手に取ってみた本たち 〜ハ行〜


  • 最上部へ
    ミロラド・パヴィチ(工藤幸雄訳)「ハザール事典(男性版・女 性版)」東京 創元社、 1993年
    かつて中央アジアに実在し、忽然と姿を消したハザールという民族がいました。彼らはユダヤ教を信仰した数少ない民族ですが、 本書はハザールがキリスト教、イスラム教、ユダヤ教のどれを受け入れるのかをめぐって論争があり、それぞれの当事者がまとめた 文章を本にし、それの第2版という設定を取った小説です。実際のハザール論争があったとされる9世紀、ハザールに関して、 キリスト教、イスラム教、ユダヤ教それぞれの立場で文献をまとめ、第1版のハザール事典ができた17世紀、そしてハザールについて 探求する20世紀の3つの時代に関わる話で、その時間の流れの中で人々は転生を繰り返し、性別などが入れ替わったりしながらも関わり を持つ、そんな話です。

    芳賀京子・芳賀満「西洋美術の歴史1古代」中央公論新社、2017年
    西洋美術の源流として扱われる古代ギリシア、ローマの美術、それはどのような状況で作られ、見られてきたのか。本書はどのような コンテキストのなかで美術品が作られ、見られてきたのかをわかりやすくまとめていきます。古代ギリシア、ローマに興味のある人は ぜひ。 ブロ グの 感想はこちら。

    萩野矢慶記「ギリシャを巡る」中央公論新社(カラー版中公新書)、 2004 年
    古代文明が栄え、その後もビザンツ、オスマンの支配下にあり、19世紀に独立したギリシャ共和国には古代から現代にいたるまで の長い歴史の遺産が数多く残されているほか、美しい自然を楽しむこともできるため、夏になると数多くの観光客が訪れる国と なっています。また2004年にはオリンピックも開かれるため、さらに多くの人が訪れることになるでしょう。そんなギリシャの 様々な遺跡や人々の生活空間、自然について数多くの写真を掲載しながら紹介している一冊です。この本を片手にギリシャを観光 してみるのも良いのではないでしょうか。

    巴金(立間祥介訳)「寒い夜」岩波書店(岩波文庫)、2016年
    日中戦争のさなか、日本軍の侵攻情報が真偽入り混じった形で伝わる中国内陸都市のある家庭が舞台となっています。嫁姑の争いと、 その間でどうしようもない状況に陥った夫、この3人のあいだでの感情が縺れ合いせめぎ合う様子が描かれている一冊です。現代 においてもこのような状況は決して珍しくはないと思う内容です。

    嫁と姑の世代の違いからくる価値観の衝突、その間で妻も母親もな大事にしたいがゆえに煮えきらぬ態度になる夫の姿、 理想に 破れ、日々の生活に埋没した無力な知識人、今の日本でもこういう光景、目にしていそうです。

    オルダス・ハクスリー(黒原敏行訳)「すばらしい新世界」光文社(古典 新訳 文庫)、2013年
    遙か遠い未来、人間を各階級ごとに違う形で生まれるように細工し、生まれた後は色々な条件付け教育を行い、そして生殖につながらない フリーセックスを奨励、苦痛や不安は快楽薬であるソーマの配給によって和らげるといった事が行われていた。

    そして、人間は何ら不安を感じたり悩みを抱えて苦しんだりすることなく、幸せに生きることができるようになった。しかし新世界に生きる 一部の人々と、蛮人地区でそだち文明社会に連れてこられたジョンの3人がこの新世界に対し疑問を抱くようになるのですが…。

    書かれたのは1930年代ということですが、そこに出てくる技術はまるで21世紀の世界そのもののようです。この世界を打ち壊すことは難 しい とおもうのは、なんだかんだといって人々はそこで「幸せに」くらしていて、特に困っていないと言うことが大きいかなと。圧政を敷くとか そういうわかりやすい悪とはちがう、むしろ人々の幸福と言うことでは、これはこれでありだと思わせてしまうところがねえ。

    アンソニー・パグデン(猪原えり子訳・立石博高監訳)「民族と帝国」ラ ンダ ムハウス 講談社 (クロノス選書)、2006年
    アレクサンドロス大王からソ連邦の崩壊に至るまでの西洋世界における「帝国」の歴史をまとめた本です。古代から現代に至るまで 人々は軍事征服、商業活動、布教活動、探険など様々な形で移動を繰り返し、それによって多様な民族・言語・習慣・文化を一つの まとめた「帝国」が作られていったと言うことや、征服者が自らをどのようにして正当化したのか、植民者と被植民者が接触を通じ て双方ともに変化したのか、そう言ったことが示されていきます。「帝国」=悪という図式で書かれた本ではないので、そういった 物を期待する人は読んでも得るところはあまり無いと思いますが、西洋世界における「帝国」の歴史がコンパクトにまとめられてい ますし、近代以降だと奴隷貿易や移民関係の話が結構充実しているように思えます。

    ラウィ・ハージ(藤井光訳)「デニーロ・ゲーム」白水社、2011年
    レバノン内戦のさなか、アルメニア系のバッサームと友人ジョルジ(通称デニーロ)の二人は、あるときはカジノのお金をくすね、またある 時はガソリンを勝手に抜きとってバイクを乗り回すなど、一緒に悪さもしてきました。しかしジョルジが民兵組織の一員となり、やがて距離 が広がり、あるとき民兵組織の司令官殺害の容疑者とみなされたバッサームをジョルジが連行しようとするのですが…。

    第1部と第2部がレバノンを舞台に話が展開し、そこから唐突な感じでパリを舞台とする第3部がはじまり、クライマックスにおいてジョルジ の隠された一面が明らかにされ、さらに第2部の最後、突然はしょられたかのように場面が展開して第3部に入るまでの間、一体何があったの かが明らかにされていきます。殺伐とした世界における友情の行く末を、時々幻想的な表現も交えながら描き出していきます。

    橋口倫介「十字軍 その脱神話化」岩波書店(岩波新書)、1974年
    橋口倫介「十字軍騎士団」講談社(学術文庫)1994年
    一括紹介(その3)へ移動しました

    橋場弦「丘の上の民主政 古代アテネの実験」東京大学出版会、1997 年
    今から2500年ほど前に直接民主政を実現したアテネ。その直接民主政がどのようにして発展し、維持されてきたのかといった 事柄についてまとめた概説書です。アテネ民主政において、できるだけ多くの市民の参加と政治に携わる者の責任といった観点 から話を進めていきます。通常、アテネの民主政は紀元前5世紀に完成し、最盛期を迎えたとすることがおおいのですが、最近 ではアテネ民主政の制度は紀元前4世紀により精緻になり、完成したとする説が支持を得ています。本書もその立場からアテネの 民主政治についての議論を進めています。通説となっている紀元前5世紀末以降、衆愚政に陥り衰退したという立場はとらず、 むしろマケドニアの征服という外的要因の方が大きいと考えているようです。

    橋場弦「賄賂とアテナイ民主政 美徳から犯罪へ」山川出版社(ヒストリ ア 28)、 2008年
    現代の日本では贈収賄が厳しく罰せられる一方でお歳暮などの贈り物もまた当たり前とみなされています。贈与互酬の習慣を持って いた古代ギリシアにおいて、民主政アテナイで「贈与」がいつどのような過程を経て「賄賂」とみなされるようになったのか、ギリシア 人が賄賂についてアンヴィバレントな感情を抱き続けたのはなぜか、アテナイの民主政が賄賂の問題とどのように戦ってきたのか、その ようなことをまとめています。古代ギリシアのポリス世界という枠を超え返礼を伴う贈与による人の結びつきが広がっていた古代地中海 世界において、アテナイで「賄賂」という犯罪と見なされるようになる契機としてペルシア戦争が大きな意味を持っていたこと、賄賂が 民主政において犯罪と見なされるのは富の力によって市民団の意志決定を左右するためであったことなど、興味深い内容が含まれて います。

    橋場弦「民主主義の源流 古代アテネの実験」講談社(講談社学術文 庫)、 2016年
    直接民主政を実現したアテネの歴史というと、衆愚政治に陥り衰退したというような説明がなお残っている時があります。それに対し、 ペロポネソス戦争で敗北した後にむしろ仕組みとしては民主政が整備されていったという形で紀元前4世紀のアテネについて説明して いるのが本書です。参加と責任により支えられる直接民主政がどのようにして作られ発展していったのかをわかりやすくまとめています。

    橋本周子「美食家の誕生 グリモと〈食〉のフランス革命」名古屋大学出 版 会、2014年
    フランスにおいて美食に対していつ頃から現在のような形でのこだわりが生まれ、美食家というのが現れてくるのはフランス革命前後の 時代にまで遡ります。有名なのは「美味礼賛」の著者ブリヤ・サヴァランですが、彼と別にもう一人重要な役割を果たした人物として グリモという人物がいます。

    本書では、サヴァランとくらべ扱いが軽くなっているグリモの著作をひもときながら、文芸作家としてのグリモ、同時代の観察者として のグリモ、あるべき食の姿を論ずる思想家グリモという3つの顔に注目しながら論を進めていきます。社会の大転換の影響が食の世界にも 及んでいたこと、その状況でグリモが美食のあるべき姿を追求した様子がまとまっています。グルマンという言葉の意味の変遷が面白いです。

    橋谷弘「帝国日本と植民地都市」吉川弘文館(歴史文化ライブラリー) 2004年
    1945年の敗戦まで、日本は朝鮮半島、台湾、南洋諸島に植民地を持ち、さらに一時期は満州や東南アジアも支配下においていました。 日本が支配している地域において様々な形の都市の形成や発展が見られました。全く新しく作られた都市もあれば伝統的な都市が拡大 した都市もあり、新しく作った都市と既存の都市が近い位置で併存している形態もあると言うことが示されます。また、植民地時代の 建築様式や都市計画についても言及した箇所があり、そのような記述から日本と植民地の関係を考えていこうというスタイルの本です。 植民地都市の建築物の問題からは、アジアと西欧の関係、近代化の問題について考えさせられる点がありますし、現在のアジアの大 都市が無国籍的雰囲気をもっていることと近代以降の植民地化と都市建設に関連させて考えるというのはなかなかおもしろいなと思います。

    長谷川岳男・樋脇博敏「古代ローマを知る事典」東京堂出版、2004年
    イタリア半島の一都市国家から環地中海世界を支配する大帝国へと発展した古代ローマの歴史に関しては数多くの本が 書かれています。本書は「事典」と銘打っていますが、単なる事項の羅列ではなく、何故ローマが帝国になっていったのか、 またローマ帝国の実態やローマの制度といったどちらかといえば政治史に関する領域を取り上げた部分とともに、古代ローマ に関して知るために用いられている史資料についての紹介や、ローマに住んだ人々、ローマ人の生活実態や寿命、人口、 ライフサイクル、そしてローマの経済についても詳しくまとめられています。政治史のみならず、社会史についても目を 向けて書かれており、古代ローマについてかなり詳しく分かるのではないでしょうか。

    ジェイムズ・パタースン&アンドリュー・グロス(大西央士訳)「黒十字 の騎 士」 ソニーマガジンズ(ヴィレッジブックス)、2004年
    11世紀南フランスで妻と共に宿屋を営む主人公ユーグは第1次十字軍に加わるが、敵と味方のあまりの蛮行に嫌気がさし、 アンティオキアから故郷の村へと逃げ帰った。しかし彼が目にしたものは廃墟と化した自分の宿であり、妻は謎の騎士団 によって連れ去られた。連れ去られた妻を奪還すべくユーグは行動を起こす。しかし実は彼が十字軍従軍中に持ち帰った ある物が重要な聖遺物であったことも絡んで領主の許からの妻奪還が最初の目的だったユーグの活動が、ついには近隣の 村々の人々を糾合して領主に対する戦にまでに至ります。憎きを倒そうとして旅に出て、途中で色々な仲間に出会い、 それらの人々の力を借りつつ敵と戦うという流れはふつうによくある話ですし、クライマックスで王様が登場して大団円 になったり、ある登場人物が実は王の子供だということが判明したり、話の筋としてはよくある物語ですが、これが結構 面白く読める仕上がりになっています。

    服部伸「ドイツ「素人医師」団 人に優しい西洋民間療法」講談社(選書 メチ エ)、 1997年
    近年、現代医学とは異なる代替医療としてホメオパティーに注目する人々がいます。通常私たちが知っている医学では、 対症療法がふつうですが、ホメオパティーは漢方と同じように人間の自己治癒能力を重視した療法を行っていくことで 治していこうとする医療であるとされています。現在もホメオパティーが実際に効果があるのかどうかを巡っては議論 があり、その効能については科学的に立証されていないのですが、欧米の国々にはホメオパティー医が存在し、国に よっては保険の対象になっているところもあります。また、現代医学よりホメオパティーを受けたいという人の数が 以前よりも増えているようです。実際の効能の有無はさておき、なぜこのような療法が出現したのか、一部とはいえ この療法を支持する人々が存在するのか、18世紀末ドイツで始まったホメオパティーの歩んだ道筋を見つつ、近代医学 との対立、そして現在も支持者がいるホメオパティーの意義についてまとめているのが本書です。ホメオパティーに 実際に効果があるのかどうかは私にはわかりませんが、近代医学が発展した今もなお代替医療が支持を得ているのは なぜかを考えることは近代医学にとってもプラスになると思われます。

    服部良久・南川高志・山辺規子(編)「大学で学ぶ西洋史(古代・中 世)」ミ ネルヴァ 書房、2006年
    古代ギリシア・ローマから中世ヨーロッパまで、最近の研究成果も繁栄させながらまとめられたヨーロッパ史の概説書です。 内容としては古代・中世の研究の歩みやその意義について大まかに触れた総論、メインの部分を占める各時代の概説、そして 概説的な内容からさらに踏み込んだコラムからなっています。タイトルに“大学で学ぶ”とはいっているように、大学の教養 課程や概説的な授業のテキストとしての使用を念頭に置いて作られている本ですが、基本的な事項はふまえているので世界史 に興味のある人であれば誰でも読めると思われます。
    *現時点では古代・中世編のみです。近現代編はまだです。

    羽田正「東インド会社とアジアの海」講談社(興亡の世界史第15巻)、 2007年
    一括紹介その4に掲載

    羽田正「新しい世界史へ 地球市民のための構想」岩波書店(岩波文 庫)、 2011年
    今の世界史とはちがう、「地球市民」のための新しい世界史の構想を述べた本です。正直、理想論にすぎるというか、あまりにも茫漠と した話がおおいですし、ちょっと認識としてどうなんだろうと思う所もちらほらと見受けられます。あまりお薦めはしないですが、こんな 考え方もあるのだと言うことに触れる分にはいいのではないかと。 ご本人も色々な世界史像があっても良いということは認めておられる ので。

    チャド・ハーバック(土屋政雄訳)「守備の極意(上・下)」早川書房、 2013年
    天才的なショートの守備を見せる高校生ヘンリーが、大学の弱小野球部に誘われ、そこで練習を積むことでめきめきと頭角を現していきます。 しかし、ある一つのミスをきっかけに彼の置かれた状況は一変してしまうのです。天才の挫折と再起の物語に、彼を取り巻く様々な人の織りな す 人間模様を絡めた学園小説にして野球小説という感じです。非常に読みやすく面白いです。

    ジェイムズ・ハーパー(本村凌二監修)「十字軍の遠征と宗教戦争」原書 房、 2008 年
    一括紹介その3に掲載

    サンティアーゴ・パハーレス(木村榮一訳)「螺旋」ヴィレッジブック ス、 2010年
    主人公ダヴィドが、正体不明のベストセラー作家トマス・マウドの正体を探って欲しいという社長の命令を受け、マウドが住んでいるであろう スペインの田舎へ、ヴァカンスと偽って妻も連れてやってきます。そして、そこでトマス・マウドを探そうとして、いろんな事をやらかした り、 村人との交流を通じて何かを見いだしていく、そんな話が要素の一部です。

    別の要素は、たまたまひったくった鞄の中にあったマウドの「螺旋」を読み始めた麻薬中毒者フランがそこから抜け出していくまでの物語で す。 そのほか、ダヴィドが担当するちょっと伸び悩むヤク中作家、ちょっと化粧の濃い秘書、仕事に追われるコンピュータ技師、筋萎縮性側索硬化症 の妻を暮らす男など、色々な人物が登場しますが、その人々が直接・間接どちらかの形で「螺旋」という本と関わり、それがきっかけで人生が ちょっと変わっていく、そんな話だとおもいます。

    最後の大団円がちょっと甘い気もしますが、読ませる1冊です。

    バーブル(間野英二訳)「バーブル・ナーマ ムガル帝国創設者の回想録(全3巻予定)」平凡社(東洋文庫)、2014年
    ムガル帝国の建国者バーブル、彼はティムールの血を引き、中央アジアで勢力を築こうとし、最終的にはインドに国を建国する事になりました。 また彼は文人としての才に恵まれ、彼が書き残した回想録「バーブル・ナーマ」はチャガタイ・トルコ語で書かれた文学の傑作といわれていま す。 それが手に取りやすい形で読めるようになったのは非常にありがたいことです。

    1巻目では領土をとったりとられたりを繰り返し中央アジアで苦闘するバーブルの姿を描きつつ、その合間に挟まれる率直な人物評、地域に ついての解説などが書かれています。

    波部雄一郎「プトレマイオス王国と東地中海世界」関西学院大学出版会、 2014年
    ヘレニズム世界の大国の一つ、プトレマイオス朝というと、エジプトを本拠地としていたこともあり、エジプトにおける統治機構の 分析などが進められています。また、プトレマイオス朝というと残された史料の性格から、紀元前3世紀は栄え、紀元前2世紀に衰退 していったとか、その豪奢な宮廷生活の様子が何となく頽廃を感じさせるところがあります。

    本書ではプトレマイオス朝が東地中海世界でどのような政策をとっていったのかと言うことについて論じており、この王朝の東地中 海世界での影響力強化をねらう政策が前3世紀半ば頃より軍事行動よりも恩恵施与、文化政策に重きを置くようになったことを示し ていきます。また、文化政策に重きを置くプトレマイオス朝とディオニュソス崇拝の関係についても論じています。プトレマイオス 朝を単独で扱った邦語文献として貴重な一冊だと思います。

    イサーク・バーベリ(中村唯史訳)「オデッサ物語」群像社、1995年
    黒海沿岸の港湾都市で、国際色豊かな都市オデッサ。そこのユダヤ人街を舞台にし、ユダヤ系ギャングや一癖ある人々の話がつづられています。 それと同時に、著者の自伝的な要素もふくまれています。著者の語る昔のオデッサの様子からは、そこで暴れ回ったユダヤ系ギャングや一癖も ふた癖もある人物に対してネガティブな感情は特になく、むしろ好き放題に振る舞う彼らの姿をそのまま書き出しているような感じがします。 ソ連が出来ることにより、ユダヤ系ギャング社会も消えていくことになったようですが、消えゆく物への著者の思いが感じられる作品です。

    濱田正美「中央アジアのイスラーム」山川出版社(世界史リブレット)、 2008年
    一括紹介その5に掲載

    濱本真実「「聖なるロシア」のイスラーム 17-18世紀タタール人の 正教 改宗」東 京大学出版会、2009年
    ロシアが領土を拡大する過程で、様々な民族を支配下に置いていきました。そのなかにはムスリムであるタタール人も含まれていましたが、 どのようにして彼らを支配下に組み込んでいったのかということをあつかっていきます。ロシアの多民族統合政策として一般的には、ある 集団の上層部を帝国の支配層に取り込むと言うことがあったようです。本書ではタタール人に焦点を当て、彼らがイスラム教からロシア正教 へと改宗していく過程を追っていきます。タタール人達も当初は上層部がとりこまれ、かなり優遇されていたものが、やがてそうでなくなり、 さらに正教への改宗も上層部のみだったものが一般人にまで拡大されていく様子が書かれていきます。なお、この本の序章はユーラシア史の なかでロシアを扱う人は一度読んでおくべきかと思われます(少なくとも単純にロシアがモンゴルの後継国家だと信じてしまわないために も)。

    浜忠雄「カリブからの問い ハイチ革命と近代世界」岩波書店(世界歴史 叢 書)、 2003年
    19世紀初頭、フランスから独立したハイチは他のラテンアメリカ諸国とは異なり黒人たちが独立達成において大きな役割を 果たした国家であり、ハイチ革命は世界史上初の奴隷解放革命でした。このような栄光の過去を持つ国ですが現在は周辺諸国 からも異質な国、「孤立国」などと呼ばれるような状況になっていますが、ハイチの「孤立国」化はなにも最近始まったもの ではなく、独立時点にまで遡る物であると言われています。本書では独立革命前のサン=ドマング(ハイチ)の状況や黒人奴隷 貿易のありかたにふれたうえで、黒人奴隷の問題を巡って揺れ続けるフランス革命政府、奴隷制復活をもくろむナポレオンとの 戦い、独立後のハイチの苦闘をまとめていきます。ハイチの独立は黒人奴隷達が大きな役割を果たした奴隷解放革命としての 性格を持つ画期的な出来事でありながら、それ故に周辺国から警戒され「孤立国」になっていったこと、独立後の負の遺産として モノカルチャー経済、軍事独裁、ムラート系と黒人系の区別というものが残り続け、それがハイチを最貧国にしていることに関係 する事に触れていきます。

    浜本隆志「魔女とカルトのドイツ史」講談社(現代新書)、 2004年
    ドイツにおいておこった少年十字軍やハーメルンの笛吹男、魔女裁判やナチス・・・。これらの出来事はすべて個別の 事柄であるように見えるが、実はその根の部分ではつながりがあるそうです。集団の異常行動はどこの国でも見られる事 ですが、ドイツでは他のヨーロッパ諸国と比べてなぜあれほどまでに過激な形でこのような異常行動が見られたのかと いうことを探っていきます。ドイツ人の中で合理主義と非合理主義の相反する2つの要素が共存し、それがドイツにおける 激しい異常行動の噴出と関係してくると言うことで話がまとめられていますが、果たしてそれでよいのか・・・?そもそも 中世から現代まで同じ気質を持ち続けていたと考えることは不自然なのではないかと言う疑問や他の地域との比較検討を もう少し必要としているのではないかと思われる部分はありますが、ドイツにおける様々な集団の奇妙な行動の歴史を見て、 ドイツにおけるカルトのケーススタディとして限定してみるならばこれでも良いのかもしれません。ドイツにおける魔女裁判 やハーメルンの笛吹男、ナチスドイツに関心がある場合、それに関係する部分を読んで大まかな内容を頭に入れるには良い かと思います。

    オルハン・パムク(和久井路子訳)「私の名は紅」藤原書店、2004年
    16世紀、最盛期を少し過ぎて、徐々に衰退に向かいつつある(しかしまだはっきりと衰退は見えていない)オスマン帝国の物語です。 細密画師の殺人事件がおこって犯人捜しが行われる中、第2の殺人がおこり、そしてスルタンの宮廷も巻き込む事態に発展していく 殺人事件パートと、シュキレを巡る彼女の従兄弟カラと義弟ハッサンの恋愛バトルパートからなっています。それが章ごとに語り手 が代わり、同じ事が違う視点から語られていくスタイルになっています。

    2012年に早川書房より新訳がでています(宮下遼訳「わたしの名は赤」(上下))。そちらの方が読みやすいと思います。

    オルハン・パムク(宮下遼訳)「雪」(上・下)早川書房、2012年
    ドイツに亡命していた詩人Kaが新聞社の取材ということでトルコ東方の地方都市カルスを訪れます。さらに、大学時代の友人 イペキと再会します。しかしこの町で突然クーデタのような騒ぎが発生し、そこに彼も巻き込まれていきます。カルスという 一地方都市を舞台にした、世俗主義とイスラム主義にかんする現代トルコの縮図というかパロディのような世界が展開されて いきます。

    主人公のKaがカルスにやってきた途端、詩想がおりてきて次々に詩を書き上げていくときのようすはまるで神に対する 預言者のようですね。ドイツで暮らしているときは全くかけなかったのに、この町にいる間は詩がかけた、そしてドイツに戻る とまたかけなくなっている、この辺の移り変わりが何故起きたのか…、なかなか考えがまとまらぬまま読み終えました。

    オルハン・パムク(鈴木麻矢訳)「黒い本」藤原書店、2016年
    主人公ガーリップは、いとこであり妻であるリュヤーがある日置手紙を残して失踪し、彼女を探すべくイスタンブル各地を まわります。やがて、彼女が新聞の名物コラムニストにして彼女の異母兄であるジェラールも失踪し、ガーリップは二人が 一緒にいるのではないかと考えるようになります。

    ガーリップによるリュヤー探索の旅は、ジェラールの書き残したイスタンブルに関する摩訶不思議なコラムにより導かれ、 やがてガーリップはジェラールの部屋に滞在するようになり、それ以降、イスタンブルの街に様々な啓示や意味が見てとれる、 ガーリップではない別人となるなど不思議な展開をたどっていく本書は、再読必至です。幻想的かつ自己と他者の境界の揺らぎ などなど、色々と興味深いです。

    ダシール・ハメット(池田真紀子訳)「ガラスの鍵」光文社(古典新訳文 庫)、 2010年
    禁酒法時代のアメリカ、とある市の賭博師ボーモントは、友人であり市を裏で牛耳る顔役マドヴィックから上院議員選挙への 協力を頼まれます。その時、ボーモンドはその話を断るのですが、その後上院議員の息子の遺体を発見、やがてその犯人が マドヴィックであるという疑いがもたれ始めます。そしてボーモンドは真相を探り始めることになるのです。

    主人公ボーモントは賭博師という普通に考えたら正義の味方という感じの人ではなく、腕っ節が強いというわけでもなければ、 頭もそこそこ切れるが裏をかこうとして失敗したり、完全無欠のヒーローというタイプではありません。しかしどんなに打ち据え られて傷をおっても、決して折れることがないというところにかっこよさを感じる人は少なくないでしょう。こういう友人がいると いいなあと思ってしまいますね。

    デブラ・ハメル(藤川芳明訳)「訴えられた遊女ネアイラ 古代ギリシャ のス キャ ンダラスな裁判騒動」草思社、2006年
    伝デモステネス「ネアイラ弾劾」(実際の著者はアポロドロスだと言われています)という法廷弁論があります。紀元前4世紀 後半、マケドニアの勢力が強まりつつある頃に行われたこの裁判の場に引きずり出された遊女ネアイラの生涯をたどり、さらに この裁判に関わる人々についてもどのような人だったのかを描きながら、古代ギリシアの社会、特にアテナイの社会の諸々の仕 組みについて描き出していきます。

    林佳世子「オスマン帝国の時代」山川出版社(世界史リブレット)、 1997 年
    一括紹介その5に掲載

    林佳世子「オスマン帝国500年の平和」講談社(興亡の世界史第10 巻)、 2008 年
    一括紹介その4に掲載

    林俊雄「スキタイと匈奴 遊牧の文明」講談社(興亡の世界史第2巻)、 2007 年
    一括紹介その4に掲載

    林俊雄「遊牧国家の誕生」山川出版社(世界史リブレット)、2009年
    ユーラシア大陸の草原地帯に出現したスキタイと匈奴をとりあげ、騎馬遊牧民の出現から国家の樹立までを扱っています。 同じ著者の「スキタイと匈奴 遊牧の文明」(講談社)をさらに圧縮したような内容で、かるく騎馬遊牧民について押さえる ならこれでもいいかもしれませんが、やはりもうちょっと深くつっこんで欲しいと思うところもあります。

    林田芳雄「鄭氏台湾史 鄭成功3代の興亡実記」汲古書院、2003年
    歌舞伎「国姓爺合戦」の主人公のモデルとされた鄭成功というと、清に抵抗して戦った英雄というイメージを持つ人もいるかと 思います。しかし、彼が台湾を拠点にするようになったいきさつや、その後の鄭氏と清の関係についてはそれほど詳しく知られて いないのではないかと思われます。また、鄭氏台湾がどのように台湾を統治したのかと言うことに至ってはよほど詳しい人でない 限りは知らないのではないかと思われます。本書では鄭成功が復明のための戦いから独立勢力を樹立するために台湾に向かった経緯 から、清との和戦両方の駆け引き、三藩の乱と鄭氏の関係、そして鄭氏が敗れるまでの歴史がまとめられています。鄭氏台湾の歴史に ついて扱っていると言うだけでもかなり価値のある本です。個人的には結果論になってしまいますが、鄭成功の敗因は彼があまりにも 厳格すぎた、特に敗軍の将に対して厳しく接しすぎたことにあるのではないかと思われます。それにより鄭成功のもとを去った人々が 清朝のがわについて戦っているのをみると、そのような感は否めません。

    原聖「ケルトの水脈」講談社(興亡の世界史第7巻)、2007年
    一括紹介その4に掲載

    原随園「アレクサンドロス大王の父」新潮社(新潮選書)、 1974年
    アレクサンドロス大王の父フィリッポス2世の伝記。現時点では日本語で読めるマケドニアに関する概説書は存在せず、 マケドニア史に関する本もアレクサンドロスを扱ったものがほとんどであるなかで、この本はその父親フィリッポス2世 を扱っているという点でかなり貴重な本であると思います。生涯のほとんどを征服戦争に明け暮れたフィリッポス2世が 欲したものはマケドニア王国、ギリシアの安定と平和であるとし、ギリシア世界の統一を成し遂げた彼の軍事的、政治的 な才能を高く評価しつつも、彼もまた時代の制約を受ける存在であり、人間の尊厳などを考慮するより広い人間の真理の 導き手とはなり得なかったと評しています。英雄や偉人の生涯から考えさせられ学ぶことは色々あるように思いますが、 時代の制約という問題をやはり考えなくてはならないということを改めて考えさせられました。内容的には現在の研究水準 からみると古くなっている部分もありますが、フィリッポス2世の生涯について大まかな内容は知ることが出来る一冊です。

    エリザベス・ハラム(編)(川成清一・太田直也・太田美智子訳)「十字 軍大 全  年代 記で 読むキリスト教とイスラームの対立」東洋書林、2006年
    一括紹介その3に掲載

    ユヴァル・ノア・ハラリ(柴田裕之訳)「サピエンス全史(上・下)」河 出書 房新社、2016年
    人類進化の歴史を辿るとネアンデルタール人など様々な人類が現れてきた中で、なぜホモ・サピエンスのみが残り、発展し、栄えるように なっていったのか。さらに、人類はどのようにして大規模な集団を維持し、発展することが可能となったのか。そして、科学技術が進歩して いくなかで人類はどのようになっていくのか。

    本書は人類の歴史を、「虚構」を物語り、それを用いる能力を身につけた「認知革命」、農耕を行うことにより大規模な社会を維持できる ようになった「農業革命」、そして無知であることを自覚するところからはじまった「科学革命」といった節目をへて発展してきたという 筋書きで人類の歴史を描いています。

    非常にタイムスパンが長く、空間的にも広い人類の歴史を扱っており、個別の事柄については、専門家からは色々と指摘したい点はあるの ではないかと思います。しかし、様々な虚構を用いる能力を身につけたことが人類発展の第一歩であったこと、そして現代に至るまで貨幣 や宗教、政治思想など様々な虚構を信じることで我々の世界が支えられていることなど興味深い指摘に満ちた一冊です。

    ジョナサン・ハリス(井上浩一訳)「ビザンツ帝国の最期」白水社、 2013 年
    1453年、1000年にわたって生き残ってきたビザンティン帝国がオスマン帝国によって滅ぼされました。このとき、コンスタンティヌス11 世 が演説を行い、それを聴いた人々に深い感動を呼び起こしたと言う話があるのですが、それは作り話だよというなかなか衝撃的な話から スタートします。本書で扱われるのは東のオスマン帝国と、西のカトリック世界との狭間にあって、何とか生き残ろうとして手練手管を つくしながらも、内部では皇帝の一族間でのいざこざが絶えず、人々も一つにまとまりきれぬまま滅亡を迎えた一帝国の最後の姿です。 それぞれが思惑を以てオスマンに接近したり、カトリック世界に接近したりとビザンツの皇族間でも意見に違いがあり、貴族達も自分 の利益を優先しながら行動しているふしがある、そんな様子が描かれています。

    オスマン帝国、とくにメフメト2世の描写がかなり否定的な印象を与える描き方になっているところに違和感を感じながらも、老帝国の 最期の生き残りをかけた奮闘の様子がよく分かり、面白い一冊です。

    ロバート・ハリス(菊池よしみ訳)「ポンペイの4日間」早川書房、 2005 年
    ローマ帝国の水道管に任命されたアッティリウスは前任者エクソムニウスが失踪したため急遽カンパニア地方へと派遣される。 それと時を同じくしてミセヌムでは富豪アンプリアトゥスの養魚地で異変が起き、アッティリウスはその水質調査を頼まれ、 水に硫黄が混じり、さらに水道の水が干上がりつつあることに気がつく。そしてカンパニア地方における断水状況をさぐるうち に、その原因はポンペイ付近でアウグスタ水道が破損しているのではないかという結論にいたり、アッティリウスはポンペイへ と急行するのだが、陰で有力者による悪企みが進められていた。前任者失踪にまつわるミステリーと刻一刻と迫るヴェスヴィオ 山の大噴火というサスペンスとパニックをひとつにあわせたような作品です。

    アレッサンドロ・バリッコ(草皆伸子訳)「イリアス トロイアで戦った 英雄 達の物 語」白水社、2006年
    ホメロスの「イリアス」を朗読劇用に翻案した作品。個々の物語が章の見出しになっている人物の一人称での語りとして書かれている作品であり、 またホメロスの叙事詩においてかなりの部分を占める神々の登場場面を思い切ってカットしています(すべてではなく、アキレウスの怒りの場 面 とか、アイネイアスが結局神により助けられたことを示す場面など神々の関与も少々見られますが)。「イリアス」をじっくりと読む時間が無い 時、あるいは大まかな筋を追ってみたい時に読む本であり、これにより「イリアス」のすべてが分かるという物ではありませんが、とっかかり と しては良いと思います。また、巻末の「もうひとつの美 −戦争についての覚書−」もなかなか興味深い事が書かれています。

    マリオ・バルガス=リョサ(且敬介訳)「世界終末戦争」新潮社、 2010年
    実際に19世紀末におきたカヌードスの反乱を題材としてかかれた、重厚な物語です。物語は、まるでイエス・キリストのようなリーダーのもと に、 様々な背景を持った人々が集うまでの過去について深く掘り下げ、さらに当時のブラジルの社会状況(沿岸部と内陸部の格差、干ばつなど自然災害 の発生、帝政が倒れ、共和制ができたばかりで不安定などなど)を描き、それがすぎると、いよいよ政府軍との戦いを描いていきます。

    時制を錯綜させつつ、色々な人の視点から、この事件を描き出していく小説ですが、700頁近いボリュームがありながら、読み始めると、一 気に 結末 まで読んでしまう一冊です。政府軍、反乱軍とも容赦のない攻撃、暴力の応酬の果てにどのような結末を迎えるのか…。それは読んでのお楽しみ。

    アレッサンドロ・バルベーロ(西澤龍生、石黒盛久訳)「近世ヨーロッパ 軍事 史―ルネサンスからナポレオンまで」論創社、2014年
    中世末期からナポレオンの時代までのヨーロッパ軍事史を簡潔にまとめた1冊です。一通りの内容を押さえるには丁度良い本であるとおもいます。 詳しく知りたければ、また別の著作を読みましょう。

    カルロス・バルマセーダ(柳原孝敦訳)「ブエノスアイレス食堂」白水社 (エ クス・リブリス)、2011年
    イタリアから渡ってきたカリオストロ兄弟が開いた「ブエノスアイレス食堂」と、彼らが書いた「南海の料理指南書」。この本と食堂になにか しらの形で関わった人々と、アルゼンチンの激動の歴史、そして西欧の美食の系譜の物語です。しかし、徐々に猟奇的な感じになっていきま す。 美食の行き着く先はあのようなものなのでしょうか。

    ダニイル・ハルムス(増本浩子・ヴァレリーグレチュコ訳)「ハルムスの 世 界」ヴィ レッジブックス、2010年
    ロシア・アヴァンギャルドの作家で、スターリンの時代に逮捕されてまもなく死んでしまったハルムスの短篇集です。かなりこなれた訳文で、 不条理というか、なんとも不思議な世界を描き出していきます。ハルムスの生きた時代という社会的文脈を踏まえて読むべきなのかもしれませ ん が、 それを無視して読んだとしても、シュールなコント集のような感じで読める1冊です。ただ、何も書いていないから、そこに色々と引っかかるとこ ろ があるのですが。

    ドゥッチョ・バレストラッチ(和栗珠里訳)「フィレンツェの傭兵隊長 ジョ ン・ホーク ウッド」白水社、2006年
    フィレンツェで傭兵隊長を務めたジョン・ホークウッド。本書はイギリス出身の一傭兵がイタリアで頭角を現し、フィレンツェでその死後も名誉 をたたえられるほどの存在になるまでのジョン・ホークウッドの生涯をまとめた1冊でもあり、また1章を割いて傭兵や傭兵による戦争につい て まとめるなど、中世の軍事史に興味がある人にも面白く読めるようになっています。

    ジュリアン・バーンズ(古草秀子訳)「イングランド・イングランド」東 京創 元社、2006年
    独裁的かつエネルギッシュな大富豪がイングランドのワイト島に「イングランドらしい」と思うものを集めたテーマパークを作ります。これにより 観光客から王室まで色々な人々がこのテーマパークに押しかける一方で「本物の」イングランドは何時しか衰退し、呼び名から生活様式まで大 きく 変わってしまいました。

    何が本物で、何が偽物なのか、その境目は曖昧であり、いつの間にか入れ替わることもあるのかもしれませんし、「本物」っぽい、「リアリ ティ」 があれば多くの人はそこに満足し、それ以上のことを知ろうとはしないのかもしれません。

    ジョン・バンヴィル(村松潔訳)「いにしえの光」新潮社(新潮クレスト ブッ クス)、2013年
    初老の舞台俳優のもとに、人気女優と映画で共有する話がもちこまれます。その映画で演じる役の人物はひょっとしたら娘の死と何か関係が あるかもしれない人物で、その死に到る過程で何があったのか。また現代の話と並行して、主人公が10代の時に経験した親友の母親との間の 道ならぬ恋愛関係の記憶がはさみこまれていきます。

    主人公の記憶と現実の出来事にはかなり違う所もありました。人の記憶は意外とたやすく改変されるものですね。

    ジュリアン・バーンズ(土屋政雄訳)「終わりの感覚」新潮社(新潮クレ スト ブックス)、2012年
    主人公トニーの元に、別れた恋人ベロニカの母親の遺言により、若くして自殺した友人にして、別れた恋人の次の交際相手となった エイドリアンの日記が託されます。なぜ親友の日記が交際相手の母親の処にあるのか、トニーは記憶をたどりつつベロニカとコンタ クトをとり、真相に迫ろうとしますが、たどり着いたところは予想外の結末でした…。

    人が他人のことを「理解」するということはこれほどまでに難しく、真実に迫ることがこれほどまでに重く苦しいのかということを感じる一 冊。

  • 最上部へ
    アンブローズ・ビアス(小川高義訳)「アウルクリーク橋の出来事/豹の 眼」 光文社 (古典新 訳文庫)、2011年
    「悪魔の辞典」で有名なビアスの短篇集です。死に関わることを題材にした短篇が集まっています。死ぬ間際の一瞬の出来事を扱っていたり、 死後に幽霊と鳴って出てきたことを扱った話が多いのですが、怖がらせるための幽霊話とは感じませんでした。むしろ、なんか切ないと言い ますか、何でこんな事になってしまったんだろうと考えてしまうような話が多かったです。時代的には、南北戦争に絡む話が多いのですが、 やはりアメリカの戦った戦争で最大級の戦死者を出した激しい戦争だけに、生と死に関わる話は作りやすかったのかもしれません。

    東晋次「王莽 儒家の理想に憑かれた男」白帝社(アジア史叢書)、 2003 年
    前漢と後漢の間に存在した新という王朝があります。新を樹立したのは前漢末期に外戚として権勢をふるった王氏の一人、王莽という人物 でした。新しい王朝を樹立した人物は中国史上多数存在しますが、その中で王莽については過去の史書で時代錯誤的かつ悪逆非道な簒奪者 として書かれてきたいっぽう、彼が前漢末期から新王朝の時代にかけてどのような政策を何故行ってきたのかと言うことについての考察は あまり目立たないようです。王莽について、様々な本では「儒家原理主義者」のようなものとして扱われていますが、何故そのような振る 舞いをするに至ったのか、彼がどういう考えの基に新政策を実施していったのか(王田制や様々な貨幣、奴隷対策など)、そのようなこと まで踏み込んで書いているのが本書です。王莽の伝記なので、若い頃から死ぬまでの話がまとめられ、王莽により進められた政治についても 詳しく書いていますが、終章の王莽という人物についての評価をよむと、こういう人は今も身近なところにいると誰もが思うのではないで しょうか。

    東島誠「自由にしてケシカラン人々の世紀」講談社(選書メチエ)、 2010 年
    日本の歴史上、南北朝時代と戦国時代を社会変革の可能性をはらんだ時代としてとらえ、変革の可能性が盛り上がり、そしてしぼんでいった様子 を描き出していこうとしています。扱われている題材は非常に広く、倭寇から江戸時代の貸本屋まで何でもありといった感じです。

    東田雅博「シノワズリーか、ジャポニスムか 西洋世界に与えた衝撃」中 央公 論新社(中公叢書)、2015年
    西洋で18世紀に「シノワズリー」とよばれる中国趣味がはやったことがありました。一方19世紀には「ジャポニスム」とよばれる 日本の影響を受けた芸術がはやった時期がありました。この2つについて、一般的にシノワズリーは時期は長いけれど西洋世界への 影響は少なく、短期間い終わったジャポニスムは西洋世界に大きな影響を与えたと言われています。しかし、本書で著者が試みて いることは、かつて世界経済の中心であった中国が文化・思想の点でも大きな影響を与えており、ジャポニスムもその流れの中で 流行したということのようです。西洋世界とは言っても、扱われている題材がイギリスのことだけなので、果たしてどの程度妥当 なのかはわかりませんが、中国との接触が西洋世界の思想や文化におけるモダニティを構築するうえで影響を与えたということは まああり得るのかもしれませんね。

    東本貢司「マンU 世界で最も愛され、最も嫌われるクラブ」NHK出 版、 2013年
    イングランド・プレミアリーグ所属のフットボールクラブで、通称「赤い悪魔」と呼ばれるマンチェスター・ユナイテッドについて、 過去の歴史からわかりやすく解説した本です。このクラブをある意味伝説的な存在とした「ミュンヘンの悲劇」とそれから10年後の ヨーロッパ制覇、クラブの歴史を彩る名選手たち、そしてこの人無くして近年の成功はあり得ない監督サー・アレックス・ファーガソン、 そういったことがわかりやすくまとまっています。

    久生十蘭「久生十蘭短篇選」岩波書店(岩波文庫)、2009年
    久生十蘭の短篇から、戦後に発表されたものを選んだ短篇集です。戦後の日本の一面を描き出した作品が結構多いのですが、それ以外にも ベアトリーチェ・チェンチの話を平安時代に移して翻案した「無月物語」や、ルートヴィヒ2世を題材にした「泡沫の記」などもあります。 読んでいて、何とも不思議な読後感が残る話が多いです。

    久生十蘭「十蘭万華鏡」河出書房新社(河出文庫)、2011年
    フランスに滞在するめちゃくちゃアクティブな日本人女性を描いた「花束町一丁目」、サイクロンに巻き込まれた飛行機を舞台にした「大竜巻」、 ゴロウニン事件を題材にした「ヒコスケと艦長」などなど、久生十蘭の短篇10本を収録しています。後になって真相が判明する、そこに至る まで の 話の組み立てが上手いですね。

    ローラン・ビネ(高橋啓訳)「HHhH プラハ、1942年」東京創元社、2013年
    ナチスの高官でユダヤ人問題の最終的解決(これが結局ユダヤ人絶滅計画へと向かうわけですが)の責任者であったラインハルト・ハイドリッヒ の暗殺計画が立てられ、そのためにチェコ人とスロヴァキア人が選ばれます。そしてハイドリッヒ暗殺計画を実行に移すのですが…。

    本書の構成はかなりかわっていて、ハイドリッヒ暗殺の話と、主人公による小説執筆シーンや書いているときの状況などが挟み込まれながら展 開 されていきます。そして、史実に対し極めて禁欲的な著者の姿勢と、著者のこうあって欲しいという心情がせめぎ合うなかでクライマックスに いたると言う展開をたどります。そこに到るまでの積み重ねがあるからこそこのクライマックスが引き立つのでしょう。

    ビュルガー(編)(新井皓士訳)「ほらふき男爵の冒険」岩波書店(岩波 文 庫)、 2003年
    ミュンヒハウゼン男爵の荒唐無稽、奇妙奇天烈な冒険譚をまとめた1冊です。狩猟や月旅行、水の中の世界等々、様々な世界を舞台にした 男爵の冒険話は、「ほらばなしだろ」と思わずつっこまずにはいられない話がおおいです。また、まるで漫画やコントみたいな場面も多数 登場します。こういう話は肩の力を抜いて、気楽に読むのがよいと思います。

    平井正「オリエント急行の時代」中央公論新社(中公新書)、2007年
    オリエント急行という名前は推理小説のタイトルできいたことがある人もかなりいることでしょうし、豪華列車の代名詞としてその名前は残され ています。本書は第1部で1883年のオリエント急行開通記念(ただし実際はルーマニアまでで、途中からは船でイスタンブルへ入っていま す) の 列車の旅をおいかけながら、沿線にあたるフランス、ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー二重帝国、ルーマニア、ブルガリア、オスマン帝国 の当時の鉄道事情や歴史的背景についてまとめていきます。国民国家の時代に入った19世紀とはいえ鉄道に関して企業統合が進んでいたフラ ンス にたいし、各王国・大公国ごとに鉄道を敷設していたドイツでは個別に鉄道を通すために交渉しなくてはいけなかったこと、オーストリアとハン ガリーで鉄道会社が別々に存在していたこと等が触れられていますし、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアの歴史についてはよくまとまって いると思います。

    それに続く第2部ではその後のオリエント急行がヨーロッパ各地を走り、さらにロシアの鉄道と結びついていくこと、ドイツの3B政策 関連でその名が登場する、ドイツ版オリエント急行とも言うべき「バグダード鉄道」の夢と挫折、数奇な運命を辿った車両「2419号」、第1次 大戦後に再び栄えたオリエント急行を巡る人々や文学・映画、そしてオリエント急行の終焉と名前のみが使われ続ける現実といったことがもり こまれています。話があちこちに飛んでいるような感が無きにしもあらずですが、オリエント急行の興亡を軸に据えたヨーロッパ近現代史とで も 言えばよいのではないかと思われます。はじめは豪華列車として始まり、末期の頃には貧民・難民の列車となり、路線としては既に存在しない 鉄道がそのネームバリュー故に関係のないところにもその名が使われるというのは何とも言えない物があります。また、この本で扱っている地 域 は近代の国民国家建設やナショナリズムと言った物とかなり密接に絡む場所であり、ナショナリズムとか国民国家といった話題についての入り口 としても使えるかもしれませんし、この鉄道が人気を得た背景とオリエント世界へのまなざしについて考えてみる事などもできるのではないか と 思います。

    平岡隆二「南蛮系宇宙論の原典的研究」花書房、2013年
    イエズス会の宣教師達は日本で布教するにあたり、日本人が自然現象に対して強い興味を示すところを巧みに利用したと言われています。 特に、天体の運行を当時最先端の宇宙論を元に説明し、そこからキリスト教的世界観へと話をつなげ、キリスト教への改宗を進めていった ようです。その時に神学校で宇宙論を教えるために用いられたテキストが一体どのようなルーツを持っているものなのか、そして宣教師達が 伝えた宇宙論がキリスト教禁止のあとも従来と違う文脈で広められていった過程はどうだったのか、数多くの原典を探し求めながら、詳しく 追いかけていきます。先人の業績をどのように受けついでいくのか、どのようにして広めていったのか、知の伝達のありかたについて考える 事が色々ある一冊だと思います。

    平賀英一郎「吸血鬼伝承 「生ける死体」の民俗学」中央公論新社(中公 新 書)、 2000年
    吸血鬼というと、ブラム・ストーカー原作の「ドラキュラ」の印象が強いうえ、度々映画化される過程で黒衣にマントを はおった紳士という姿が強烈に印象づけられている人が多いのではないでしょうか。しかし本書において扱われる「吸血鬼」 はそのような西欧の目を通して書かれたような吸血鬼を扱った本ではありません。また、西欧における吸血鬼像の源流を辿る といった本でもありません。あくまで東欧における「生ける死体」(死んだ後に墓から戻り、人に危害を加える者)について の本です。「吸血鬼」とは「生ける死体」(血を吸うことは必要条件でも十分条件でもない)であると規定し、さらに東欧 各地で「吸血鬼」を表す言葉は4系統あり、それらは人狼や魔女、夢魔を示す言葉が転用されていたり、さらに色々な要素の 複合によりできあがった言葉であることがのべられていきます。この辺のことが、数多くの事例を列挙して述べられており、 門外漢にとっては煩雑に思えるかもしれません。

    平沢廉「カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化」日本放送出 版協 会 (NHKブックス)、2007年
    カメというと、夜店の屋台でとれるミドリガメ(赤耳ガメの子供)や海辺に散乱に来るアカウミガメ、外来生物の話題でよく出てくる カミツキガメ等々、実際に見たり話を聞いたりする機会はかなりある生き物ではないかと思われます。「ウサギとカメ」「ドジでのろま なカメ」などなど、スローな生き物としてはナマケモノと双璧をなす存在と言ってもよい彼らですが、進化の過程で何故このような生き方 を選択したのでしょうか。本書では古生物学の専門家であり、特に化石カメについて研究している著者が、進化の歴史の中で亀がいつ頃 出現し、海や陸へと進出していったのかということをまとめていきます。亀がどういう生き物なのかをまず紹介し(甲羅は一体化していて 着脱不可だったり、首の引っ込め方もいろいろあったり、寿命がどれくらいあるのかということを触れています)、さらに亀が多様な環境に 進出し、それに併せて進化してきたことをオサガメやカミツキガメ、スッポンモドキ等を挙げながら紹介していきます。このような導入の あとでいよいよ亀がいつ頃から出現し、その起源はどうだったのか(起源については未だに未解決な事柄が多いらしい)、なぜ甲羅をもち 歯を失っていったのかということをまとめていきます。その後、世界各地への亀の拡散、海への進出、陸上でのさらなる進化に触れ、最後 にカメ類の絶滅や減少と人類の関係にもふれています。何分扱っている物が化石カメということもあり、写真もさることながら復元図が 多数掲載されており、なかなか面白いと思います。

    平勢隆郎「よみがえる文字と呪術の帝国」中央公論新社(中公新書)、 2001年
    殷、周の歴史に関して、斬新な新説を示している一冊。
    殷の支配体制に関して殷に服属する諸侯の邑が王都周辺にあったと考え、それが周にも当てはまるという前提の下で 青銅器「散氏盤」の諸侯間の土地のやり取りに関する銘文の新たな読みを示します。さらに話は殷を倒して周が出来る 年代に話が及び、天文学的知見や紀年法の違いから史料に見られる出来事の年代の矛盾の解消を図ります。そして、最後 に殷や周では青銅器に漢字の銘文を鋳込む技術を独占し、王朝の霊的威圧の道具として使われていた漢字が、周の東遷を きっかけにそれらの技術が流出して諸侯達も漢字の銘文入りの青銅器を作るようになる過程が分析されます。殷や周の 時代には文字は単なる記録の道具ではなく、呪術的な力を持つものであったということも分かると思います。ただし、 本書は新書でありながらも、どうも一般人ではなく専門家を読者として書かれているような気分にさせられる本でもあります。
    (著者名の「勢」と「隆」の字は実際には違う漢字ですが、表示できないために別の字で代替表記しています)

    平野聡「清帝国とチベット問題 多民族統合の成立と瓦解」名古屋大学出 版 会、 2004年
    清朝の統治領域と住民構成は現代の中国にもその大部分が引き継がれ、現代の中国の抱える民族問題もそこに起因すると言うことはよく知 られています。満洲族のハン・中華帝国の皇帝・モンゴルの大ハーン・チベット仏教の大壇越・イスラム教徒の保護者とさまざまな性格を もつ清朝の皇帝のもとで、どのようにしてこの帝国は統合されていたのかということについて、チベット問題から切り込んでいったのが 本書です。多民族統合のため、様々な思想や信仰をみとめつつもそれらとある程度距離を取り、どれにも共通する中立的・普遍的価値 を秩序の中心に置き、それを実現する者として皇帝が頂点に君臨するという権力の秩序が存在したということをチベットと清朝の関わりを 例に取りながら説明していきます。その成果として得られたのが乾隆帝時代の最大版図で、近代に入ってからイギリス、ロシア、日本と いった国々との対立を続ける中、乾隆帝時代に獲得された版図がイギリスやロシアから見て清朝の影響力・宗主権が及ぶ範囲として認識 されるようになったとし、チベットについてはイギリスが尊重した清の「宗主権」と清の領土認識がくっつき、チベットが中国の主権下 の一地域と認識されるようになっていくというように捉えているようです。成否はともかく、清帝国の全体秩序・統合論理がなにかを明 らかにし、この帝国が持つ二面性・多元性を理解しようとする点で非常に意欲的な本であるとは思います。

    平野聡「大清帝国と中華の混迷」講談社(興亡の世界史第17巻)、 2007 年
    一喝紹介その4に掲載

    平山優「山本勘助」講談社(現代新書)、2006年
    戦国武将武田信玄の軍師として知られている山本勘助については実在するのかしないのかについても研究者の間で見解が分かれていることが しられています。「甲陽軍鑑」にしか登場しないということ(山本“菅助”という人物は文書に出てきますが同一人物の可能性がある程度で す)、さらに「甲陽軍鑑」の史料的価値が問題にされたことから、彼を単なる架空人物としてみる説が広まっていったわけです。しかし世間 に流布する山本勘助像は「甲陽軍鑑」を軽視しつつも、後世になって加わったイメージがそのまま「甲陽軍鑑」に由来するものとみなしたうえ で作られたものだそうです(片足が不自由・諱が晴幸)。

    本書は「甲陽軍鑑」にでてくる山本勘助をきちんと追いかけたうえで、「軍鑑」に 登場する山本勘助の生涯をまとめ、「甲陽軍鑑」に登場する山本勘助と実在の山本菅助の関係についても最後に考察を加え、実在の菅助が 「山本勘助」のモデルになった可能性は高いという結論を下しています。また「甲陽軍鑑」の前半部分は若き日の信玄が自己研鑽を積み、身分 や出身に関わらず有能な人材を集め、さらに譜代の家臣と新参者の間をうまく調整しながら、戦国大名として飛躍していく姿を書いていきます が、そこで重要な役割を担っている人物の一人が「他国出身の異形者」山本勘助であることから、「甲陽軍鑑」の著者たちは武田勝頼と側近た ちに意識改革を求め、その思いを勘助というキャラクターに託したのではないかというような事も書かれています。

    平山優「長篠合戦と武田勝頼」吉川弘文館、2014年
    長篠合戦というと、鉄砲隊を数多く動員した織田・徳川連合軍が騎馬武者を多数抱える武田軍を打ち破った戦いとしてよく知られています。 近年、この合戦についても色々と研究が進み、いわゆる「武田の騎馬隊」や「鉄砲三段撃ち」はなかったという見解が支持を集めるように なっています。そして、敗れた武田勝頼についてもかなり辛辣な評価がなされているのが現状です。

    しかし、近年通説とかしている「武田の騎馬隊」「鉄砲三段撃ち」についても、さらに資料を丁寧に読み込み、様々な事例にあたりながら、 通説についても検討を加え、さらに掘りさげているのが本書です。また、勝頼についてもなぜこのような戦いをする羽目になったのか、 長篠合戦の敗因は結局の所何かといったことをまとめています。なかなか刺激的で面白い一冊です。

    平山優「検証長篠合戦」吉川弘文館、2014年
    前著「長篠合戦と武田勝頼」で十分触れられなかった史料を巡る問題に1章をさき、さらに鉄砲玉の成分分析や当時の馬に関する検討、 そして長篠における陣営の構築の様相、戦国時代における戦い方と武田軍がほぼ壊滅するまで激闘を繰り広げた背景といったことに迫 っていきます。前著同様、かなり刺激的な一冊です。

    平山優「真田信繁 幸村と呼ばれた男の真実」KADOKAWA(角川選 書)、2015年
    戦国武将というと真田幸村ほど有名であり、色々な形で受け入れられている人はいないでしょう。しかし、彼がどのような人物 だったのかは、その諱も実は信繁であって幸村という名前はのちの時代になってから登場するように、わかっていないことが多い のが実情です。本書では史料が決して多くない真田信繁の実像について、残された数少ない史料から明らかにしていきます。 どうしても真田信繁本人以外の人の業績を描きながら信繁本人にも迫っていくという形をとるしかないところもありますが、 なかなかに興味深いです。そして、大坂の陣で真田幸村がつくった「真田丸」についても現段階で言えることをもとにしてまとめて います。

    平山優「武田氏滅亡」KADOKAWA(角川選書)、2017年
    戦国の雄武田氏はどのような過程を経て滅びていったのか、本書では武田勝頼に焦点を当て、彼が周辺諸国の大名と展開した外交や 国内の支配を立て直すための努力、そして長篠合戦以外にも節目となる出来事として御館の乱、高天神城攻防にも焦点を当てて描き出して いきます。小さな出来事の積み重ねにより、大国の滅亡はこうもあっけないものになるということがまとめられています。 ブログ も 参照

  • 最上部へ
    ニーアル・ファーガソン(仙名紀訳)「文明 西洋が覇権をとれた6つの 真 因」勁草書房、2012年
    世界の歴史を見ていくと、各地に文明が栄え、やがて西洋文明が地球上で非常に強力になり他を圧倒していく過程がみてとれます。 では、中国やイスラム世界など強大な国家が栄えた文明圏に西洋文明が取って代わることになったのはなぜか、著者はその要因と して競争・科学・所有権・医学・消費・労働という6つを“キラーアプリケーション”として取り上げ、この6つにかんして西洋 では他よりも進歩していったということを論じていきます。

    著者本人も相当自覚しているようですが、かなり西洋中心的なほんであり、西洋からの視点によってすべてが解釈されている感は 否めません。しかし南北アメリカの相違や植民地政策の違いなど、興味深い題材は色々と載っています。

    潘佩珠( 長岡新次郎,川本邦衛編)「ヴェトナム亡国史他」平凡社(東洋文庫)、1966年
    20世紀初頭、ヴェトナムの民族運動で中心的な役割を担ったファン・ボイ・チャウ。彼が日本にやってきたときに中国人梁啓超と語った内容を 書き残した「ヴェトナム亡国史」、彼が中国は広東省で獄中にとらわれていたときに自分の半生を語ってまとめた「獄中記」など、ファン・ボ イ・ チャウ自身が語った言葉や檄文などをまとめています。内容的には重複している部分もかなりあります(フランスによるヴェトナム統治の過酷さや 劣悪な状況)。しかしそれはヴェトナムの独立にかける彼の思いの強さがそれだけ表れていると言うことなのではないかと思います。独立運動 に 身を投じたファン・ボイ・チャウについて迫ることのできる数少ない著作です。

    スコット・フィッツジェラルド(永山篤一訳)「ベンジャミン・バトン  数奇 な人生」 角川書店(角川文庫)
    老人として生まれ、年を追う事に若返るベンジャミン・バトンの物語、フィッツジェラルドが15歳の時に書いた小説などの短編が収録されて います。それ以外に特に何かコメントすることはないなあ…。

    スコット・フィッツジェラルド(小川高義訳)「グレート・ギャッツ ビー」光 文社(古 典新訳文庫)、2009年
    豪邸に住み、派手なパーティを開催している謎の人物ギャッツビー。彼がここまで富を蓄え、金持ちになったのは昔好きだった女性を何とか 自分の方に振り向かせるためでした。しかし彼女は別の男性と結婚しており、最終的にそれが原因で悲劇が発生することになるのです…。

    夢に生き・夢に敗れ・夢に死す、そういう話なのかもしれませんが、男の勝手な妄想という感じもしてしまいました。妄想力もここまで いくと凄いとしか言いようがないですね。

    ジョナサン・フィリップス(野中邦子・中島由華訳)「第四の十字軍 コ ンス タン ティ ノポリス略奪の真実」中央公論新社、2007年
    一括紹介その3に掲載

    マリー・フィリップス(青木千鶴訳)「お行儀の悪い神々」早川書房、 2009年
    舞台は現代のイギリスはロンドン。北部のぼろ屋にはかつてギリシアで信仰されていたオリンポスの神々が暮らしていました。長い年月が 経つうちに力は衰え、ある者は犬の散歩のバイト、ある者は電話オペレーター(*規制にひっかかる可能性があるのでこう書きました)、 またある者はクラブ経営者、そしてアポロンはインチキ霊能者と言った具合に様々な仕事をしながら細々と生活していました。そんな最中、 アフロディテの陰謀によりアポロンが人間の女性に恋し、それがやがて世界を存亡の危機へと追いやる一大事件へと発展することになる のです。

    オリンポスの神々の仕事や立ち居振る舞いは彼らの属性に合わせて設定されています。現代イギリスで苦労しながら生きる神々の滑稽な様子 と、世界の存亡をかけた冥府への旅からなるエンターテイメント小説です。クライマックスは何となく既視感のある展開で、あまり意外性は ありませんでしたが、まずまず面白い作品です。

    M.I.フィンリー(柴田平三郎訳)「民主主義 古代と現代」講談社 (学術 文庫)、2007年
    今の民主主義国では、国民は自分たちの代表となる政治家を選挙で選ぶことはありますが、自らが直接政治に携わることはありません。 裁判に関しては日本では最近になって裁判員制度により1審の段階については裁判員が判決を下すことはありますが、国事に国民が直接 関わる機会は極めて少なくなっている国が多数です。そして、職業政治家および官僚が政治を取り仕切り、国民が関わる機会はかなり 限定されているのが現代の多くの国における民主主義のありかたというところでしょう。

    それに対し、本書で著者が分析対象とする古代の「民主主義」はそういった職業政治家に任せる体制ではなく、市民が直接政治に参加 する「直接民主政」のことです。そうなると、無知な大衆に政治ができるのかという疑問が直ちに浮かぶと思いますが、アテネ市民た ちは国政への参加は大きな責任を伴う、ある意味命がけの状況に置かれ、それでも政治に参加していたこと、市民たちは民会だけでな く日常生活のさまざまな場面で意見を交わしていたこと、官僚のような形ではなくとも専門的知識を持つ人が政治に関わる機会があっ たことなどが指摘されていきます。

    アテナイの民主政の仕組みや機能、そこで見られた問題点やアテナイで講じられた対策などを分析しながら、現代の民主主義のあり方 を考えていこうとする一冊です。

    ミッシェル・フェイバー(黒原敏行訳)「天使の渇き」アーティストハウ ス、 2006 年
    19世紀末のロンドン、下級娼婦ながら高い知性を持つシュガーは客のいないときは小説を書き、その中で男に対して復讐をしています。ある日 彼女は香水会社の後継者ウィリアム・ラッカムに見初められ、邸宅をあてがわれて愛人として過ごすようになります。しかし、単なる愛人とし てだけでなくビジネスの相談も出来るパートナーとしてウィリアムは彼女に接し、やがて娘の家庭教師と言うことにして彼女を迎え入れるまで になり、彼女のほうもウィリアムに対して単なる客、愛人と言ったところからさらに深い情を抱くようになっていくのですが・・・。全編 800 頁にもなる本ですが、この2人の他にも精神を病んで少女のまま時間を止めてしまい奇行を繰り返すラッカムの妻アグネス、聖職者を志し貧しい 人々を救おうと思いつつも煩悩に悩むラッカムの兄ヘンリー、信仰に篤いエメリーンなどの周辺人物の描写でぐいぐいと読まされてしまいま す。

    アーサー・フェリル(鈴木主税/石原正毅訳)「戦争の起源」河出書房新 社、 1999 年
    西洋史において、戦争の起源はかつて古代ギリシアから語られていたことがありました。しかし本書では戦争の 起源を石器時代から説き起こしていきます。旧石器時代に武器は存在しても戦争が存在したのか定かでなく、戦争は 中石器時代、新石器時代頃から始まったと考え、さらにエジプトやバビロンなどの軍事についても触れます。そして アッシリアやアケメネス朝ペルシアのもとで高度に整備された軍事組織、兵站、軍事技術、諸兵科連合軍といったもの が発達したことを示していきます。一方でギリシアにおいて重装歩兵戦術が発展し、オリエントとは異なる軍事的伝統 が発展していきます。ギリシアとオリエントで発展した軍事技術は最終的にマケドニア王国によりまとめられ、それを 最大限に活用した人物はアレクサンドロス大王であったというわけです。西洋古代軍事史に関心のある人は是非読んで みましょう。なお、本書の最後の部分は蛇足です。

    ウィリアム・フォークナー(藤平育子訳)「アブサロム、アブサロム!」 岩波 書店(岩波文庫)、2011年(上)/2012年(下)
    アメリカ南部において、大規模な農場を築き上げたトマス・サトペンとその一族は、何故滅びていったのか。サトペン一族の興亡の歴史を、 様々な人の語りを重ね合わせながら再構築していきます。なかなか読むのに手こずる文体や構成となっていますが、面白いですよ。

    ジャイルズ・フォーデン(武田将明訳)「スコットランドの黒い王様」新 潮 社、 1999年
    主人公ギャリガンはスコットランド出身の医師で、医師としての訓練を積んだ後、祖国を飛び出してアフリカのウガンダへと 旅立ちます。そしてウガンダの片田舎の診療所で働き始めますが、ある日牛を車ではねた際に手首を負傷した男の治療をした 事がきっかけで人生は予期せぬ方向へと向かっていきます。その男とはウガンダ大統領イディ・アミンであり、ギャリガンは 彼の主治医として首都に招かれることになります。数多くの人々を殺戮する独裁者アミンを恐れつつも彼に魅せられ、そして いつのまにかアミンにすべてコントロールされていると言う状態に陥った彼は悪夢のような日々から抜け出そうとするのです が・・・。現代アフリカの複雑な歴史(植民地支配、社会主義圏拡大にたいする対抗措置)や、イングランドとスコットランド、 旧宗主国と旧植民地という支配ー被支配関係を盛り込みつつ(この辺を押さえておかないと、タイトルの意味がよく分からなく なります)、ボリュームを感じさせることなく一気に読ませる作品です。

    ジェフリー・フォード(山尾 悠子/金原 瑞人/谷垣 暁美訳)「白い果実」国書刊行会、2004年
    独裁者ビロウの支配する「理想形態都市」、そこで観相官をつとめるクレイはビロウから「白い果実」を盗んだ犯人を捜すよう 命じられ、辺境の地に赴きます。そこで彼は独学で観相学を学ぶ女性アーラと出会い、彼女を助手として犯人捜しを開始するの ですが、彼の身に様々な出来事が降りかかることになるのです。

    正直なところどうしようもない嫌な奴としか言いようがない主人公クレイが、ある出来事をきっかけにまっとうな人間に変わる 所は一寸唐突な感じがします。しかし話自体は現実と夢幻が混ざり合ったような形をとりつつかなり読みやすくまとまっている と思います。

    ジェフリー・フォード(貞奴/金原瑞人/谷垣暁美訳)「記憶の書」国書 刊行 会、 2007年
    「理想形態都市」が崩壊してから8年、元1級観相官クレイたちが暮らすウィナウの街に独裁者ビロウが爆弾鳥を送り込みます。 そして爆発とともに人々の間に眠り病が蔓延し、クレイは治療法を求めて旅立ちます。しかしビロウも眠り病で倒れており、 ビロウの“息子”ミスリックスからビロウを助けて欲しいと頼まれ、治療薬の情報を求めてクレイはビロウの記憶の中に入って いくのです。

    前作「白い果実」と比べるとクレイがはじめから善い人になっている(誰かに何かしてもらえないとうまくいかないへたれっぽい 所は相変わらずですが)ところや、話の目的が既にはっきりしているところから、前作と比べるとかなり分かりやすい物語になって いると思います。治療法を求めてビロウの宮殿に入りながらも、アノタインという女性との愛におぼれるクレイ、そして独裁者ビロウ とアノタインの悲しい過去など、「愛」の物語となっています。

    ジェフリー・フォード(貞奴/金原瑞人/谷垣暁美訳)「緑のヴェール」 国書 刊行会、 2008年
    前作ラストででウィナウを発ち、「彼の地」を目指して旅に出たクレイとミスリックス。本書ではクレイと別れ、「理想形態都市」の廃墟に もどったミスリックスがクレイの旅を回想し、さらにウィナウの人々と何とかうまくやっていこうとするミスリックスの話が挟み込まれてい きます。クレイの旅の話が断章形式のため、その狭間に何かあったのではないかときになりながらも、結構読みやすい話だと思います。 最後はクレイの方はまあ良いとして、ミスリックスは一寸かわいそうなことになってしまっています。

    深澤秀男「西太后」山川出版社(世界史リブレット人)、2014年
    清朝末期に活躍した西太后についての本、のはずなのですが、書かれている事は清末の政治家群像です。タイトルと内容にずいぶんと 差があるようです。そして、色々とミスがあります。もう少し校正がしっかりしていた方が良かったのではないでしょうか。

    福井憲彦「近代ヨーロッパの覇権」講談社(興亡の世界史第13巻)、 2008年
    一括紹介その4に掲載

    福田千鶴「江の生涯 徳川将軍御台所の役割」中央公論新社(中公新 書)、 2010年
    浅井長政とお市の方の娘で、のちに徳川秀忠の正室となる江について、様々な史料をあたり、編年や人物関係を整理しながら、かなり 大胆な説も述べていきます。秀忠と江の子どもとされている人物が実はそうではないという事等々、一般人にはなかなか受け入れられない と思う内容もありますが、現代の家族とは違う、武家の正室の役割とは何かを史料を基に探り、武家の女性の生き方について考えさせられる 1冊だとおもいます。

    藤井真生「中世チェコ国家の誕生―君主・貴族・共同体」昭和堂、 2014年
    近代国民国家を作る際に、どこまで歴史を遡るのかというと地域により差がありますが、東欧の場合ですと中世の国家が参照にされて いるような所があります。

    本書では中世チェコにおける貴族家門の形成過程と相互の姻戚関係、成長してきた貴族家門に対し君主が教会や都市を使いこれを抑え ようとしたという通説の検討、そして裁判集会への参加を通じて貴族が力を強める過程や、君主と国家の分離が進むチェコにおいて 出現した貴族共同体を扱った本です。

    アレクサンドル・プーシキン(神西清訳)「大尉の娘」岩波書店(岩波文 庫)、 1939年
    プガチョフの乱を題材としつつ、砦に赴任してきた青年将校、砦の司令官とその娘、忠実な従僕、主人公の敵役たちに焦点を あてて書かれた恋愛小説です。単純な善人・悪人という位置づけが出来ないかなり人間的なプガチョフと、彼と決して悪い 関係にあるわけではないけれど違う道を堂々と歩む主人公、一言で言うと「いやな奴」な敵役のほか、実はこの話でもっとも 目立っているような気がする主人公の従僕等々、かなり印象的なキャラクターが多く見られます。

    それにしても、なぜプーシキンは「拾遺」の章を削ってしまったのでしょう。何か気にくわないところがあったのでしょうか。

    アレクサンドル・プーシキン(神西清訳)「スペードの女王 ベールキン 物 語」岩波書 店(岩波文庫)、1967年(1997年第37刷)
    若き工兵士官ゲルマンがカードゲームの勝ち方をしっているという伯爵夫人から何とかしてその方法を聞き出し、一勝負挑んだ結果は…。 表題作「スペードの女王」はそう言う話です。その他に「ベールキン物語」として、拳銃の名手シルヴィオの復讐譚、吹雪で行き違った 男女の意外な結末、葬儀屋の身に降りかかる世にも奇妙な出来事、何とも悲しい駅長の話、気になる男性に百姓の娘のふりをして会う娘の 話がまとめられています。どれも短編なので、結構軽く読めますが、ちょっと意外な結末を用意した短編集といった感じの一冊です。

    藤澤房俊「ガリバルディ イタリア建国の英雄」中央公論新社(中公新 書)、 2016年
    イタリア統一の英雄ガリバルディ、彼は南米でも活躍して「二つの世界の英雄」と呼ばれることもあり、一時は彼を熱烈に信奉する人々も いました。一方で、イタリア王国建国後はローマ進軍を勝手に試みたり、厄介者としか言いようのないところも見受けられます。毀誉褒貶 半ばする人物ではありますが、そんな彼については生前から神話的な存在となってしまっていたところもあります。本書はそんなガリバルディ の人間としての姿に迫る一冊です。厄介者となる要素はあるけれど、間違いなく英雄たる資質はある人物としてのガリバルディの姿をコンパク ト にまとめた一冊です。

    藤沢道郎「物語イタリアの歴史II 皇帝ハドリアヌスから画家カラ ヴァッ ジョま で」 中央公論新社(中公新書)、2004年
    ローマの町に今もそびえる聖天使城(カステル・サンタンジェロ)、ここはかつてはローマ皇帝ハドリアヌスが築いた 陵墓でした。それがいつの間にか城へと改築されて現在に至りますが、その間ローマでは様々な出来事が起こりました。 本書ではハドリアヌスから、大教皇グレゴリウス1世やロレンツォ・デ・メディチ、カラヴァッジョといった人々をとり あげて紹介していきます。この本の人選を見ていると、コロンブス以外は一応ローマと関わる人を中心に描いていった ようですが、イタリアの通史として読む本ではないと思います。主にローマを中心にイタリアと関わりを持った、イタリア に影響を与えた人物の列伝として読むと結構楽しめるでしょう。

    藤田勝久「項羽と劉邦の時代 秦漢帝国興亡史」講談社(選書メチエ)、 2006 年
    始皇帝の死後、秦帝国が短期間で滅亡し、その後漢帝国が建国されます。この間の項羽と劉邦のあらそいについては日本でも よく知られていますし、項羽と劉邦のあらそいについては司馬遷「史記」が重要な史料として用いられています。当然「史記」 がこの時代の歴史の理解に対しても強い影響を与えているのですが、近年の出土史料により「史記」の見方が必ずしも絶対で ないことも明らかにされて来つつあります。本書では史記とともに出土史料を用いながら秦の社会と楚の社会システムに注目 しながら劉邦が勝利して漢帝国が作られる過程を描いていきます。「史記」の記述を検討しながら、そこに見られるエピソード が多少の誇張を含みつつその時代の社会の実情を含んでいる事を示したりしながら漢帝国の成立と各地域の再編成ということを まとめた一冊です。竹簡木牘といった出土史料の使用と「史記」の読み直しによって漢楚攻防の歴史を再構築していて、なかなか 面白いですよ。項羽と劉邦の話というと司馬遼太郎の小説で読んだ人もいると思いますし、類書も色々出ている分野ですが、 「またか」と思わず手に取ってみてはどうでしょう。

    藤田みどり「アフリカ「発見」 日本におけるアフリカ像の変遷」岩波書 店、 2005年
    織田信長の従者の一人に「彌介」と名付けられたアフリカ黒人がいたことが知られていますが、日本人がアフリカ黒人と初 めて出会ったのは丁度そのころのことになります。その後江戸時代になると出島に黒人がいたこと、日本人の中には安土桃山 時代と比べるとイメージの低下はみられるものの黒人への共感や同情も見られます。しかし18世紀にはいり日本とアフリカ のつながりが無くなり伝聞による知識に依存するようになってから後、明治時代にはいると福沢諭吉をして「無知混沌の一 世界」の一言で表されたそのイメージが日本人の間に定着し、現在に至るまで日本人のアフリカ認識は「暗黒大陸」といった イメージが残っているようです(「アジア的段階」の前に「アフリカ的段階」なるものを設ける人物もいるくらいですし)。 本書では日本が初めてアフリカ人に遭遇した安土桃山時代から昭和までの日本人のアフリカやアフリカ人に対するイメージの 変遷を追い、そのイメージの変容には何が介在していたのかを論じていきます。

    近代化を進め欧米諸国と同じ側に立とうとする 過程でアフリカ社会やアフリカ人に対する見方も明治初期にはかろうじて存在していた共感や同情が消え失せ、欧米と同じ まなざしでアフリカを見るようになり、さらにはアフリカ社会やアフリカ人への関心すら失っていたようです。例えばボーア 戦争時に内村鑑三や有島武郎が同情を寄せたのはボーア人であってボーア人に差別される黒人のことは全く考えていないうえ、 非白人の連帯や欧米人への対抗という視点で書かれた押川春浪の冒険小説でもアフリカ人は日本人などの下で働かされるだけの 存在であるなど、大衆文化におけるアフリカ像は欧米流の「暗黒大陸」「秘境」「未開世界」といった物にとどまり続けてい ます(そこから一歩踏み込んだ点で山川惣治は違うようです)。そのような日本のアフリカ認識の変遷からイメージという物が どのように作られ、ゆがみ、強化されるのかがアフリカという具体例を以て示され、それを通じて近代日本の自己認識や立ち位置 も明らかにしようとする一冊です。

    藤村シシン「古代ギリシャのリアル」実業之日本社、2015年
    古代ギリシアの彫刻や神殿は実は極彩色だった、最近よく言われるようになったことです。それと同じように、古代ギリシア について実際はどうだったのか、古代ギリシアの人々のメンタリティにギリシア神話の神々や様々な観念から迫っていく。 硬軟取り混ぜた文体がちょうどよいとおもう。

    藤本正行「信長の戦争 『信長公記』にみる戦国軍事学」 講談社(学術文庫)、2003年
      桶狭間の合戦の奇襲、墨俣一夜城、長篠の鉄砲三段撃ち、これらは織田信長の業績を語る上で必ず触れられる事柄です。 しかしこれらの事柄が実は皆フィクションだったとしたら・・・・。織田信長に関して語るならばまず参照にするべき 太田牛一「信長公記」の記述を追いながら、信長が実際にはどの様な戦争を行っていたのかをたどり、これらの事柄が フィクションであることをしめし、半ば神話と化した信長について迫っていきます。織田信長というと、近代合理主義 的思考をもつある種超人であるかのような描かれ方がされていますが、彼の周りを覆う虚構を取り去って書いていこう とする姿勢には好感が持てます。信長の用兵は時として果断な用兵もあるが、しかし敵を圧力や調略を駆使して敵を降伏 させて城を開かせる武力を背景として外交を巧みに展開することが多いことや、物量の豊富さを生かして敵を圧倒する 事が多いこと、決して独創性がある戦術をとっていたわけでないことなどがわかってきます。信長を半ば神格化 してみている人には物足りなさを覚えるかもしれませんが、どんな状況下でも普通のことを普通に出来ることは他の何 にも代え難い才能ではないかと思います。

    藤本正行「武田信玄像の謎」吉川弘文館(歴史文化ライブラリー)、 2005 年
    長年武田信玄像として伝えられてきた堂々たる体躯に入道のような頭(後ろに髷がちょっとあります)、そして鋭い眼光 にひ げを 蓄えた武士の像が実は武田信玄ではない別人を描いた画ではないかという説が出され、そのモデルが誰であるかはさておき現在で はかなり定着しつつあるように思われます(実際本でも「伝・武田信玄像」と書くことが増えてきています)。しかしそれはあく まで文献史学の世界の話であり、美術史学の世界ではそれに対する反論が出され、やはりあの画は武田信玄を描いた物だという事 にされ、各種展覧会でもそのように解説が付けられていると言います。それに対し、かつて「伝・武田信玄像」についてあれが 武田信玄でないという説を画に描き込まれた様々な情報を読み解きながら論じていった藤本氏があらためて像主=信玄説に対して 髷や家紋、絵師の印などを手がかりにして論じていきます。印象論ではなくそこに描かれた様々な物を観察しそれを分析しながら 論を組み立てていく著者と比べると、この本での引用でしか分からないため実際はどうなのか定かではありませんが美術史家による 像主=信玄説擁護は始めに結論があり、それにむけてかなり無理な推測を重ねて何とか成り立たせている論であり、印象論のような ところも少々見えるように思えます。

    藤原明「日本の偽書」文芸春秋(文春新書)、2004年
    今でも一部の人々は真実であると信じている数々の偽書をとりあげ、そこから、なぜこのようなものができてきたのか ということを最後にまとめている一冊。取り上げられている偽書は竹内文書や東日流外三郡誌、秀真伝など、様々な 媒体でとりあげられたことのあるものが中心で、それらの偽書の来歴、特徴などについてまとめられています。最後の 結論部分がそれと比べると何となくとってつけたような感じがしますが、前半部分はかなり有用かと思われます。

    布野修司(編)「アジア都市建築史」昭和堂、2003年
    アジアの都市建築史について、アジア概念の来歴、東洋建築史の流れから説き起こし、住居建築、仏教建築、中国建築、ヒンドゥ建築、 イスラム建築といったものをとりあげたり、アジアの都城建築、そして植民都市や植民地建築、現代の都市建築に至る非常に広範囲な 内容を扱っています。アジアの都市、都市建築について興味がある人が、自分の興味のある部分をつまみ食いするような感じで読んでも 楽しめると思いますし、はじめからじっくり読んでいっても結構面白いと思います。合間合間に都市建築に関連したコラムが入っており、 これも都市建築の歴史を知る上でかなり有益です。

    ディノ・ブッツァーティ(脇功訳)「タタール人の砂漠」松籟社、 1992年
    新任の中尉ドローゴの赴任先は北方の砂漠に面した砦。そこに詰めている軍人たちは砂漠地帯を越えてタタール人がせめてくるという、 実際に起こるのかどうかわからないことをひたすら待ち望んでいました。たいていの者は砦を離れようとしても軍隊の煩瑣な手続きや 規則によって砦の生活に浸り、期待と不安の狭間を生きつづけるのですが、ドローゴもそのような状況におかれることとなります。 そんなある日、謎の軍馬が砦のそばに現れたあたりから少しずつ変わっていき、隣国から国境確定のための軍が送られたり、道路が 作られたりするなか、とうとうドローゴが勤務し始めてから長い年月が過ぎたとき遂に軍隊がやってくるのですが、そのとき病に伏せって いたドローゴは待ち望んだ敵との交戦もできずに砦から出され、砦から離れた宿で死を迎えることになるのです。

    ドローゴが砦の生活に取り込まれていく過程は同じ作家の書いた「7階」を彷彿とさせるものがあり、巨大な組織を前にした個人の無力さや 思考停止した組織の不気味さが感じられると思います。来るのかわからぬものに対する不安と期待、組織と個人の関わり等々、考えさせられる 事が多いのではないでしょうか。

    ディノ・ブッツァーティ(関口英子訳)「神を見た犬」光文社(古典新訳 文 庫)、 2007年
    ある村に突然現れ村人のふるまいを監視するかのように徘徊する謎の犬と、それにおびえる人々の姿を描いた表題作「神を見た犬」、 一人の病人が入院してから周りの指示に従いつづけた末に待ち受ける運命を描いた「7階」、手下に見放された老いた山賊が一人で 盗みに挑む「護送大隊襲撃」などなど、怖い話から皮肉な話、何とも不条理な話まで、幻想文学の短編が収められています。ちょっと 不気味だったりひねりがきいた話が多くみられます。昔テレビでやっていた「トワイライトゾーン」や、「世にも奇妙な物語」のような 話が好きなら絶対楽しく読めるでしょう。

    ポール・プティ&アンドレ・ラロンド(共著)「ヘレニズム文明 地中海 都市 の歴史と 文化」白水社(文庫クセジュ)、2008年
    アレクサンドロス大王の死からはじまり、プトレマイオス朝の滅亡で終わる約3世紀間をヘレニズム時代と呼んでいます。様々な文明が既に 存在したオリエント世界にギリシア文明が一つの要素としてそれ以前よりも深く関わるようになった時代と見てよいわけですが、この時代に ついてはどうしてもギリシア文明の衰退期のような印象を持たれやすいところがあります。

    本書では、そんな時代を一つの独自の文明として評価しようとしているようです。内容としてはヘレニズム文明における君主制(個人的君主 政) や当時の社会の様子、ヘレニズム文明で栄えた諸都市(アレクサンドレイア、セレウコス朝支配下の諸都市、ペルガモン)、ヘレニズム文明の 宗教、同じ時期のギリシア諸都市(アテネ、ロドス、デロス)といった事柄を取り上げていきます。ヘレニズムと東方の関係というと20世紀 終わ り ころよりヘレニズム時代史研究で良く取り上げられているテーマですが、本書はもっぱら地中海世界に話を集中しつつ、西方(シチリア、ローマ) に対するヘレニズム文明の影響についてかなりページ数を割いていたり本の色々なところで触れていたりします。

    ピーター・ブラウン(宮島直機訳)「古代末期の世界 ローマ帝国はなぜ キリ スト 教化したのか」刀水書房(刀水歴史全書)、2002年
    476年の西ローマ帝国滅亡をもって古代と中世の区切りとし、ローマ帝国「滅亡」の原因を探る試みは数多く行われて きました。しかしこの本は476年を区切りとするのではなく、5世紀から8世紀までの「古代末期」に古代的要素が消化 されていったとする立場を示し、従来とは違う立場から古代史をとらえた本です。原著が出てからかなりたちますが、 この本がきっかけとなって「古代末期」という研究対象が新たに目にとまるようになり、今ではこの時期について研究 する人の数も増加しているようです。世間一般で通っているローマ帝国の衰退・滅亡に焦点を当ててこの時期を見る視点 とは違う角度から古代史について考えてみることで何か得られるかもしれません。環地中海世界が多様性に満ちた古代世界 から、キリスト教とイスラム教により支えられる世界へと変わっていく過程について知ることができる1冊であると思います。

    プラトン(納富信留訳)「ソクラテスの弁明」光文社(古典新訳文庫)、 2012年<
    哲学者として知られるソクラテスが告発され、最後死刑になり、逍遥として死を受け入れたという話はよく知られています。 ソクラテスが告発され、裁判の場に出る事になった時に行った弁明という形でプラトンが書き残したのが本書です。この作品 に描かれたソクラテスの姿に感銘を受ける方も多いのではないでしょうか。

    解説も結構充実しているように思います。訳文もかなり読みやすい仕上がりです。

    ボフミル・フラバル(阿部賢一訳)「わたしは英国王に給仕した」河 出書房新 社、 2010年
    主人公ヤン・ジーチェはプラハのホテル「黄金のプラハ」給仕人見習いからスタートして、よその高級ホテルへと移りつつ金も貯め、 給仕としてのスキルも積み、とうとうエチオピア皇帝ハイレ・セラシエから勲章を授けられるまでに至ります。しかしチェコスロヴ ァキアを取り巻く国際情勢はやがてヤンの周りにも影響を与えはじめ、それに翻弄されていきます。

    ヤンの人生の激しい浮き沈みを奇想天外な描写で描き、そこに生や死、人間についてなどの深い思索を混ぜながら描いた作品です。 ちなみに、ヤンは英国王には給仕していません(エチオピア皇帝に給仕しています)。ではだれが「英国王に給仕した」のかは、 読んでみてのお楽しみと言うことで。

    ホスルト・ブランク(戸叶勝也訳)「ギリシア・ローマ時代の書物」 朝文社、 2007 年
    古代ギリシア・ローマでは書物はどのような形をしていたのか、どのような物に文字が書き残されていたのか、書物はどんな形で 売られていたのか、個人の蔵書や図書館はどのような感じだったのか、どのようにして人々は本を読んでいたのか、どのくらいの人が 文字を読めたのか等々、ギリシア・ローマ時代の書物や文字にまつわる事柄をまとめた本です。内容上、通読はしなくてもつまみ食い で興味のあるところを読んでも楽しめる本だと思います(少々値は張りますが)。

    ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン(関根秀雄・戸部松実訳)「美 味礼 讃(上下)」岩波書店(岩波文庫)、1967年
    人間が生きる上でほぼ必要不可欠なものである「食べる」ということ、それについてあらゆる学識や蘊蓄を傾け、美食、美味について学問的 装いをこらしながら語っていきます。栄養学、博物学、化学、物理学、商売、そして国民経済や人生すべてに関わるもの、それが「美味学( ガストロノミ)」であるとしたうえで、人間の感覚や食材、睡眠や夢などについて、当時として可能な限り「学問的」に語っていくのが 本書ですね。

    ピエール・ブリアン(小川英雄監修) 「ペルシア帝国」創元社(知の再発見双書)、1996年
    古代オリエント世界を統一した巨大帝国アケメネス朝ペルシア。その3代目の王ダレイオス1世の時代に帝国支配の 仕組みが整備されていきました。帝国全土に張り巡らされた道路網、州ごとに区分されて統治する整然とした領国支配 の仕組み、巧みな異民族支配、巨大なペルセポリスの宮殿、こうしたものはダレイオス1世の時代に整備されたり、 着手されたものでした。ペルシア帝国の礎を築き上げたダレイオス1世の時代に関してまとめた本です。原題はDarius なのですが、邦題はペルシア帝国となっています。そのためついペルシア帝国の通史を扱っているように見えますが、 ダレイオス1世以外の時代はあまり扱っていません。

    ドミニク・ブリケル(斉藤かぐみ訳、平田隆一監修)「エトルリア人  ローマ の先住民 族 起源・文名・言語」白水社(文庫クセジュ)、2009年
    ローマがイタリア半島を制圧し、地中海世界の覇権を握るようになる前、トスカーナ地方を中心にエトルリア人と呼ばれる人々が栄えて いました。本書ではエトルリア人の起源を巡る過去の論争、エトルリア人の築いた社会や国家、ローマ人にも影響を与えたエトルリア人の 文化(占いや土木技術など)、そして未だ完全には解読されていないエトルリア語について、簡潔にまとめています。

    クリストファー・プリースト(古沢嘉通訳)「双生児」早川書房、 2007年
    ノンフィクション作家スチュアート・グラットンのもとに、良心的兵役拒否者にして英国空軍軍人という不思議な経歴をもつJ.L.ソウヤーの 手記をもって一人の女性がやってきます。一体どうしたらそのような妙な事が可能なのか、そしてJ.L.ソウヤーは一体何者なのか…。

    我々がよく知っている現代史とは一寸違う世界が書かれているらしいことが読み始めてすぐに分かりますが、一体これはどうなっているの か、 同じイニシャルででてくるソウヤーがどうやったら良心的兵役拒否者にして軍人になりうるのか、そして最後までよむと、あっと驚く人間関係 も判明します。この不思議な感覚は是非一度読んで感じてほしいです。

    クリストファー・プリースト(古沢嘉通訳)「夢幻諸島から」早川書房、 2013年
    夢幻諸島とよばれる、時間勾配のゆがみにより全体をとらえた正確な地図が作れない諸島を舞台とした短篇集です。しかし、ある短篇 で登場した人がまた別の短篇に登場し手つながりがあるように見えたかと思うと、そのあたりを色々と追いかけていくと話に整合性が なく、どこかで誰かが嘘をついているのか、並行世界を舞台にしているのか、出来事や人の相関関係やつながりが一体どうなっている のか、それは最後まで読むと果たして分かるのか…。進んでは戻り、戻ってはまた進、そういう読書になる一冊です。

    ルーサー・ブリセット(さとうななこ訳)「Q(上・下)」東京創元社、 2014年
    時は16世紀、宗教改革のうねりのまっただ中にあるヨーロッパではドイツ農民戦争や再洗礼派の活動のような民衆運動も 発生しました。しかしドイツ農民戦争も再洗礼派も権力者によりたたきつぶされるという展開になっています。本書の 主人公は敗北を喫してはまたよそへ移り名も変えて戦いを続ける謎の人物、そしてこれらの運動を裏から操り崩壊に追い やったカトリックの密偵Q、彼らの回想や手紙が重なり合う形で話は展開します。そして途中からQの存在に気づいた 主人公がQを追い詰めるために罠を仕掛けるのですが、、、、。

    幾度敗れても、その都度立ち上がり、新たな戦いに身を投じていく主人公の姿が描かれており、敗北の物語ではありますが、 読後感は悪くないです。むしろこの先にどうなるのか、期待を抱かせるような終わり方になっています。入り組んだ構造故 に第1部と第2部はわかりにくいかもしれませんが、第3部になると大部取っつきやすくなります。

    ロナルド・H・フリッツェ(尾澤和幸訳)「捏造される歴史」原書房、 2012年
    今も昔も、荒唐無稽な疑似歴史という物は色々あります。それがどのように受容されてきたのかということをまとめた本です。 第6章では「黒いアテナ」をあつかっていますが、ギリシア文明がアフリカ起源であると言うこと批判するのは当然だろうと おもいますが、ギリシアとオリエントが断絶された世界で影響も交流もないと思うようなことのないよう注意することが必要 でしょうね。そして筆者がかなり激しく「黒いアテナ」を批判するのは分かる気がします。妙なイメージ操作で無責任なことを 言われて怒らない人はいないだろう。

    ワレリイ・ブリューソフ(草鹿外吉訳)「南十字星共和国」白水社、 2016 年
    高度な文明を誇る国が、意図と逆の行動を取る奇病により滅んでいく様子を克明に描いた表駄作、地下牢に監禁された姫の数奇な 運命など、現実と幻想の狭間が曖昧な世界での奇妙な物語をあつめたロシア象徴主義の短編集です。不思議な物語というと、現代 ではだいぶありふれた感じもありますが、性と死にまつわる話がかなり多いように感じました。

    パトリック・ブリュノー/ヴィアチェスラフ・アヴュツキー(荻谷良 訳) 「チェチェン」白水社(文庫クセジュ)、2005年
    今もなお続くチェチェン紛争については未だに決着が付く気配はなく、近年もモスクワ劇場占拠事件や小学校人質事 件など が起こっています。しかしチェチェンについて果たして我々は彼の地がどこにあるのか、どのような人々が暮らし、どのような 社会を作っているのか、いつ頃からロシアと対立しているのか、そのようなことについてどれほどのことを知っているのでしょ うか。チェチェンの自然地理や社会、文化についてコンパクトにまとめられている上、石油精製工場やパイプライン、地下資源 の存在、様々な勢力が混在する政治・社会の情勢、紛争の歴史等もかなりのページ数を割いている。出版時期の関係上、第2次 チェチェン紛争については補遺で軽く扱われているだけであるが、チェチェン問題理解の手引きとなる一冊。

    ローレンス・M・プリンチペ(菅谷 暁・山田 俊弘訳)「科学革命」丸善出版(サイエンス・パレット)、2014年
    16世紀、17世紀の「科学革命」について、天文学関係の話は良くでてくると思います。そういう話を読むと科学者たちは信仰を真っ向から 否定してきたようなイメージを持つかもしれません。しかし、本書では初期近代の科学者たちも様々な自然現象を観察しながら、神の意図 を明らかにし、世界を理解しようとして試行錯誤を積み重ねていった結果が「科学革命」だったということがわかりやすくコンパクトに まとめています。

    ミハイル・ブルガーコフ(水野忠夫訳)「巨匠とマルガリータ」河出 書房新 社、 2008年
    1930年代のモスクワに突如現れた悪魔ヴォラントとその一味(コロヴィエフ、アザゼッロ、ヘルラ、ベゲモー ト)は様々 な騒動を 巻き起こしていきます。雑誌の編集長が電車事故で首をはねられて死んだり、彼らを追った詩人が狂乱状態に陥り入院したり、 ヴァリエテ劇場の関係者の見に次から次へと不幸が降りかかるだけでなく、モスクワの街でルーブル紙幣が突如外貨に変わるなど の不思議な出来事、これらは彼らが仕組み実行したことでした。以上のような話と、ポンティウス・ピラトゥスに関する歴史小説 を書き上げたが全く認められず精神に異常を来してしまった巨匠と彼を支え何とか助けようとするマルガリータの恋愛、そして2000 年前のポンティウス・ピラトゥスとナザレのヨシュア(イエス)の話が交錯しながら進んでいきます。前半が悪魔一行の話、後半が マルガリータの話といった具合に分かれていますが、現実と異世界が混在したような何とも不思議な話です。

    ミハイル・ブルガーコフ(水野忠夫訳)「悪魔物語 運命の卵」岩波 書店(岩 波文 庫)、2003年
    マッチ工場の書記コロコトフは突然クビになり、復職をもとめてかけずり回るが、役所のたらい回しや奇妙な出来事にまきこまれて しまう「悪魔物語」、動物学者ペルシコフが、たまたま発見した生物を急激に活性化させる赤色光線のせいで、大変な目に遭う「運命の卵」 を収録しています。幻想的というか不条理というか、何とも不思議な「悪魔物語」と、最後のオチはやはりロシアだとこうこなくてはいけ ない のかと思ってしまう「運命の卵」、運命や偶然に振り回させる人間を描いています。

    ヤーコプ・ブルクハルト(柴田治三郎訳)「イタリア・ルネサンスの 文化」中 央公論新 社(中公文庫)、1974年
    ルネサンスというと、古代ギリシアやローマの文献再発見とか、人間中心の時代とか、それまでの中世とは違う・近代へとつながる時代、 そのようなイメージが強く持たれています。そのようなルネサンス観の形成に多大な影響を与えたのが本書です。「文化」と銘打たれて いますが、その内容はイタリア半島の国家組織、社会、家庭などにもおよんでおり、14世紀・15世紀を中心とする特定の時期を切り取 り、 当時のイタリアについて描き出している本だと思います。最近筑摩書房から新訳がでたので、図書館で借りてそちらを読んだ方が読み 安いかもしれません(内容が難しいのは別ですが)。

    プルタルコス(森谷公俊訳)「新訳アレクサンドロス大王伝」河出書房新社、 2017年
    一括紹介その1に掲載。

    ジェラルディン・ブルックス(森嶋マリ訳)「古書の来歴(上) (下)」武田 ランダムハウスジャパン、2012年
    サラエボの町で、長年行方不明になっていたハガダーが発見されました。それは鮮やかな画が描かれた非常に貴重なものでした。

    これの鑑定にあたったハンナはハガダーに蝶の羽根や毛、ワインのしみ、塩などのわずかな痕跡をみつけ、それぞれ調査を依頼していきま す。 そして、それらの痕跡にまつわる物語と、追放や異端審問、改宗者の苦悩、第二次大戦といったユダヤ人の苦難の歴史、そして鑑定家ハンナと彼女 を取り巻く 人々の関係が描かれていくことになります。

    終盤、突如としてサスペンス風の展開もありますが、全体的にはサラッと読めた本でした。

    イアン・ブルマ&アヴィシャイ・マルガリート(堀田江理訳)「反西 洋思想」 新潮社 (新潮新書)、2006年
    西洋対東洋というと、「オリエンタリズム」のように西洋から見て劣った者として東洋を描き出し、表象してきたと 言うこと は よく言われています。しかしそれと逆に西洋を自分たちよりも劣った者・堕落した者として認識する思考方式もまた存在します。 そして、そのルーツについて辿っていくとこれもまた西洋の中に存在するということが示されていきます。個々の事例の妥当性 については私には分からないことも多々ありますがなるほどと思わされるところもありました。

    ジョン・フルーリ(鈴木董監修・長縄忠訳)「イスタンブール 三つ の顔を持 つ帝都」 NTT出版、2005年
    トルコの大都会イスタンブルは当初は古代ギリシア人の植民市として作られ、4世紀にコンスタンティヌス帝により 都とされ て 以来、ビザンツ帝国、オスマン帝国の首都として発展してきました。イスタンブルという一都市の歴史を植民による建設から 始め、この都市を都としたビザンツ、オスマン両帝国の歴史についても触れながら書き出していきます。ギリシア人の植民市 時代から、ビザンツ帝国時代、オスマン帝国時代と、支配者が変わる中でイスタンブルの町に様々な建造物が新たに作られ、 都市の規模が拡大していく様子や、そこで暮らす人々の様子が書かれていますが、どの時代においてもこの町は繁栄と頽廃 の両面を抱える町であったようです。

    スティーヴン・プレスフィールド(三宅真理訳)「炎の門 小説:テ ルモピュ ライの戦 い」文藝春秋(文春文庫)、2000年
    紀元前480年、アケメネス朝ペルシアのクセルクセス1世率いる大軍がギリシアに侵攻した。攻め込んでくるペル シア軍を 迎え撃ったのは交通の要衝テルモピュライに派遣されていたスパルタ軍の精鋭300人などの圧倒的少数のギリシア軍であった。 壮絶なる戦いの末にスパルタ軍は国王レオニダスを始め皆玉砕した・・・。
    物語はこの戦いでペルシア側の捕虜となったスパルタ側の従者クセオネスの口から彼の波瀾万丈な生い立ちから始まって、 いわゆる「スパルタ式生活」を行っているスパルタ市民の生活の様子が語られていき、本の後半になってようやくテルモ ピュライの戦いが出てきます。しかしそこに至るまでの間にクセオネスとともにテルモピュライで共に戦うことになる、 彼を取り巻く様々な登場人物についてもかなり掘り下げて書かれています。
    スパルタと全く関係のないよそ者ながらスパルタというポリスに魅せられ、奴隷身分としてであってもスパルタで暮らそう とするクセオネス、スパルタ市民でありながら合唱を好むアレクサンドロス、クセオネスとは逆にスパルタを憎んでいた デクトンといった、スパルタ社会ではどちらかといえば主流からはずれているような境遇にあった人々が、いわゆる 「スパルタ式生活」を送り、戦いを迎えるまでの過程を書いています。これをスパルタというポリスによる個の抑圧として みるか(そう見えるような場面もありますし)、あるいは一人の戦士としての成長ととらえるかは判断が分かれるかと思いま すが、非常に読み応えのある一冊です。

    ホルスト・ブレーデカンプ(原研二訳)「フィレンツェのサッカー  カルチョ の図像 学」法政大学出版局(叢書ウニベルシタス)、2003年
      2002年のワールドカップのころ、フィレンツェで行われていた古式サッカーを扱ったテレビ番組が放映されていました。フィ レンツェの古式カルチョが都市フィレンツェの祝祭の場で頻繁に行われ、メディチ家もこれを積極的に利用していたことや、 カルチョが貴族として必要な特を修練するために必要であると見られたこともあったということなどが書かれています。 現代のサッカーが労働者階級の娯楽として発展していったのと比べるとフィレンツェのカルチョが全く違うところからおこった ことがわかるとともに、カルチョに関する図像を読み解くことで宮廷文化や祝祭に関して論じていくというところが面白い一冊です。

    ベルトルト・ブレヒト(谷川道子訳)「母アンナの子連れ従軍記」光 文社(古 典新訳文 庫)、2009年
    三十年戦争の最中、幌馬車を引きながら3人の父の違う子を連れて商売をする女商人アンナ。度胸と知恵を駆使して戦争を生き抜き、 戦争に対して懐疑的な視線を向けながら、戦争によって儲けを上げることを喜び、3人の子どもを結局戦争で失うことになってもなお 従軍商人として商売をしなくてはならないという、賢くもあり愚かでもある主人公の姿から、戦争について色々と考えるところもある のではないでしょうか。

    フェルナン・ブローデル(尾河直哉訳)「地中海の記憶 先史時代と 古代」藤 原書店、 2008年
    大著「地中海」の著者ブローデルが先史時代からローマ帝国の時代までの地中海について書き上げた一冊です。ブ ローデルが 愛してや まない 地中海について、地中海という海ができあがるところから話が始まり、地理的環境についてそれがどのような過程を経てできあがってきたのか、 気候はどのような感じなのかを解説していきます。そして山と砂漠に取り巻かれ、海も決して栄養分豊富でない地中海世界を舞台に、先史 時代 の人の移住やそこで栄えた様々な文化、そして集落や都市の登場をまとめ、それ以降では地中海世界を舞台とした諸文明の歴史と、地中海を 舞台にした人の往来や交易などについて述べているようです。一読した感じでは、クレタ文明の繁栄やフェニキア人、エトルリア人の活動 に ついてかなり関心を持ってみていることや、ギリシア・ローマだけが特別という見方はしていない事が目につきました。

    ジェリー・ブロトン(高山芳樹訳)「はじめてわかる ルネサンス」筑摩 書房 (ちくま学芸文庫)、2013年
    Oxford very short introductionsというあるテーマについての入門シリーズがあります。本書はルネサンスについての最近の研究動向をもりこみ ながらまとめた概説書です。ルネサンスというと人文主義とか芸術とかそういう所にふれてはい終わりという印象を持つ人もいるかもしれませ ん が、 宗教改革や大航海時代の展開、科学の発展なども盛りこまれています。個人的にはオスマン帝国とルネサンスの関係がなかなか興味深かったです。

  • 最上部へ
    オリヴァー・ペチュ(猪股和夫訳)「首斬り人の娘」早川書房(ハヤカ ワ・ポ ケット・ミステリ)、2012年
    時代は17世紀後半、三十年戦争の後のドイツ南部の街で子どもが殺され、体に奇妙なマークが書き込まれているという事件が発生、さらに同様 の殺人がつづいておこります。そして、主人公が魔女扱いされ犯人として捕らえられた産婆の冤罪を晴らすべく奔走する…。

    主人公は街の処刑人という設定で、高度な医学の知識を持ち合わせていると言う設定で、三十年戦争の爪痕も生々しいドイツ南部を舞台とした 歴史ミステリーです。それ程複雑な筋ではありませんが、読みやすくて面白いですよ。

    フランソワーズ・ベック&エレーヌ・シュー(鶴岡真弓監修) 「ケルト文明とローマ帝国 ガリア戦記の舞台」創元社(知の再発見双書)2004年
    カエサル率いるローマ軍によってガリア地方(主として現在のフランス)が征服され、ガリアはローマの属州として 編成され ました。 ローマに征服されたガリアはローマの生活様式を受け入れ、都市文化が栄え、農業や商工業の発展が見られるようになり、人々 は競技場で剣闘士競技を見たり演劇を鑑賞し、浴場にいくといったローマ的な文化生活を送っていたようすが窺えます。しかし一方で 彼らの伝統的な文化と新しい文化が混合していったということも遺跡から発掘される遺物からうかがい知ることができます。そのよう な事柄を数多くの図版とともに紹介してあるため、帝政ローマ時代の属州ガリアの人々の暮らしや社会の様子についてわかりやすく なっています。ただ、副題の「ガリア戦記の舞台」は内容とはかなり違っています。

    ヘルマン・ヘッセ(松永美穂訳)「車輪の下で」光文社(光文社古典 新訳文 庫)、 2007年
    周りの人からも期待された地方の秀才ハンスは色々な楽しみを犠牲にしながら続けた受験勉強の末に神学校に入学し たあと、 神学校で 出会った ハイルナーとの交友を通じて勉学一筋の今までの自分に疑問を感じ始めます。ハイルナー退学後、彼は徐々に心を病み、優秀だった成績も著しく 低下して遂に退学して故郷に戻ります。そして戻った故郷で機械工になった彼は昔と同じようには行かないこと、初恋とその終わりなどを 経験し、 悲劇的な最期を遂げることになるというのが話の流れです。全体としてやはり重く・暗い話ではありますが、その合間に書かれる自然描写や 学園生活の楽しい一面、初恋の様子なども書かれ、さほど暗さは感じさせないようにはなっています。ハンスと同年代で読むか、大人に なって から読むか、その時によって受ける印象はかなり違うと思われますが、読んでみた方が良いと思います。

    ペトラルカ(近藤恒一訳)「無知について」岩波書店、2010年
    ルネサンスと言うと必ずその名が登場するペトラルカが、ある時4人のヴェネツィア人から批判され、彼曰く「善良であるが無知である」と 言う評価をされたそうです。それに対して筆を執り、書き上げたのが本書です。中世のスコラ学的な知のあり方に対してかなり批判的であ る と言うことは読んでいてよく分かりました。人文主義者は決してキリスト教(カトリック)を否定する訳じゃないということを再確認すること に なりましたが、今の人から見ると変に見えるところもあるかもしれません(古代ローマのキケロなどの作家をキリスト教的視点で評価して いる 所などは特に)。自分の物の見方の狭さに気づかずに安易に人を批判するのは危険だなと、改めて考えさせられた1冊でした。

    バルトロメ・ベナサール(宮前安子訳)「スペイン人 16ー19世 紀の行動 と心性」 彩流社、2003年
      スペインというと、大航海時代に南米の植民地化を進めたことや、無敵艦隊の敗北、ゴヤの絵に見られるナポレオンの侵略と 抵抗といったところでふれられるものの、16世紀の終わり頃から衰退していきヨーロッパの表舞台から消えていった国という扱 われ方になりがちなようです。本書では16世紀から19世紀という長い時間を通じてスペインに暮らす人々がどのような考え方を していたのかといったことを、時間をどう考えているのか、この時期の都市や農村の警官がどうであったか、キリスト教をどう見て いたか、労働や財産に対する態度、愛のかたち、祭りや娯楽、そして名誉に対する彼らの志向を分析していきます。スペインという 国家の中に暮らす人々がどのような考え方を持っていたのかということと、スペインの歴史の歩みの関係を考えてみるうえではかな り参考になる本だと思います。スペインで他のヨーロッパ諸国のような資本主義の発展が遅れた理由などもわかるかもしれません。 とりあえず、スペイン人貴族というのがかなり見栄っ張りというか実利をあまり重視しないというか、そう言うタイプの人たちらしい ということはこれを読むと感じられます。

    デイヴィッド・ベニオフ(田口俊樹訳)「卵をめぐる祖父の戦争」早 川書房、 2010 年
    ドイツ軍による包囲まっただ中のレニングラードに暮らしていた著者の祖父レフは、略奪罪に問われ、秘密警察に捕まった事がきっかけで 秘密警察の大佐から奇妙な命令を受けることになりました。それは、結婚式のケーキを焼くために卵1ダースが必要になるからそれを調達 してこ い、 というものでした。当時、ドイツ軍の包囲を受ける中で日々の食糧にも事欠くレニングラードでそのようなものが手に入るとはとうてい思えない ながらも、不条理な指令に従わねばならなくなったレフと、彼と一緒にその指令を果たすべく命じられた脱走兵コーリャの二人が繰り広げ る冒険 もの、といった感じの作品です。かなり悲惨な状況を描いているはずなのですが、そんなに重苦しい感じもなく一気に読み切ることが出来る作品 だと思います。

    アラン・ベネット(市川恵里訳)「やんごとなき読者」白水社、 2009年
    イギリス女王エリザベス2世がある日突然読書好きになってしまったら…、という設定で書かれた小説です。読書に没頭するあまり、 仕事に身が入らなくなったりした経験は、本好きな人なら大抵あると思いますが、解説のイギリス人の事情をちょっと頭に入れてから 読み直すと、もっと面白いかもしれません。

    アーネスト・ヘミングウェイ(金原瑞人訳)「武器よさらば」光文社 (光文社 古典新訳 文庫)、2007年
    第一次世界大戦中、イタリア軍に従軍するアメリカ人フレデリックと、戦地の病院で働くイギリス人看護婦キャサリンの悲恋を描きま す。(と、ヘミングウェイをまねて短くまとめて書いてみました)

    冗談はさておき、はじめは軽い遊びのつもりだったフレデリックが、次第にキャサリンと深く愛し合っていくようになる過程、そして つかの間の幸せの後にすべてを失い孤独になる結末が、簡潔で短い文体を駆使して描き出されています。この新訳でもそれを極力表現 しようとしているようです。内容は昼のメロドラマっぽいけれど、この文体のおかげでかなり読みやすくなっているように感じました。

    アーネスト・ヘミングウェイ(福田恆存訳)「老人と海」新潮社(新 潮文 庫)、 1966年
    キューバで漁師サンチャゴが漁に出て4日間の死闘の末にカジキマグロを釣り上げたものの、折角捕らえた獲物は鮫に食われて骨だけ になってしまうという話なのですが、老人とカジキマグロの崇高な戦いをよけいな修飾語を使わず、淡々と描き出していきます。それがかえって 自然の厳しさをかんじさせます。

    ジュディス・ヘリン(井上浩一監訳、足立 広明・中谷 功治・根津 由喜夫・高田 良太訳)「ビザンツ 驚くべき中世帝国」白水社、2010年
    1000年にわたり地中海世界に存在したビザンツ帝国、その長い歴史をテーマごとに章立てしつつまとめた1冊です。テーマ別の構成というと、 時代の流れなどがぶつ切りになって、どういう風になっていたのかよく分からなくなるときもあるのですが、この本の場合、テーマ別の構 成を しつつ、ある時代に特に目立ったテーマを時代の順番に並べていくという感じで書いており、通史のようにも読むことができます。テーマ史と 通史をうまくまとめた一冊です。わかりやすいですよ。

    フランソワ・ベルニエ(関美奈子・倉田信子訳)「ムガル帝国誌(全 2巻)] 岩波書店(岩波文庫)、2001年
    16世紀から17世紀に強勢を誇ったムガル帝国を訪れた外国人は多数いる。その中の一人であるフランス人ベルニエがシャー= ジャハン治世末の動乱やアウラングゼーブの治世の様子を目撃し、そこで見た物を書き残した。そこにはムガル帝国時代の インドの国情やデリー、アグラの様子、ヒンドゥー教徒に関する考察などが書かれている。単にベルニエが訪れた当時のインド の国情を淡々と書かれているだけではなく、ベルニエという一個人の目を通して語られたインドの姿が書かれているということ に留意する必要がありますが、ヨーロッパ的偏見というものにあまりとらわれずに書かれています。また宗教や超自然的な要素 に対して批判的な目を向けてみているという特徴もありますが、そこは17世紀という啓蒙の時代への入り口の時代の思想的な 影響を強く受けた一知識人としての目で見ているということが影響しているようです。

    ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン(藤川芳朗訳)「鉄腕ゲッツ行状 記」白水 社、 2008年
    隻腕の剣士とか義手をつけた戦士、片足がマシンガンになっている女の人等々、フィクションの世界で身体的ハンディを負いながら 戦うキャラクターは色々登場しています。しかし本書の著者であるゲッツは右手に精巧な義手をつけて幾多のフェーデを戦い、農民 戦争にも参戦した実在の人物で、ルターやデューラー、ジッキンゲン、マクシミリアン1世、カール5世といった人々と同時代を生き てきた人物です。本書ではうまくいった物から失敗して自分が捕まってしまった事例も含めて様々なフェーデ(私闘)の記録が掲載 されていたり、ドイツ農民戦争で隊長に担ぎ上げられたことについて必死でいいわけをしていたりしますが、それがもったいつけた ような文章ではなく、かなり読みやすい文章で書かれています。昔の人の書き物というと難しいという印象がありますが、これは かなり読みやすいのではないでしょうか。当時の社会についてうかがい知ることが出来る所もありますが、昔は旅の途中は危険が いっぱいあったのだと言うことを認識させてくれます。

    レオ・ペルッツ(垂野創一郎訳)「夜毎に石の橋の下で」国書刊行会、 2012年
    神聖ローマ皇帝ルドルフ2世時代のプラハ、ユダヤ人街で疫病が流行し、その原因は姦通の罪に対する神の怒りだという霊のお告げ がありました。それをうけてラビは人々を集めて罪を犯したものへの懺悔を迫るのですが、、、という第1章から始まり、連作の ような形で当時のプラハを舞台とした不思議な話が続いていきます。ルドルフ2世、ユダヤ人の豪商マイルス、その美しい妻エステル、 高徳のラビ、ケプラーやヴァレンシュタイン、その他道化や錬金術士など様々な人々が織りなす不思議な話が時系列を行きつ戻りつ しながら最後にまとまっていくところが実に見事だと思います。

    レオ・ペルッツ(垂野創一郎訳)「ボリバル侯爵」国書刊行会、2013 年
    ナポレオン戦争中のイベリア半島で、ドイツから動員された部隊が壊滅しました。その時の生き残りの語った物語は何とも奇妙で 幻想的な話でした。偶然と必然が絡まり合う中、部隊が壊滅するという何ともふしぎな話が展開していきます。この語り手も果たして 信用できるのかよく分かりませんが、知ってしまったことが却って悲惨な結末をもたらすことはしばしばありますね。

    レオ・ペルッツ(垂野創一郎訳)「スウェーデンの騎士」国書刊行会、 2015年
    時代はカール12世の時代、軍を離れてスウェーデン王のもとへと急ぐ貴族と泥棒がひょんな事から出会い、しばしともに行動します。 しかし貴族から代父のもとへの言伝を頼まれた泥棒は、そこで出会った娘に心を奪われ、さらに領地の惨状を目にしたことで領地を 正しく運営し娘と一緒に暮らしたいと考えはじめます。

    そんな彼が執った手段はまず貴族をうまい具合に言いくるめて自分の代わりに自分が送られるはずだった僧正の作業所へ送り込み、 一方自分は先ずは盗賊の首領となって聖職者相手の泥棒を繰り返して金品をある程度蓄え、必要な財宝を手に入れるとそれを解散、 今度は貴族になりすまして娘の元へ訪れます。そして娘と結婚して子供も設け、所領の経営にも成功するのですが、、、、。

    本書のかなりをしめる部分は悪漢がのし上がるピカレスクロマンの様相を呈していると思います。しかし、逃れられない運命と いうものがあるのだと感じさせる結末になっています。筋の展開が非常に巧い物語だと思いました。

    レオ・ペルッツ(前川道介訳)「第三の魔弾」白水社、2015年
    時は16世紀、宗教改革と新大陸征服の時代、ドイツから新大陸へ渡り、コルテスと戦ったドイツ人貴族グルムバッハがいました。 彼はコルテスたちに対抗するため悪魔と取引して小銃を手に入れますが、その銃には呪いがかけられました。3発の弾丸のうち、 1発はアステカ王国の王に、2発目はグルムバッハが愛する者へ、そして3発目は彼自身へと当たるという呪いは果たしてどうなる のか、そしてグルムバッハはコルテスを討つことができるのか。

    事前に予告された結果がいかにして成就すられるのか、巧みに話が作られています。特に3発目が彼自身を撃つことになるという 呪いが成就されるところは読んでいてやられたと思いました。

    レオ・ペルッツ(垂野創一郎訳)「聖ペテロの雪」国書刊行会、2015 年
    時は20世紀、医師のアムベルクは病院で目を覚ます。しかし病院で受けた説明と彼の記憶には大きな食い違いが。5週間にわたり 眠っていたのか、はたまた彼が語るような出来事が起きていたのか。

    シュタウフェン朝神聖ローマ帝国の復活を目論み、そのために薬物の研究を行っているという男爵の野望は果たして実現するのか、 そしてなによりアムベルクが語ったことは事実なのか夢なのか。最後は解釈は分かれると思いますが、ハッピーエンドだろうと思います。

    ヴィクトル・ペレーヴィン(吉原深和子訳)「虫の生活」群像社、 1997年
    人が虫になる小説というとカフカ「変身」がありますが、これは人が虫になり・虫が人になる、いや、むしろ人の世界なのか虫の世界 なのかその境界が既に曖昧な物となっている奇妙な物語です。また、虫にしても、勤勉な蟬が怠惰なゴキブリになったり、蟻から生ま れた子どもが蠅になって自由を謳歌したり、ビジネスマンが蚊に姿を変えて人の血を吸ったり、フン転がしが糞玉をみると、それが 世界だったりと、異なる世界の壁をあっさり越えてしまっている物語です。何とも不思議で面白いですが、ソ連のことをよくしっている と、もっと面白く読めたのかなという気がします。

    ヴィクトル・ペレーヴィン(中村唯史訳)「恐怖の兜」角川書店、 2006年
    8人の人物が同じような作りの部屋にそれぞれ監禁され、チャットをしながら進んでいくという形の小説です。ところどころ伏せ字になって いるのは、リアルの人物を特定できそうな話題だったりするところのようで、とにかくチャットで表示される言葉がすべてという状況に置 かれています。そんな空間から果たして脱出することは出来るのか。

    すべてチャットのログから判断しないといけないという状況で、8人の登場人物の言っていることも果たしてどのくらい信用できるのか (信用できないのか)がわからないし、密室に監禁されていると言っても、皆が同じ所にいるのかも分からない。彼らが存在する事を示す 者 はチャットのログのみ、このチャットのスレッド自体が迷宮だったのかなあ…?

    何かが存在するとはどういう事なのか、それを知覚・認識するとはどういうことなのか、そういうことを考えながら読むものなのかもしれ ません。

    ヴィクトル・ペレーヴィン(尾山慎二訳)「宇宙飛行士オモン・ ラー」群像 社、 2010年
    子どもの頃から宇宙に憧れていたソ連の若者オモンが命じられたミッションは、月への片道飛行、そして月面探索というものでした。 しかも月の表側ではなく裏面を目指すという、かなり変わったミッションを命じられたわけですが、果たしてそれはどのようにして 達成したのか…。SFっぽい設定ですが、かなり不思議な読後感を覚える小説です。

    トマス・ペン(陶山昇平訳)「冬の王」彩流社、2016年
    ボズワースの戦いで勝利し、テューダー朝をひらいたヘンリ7世の伝記です。スパイを各地にはなって情報を集め、さまざまな方法で金を むしり取り、方による支配を徹底したところ過酷な統治になっていく、そしてヘンリ7世のイエスマンのような役人たちが幅を利かせてい る、 新時代の幕開けというにはあまりにも過酷な時代としてヘンリ7世の治世がえがかれていきます。

  • 最上部へ
    エドガー・アラン・ポー(小川高義訳)「黒猫/モルグ街の殺人」光 文社(古 典新訳文 庫)、2006年
    一見すると何故そのような事件が起こったのか、誰がやったのか分からないような犯罪を解き明かす探偵デュパンの活躍を書いた表題作のほか、 良心と悪意、理性と本能の対立を含ませた怪奇物が掲載されています。『モルグ街の殺人』は、今となっては何と言うこともない水準の話 (特に 犯人はねえ…)なのかもしれませんが、探偵小説のようなものが何もないところからこのような探偵小説を書き上げた所は凄いと思います。

    星野之宣(画)「クビライ 〜世界帝国の完成〜」NHK出版(コ ミック版 「文明の 道」)、2003年
      NHK「文明の道」の漫画化ということで、アレクサンドロス大王に続いて出されたものです。主人公はクビライ、のはずなのですが、 クビライがモンゴル世界帝国を確立していく過程を別の漫画のキャラクターが解明していくという形を取って進んでいます。で、 そのさいに「義経=ジンギスカン」説も絡めて話が進んでいきます。普通の漫画としてはどうもクビライやなんかのキャラクターが 弱い感じだし、かといって啓蒙書としてはかなり内容が危なっかしい内容になっています。ちょっと失敗したかなぁと言う感じが いなめないですね・・・。

    パーサ・ボース(鈴木主税・東郷えりか訳)「アレクサンドロス大王  その戦 略と戦 術」集英社、2004年
    一括紹介その1へ移動しました

    ナサニエル・ホーソーン(八木敏雄訳)「完訳 緋文字」岩波書店 (岩波 文 庫)、1992年
    17世紀のアメリカ植民地において、胸にAの文字を縫い付けたヘスター・プリンと、神父、そして謎の老人の3人が一つの罪とどのように むきあっていったのか、そしてそのことが彼ら3人の人生にどのような変化をもたらしたのかを通して、罪とは何なのかを考えさせられる 一冊です。人物への感情移入を求める向きには正直なところ合わないかなと思いますし、人物をそれ程掘り下げているというわけではない さくひんなので、取っつきにくいところもあるかと思います。同じ罪に対しても、それを気に病み続ける者と、ある行為を罪とする思考の 枠組みから離れ自由になった者の違いから、罪とはなにか、自由とは何か、そういうことを考えさせられる一冊でもあるし、クライマック ス までの持って行き方が上手いなと思う一冊でもあります。

    ジョン・ボードマン(西山伸一訳)「ノスタルジアの考古学」国書刊 行会、 2011年
    ギリシア人たちが神話の世界の英雄や怪物といったものを、自分たちの過去にどのようにして組み込んでいったのか。本書では、多くの史料や 図版、遺跡を取り上げながら、その過程を明らかにしようとしています。大型生物の化石が怪物や英雄の骨ということになり、ミュケナイ 時代の 墓が英雄たちの、自然地形が神や英雄の事績と関連づけられていたこと、そのような事が書かれています。また、過去の地形や遺物が彼らの想像力 を刺激し、そこから怪物や英雄のイメージが形成されていったところもあるようです

    日本でも、昔の古墳を天皇陵として認定し、万世一系の天皇家の家系の中に記紀の世界の人々を位置づけたという事もありますし、神社仏 閣に は、曰くありげな品々がその神社仏閣の由緒・縁起と関係がある宝物として保管されていたりしますが、古代ギリシアでも似たようなことがあった ような感じを受けました。

    ジャスティン・ポラード&ハワード・リード(藤井留美訳)「アレク サンドリ アの興亡  現代文明の知と科学技術はここからはじまった」主婦の友社、2008年
    アレクサンドロス大王が建設をスタートし、プトレマイオス朝の時代に学問の中心地として栄えることになるアレクサンドリアの町の 歴史をまとめた本です。アレクサンドリアを舞台に活躍した科学者、哲学者、知識人、思想家などをとりあげながら、町の興亡を綴る 一冊です。

    ロベルト・ボラーニョ(柳原孝敦、松本健二訳)「野生の探偵たち」 白水社 (エクス・ リブリス)、2010年
    アルトゥール・ベラーノとウリセス・リマの2人の詩人が、1920年代に1編の詩をのこして消えた女流詩人セサレア・ティヘローナを捜しに メキシコ北方へと旅立ちます。その後彼らは各地を転々としていくことになりますが、そんな彼らの足取りを、様々な証言をつみかさね ながら描き出していきます。色々な人の証言が積み重なり、二人の足取りが描かれていくとともに、セサレア・ティヘローナは一体何者 だったのかが最後に分かります。短編集のような長編小説とでもいいますか、一見関係なさそうな話が実はつながっていたりと、じっくり 腰を据えて読むべき本なのかなという気がします。

    堀敏一 「漢の劉邦 ものがたり漢帝国成立史」研文出版、2004 年
    一介の農民から身を起こし、ついに漢帝国を樹立した漢の高祖劉邦。本書では劉邦の生涯を様々な資料や文献を駆使しつつ、 専門外の読者にも読みやすい形で書き出していきます。旧来の貴族社会の代表たる項羽を破った劉邦を新興庶民勢力の代表者 としてとらえつつ、そのような彼が作った漢帝国がどのような支配の仕組みを作っていったのかということについても考察を していきます。劉邦とその仲間たちは確かに庶民勢力からおこってきましたが、これをもって単純に貴族社会から庶民の時代 となったなどとは言っていません。旧来の社会では底辺に近い位置にいながら、帝国樹立後は旧来の制度や秩序を受け入れて いくことになったと言うことも言及されています。本書で、著者は中国の皇帝は本来民主的な性格を持つという見解を示し、 それは劉邦の皇帝推戴の場面に見て取れると考えているようです。このあたりは異論もあるかもしれませんが、全体として 読みやすくまとまっている本だと思います。

    堀越宏一「ものと技術の弁証法」岩波書店、2009年
    中世ヨーロッパにおける衣・食・住にまつわるものはどのような歴史があるのか、古代との連続と断絶はどの程度あるのか、 そして近世へどのようにつながっているのか、そのようなことを文献史料や考古学資料をもとに書いている本です。中世の 製鉄について1章をさき、かなり詳しく説明しているところが興味深い一冊です。ちなみに、麦芽醸造酒(ビール系飲料) の話もちらほらと見られます。領主と手工業の関わりについては通常都市の商工業の話ですまされる本がおおいため、これ を読んで初めて知ったこともあったりしますし、面白いですよ。

    クリスタ・ヴォルフ(中込啓子訳)「カッサンドラ」河出書房新社 (池澤夏樹 個人編 集・世界文学全集II-2)、2009年
    トロイア戦争をその前史からをギリシア視点・男性視点ではなくトロイア視点・女性視点で描き出していきます。「勝つことを 断念できるなら、あたたがたのこの町は生き残れるでしょう」というカッサンドラの言葉、そしてその後に出てくる「勝利に次 ぐ勝利の行き着く先が滅亡を意味するというのなら、そうなら滅亡は、われわれの本性に根ざしているということになるのです かね?」という御者の疑問に、著者による文明批判・男性的思考批判、つまるところ近代以降の文明への批判が現れているのだ と思います。

    ジム・ホワイト(東本貢司訳)「マンチェスター・ユナイテッド ク ロニクル  世界で 最も「劇的」なフットボールクラブの130年物語」カンゼン、2010年
    世界有数の名門サッカークラブとなったマンチェスター・ユナイテッド。その草創期から現在に至るまでの歴史を、マンチェスター出身・ 筋金入りのファンといってもよい著者が書き上げたのが本書です。クラブに関わりを持った様々な人々(経営陣、監督、選手、ファン)の 姿を書きながらまとめた、マンチェスター・ユナイテッドを主人公とした大河ドラマのような本です。しかし、決してユナイテッド礼賛 と言うわけではなく、クラブにとって都合の悪いことも一切合切盛りこんでおり、昔のスターや監督についても、人間味が感じられる 内容となっています。

    洪世和(ホン・セファ)(米津篤八訳)「セーヌは左右を分かち、漢 江は南北 を隔て る」みすず書房、2002年
    韓国からフランスへ亡命し、長年そこでタクシードライバーなどをしながら暮らしてきた著者が、長年みてきたフランスと韓国 を比較しながら書いた比較文化論の本です。ファッションの話題から、教育制度、フランスにある哲学カフェの話や、パリの地下鉄、 フランスにおける人種問題などを取り上げながら韓国とフランスを比較し、それぞれの違いをはっきりと描き出していきます。 単なる韓国批判・フランスびいきではなく、理念型としての「フランス」と現実のフランスの違いも視野に入れながら書き進めて います。終わりの方ではこの本が出版された年に韓国に帰国した著者が久しぶりにみた韓国社会の様子を綴った文章が付いており、 長い年月の間に変わった物・変わらぬ物について感じたこと、考えたことがまとめられています。結構軽く読めますが、色々と 考えさせられる内容です。

    本郷和人「武士から王へ お上の物語」筑摩書房(ちくま新書)、 2007年
    単なる武力集団であった武士たちが統治に関心を持ち、統治の技術を発展させていく過程を考察している一冊です。

    本郷和人「天皇の思想 戦う貴族北畠親房の思惑」山川出版社、 2010年
    タイトルには北畠親房と入っていますが、別に彼の伝記というわけではありません。あくまで、彼は話の導入と終わりのところで 使われる程度で、後は何を書いているかというと、鎌倉時代の朝廷は一体何をやっていたのかということです。

    鎌倉時代の朝廷がどのような役割を果たそうとしていたのか、それを資料を基に、具体的に迫っていきます。A天皇の時代はこう いう事があった、Bという貴族がこんなことをやろうとした、Cという貴族のもとでできあがった仕組みがその後受け継がれてい った、そんなことですが、鎌倉時代というとやはり幕府の話に集中しがちで、あまり顧みられない朝廷の話を知ることが出来る貴 重な本だと思います。

    本郷和人「武力による政治の誕生(選書日本中世史1)」講談社(選 書メチ エ)、 2010年
    日本における中世の始まりはいつなのかということについて、最近では院政期から始める説が有力になっているようです。 しかし、果たしてそれは時代の画期としてふさわしいのか、もっとふさわしい区切りがあるのではないかということから、 鎌倉幕府の登場という出来事を改めて見直そうという感じの本です。当事者主義・自力救済の中世をどうみるか、それに よって受け取り方が変わるところもありそうですが、面白いですよ。力なき正義は無力・正義無き力は暴力という、どこぞ の格闘技団体の標語を思い出してしまいましたが。

    実際の所、当時の状況がどうだったのかと言うことを具体的に明らかにしていき、それを積み重ねることで新しい歴史像 を描いていくと言うスタイルで、帯文の「歴史の見方が変わる」という言葉に納得がいく内容です。理論先行で内実を伴 わない本ではなく、実態を可能な限り解き明かそうとする姿勢は他の著作同様、この本でもはっきりと示されています。

    最終章は、面白さと正しさ、どちらを取るか、それが問題だ、というところでしょうか。

    ポリュビオス(城江良和訳)「歴史(全4巻)」京都大学学術出版会 (西 洋古 典叢書)、2004年〜2013年
    ローマ帝国による地中海世界制覇が進んだ時代にいきた政治家であり、のちに歴史書を書き残した人物がポリュビオスです。 政治家としての経験をもとに、可能な限り事実に正確な歴史を書こうと心がけ、それを実際の政治の世界でも役立てよう という彼の意図がつよく感じられる作品です。読みやすいかというと、正直なところ読みにくいところは多いのですが、 面白いこともいろいろと言っていますよ。


    手に取った本たち
    読書の記録
    トップへ戻る

    inserted by FC2 system