、古代ギリシアの4大競技会の会場となった場所はどのような場所だったのかを扱っています。古代オリンピック関連 の書籍はいろいろありますが、古代ギリシア4大競技会の開催地について色々書いている上、図版も多く、とっつきやすい 本ではないでしょうか。

クセノポン(松平千秋訳)「アナバシス 敵中横断6000キロ」岩波書店 (岩波文庫)、1993年
紀元前5世紀末、ペルシアの王子で小アジア方面の総督だったキュロスが密かに兵を集め、王位を狙って内陸へと侵攻します。 しかしクナクサの戦いでキュロス軍は途中まで優勢に戦いを進めていたにもかかわらず、キュロスが戦死し、状況は一変します。 キュロスに味方した人々の寝返り、そして奸計によりキュロスに従ったギリシア人傭兵団の主だった司令官や指揮官たちは 殺害されてしまいます。

指揮官不在の状態で敵のまっただ中に残されるという危機的な状況下で突然指揮官の役目を担うことになったのがクセノポンでした。 果たして彼は傭兵およそ1万数千を率い、敵の追撃を振り切り逃げることができるのか。極めてドライなタッチでギリシア人傭兵の 逃避行を書いたドキュメンタリータッチな作品です。

クセノポン(松本仁助訳)「キュロスの教育」京都大学学術出版会(西洋古典叢書)、 2004年
「アナバシス」の著者クセノポンがペルシア帝国の建国者キュロスの一代記という形 をとりながら書いたリーダー論・国家論の著作です。 キュロスが広大な領地と多用な民族を支配することが出来るようになったのかという疑問から始まった物語は、キュロスの少年時代に受けた教育、 そしてその教育を元にかれが大帝国建設を成し遂げていく「国盗り物語」的な話がつづきます。メディア王キュアクサレス(この本で彼の叔父に 当たるという事になっています)のもとで戦いながら、貴族や兵士たちを組織し、訓練し、戦って勝利を収めつつ、アルメニアやヒュルカニア、 カドゥシオイなどを同盟者に引き込み、最後はアッシリアを打ち破るとともに叔父からメディアを譲られて帝国を作るという過程をみると、まさ に「国盗り」という感じがしてきます(色々ときれい事を並べていますが結局は叔父から王位をとってしまったわけで…)。その合間合間に、 節度と自制、勇敢さを身につけ、他者に対して誠実かつ寛大に接し、人心掌握にたけたキュロスの姿が挿入されています。

工藤重矩「源氏物語の結婚 平安朝の婚姻制度と恋愛譚」中央公論新社(中公 新書)、2012年
「源氏物語」の主人公光源氏と数多くの女性の関係について、平安時代が一夫多妻であるというところから説明がなされることが多いです。しか し、本書では、平安時代の結婚は一夫一妻であり、正妻と妾の間には厳然たる格差があるということを指摘し、そのうえで源氏物語にみられる 源氏と彼を 巡る女性達の関係を描いてきます。

著者の主張の当否、学説史上の位置は正直なところ分からないのですが、なかなか刺激的でした。

国本伊代「ビリャとサパタ」山川出版社(世界史リブレット人)、2014年
メキシコ革命の最中に活躍したパンチョ・ビリャとサパタのコンパクトにまとめた伝記です。彼らが活躍したメキシコ社会の背景など がコンパクトにまとめられ、その中で彼らがどういう存在だったのかが書かれています。

久芳崇「東アジアの兵器革命 十六世紀中国に渡った日本の鉄砲」吉川弘文 館、 2010年
16世紀、戦国時代の日本に入ってきた鉄砲は瞬く間に広がりました。そして日本の火縄銃と射撃法(輪番射撃)は文禄・慶長の役において明軍 と朝鮮軍に大きな刺激を与えることになり、17世紀の中国の軍事書にはこれらについての記述を残しています。本書では、日本式の鉄砲や射撃方 が東アジアにおいてどのように伝播したのか、そしてそれが東アジアの歴史においてどのような意味を持つのかを、様々な史料を基に明らかに していきます。兵器の普及を通じて、東アジア世界のあり方が窺える一冊です。

フランティシェク・クプカ(山口巌役)「カールシュタイン城夜話」風響社、 2013年
チェコ国王にして神聖ローマ帝国皇帝カレル4世(カール4世)が療養中に側近達が無聊を慰めるためにそれぞれに小話をしていきます。 話の中心は女性の話ですが、悲劇もあれば滑稽な話もあり、途中からは国王も参加してきます。チェコの国の歴史に関係する事柄に触れて いる話がそこそこ多いような気がしました。また、王自身の語りからは、王であるがゆえに普通の人間と同じようには生きられないことの 難しさとか、悲しみのような物を感じます。

アレクサンドル・クプリーン(紙谷直機訳)「ルイブニコフ二等大尉」群像 社、 2010年
日露戦争末期のペテルブルクに、戦争で負った傷を見せながら、日露戦争の様子につ いて語る一人の復員軍人が現れました。ルイブニコフと なのるその男、戦争にまつわる出来事をおもしろおかしく語るため、色々な人間が興味を示します。そんななか、この男が実は日本のスパイ ではないかという疑いを抱いたジャーナリスト(と言うか、やっていることを見るとゴシップライターっぽいが)が、なんとかしてしっぽを つかもうとするのですが…。

表題作については、必死になってつつき回るよりも無防備な状態を作りだしたほうが秘密を暴きやすいってところでしょうか。まあ、秘密を 知って何かに利用しようという感じの人と、それほどがっついていない人の違いかもしれないなと。

その他、病をおして戦い続けるレスラーの話や、手厚く面倒を見てもらえる、恵まれた境遇にあった競走馬が見込みなしと見なされたとたんに 扱いが一変していく悲劇などなど、なかなか面白い作品が集まっています。個人的には競走馬の話をつの丸画で見てみたいとおもう。

久保一之「ティムール」山川出版社(世界史リブレット人)、2014年
モンゴル帝国崩壊後の中央ユーラシアに一大帝国を建設した草原の英雄ティムール、彼についてのコンパクトな評伝です。彼の業績 や統治の仕組み、そして彼の生前より彼以後も進むティムールの一族とチンギス・ハン一族の関係の変化(系図の捏造等も含む)と いったことをあつかっています。

ハインリッヒ・フォン・クライスト(種村季弘訳)「チリの地震 クライスト 短篇集」河出書房新社(河出文庫)、2011年
17世紀のチリ、死刑になろうとしたまさにその時に大地震におそわれ、死刑を免れた男と女。彼らが生き残った喜びを胸に教会へ向かった時、 突如悲劇が降りかかる「チリの地震」、ハイチ独立を題材として男女の心のすれ違いと結果としてそれによって引き起こされた悲劇を描いた 「聖ドミンゴ島の婚約」、拾い子が成長するにつれろくでなしとなり結果としてそれによって破滅へと向かう「拾い子」、展開が二転三転する 決闘裁判とその結末をかいた「決闘」等々、クライストの短篇が収録されています。

「チリの地震」で書かれている群集心理の移り変わりを見ていると、2011年3月11日以降の日本もこんな感じではないかと思わされます。 全般的に悲劇的な内容が多いのですが、主人公の行動が突拍子もないというか激しいような気がします。救いよりも地獄にまでいってさらに 復讐したいとねがうなんて、よほど執念深くないと無理でしょう。

マイケル・クライトン「タイムライン」早川書房(ハヤカワ文庫)、 2004年
14世紀フランスの遺跡からその遺跡の発掘を指導している教授の眼鏡と救援を求める文書が発掘された。 そして発掘に参加していた学生・研究者たちは発掘スポンサーのハイテク企業から衝撃の事実を伝えられる。 時空を超えた移動を可能とする装置を開発したという。 そしてそれにより14世紀フランスに行った教授を助けに行って欲しいというのだ。現代から14世紀フランスへ、 激しく、荒々しい騎士達の世界に送り込まれた彼らは果たして任務を果たすことが出来るのか。 だいたいこういった筋の話になっています。 現代の量子力学に関する細かな描写や中世ヨーロッパの社会に関する様々な記述がなされており、 ちょっとした雑学小説の様相を呈しています。 なお2004年1月17日より映画も上映されていますが映画と小説では人間関係など色々と違うところがありますので、 別のものとして楽しむことをおすすめします。

ヤスミン・クラウザー(小竹由美子訳)「サフラン・キッチン」新潮社、 2006年
パフレヴィー朝の将軍の娘マリアムは父親によって家を追い出され、その後英国に渡って英国人と結婚し、娘も生まれて幸せな家庭を 営んでいました。しかし娘サラの身に降りかかった不幸な出来事がきっかけとなって故郷や昔の恋人への思いを見届けようとイランへ と旅立っていくことになります。物語はマリアムの語りとサラの語りが頻繁に交差しつつ、何とか母親に戻ってきてほしいと思うサラと、 人には語りたくない過去がありながらも何とか娘に理解してほしいマリアム、そしてマリアムのことを違う場所で思い続ける夫エドワード と昔の恋人アリ、その他ファティマやドクターなどマリアムをささえてきた多くの人々を交えつつ話は進んでいきます。エドワードとアリ のようなできた人ってなかなかいないのではないかと思いつつ、マリアムとアリの関係は何かこういうのもいいなあと思わされるところが あります。

アーサー.C.クラーク(池田真紀子訳)「幼年期の終わり」光文社(古典新 訳文 庫)、2007年
宇宙進出を目指す人類の目の前に突如として巨大宇宙船が出現、人類はオーヴァーロードと呼ばれる異星人の支配下に入り、 平和と繁栄を享受 することとなった。多くの人類はその支配に満足していたが、オーヴァーロードたちは真の目的を人類に知らせていなかった。彼らは一体何の ために人類を導こうとしているのか、そして異星人との遭遇が人類に何をもたらすのか…。

オーヴァーロードと人類の関係は大人と子供のようでもあり、19世紀であれば「文明人と野蛮人」のような関係ともいえるだろうし(物語中で もイギリスとインドになぞらえて語っているところがある)、本書の解説で沼正三はこれに対する批判として「家畜人ヤプー」を書いたのでは ないかという推測もなされているようにも読むことができるでしょう。この部分は、本書における人間がより高次の存在に進化する過程と併せ て、何となくやりきれないような感じや反発、嫌悪感を持つ人もいるかもしれません。一方で、オーヴァーロード自体が高度に発達した物質 文明の象徴であり、人類を寄り高次の存在に進化させるということは物質文明の行き詰まりの打開を精神世界に求めたという事を表している とも見ることができるでしょう。他にもあとで読み返すと色々な読み方が可能な気がする本です。

倉沢進・李国慶「北京 皇都の歴史と空間」中央公論新社(中公新書)、 2007年
中華人民共和国の首都北京は2008年夏のオリンピックに向け、現在大規模な開発が進められています。本書はそ んな北京の町が作られてから現代にいたるまでの歴史を概観し、その都市構造の変化、都市社会の変化について書いていきます。 都市戸籍と農村戸籍の存在と都市部と農村部の格差の問題、単位(職場組織)社会が第二次大戦後の北京の社会構造の根幹をなして いたものが近年は社区(コミュニティのこと)への移行が進められていること、人口増加と市街地化の進展や高層住宅の出現等々の 事柄がとりあつかわれ、生産都市から全国の政治・文化の中心地、そして世界都市へと変わっていく北京という都市の姿が書かれて いきます。本書の内容は 中華人民共和国建国後の北京の開発の話が半分以上を占めるのですが、建国直後にソ連の意向と違う旧城を保存してその外に官庁など を作るという中国人建築家のアイデアが通っていたらどうなっていたのでしょうか。現在、北京の城壁の一部は復元されていますが、 それらの城壁は人民共和国がソ連型都市設計を採用した結果壊されたのですから…。

バルバラ・グラツィオージ(西村賀子(監修)、西塔由貴子訳)「オリュンポ スの神々の歴史」白水社、 2016年
古代ギリシア世界ではゼウスを中心とし、アポロンやアテナ、アフロディーテなどの「オリュンポスの神々」が各地で祀られてきました。 そしてギリシアの神々はローマの神々と同一視される形でとりこまれ、その後も西洋美術の創作の源となっているということはわかっている 人が多いのではないかと思います。

本書では、ホメロスやヘシオドスといった詩人の作品を通じオリュンポスの神々についての基本的なイメージが作られた時代、それに対する 懐疑的姿勢の存在といったことから話が始まり、中世ヨーロッパやイスラム世界でもこれらの神々が形を変えて生き残り、ルネサンスの美術 で創作の源として息を吹き返していくところをまとめています。中東よりもっと東に目を向けてもいいのかなという気はしましたが、興味 深い一冊です。

アンソニー・グラフトン(福西亮輔訳、ヒロ・ヒライ監訳)「テクストの擁護 者たち 近代ヨーロッパにおける人文学の誕生」勁草書房、2015年
昔の人の書き残したものを読み、それをもとに何かを論じていくというのは人文学の世界で日常的に行われていることです。 そうした営みをルネサンスから初期近代までの時代の人々がどのように行っていたのかを論じている一冊です。単純に直線的 な歴史の歩みがあったわけではないことはわかるとおもいます。

倉本一宏「藤原道長「御堂関白記」を読む」講談社(選書メチエ)、2013 年
2013年、ユネスコの世界記憶遺産に登録された「御堂関白記」は、藤原道長の残した日記で、陶磁の権力者の自筆日記が残されているという 極めて貴重な物です。そこに描かれている内容については現代語訳も出されていますが、そもそもこの日記がどのような物なのか、どのよう な形で書き残されていたのか、そして自筆本と写本ではどのような違いがあるのかといったことにも触れていきます。

栗生沢猛夫「ボリス・ゴドノフと偽のドミトリー」山川出版社、1997年
プーシキンの史劇やロシアの歌劇にもなっているボリス・ゴドノフ。彼はイヴァン雷帝死後のロシアの宮廷で権力を握り、リューリク朝断絶後 には皇帝に推挙されて即位した人物でした。しかし彼に対し、既に死んだはずのドミトリー皇子を称する男が軍勢を集めて戦いを仕掛け、それ がきっかけとなってロシアは動乱時代へと突入していきます。

本書では動乱時代に入るまえにイヴァン雷帝の時代について軽く触れた後、摂政・皇帝としてのゴドノフの姿勢についてまとめ、僭称者ドミトリー 登場とその後の展開に触れた後、何故17世紀から18世紀にかけてロシアで数多くの僭称者が登場した背景について探っていきます。

栗生沢猛夫「タタールのくびき」東京大学出版会、2007年
バトゥの遠征とキプチャク・カン国(ジョチ=ウルス)の成立はロシアの歴史にも影響を与えた出来事として見なされています。そして モンゴル支配の影響がどのくらいあったのかを考える様々な学説の中にはロシアはモンゴルの継承国家であると見なす説もあったりします。

本書ではモンゴルのロシア支配について、バトゥの遠征からはじまって戸口調査の実施と徴税、それに対するロシアでの抵抗があったことを 示したり、モンゴルのロシア支配において「バスカク」という名前の役職がかなり重要であったことを示していくとともに、それが途中から 消滅する背景を探るところまでまずまとめまていきます。

その後、モンゴルによるロシア支配においてかなり重要な役割を果たした人物である アレクサンドル・ネフスキーについてかなりの頁を割いていきます。旧ソ連・ロシアでは愛国者として扱われる一方彼により「タタールの くびき」がもたらされたとする見方が出されるというこれまでのネフスキーについての研究動向をまとめ、さらにネフスキーの登場する年代 記史料や、「アレクサンドル・ネフスキー伝」についていつ誰が描いたのか、史料的価値はどうなのかといった問題をあつかい、そのうえで モンゴル支配に批判的また反抗的な人から見るとアレクサンドル・ネフスキーは愛国者ではなくある時期からモンゴル支配を積極的に受け入れ これを利用して己の地位を確保し、モンゴルのルーシ支配をさらに促進したという著者なりの「史的」アレクサンドル・ネフスキー像を描き出 していきます。そして最後にロシア史におけるモンゴル支配の意味について著者なりの結論を下し、モンゴルの侵入によりロシアが被って被害 は大きかったことは否定できないことであり、モンゴル支配のロシアへの影響は根本的な部分ではあまりなく、技術的側面に限定されていたと 見ているようです。

本書は研究書であり一般向け書籍ではないため、その道の専門家でないと読みにくい所もあり、研究動向についてある学者 はこういっている、また別の学者はこう、と言った感じの文章がかなり長く続いています。また、アレクサンドル=ネフスキー関連の所ではそれ までの研究動向は勿論、各種年代記の記述内容を比較するような形で次々と挙げていたり、「アレクサンドル・ネフスキー伝」は版により書き 方が微妙に違うことからそれが書かれた時代の状況を推測していく所など、何も知らずに読むとかなり読むのが大変な箇所もあります。しかし 中世ロシア史、モンゴル史について考える上でかなり重要な本であり、じっくり読むことが必要な本だと思います。巻末には関連する資料の邦 訳もある程度つけられているので、この時代のロシアについて関心のある人は一読するべきでしょう。

アゴタ・クリストフ(堀茂樹訳)「悪童日記」早川書房(ハヤカワepi文 庫)、2001年
戦争の最中、疎開してきた双子の兄弟「ぼくら」と田舎の不潔、粗暴、けちな「おばあちゃん」との生活を通じて、過酷な日々を過ごす中で 抜け目のなさやしたたかさ、そして残酷さを発揮していく様子を短編のような構成で描き出していきます。何のためらいもなくろくでもない ことをやらかし、肉親を犠牲にすることさえいとわない双子は戦争という極限状態だからこそ現れたのか、それとも環境要因は関係なく現れる 可能性があったのか。そして最後はあのような結末を迎えるとは思いませんでした。

栗田伸子・佐藤育子「通商国家カルタゴ」講談社(興亡の世界史第3巻)、 2009年
一括紹介その4に掲 載。

栗原典子「スラヴ世界のイースター・エッグ」東洋書店(ユーラシア選書)、 2008 年
ロシア、ウクライナのイースターエッグに関する書籍です。しかしそれだけではなく、そもそもイースターって何なのか、なぜイースターエッグ というものが作られているのか、そういったことについても解説がなされています。そして最後にはイースターエッグの作り方も載っています。 地域によって細かいところでは違いがあっても、だいたい似たような感じになっているスラヴ世界のイースターエッグについて、その色や模様 に色々な意味が込められているだけでなく、誰にどんなイースターエッグを送るのかということも重要な意味を持つことがわかるようになって います。バレンタインデー、クリスマス、ハロウィン、聖パトリックデー等々外国のイベントを何でもかんでも取り入れてお祭りにしている 日本でもイースターをそういう風に扱う気配は今のところありませんし、イースターエッグを送る習慣もありませんが、もしそんなことが世の中 で起こりそうなときは、これでも読んで一歩踏みとどまってくれることを願います。

ジャック・グリーン(大森雄太郎訳)「幸福の追求」慶應義塾大学出版会、 2013年
北米大陸のイギリス植民地というと、ピルグリム=ファーザーズなどピューリタンの植民がおこなわれたニューイングランドの植民地が その後のアメリカ植民地の典型であったというようなことがいわれています。それに対してニューイングランドは典型でなく、南部の チェサピークこそ流動性の高い個人主義的な社会が成立し、その後のアメリカ植民地に影響を与えたという点で重要であると考えている 本です。また植民地にもいくつかのパターンがあることを示している本でもあります。

スティーヴン・グリーンブラット(河合祥一郎訳)「シェイクスピアの驚異の 成功物 語」白水社、2006年
シェイクスピアの生涯を彼の残した作品や、公文書、その他色々な記録をもとにして推論を重ねて描き出していく評伝。田舎の革手袋商人 の息子に生まれ、父親の家業がうまくいかなくなったこともあって大学に進学することはかなわなかったものの、ロンドンに上京してから は大学出の他の劇作家たちも顔負けの脚本を書き、興行的にも大当たりして財産を残すことに成功した一人の作家について、その人生と 作品の関わりを読み解いていく様子が随所に見られます。そして、シェイクスピアについても隠れカトリックであることや、伝記上の空白 の時期にはイングランド北部、ランカシャー地方のカトリック圏にいたという他の類書では見られない見解も提示しています。

スティーヴン・グリーンブラット(河野純治訳)「一四一七年、一冊の本がす べてを変えた」柏書房、2012年
1417年、南ドイツのある修道院にて、元教皇秘書にしてブックハンターであるポッジョによって一冊の写本が発見されました。 原子論など極めて刺激的な内容を含むルクレティウス「物の本質について」は、やがて書き写され、ポッジョ以外の人文主義 者達にも読まれるようになり、さらに後の時代の人々にも影響を与えていくのです。

本書ではポッジョによるルクレティウスの写本発見とその後の広まりの話を軸に、中世の写本とブックハンター、古代世界に おけるエピクロス派哲学、ポッジョが仕えた教皇庁、彼が一時失職する原因となるコンスタンツ公会議等々の話題も盛りこ まれています。

ルネ・グルッセ(橋口倫介訳)「十字軍」白水社(文庫クセジュ)、1954 年
一括紹介(その3)に掲載

アラスター・グレイ(高橋和久訳)「哀れなるものたち」早川書房、2008 年
スコットランドの医師マッキャンドレスが書き残した手記には衝撃的な内容が書かれていました。スコットランドの外科医バクスター が、入水自殺した妊婦の脳を彼女の胎児のものと交換して蘇生させ、ベラ・バクスターとして再び命を与え、ベラは様々な遍歴の末に マッキャンドレスと結婚したという、人が生物を作り出すというフランケンシュタインのような話が書かれていたのです…。

作家アラスター・グレイが手に入れたスコットランドの一公衆衛生官の手記に妻の手紙、著者の註をつけて刊行したというスタイルを とっています。夫の手記と妻の手紙で言っていることが違っていたり、夫の手記の内容を真実として裏付けるべくつけられた著者の註 をよんでも真偽がよくわからなかったり、なにやら小難しい書き方をしています。でも、それを特に考えることなく、普通に読んでも 面白いと思います。

アルフレッド・クロスビー(小沢千重子訳)「飛び道具の人類史 火を投げる サルが宇 宙を飛ぶまで」紀伊国屋書店、2006年
人類の長い歴史を説明する際に、人は様々な視点からそれを行っています。本書の場合は「飛び道具」に注目し、先史時代から現代までの 人類の歩みを一気に説明していきます。それだと、ただのその辺にある兵器や機械の概説書のようですが、本書をそれとわけるものは、何と いっても、人類の定義にあると思います。ホモ・サピエンスの定義を「二足歩行・投擲能力・火を操る能力を持つもの」として定義づけると いうアイデアとひらめきの勝利といった感じの一冊です。

デーヴ・グロスマン(安原和見訳)「戦争における『人殺し』の心理学」筑摩 書房(ち くま学芸文庫)、2004年
普段は善良な市民として暮らし、人殺しなどしない人々が、戦場に行くと(おそらく)同じように市民として暮らしていた人々や ふつうに暮らしている人々を殺害できるのか、また、戦争から帰ってきた人々のなかには、日常生活に戻ることができた人がいる 一方でベトナム戦争の帰還兵のようなケースもあるのはなぜか。こうした問題について、人間には元来同類を殺すことに対する強烈 な抵抗感があり、そのような人々をいかにして人殺しができる兵士として送り出すのか、そのための訓練とは一体何か、そのような 事について書きつづった本です。著者は心理学者、歴史学者にして軍人という経歴の持ち主であり、かつて兵士として戦った人々 から聞き取り調査を行ったり、自らの体験などもふまえた上で、かなりわかりやすく書き記していきます。攻撃対象に対する 心理的、物理的な距離や、権威者への服従、そして条件付けといったことが、ふつうの人々を兵士に変えていく要因であるという ことがわかりやすくまとまっているのですが、これが分かる、というのはある意味怖いことなのかもしれません。それを呼んでいる 自分にも十分それが当てはまる可能性があるのですから・・・・。

桑野栄治「李成桂」山川出版社(世界史リブレット人)、2015年
李朝朝鮮王国初代国王の李成桂についてのコンパクトな伝記です。激動の高麗末期の国際情勢及び国内政治の様子、そして 不遇としか言いようのない晩年についておさえることができるとおもいます。

エドワード・ケアリー(古屋美登里訳)「堆塵館(アイアマンガー三部作 1)」東京創元社、2016年
ロンドンの郊外のゴミ山の中央にそびえる堆塵館、そこに暮らすのはゴミを扱って財をなしたアイアマンガー一族です。館というには あまりにも巨大すぎる、一つの社会の縮図のような館にくらし、一族のものは「誕生の品」を肌身離さず持ち続けることになっています。 主人公クロッドはそのような品が発する声を聞く能力を持つ、他の一族とはちょっと違うところのある男の子です。そんなかれが、召使 として雇われたルーシーとであったことから、館に暮らす人々の運命は一変するのです。

第1部の終わり方が、次がどうなるのか非常に気になる一冊です。三部作が無事完結すると良いのですが。
ブログに 感想あります。

ニール・ゲイマン(金原瑞人訳)「墓場の少年 ノーボディ・オーエンズの奇 妙な生活」角川書店、2010年
一家惨殺事件で唯一生き残った子供が墓場の死者たちに育てられながら成長していく物語です。この本で書かれる死者の世界 はあまり辛気くさい感じはせず、普通の世界みたいですし、主人公を育てる人々もその辺りの普通の人のようです。死んだ後 の世界がこんな風であったら楽しそうですね。

ヘンリー・ケイメン(立石博高訳)「スペインの黄金時代」岩波書店(ヨー ロッパ史入 門)、2009年
16世紀から17世紀半ばまでのスペイン(ハプスブルグ帝国の一部だったり、スペイン・ハプスブルグ家の支配が続いた時代)は 最盛期であったと言われています。そんな時代について、最近の研究動向を紹介したガイドブックです。けっして初心者向けの 概説書ではないので、いきなり読んでも何が何だかよく分からないかもしれませんし、この時期のスペインの歴史について詳しく なれるわけではありませんので要注意。

氣賀澤保規「則天武后」白帝社、2005年(第4版、初版は1995年。講 談社学術文庫版は2016年)
中国史上唯一女性でありながら皇帝の位についた則天武后の伝記です。とはいえ、前半は隋末の争乱から唐の成立、そして太宗の 貞観の治といった唐初期の歴史の概略がまとめられています。その後からようやく則天武后の話にはいるという構成になっています。 最後も、則天武后後の状況に軽くふれています。則天武后の誕生から死去までをまとめながら、則天武后の治世の意味や、唐という 国について考察を加えていきます。文章も読みやすいのでお薦めです。そして、文庫版では則天武后が高宗の宮廷に入る際に必ず でてくる感業寺のくだりについての考察が以前のものからブラッシュアップされています。

ジョン・ケリー(野中邦子訳)「黒死病 ペストの中世史」中央公論新社、 2008年
中世ヨーロッパをおそった「黒死病」は、内陸アジアから一方は中国へ、もう一方は草原地帯を西へ進み、クリミア半島のカッファからジェノヴァ のガレー船を通じて広まり、シチリア島、イタリア、そして仏や英、中欧にひろがりました。本書は同時代人の回想録や書簡、記録をもとに、 人口の三分の一(場所によっては半分以上)が死んだ「黒死病」の脅威について書いていきます。

疫病流行という非常事態において、我先に逃げ出す人もいれば、そこにとどまって己の義務を果たすべく頑張る人もいる、そんな様子が描かれて いきます。また、こういう状況になるとユダヤ人が悪者にされ、虐殺が起きたと言う話や、黒死病により生じた労働賃金高騰、貴族階級への打撃、 技術革新、医学の発展、公衆衛生の誕生などについても触れられています。

ディアナ・ゲルゴヴァ(千本真生(監修・翻訳)、田尾誠敏、松前もゆる訳) 「ゲタイ族と黄金遺宝」愛育社、2016年
ギリシア人たちの世界に隣り合って存在し、ある時は強大な力を持っていたのがトラキア人たちです。現在のブルガリアのあたり を中心としてトラキア人は文化を築き、時によっては強大な勢力を振るったことがありました。しかしトラキア人の歴史については あまり詳しいことを書いた邦語文献は見当たりません。

本書は、そんなトラキア人の部族のひとつであるゲタイ族に関して、発掘の成果やそこから分かりうることをコンパクトにまとめた 一冊です。豪華な副葬品、宗教儀礼に使われたと思しき遺物などなどが写真付きで紹介されています。

呉明益(天野健太郎訳)「歩道橋の魔術師」白水社(エクス・リブリス)、 2015年
かつて台北に「中華商場」とよばれる商店街が1992年までありました。1960年代から1992年まで存在した中華商場において子供時代 を過ごした人々が、過去の出来事を思い起こして語ります。そこに、多くの人々が過去にあったことがある「歩道橋の魔術師」が 引き起こすちょっとふしぎな出来事や、ノスタルジーだけでなく突然訪れる死など現実の厳しさを感じさせる事柄が盛りこまれて います。全く知らない場所ですし、言ったこともないところなのですが、なぜか子供時代の懐かしさのようなものを感じさせる作品 が多く掲載されています。最後はまさか作者(とおぼしき人)が扱われるとは思いませんでしたが、違和感を感じませんでした。

河野淳「ハプスブルクとオスマン帝国 歴史を変えた〈政治〉の発明」講談社 (選書メ チエ)、2010年
16世紀、オスマン帝国と隣り合うことになったハプスブルク帝国は、いかにしてオスマン帝国に対抗するのかと言うことに腐心しました。 そのために「トルコ税〉と呼ばれる臨時税の徴収をおこない、防備を固め、時に攻勢に転ずるといった具合でしたが、寄り合い所帯 である神聖ローマ帝国の諸侯達をいかにして対オスマン帝国戦に協力させるのかということが大きな課題となりました。本書では、辺境の 防衛政策(クロアチアにおける軍事植民)、プロパガンダ(トルコの脅威論)による民衆の動員、膨大勝つ正確な情報の収集と提供による 諸侯の説得といったことがあつかわれ、対オスマン帝国政策をつうじて、目に見える現実によって主張を正当化して相手を説得する「実証 主義的政治」がいかにして成立したのかといったことをまとめていきます。

「べき論」の政治(思弁的政治)ではなく、状況によりその場その場で最適な政策を選択していく「実証主義的政治」がなぜイギリスや フランスではなく、ハプスブルクにおいて成立したのかを考えることにより、「政治」が如何に成立したのかを明らかにしようとしています。

クロディーヌ・コーエン「マンモスの運命 化石ゾウが語る古生物学の歴史」 新評論、2003年
かつて地球上に存在しながらも絶滅したマンモスは、今もなおシベリアでは肉や毛が残った状態で永久凍土の中から現れる ことがあります。しかしマンモスの化石は遙か昔から人々の目にとまることがあり、ある時は神話に登場する巨人や英雄の 遺骨、またあるときは伝説上の生き物の骨、さらに地中において自然に動物の骨や歯のような石が作られたとする説が出され たこともあります。またハンニバルの遠征やノアの洪水が各地で化石が発見される理由として持ち出されたことがあります。 さらに、マンモスの発見が国家のアイデンティティ追求と密接に関連したり、種の絶滅をかたくなに否定する学者がいたり、 様々な説が唱えられていたようです。本書はそのようなマンモスの化石を巡り、それをどのように認識し、解釈しようとして きたのかという過程をしめすとともに、系統樹中の位置づけや絶滅の理由といった現代でもなかなか結論のでない議論、さら にはマンモスのクローニングの試みなども紹介しています。マンモスの化石を巡る古生物学の歩みをまとめた本です。

ニコライ・ゴーゴリ(浦雅春訳)「鼻/外套/査察官」光文社(古典新訳文 庫)、 2006年
ある日突然鼻が勝手に離れてどこかに行ってしまう「鼻」、ある役人が新品の外套を手に入れた後見舞われることになる不条理を描いた「外套」、 誤解と思いこみがもたらした喜劇「査察官」という3つの作品が収録されています。何とも幻想的でありなおかつシュールな世界を落語調の翻訳で 描き出しています。こんな読みやすいとは思わなかったです。

ニコライ・ゴーゴリ(原久一郎訳)「隊長ブーリバ」潮出版、2002年
5世紀の南ロシア(今のウクライナ)を舞台に、古株のコサック隊長タラス・ブーリバが息子2人をザポロジェのシーチに送って 鍛えようとします。そのさなかにポーランドとの争いが発生し、そこに息子2人をつれてブーリバも参戦するのですが、そこで 息子一人は敵側につき、さらにダッタン人による本拠地襲撃などにより軍を二つに分けねばならなくなります。戦いの最中および 戦いの後にブーリバの息子2人は死に、彼も復讐の鬼とかしポーランドを荒らし回った後とらえられ、火あぶりの刑に処せられる のです。

勇猛なコサックたちも決して死は避けられない、そんなところに何となく寂しさを感じてしまいました。その一方、死んでいく コサックたちが口々にロシアの栄光を願いながら逝くところはこの本が書かれた時代を何となく感じさせるものがあります。

アミタヴ・ゴーシュ(小沢自然・小野正嗣訳)「ガラスの宮殿」新潮社 、2007年
コンバウン朝が英国にやぶれ、暴徒達が王宮に物盗りのために乱入したとき、インドから来たラージクマールと王家の侍女ドリーが出会います。 そして時が流れ、彼らは再び出会い結婚し、そして子供もうまれます。そんなラージクマール一家と、彼らに様々な形で関係を持った人々の人間 模様と恋愛模様が、インド、ビルマの近現代の歴史の流れに時に翻弄されつつ、時に巧く乗りながら展開していきます。

小杉泰「イスラーム帝国のジハード」講談社(興亡の世界史6巻)、2006 年
一括紹介その4に掲載

小菅桂子「カレーライスの誕生」講談社(選書メチエ)、2002年
日本ではカレーライスというと、「国民食」と行っても良いくらい色々な人によって食べられていますし、様々な形態のカレーがあります。 それがどのようにしてできあがっていったのか、そしてどのようにして普及したのか、カレーライスの誕生と普及の歴史を描いています。

小林章夫「おどる民だます国 英国南海泡沫事件顛末記」千倉書房、2008 年
イギリスにおいて南海会社という会社がかつて存在しました。南海、つまり南米大陸方面との交易を目的として作られたことになっている この会社ですが、実は「バブル経済」をひきおこした会社としてその名を知られています。額面100ポンドの株式がなぜ一時的に1000ポンド をこえ、その後一気に暴落していったのか、株価上昇のからくりや、それに関わったイギリス政府の人々、そして、バブル崩壊後の後始末 をどのようにつけたのかと言ったことがまとめられています。

小林登志子「シュメル 人類最古の文明」中央公論新社(中公新書)、 2005年
ティグリス・ユーフラテス川流域は早くから古代文明が栄えた土地であり、そこで最初に高度な文明を築き上げたのはシュメル人です。 しかしシュメル人についてはメソポタミア最古の文明ですがそれについて単独で扱っている著作は滅多にありませんし、同じメソポタミア の文明でもバビロニア王国やアッシリア王国、アケメネス朝ペルシアと比べると少々扱いも軽いような気がします。本書はそのシュメル 人とその文明のみを扱い、シュメル文明の遺物を紹介しつつ、文字の始まりが記録用に用いられたトークンから絵文字、そして楔形文字 へと発展していったことや、当時の農業や戦争の様子(シュメルにも密集歩兵が存在したようです)、ハンムラビ法典のような復讐法では ないシュメルの法や「徳政」について、さらにはシュメル版中華思想等々が紹介されていきます。色々なことを盛り込もうとしているため、 少々散漫な気もしますが、シュメル文明について興味や関心を持っていく入門書として丁度良い本であると思います。

小林正典「英国太平記」講談社(講談社文庫)、2012年
中世のイングランドとスコットランドの戦い、そしてスコットランドの独立を描いた小説です。エドワード1世によるスコットランド侵攻と、 それに対するウィリアム・ウォレスやロバート・ブルースの戦いがえがかれています。

キャラクター造形にもうちょっと深みが欲しいなと思う所、話が意外とさらっと流れていってしまう所などはありますが、適度に歴史にかんする 事柄の解説を入れながら話が進むので、中世スコットランドに興味があったら読んでみると良いのではないでしょうか。また、著者は長年作家を やってきたというわけでなく、退職後に暖めていた構想を思い切って小説として描いてみたようで、スコットランドに対する関心や情熱は感じ られます。

小林義廣「王安石 北宋の孤高の改革者」山川出版社(世界史リブレット 人)、2013年
北宋において新法と呼ばれる改革を進めた政治家王安石についてのコンパクトな伝記です。王安石の生涯、新法の概要とそれにたいする反対、 王安石の国家観、後世の評価がまとめられています。

ダニーラ・コマストリ=モンタナーリ(天野泰明訳)「剣闘士に薔薇を」早川 書房、2015年
クラウディウス帝の治世のこと、剣闘士競技において絶対に勝つであろうと思われた大本命ケリドンが試合中に突如倒れて 死亡しました。皇帝主催の剣闘士協議会でのこの結果をめぐり、人々は紛糾、なにやら不穏な事態に。この事件を解決する ことが自分にとり重要だと思った皇帝はかつてのエトルリア語の教え子で元老院議員のアウレリウスに謎を解くように依頼 します。

アウレリウスは頭の回転が尋常でなく早く、常に何かを得ようとして色々と動く秘書カストルを従えて死の真相を究明しよう とするのですが、その過程で明らかになるのは剣闘士ケリドンの素性、そして彼と当世無敵の弁護士セルギウスのつながり、 さらにセルギウスがこの出来事を利用して企んでいた帝国を揺るがしかねない陰謀でした。はたしてアウレリウスは全ての真相 を解き明かすことはできるのか。

主人公のアウレリウスもそうですが、腹心のカストルのキャラクターが非常に印象的でした。カストルについては、転んでも ただでは起きない、というより転ばぬ先に常にセーフティーネットを十分に張り巡らしている、そして主人のアウレリウスも 手のひらの上で転がしていそうなくらいの人物ですね。しかし、この物語ではカストル以外にも食えないやつらは色々と登場 します。一癖も二癖もある登場人物たちのやり取りにより織り成される歴史ミステリーです。

小松香織「オスマン帝国の近代と海軍」山川出版社(世界史リブレット)、 2004年
一括紹介その5に掲載

小松久男「イブラヒム、日本への旅」刀水書房(世界史の鏡)、2008年
本書の主人公イブラヒムは、一体だれと思う人が圧倒的に多い人物だと思います。パン・イスラム主義を唱え、オスマン帝国と日本の連携と いう壮大な構想を考え、実際に日本にもやってきて伊藤博文や頭山満、大山巌、犬養毅と行った名だたる面々と交流を持つ、活発な執筆活動 を展開し、自ら雑誌を創刊して主張する等、非常にバイタリティあふれる人物です。日本近現代史とイスラーム世界の関係というと、まったく ないように思ってしまいがちですが、そう言うなじみのない歴史について、知ることが出来る一冊だと思います。

小南一郎「古代中国 天命と青銅器」京都大学学術出版会(学術選書)、 2006年
西周王朝の体制理念を青銅器の銘文を用いて解き明かそうとする一冊。西周王朝の統治体制において命や徳の観念が重要な意味を持って いたことを論じていきます。個人的には青銅の鼎と土地の結びつきは強く、何かがあったからと言って青銅器を勝手によその土地に持ち 運ぶことが許されないと言うことや西周時代には徳とはある種の生命力であり、儀式を通じてそれを授かった王から臣下や民衆に分け与え られる者であると言うことについては面白いと思います。ただ、第1章で参考にしている青銅器の銘文については別の論文では偽作の可能性 が高いと言っているのですが、それによってこの本全体の評価はどうなるのか気になるところではあります。

小宮正安「愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎」集英社(集英社ビジュアル新 書)、 2007年
かつて、ヨーロッパの王侯の宮廷や修道院の一角に「ヴンダーカンマー(不思議の部屋)」という物が作られていたことがあります。 そこには様々な生き物の骨格標本や剥製、変わった形の石等々が一見無造作に並べられていたり、なにやら奇怪な形に作られた物体が 展示されていたのですが、これは博物館の元祖とも行っていい存在でした。本書では、ヴンダーカンマーの歴史についてまとめながら、 ヴンダーカンマーが一見混沌とした展示の仕方をしつつ実はそこには当時の世界観のような物が反映されていることを示していきます。 図版が多数掲載されていて、分かりやすくまとめられています。

リジー・コリンガム(東郷えりか訳)「インドカレー伝」河出書房新社、 2006年
カレーというと日本では“国民食”といってもよいほどに定着し、さらに最近ではインド料理店もかなり増えてきて、本場インド風の“カレー” も食べられるようになっています。しかし、インド“カレー”も含めて、現在我々が本場インドの料理や食文化と考えているものは初めから今 あるような形だったわけではありません。それはムガル帝国、ポルトガル、英国といった外来勢力との関わりの中で作られていった物であると いうことが本書で示されます。

イギリス人が「ソースを使い香辛料を効かせた料理」をカレーと総称し、そこから色々と工夫して新たな概念を 作りあげたという歴史的背景があること、そしてそこに至までの間に、各地域に色々な料理が発展していたこと、今では黒胡椒などと並ぶ重要 な香辛料である唐辛子はポルトガルの来航とともにもたらされたこと、そしてムガル帝国により肉料理やコメ料理についてペルシア風料理法が もちこまれ、ビリヤニ等ができてくること等々、非常に話題が豊富な本です。また、インドのチャイもイギリスの支配下で茶の生産が増え、 販売促進キャンペーンが行われるなかでできあがったものだということ、茶は伝統的なインドの浄−不浄の観念に当てはまらない物であり、 故に広く飲まれたということや、伝統的なインドの食に関する哲学と新しい食材や料理の関係等々にも触れられています。

また、インドを支配した英国の人々の振るまいはあくまで自分たちが文明を代表する物だという立場をしめしているようであり、その辺は 「大英帝国という経験」でも触れられていたような気がします。一方で、インドの王侯貴族の中には英国の文化を取り込んでいこうとする 者もいたことがわかり、植民地支配の影響は色々なところに及ぶ事もよく分かります。単純に支配に対する反発ととらえているだけでは理解 できないものだということが分かるでしょう。料理を通じて大航海時代から現代までのインドの歴史について知ることができ、なかなか面白い 本だと思いますし、章末にレシピがついているので腕に自信のある人はこの本を見ながら自分で料理を作るという楽しみ方もできるのでは ないでしょうか。

エイドリアン・ゴールズワーシー(宮坂渉訳)「カエサル」(上・下)白水 社、2012年
権力闘争の激しい共和政ローマに登場したカエサルについては、これを絶賛する人もいれば批判的に見る人もいます。本書では、 なぜカエサルが激しい権力闘争を生き抜くことができたのかを描き出していきます。軍事史家として評判の高い著者だけあり、 ガリアでの戦いやローマの内乱についての記述は興味深い。

近藤二郎「ヒエログリフを愉しむ 古代エジプト聖刻文字の世界」 集英社(集英社新書)、2004年
古代エジプトの文字であるヒエログリフは単なる文字であるだけでなく、文字の形の美しさもあいまって人々の関心を長きに わたって惹き付けてきました。1822年にシャンポリオンが解読に成功して以来エジプトに関する研究は急速に進み、現在では カルチャースクールにまでヒエログリフを扱う講座ができています。本書ではヒエログリフ解読の歴史、ヒエログリフの読み方 やヒエログリフが書かれた様々な遺物(その中には19世紀にプロイセン国王の誕生を祝って書かれた物もある)にまつわる 様々なエピソードが盛り込まれています。タイトルを見るとヒエログリフの読み方や書き方を詳しく書いてある本だと思って 読むと肩すかしを食うと思います。あくまでもヒエログリフで書かれた様々な物を入り口に古代エジプトへの関心を持っても らおうというスタイルの本です。

ジョゼフ・コンラッド(井上義夫編)「コンラッド短編集」筑摩書店(ちくま 文庫)、 2010年
「闇の奥」で有名な作家コンラッドが書き残した「闇の奥」と非常に似たシチュエーション(というか、象牙積み出しとかアフリカの奥地って ところだけですが)、ただし登場人物はクルツになれなかった(ならなかった)「文明の前稍地点」、よその船から逃げてきた船員と雇われ船長 の奇妙な関係を描いた「秘密の同居人」等の短篇が収録されています。個人的には「秘密の同居人」が好きでした。コンラッド個人の体験をベース にした話が多いような感じですが、面白いですよ。


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